第2話 校庭にて②

「げ、生徒会のやつじゃん」

「うるさいのがきた」


 その男子の顔を見た生徒たちが口々に言う。反応を見るに、あまり歓迎はされていないらしい。


「今は登校時間だ。ここで遊んでいたら通行人の迷惑だろう」


 冷たい空気にも臆することなく、赤髪の男子は毅然とした態度で言う。その精悍な顔つきからは意志の強さがにじみ出ていた。


「お手本みたいな堅物だな」


 セツナも、どちらかと言えば冷たい側の反応をする。襟の一番上まできっちり留められたワイシャツに、学園指定の赤いブレザーを着込んだ制服姿は、見ているだけで暑苦しい。頭から爪先まで優等生といった雰囲気だ。


「遊びじゃなくて調ね」

「魔法的説明が困難な現象を追究してんだよ。学生らしい行いだろ」

「銅像のウワサ、あんたは聞いてないわけ?」


 生徒たちは悪びれずに反論する。「ほら、友達いなさそうだし」といった嘲笑の声もいくつか聞こえた。


「噂については聞き及んでいる。未知への興味関心も大いに結構。しかし不審人物の侵入も考えられるこの現場を、無闇に荒らすのはやめるべきだ」


 そう言うと彼は銅像を一瞥し、より真剣な面持ちになって続けた。


「【転生者かれら】のような、特殊な力を持った人物の仕業かもしれない。ここは然るべき大人に相談して――」

「不審者なら学園側の不備でもあるだろ。なおさら、俺たちに真相を追う権利がある!」

「自分たちで考えるのが楽しいのに、分かってないなぁ」


 たちまちに抗議の声が上がる。「キリがねぇな」。セツナが首を横に振ると同時に、彼女のシャツの裾を引いてハルカが言った。


「ほら、あそこ。人がちょっとはけたよ」


 ハルカが指さしたのは、例のベンチの場所だ。何人かが赤髪の男子に食ってかかったことで、少しだけ見えるようになっている。


「はい、セツナちゃん」


 そう言ってハルカは、おもむろに右手を差し出した。一見して唐突で、意図が読めない行為。しかしセツナには、妹の言わんとしていることが瞬時に理解できた。


「おい、嘘だろ」


 それは姉妹における「合図」だった。吸い込まれそうな双眸そうぼうが、真っすぐにセツナを見つめてくる。


「……勘弁してくれよ」


 セツナは逡巡の後、差し出された手に自身の左手をしぶしぶ重ねる。そしてお互いの指をからめ、強く握った。


「ありがとう、セツナちゃん」


 うんうんと満足げに頷いて、ハルカは再びベンチの方へ目を向ける。瞬間、飛び込んできた光景にセツナは深くため息を吐いた。


「ね? 見えたでしょ」

「最悪だ、まじで」


 勝ち誇るような妹と、げんなりしてうつむく姉。この場にいる”人間”の中で、彼女たちだけが真実に辿り着いている。


「……こうなったからには、アイツらにご退場願わないとな」

「オッケイおねーちゃん!」


 ガッツポーズを取り、ハルカは人だかりの方へ向かっていった。

 手順は既に、手をつないだ際に


「はいはい皆さん、ご注目!」


 銅像の前では、変わらず論争が繰り広げられている。その喧騒に割り込むようにして、ハルカは大きく柏手かしわでを鳴らして言った。


「なんだよ、また生徒会か?」


 気の立った生徒があからさまな不満を露わに言うが、すぐにその表情は委縮したものに変わった。


「どうやら彼も興味があるそうだぜ。アンタらの学術研究に」


 ハルカの後方で、ふてぶてしく仁王立ちするセツナ。そしてその隣には、見るからに気難しそうな顔をした背広の中年男性がいた。

 

「やべ、ハリス先生ハリセンだ」

「よりによってかよ……」


 口論がやみ、代わりにどよめきが広がっていく。端の方では、そそくさとその場を去る生徒も見え始めた。ハリス先生ハリセンと呼ばれるその男性は生活指導の教員である。前任者のクラインの訃報により、新しく赴任した彼は厳格で、早くも皆から恐れられていた。


「タイムアップも近いわけだが、まだ続けるかい?」


 追い打ちをかけるように校舎から鐘の音が響く。始業開始が近いことを知らせる予鈴だ。


「空気読めよなぁ」

「仕方ない、行こうぜ」


 生徒たちは完全に諦めたようで、ぞろぞろ校舎へと向かい出す。一方で赤髪の男子は少し戸惑いを見せながら、ハリスの下へ駆け寄った。


「お休みと聞いていましたが、いらしてたんですね」

「あ、ヤベ」


 セツナの漏らした声に一瞬気を取られつつ、「ご足労感謝します」と赤髪の男子は深く頭を下げた。


「君たちもありがとう。始業には遅れないようにね」


 それから姉妹を一瞥し、急ぎ足で校舎の方へ去っていく。銅像の前にはセツナとハルカのが残り、広場に静寂が訪れた。


「まだまだだな、アイツら。こんな中級魔法も見破れねぇとは」

「セツナちゃんが上手なだけだよ」


 セツナの隣で、一塊ひとかたまりの魔力が光の粒になって霧散している。『幻影魔法ビジョン』。突如として現れたハリスは、セツナが生み出した虚像だった。


「さて、これで心置きなく話せるだろ」

「そうだね、ありがとう」

 

 ハルカは軽やかな足取りで、銅像脇のベンチへと歩き出す。


「おい、アタシが見れねぇだろ。離れんな」


 セツナが駆け寄り、再び二人は手をつないだ。


「ごめんごめん。早くお話ししたくて」

「ったく、さっさと済ませろよ?」

「……うん」


 ハルカは静かに微笑みながら、ゆっくりとベンチに視線を送った。黒髪が、そよ風にふわりと舞う。


「こんにちは、クライン先生」


 そこにいたのは、昨年度に死亡した、前任の生活指導教員だった。

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異世界学園の七不思議  モトキ(冬) @Moto-KihuU

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