雑多な短編の集まり

素人友

誰にも言わないでね

「ね。一緒に帰っていい?」

 

学校が終わって下駄箱で靴を履き替えていると、背中の方から声をかけられた。


「え?」


 振り返ると同じクラスの女子がいた。まだ一度も染めてない黒い髪が肩甲骨より少し上くらいまであって、顔もそこそこかわいい部類の女子だった。


「一緒に?ほかの人はまだみたいだけど?」


 僕のクラスは授業が終わるとすぐに担任の先生がやってきて連絡事項だけ伝えて終わる。だから、学校の中でもぶっちぎりで早く終わるからほかのクラスに友達がいる人はまだ教室に残っていることの方が多い。ちなみに僕は友達がいないとかじゃなく、塾に行くからさっさと帰ろうとしてるだけ。


 けど、彼女は笑って首を振った。


「いやいや、そうじゃなくて。みんなはどーでもいいから」

「ふうん。まあ、いいけど」

「よし!じゃあ、行こっか」


 靴を履き替えた彼女と一緒に校舎を出た。


 肌寒い秋の空の中、付き合ってもない、仲がいいわけでもない、ただ同じクラスの隣の席ってだけで話したこともないよく知らない女子と2人で通学路を歩く。


「家こっちなの?」

「そう。って言っても普段はバスだけど」

「え?バス?もしかして結構遠かったり?」


 僕の家がある地名を言ったら「めっちゃ遠いじゃん」と笑った。


「あれ?じゃあ、今日はなんで歩きなの?」

「塾に行くから。そっちは学校から近いんだよ」

「あ~……そっか。塾か~。わたしも行ってるよ」

「へえ」


 僕が行ってる塾では姿を見たことなかったからどこの塾か聞いたら、僕らが歩いてる方向とは真逆のぜんぜん違う場所だった。地方の田舎なのに、塾って意外とあるんだな、と小学生みたいな感想を持ってしまう。


「ふうん。だから授業ちゃんと聞いてなくても答えられるんだ?」

「まあ、ね」


 挑発するような言葉だけど、嫌味っぽくなくて顔はニヤニヤしてて揶揄ってるのが丸わかりで僕は小さく笑った。

 

「あのくらい塾に行ってなくてもわかると思うけど」

「うわ。なにそれ。勉強できますアピール?」 

「いやいや。ふつうに。あのくらい聞いてなくても教科書に載ってるんだからできるって」

「ウソだあ。わたし、塾に行ってるけど、できないよ?」


 と、信号がある十字路に差し掛かった。


「どっち?」


 彼女の問いかけに僕はまっすぐ直進方向を指した。歩行者用の信号は赤でまだ渡れない。


「お、まだ一緒だ」


 嬉しそうに彼女が言った。

 

「家、どこら辺?」

「中学が向こうにあるじゃん。その奥に行ったとこ」

「高速があるよね?あの辺?」

「そうそう。高速の向こう側。幼稚園があるでしょ?あのあたり」

「ふうん。ってことは、ギリギリチャリ通ができないのか」

「そ〜!あと100メートル足りないって言われてさあ。大変だよまったく」


 ファスナーが千切れそうなくらいパンパンで見るからに重そうなカバンを背負いなおした。


「めっちゃ重そうだね」

「重そうってか、重い。なんの捻りもなくただただ重い。」


 思った以上に実感がこもった「重い」に、思わず笑ってしまった。


「いや、マジで冗談じゃなく重いから。持ち上げるときなんか勢いがなきゃ持ち上がんないし」

「よいしょー!って?」

「そうそう。口に出すとダサいから心の中でね」


 言われてみれば「ふっ!」とか「ほっ!」とかは聞こえた気がしなくもない。もしかしてそれってそういうこと?


「……ホントに?」 

「マジで!持ってみ!」


 そんなわけないでしょ、と思いながら聞くと、彼女が背中を向けてきた。


「このまま持ち上げれば?」

「そ!」


 言われた通り、試しに両手ですくい上げるようにして持ち上げてみる。が、ビックリするくらい持ち上がらない。


「おっも!?なにこれ!?」

「でしょ!?ヤバいよね!!」


 ケラケラ笑ってるけど、尋常じゃない重さに僕はドン引き。もうちょっと力を入れてようやく少し動いた……気がする。ホントに冗談みたいに重い。


「カバンの重さじゃないんだけど!なに入ってんの!?」

「ん~……いろいろ?メイク道具とか~あとなんだっけ?忘れたけど、まあいろいろだよ。いろいろ」

「ふうん」


 勉強道具は?って聞こうと思ったけど、僕も教科書の類は一切カバンの中に入ってなかったのを思い出して口を噤んだ。まあ、人のカバンの中なんて魔窟みたいなものだし、深く聞くのはやめとこう。僕はそう思って話を戻す。

 

「中学の奥ってことはさ。中学はめっちゃ楽だった?」

「あ~うん。そう。っていうか、楽すぎたよね。本気で走れば5分前でも間に合ったし」


 それはなんというか、強すぎる。


 信号が青に変わって僕らはまた歩き出す。


 中学の向こうってことは、ホントに途中まで一緒になるのか。


 と言っても、別に嫌なわけじゃあない。話しやすいし。


 というか、いつもなら結構な距離があるなあ、と思いながら歩いてるのに、今日は気づいたら塾までの道のりの半分を過ぎていた。


 歩くだけでも結構な急坂の手前で僕は足を止める。


「どうしたの?」


 不思議そうな顔で彼女が首を傾げた。


「え?向こうに渡るんだよ」

「向こう……?」


 車が来ないのを確認して渡りはじめると、少し遅れて付いてきた。


 なんで歩道側じゃなくて車道の向こう側にあるのかよくわからない駐車場を横目に、舗装されていないけど車1台分が通れそうなくらいの幅で綺麗に刈り取られた草の道に入る。


「入っていいの?」

「いいんじゃない?こっちの方が歩きやすいし、男子はみんなこっちを通ってるんだって」

「へえ」


 少し下に見える畑を通り過ぎて車道から完全に離れて身長くらいある草の中に入っていく。


「こうなってたんだ。ずっと気になってたんだよね」

「ね。僕も教えてもらうまで知らなかったよ」


 歩道から見るだけで車に乗るでもない限り、駐車場がどうなってるかなんて知る機会なんてない。舗装された歩道しか歩いてないなら尚更だ。


 さらに少し歩いて車道が見えてきて向こう側に見慣れた光景が覗くと、「あ〜!ここかあ!」と手を叩いた。


 途中で車道に出る道があったけど、草の道はさらに奥まで続いてるのを見た彼女はそのまままっすぐ奥に進む。


 木や草に隠れて完全に外が見えなくなったところで、彼女が一歩前に出た。


「ね。こんなこと聞くのもアレなんだけどさ」


 学校から出たときより半歩近くなった距離で彼女は言う。


「好きな人っている?」


 緊張した雰囲気は感じない。あくまでも自然に。彼女は聞いてきた。


「なに、急に。いないけど」

「そうなの?」

「いないよ?なんで?」

「ううん。ただ聞いてみたかっただけ」


 なんだそれ。


「そっか。いないんだ」


 いや、いないからって別にチャンスでもなんでもないんじゃ?


「気になってる人も?」

「いないよ」


 質問の意図がわからないけど、反射的に正直に応えてしまった。


「ふうん。そうなんだ。ふうん」

「どうしたの?急に」

「いや別に~」

「ええ?」


 本当にわけが分からない。話したこともない女子にいきなり一緒に帰ろうと言われて、こんなこと聞かれるなんて想像もしていなかった。


「あ。別にわたしが好きとかじゃないから。勘違いしないでね」

「するわけないでしょ」

「む。そう言われちゃうとそれはそれで――」


 そもそも今日話したのが初めてなのに、どこを好きになれというのかわからない。顔――はかわいいけど、それだけだし、別に人気があるとかそういうのはない。それだけで好きになる人もいるかもしれないけど、それとは別になんていうか僕に彼女は合わない気がする。


 そうこうしているうちに草と木のトンネルを抜けた。


「んん?どこだろ?」

「初めてだとわかんないよね」


 草の道が終わり、コンクリートの道に出て右に曲がる。滑り止めの丸い輪っかがついたコンクリートの道を上って、アスファルトの道を進んでいくと五差路まで来ると声を上げた。


「あ!あー!ここ!?」

「わかった?」

「わかった!わかった!!」


 難しい問題の答えがわかったときの小学生みたいに飛び跳ねながら僕の肩を叩いてくる彼女に狼狽える僕。


「よかった〜!どこかわからなかったからどうしようかと思ってた」

「行き先がほとんど変わんないんだから出るところは一緒でしょ」

「そうなんだけどさ〜。帰れなくなったらどうしようかなって」

「来た道を戻ればいいんじゃ――」

「覚えてないし」

「……」


 いや、自慢げに言うことじゃないでしょ。


「ま、結果オーライだからいいんだけど。っと、信号変わった」


 信号を渡って役場の右を通り過ぎて鉄橋を越える。


「塾ってどの辺?」


 鉄橋を渡って数メートルのところにある十字路でまた僕らは足を止めた。


「あっち」


 僕は左を指す。それは彼女とはここでお別れを意味する。


「そっかあ」


 ちょっと残念そうに彼女は呟く。


「じゃあ、そこまで行こ」


 と、彼女は十字路の先、突き当たりのT字路を指した。


「はいはい」


 と言ってもT字路までは数メートルしかなく、あっという間もなくあっさり着いてしまった。


「好きな人だけどさ」

「え?」


 足を止めた彼女は僕の前に立った。

 

「聞いちゃったから聞かれる前に答えるんだけど」

「ああ、うん」


 さっきまで話していた雰囲気はどこかに消えてなんとも言えない空気が僕らを包む。


 そして彼女は意を決したように口を開いた。

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