第1話 校庭にて
「いつから観光名所になったんだ、ここは」
眼鏡の奥の瞳を鋭くして、セツナは言った。初夏の訪れを感じる蒸し暑い朝。登校する生徒たちの声が響く校庭にて。休日明けの気怠さとともに学び舎の門をくぐった彼女が見た光景は、少しばかり異様だった。
学園の正面玄関である広場の中央には、剣と盾を両手に構え、膝下まである
「セツナちゃん、【勇者オリオン像のうわさ】って知らないの?」
隣を歩く少女がセツナの顔を覗き込むようにして言った。丸く大きな瞳の他は、セツナと瓜二つの顔をした彼女の名は、双子の妹のハルカである。
「知らねぇな」
「いま流行りの都市伝説だよ。三日前の夜にね、あの銅像がひとりでに動いたんだって」
「くだらねー。初等部で卒業しとけよ、そういうのは」
ため息まじりにセツナは吐き捨てる。
「セツナちゃん、都市伝説はね、いくつになっても面白いんだよ」
一方でハルカは無邪気に声を弾ませて言った。その柔らかな表情は、風に
「それに実際、位置が少しだけズレてたらしいよ。友達が昨日の休みに検証したんだって」
「悪戯だと思うがね。ここに通うやつらは大体、それなりの魔法が使える」
「それが、銅像には何の魔法的痕跡もなかったらしくて」
「検証が甘かったんじゃねぇの」
「セツナちゃんが見れば、何か分かったりしないかな?」
くりくりとした瞳から、期待の眼差しがセツナに向けられる。
「……見るだけだからな」
銅像を動かしたのが魔法だと分かれば、妙な噂も妹の興味も収まるだろう。銀色に染めたウルフカットの髪を掻きながら、セツナは銅像に近づいていく。
「
詠唱とともに、セツナの視界が熱感知のようなものに切り替わった。追跡魔法は物体に宿る魔力を可視化し、その量の多寡や密度の大きさを"色"で見分けることができる。不自然に色の濃い場所が存在すれば、それは魔法の痕跡である可能性が高い。加えて練度を高めれば周囲に漂う微細な魔力も感知でき、セツナの場合は最大で五日前までの魔法を辿ることが可能だ。
「早速見つけたが、これは違うか」
魔法の痕跡と思われる色を付近に発見したが、肝心の銅像からは距離が遠かった。魔法の効果範囲は原則的に、魔力の及ぶ範囲と同じである。末端に至るほど痕跡が消えやすい特徴はあるものの、対象に触れる魔力が少ないと効果は薄い。
「にしても、あいつら邪魔だな」
人は魔力の塊であるため、追跡魔法には色濃く映る。銅像の足元は人だかりによって完全に塗りつぶされていた。中でも特に、先ほどから視界の端で何度も飛び跳ねている人影が煩わしい。
「何やってんだよハルカ」
セツナは魔法を解除して言った。それから人だかりの外側で奇行に走る妹の下へ向かう。
「ちょっと気になることがあって。そっちはどう?」
「もうちょい近くで見たいとこだが、恐らく魔法は使われてない」
「ほほう、その根拠は何かね」
ハルカは芝居がかった口調で、顎に手を当てながら言う。
「あのサイズの物体を動かすなら、それなりに大仰な魔法術式が必要だ。仮に足元で発動したとして、銅像の胸辺りまでは魔力が残ってないとおかしい」
「……えっと、足元から上の部分には、魔力の痕がなかったってこと?」
「ない。全くな」
「ということは、つまり」
お化けの仕業で決まりですか!? とでも言いたげにハルカは目を輝かせた。
「立ってる場所の地盤が緩んだんだろ」
「疑うねぇセツナちゃん」
認めちゃいなよ、とセツナを肘で小突く。
「アタシは見えないものと、巷の噂話は信じない質なんだ」
「思春期特有の捻くれってやつ?」
「意外と辛辣だよな、お前」
実は似ているのかもしれない、とセツナは思い直した。
「で、お前は何が気になってたんだよ」
「あっそうだ。えっとね、そこのベンチなんだけど――」
ハルカが指さしたのは、今は人で見えないが、銅像の脇のベンチが据えられた場所だった。先ほど飛び跳ねながら見ていたのも、その場所である。そこでハルカは何に気づいたのか。話そうとしたところで、遮るように人だかりの方から、張りのある声が響いた。
「君たち、こんなところで何をしているんだ」
生徒たちの注目が一斉に、声のした方へ向かう。するとそこには、赤い髪をした背の高い男子生徒が立っていた。
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