バスに乗ったら異世界で、人外同士がバトルを始めました
きみどり
たんたんたぬきの♪
バス停に立つ先客に驚いた。
ド田舎には似合わないパリッとしたスーツに革靴。丸くて太めの黒縁メガネ。見たことのない男性だ。
地域全員、顔見知り。みたいなここで、見知らぬ人間というのは珍しい。
新社会人っぽいし、遠方の大学を卒業して、垢抜けて帰ってきた人かもしれない。
そう思うとなんだか親近感とワクワクがわいてきた。俺もこの春、高校生になったところだ。ゆくゆくは外で下宿して、大学生活を謳歌したいと思っている。
だからこそ、ガッカリ感も覚えた。せっかく外に出たのに戻ってきちゃったのかよ。しかもバス通勤? 免許は? 自分の車は? と。
勝手に「こうなりたい」と「なりたくない」を胸に同居させながら、俺は男性の斜め後ろでバスを待った。バス登校は今日が初めてだ。
遠くの山々はどんよりした空を背負っている。今日は午後から雨が降るらしい。
ぼけっとしたのも束の間。車体を唸らせながら、時刻表よりも早くバスが来た。扉が開いて、男性が乗り込む。俺もその後に続いた。
刹那、床がたわんで転びそうになる。
体勢を立て直し、顔を上げれば、辺りには緩やかな丘陵地帯が広がっていた。
「えっ!?」
反射的に素っ頓狂な声をあげると、俺の前方でチッと舌打ちが飛んだ。スーツの男性だ。
「巻き込んでしまったようだ。悪いね」
スーツを着た体は間違いなく人間のものだ。なのに、その上にのっている頭は、獣のものだったのだ。
茶色い毛に、丸い耳。目の周りは黒くて、鼻は細長い。この顔は、狸だ。
俺に
俺もつられて周囲を見やり、息を呑む。俺達を取り囲むようにして、子猫くらいの大きさの何かが迫ってきている。
半透明でプルプルとしたそれは、どこからどう見てもスライムだった。
俺は混乱した。その思考を切り裂くようにして、今度は頭上で甲高い声が響く。見上げれば、女性の顔に鳥の体を持つ化け物達が宙を飛び交っていた。
ハーピーだ。
「なるべく私の傍から離れないように!」
言って、スーツ狸がベルトに手をかける。スッとそれを抜き捨て、躊躇なくスラックスの前を開く。
そこからぼろんと何かがこぼれ出たかと思うと、狸は片足を引いて全身で勢いをつけ、ソレを天に向かって投げつけた。
途端に、巨大な風呂敷のようなものが空を覆う。ハーピー達はソレに打ち落とされ、地面にぶつかると同時に掻き消えた。
地上に広がったソレがずぞぞーっと狸の股間に戻っていく。
「私の金玉の威力を見たか、外来種め!」
思わず狸の股を二度見する。そこには狸自身よりも大きな睾丸があった。あまりの規格外に、驚きを通り越して呆れてしまう。
と、狸がキッと目を光らせたかと思うと、急に俺の視界が真っ暗になった。どうやら、一瞬のうちに全身を何かで包まれたようだ。
なんとも言えない温度感、肌触りのソレ越しに、ソフトテニスボールのようなものが四方八方からぶつかってくる。
「痛っ! 痛たたあっ!?」
「ハアッ!」
狸の気合いのこもった声と共に視界が戻ってきた。玉袋が持ち主へと返り、スライム達が彼方へ弾き飛ばされるのがかろうじて目視できた。
狸は、飛びかかってきたスライムから俺を守ってくれたらしい。自慢の金玉で包み込むことで。
思わず、腕、制服の裾、と嗅げるところ全てのにおいを確認した。無臭だ。良かった。
いや、全然良くない。
涙目で狸を見ると、彼はまたも陰嚢を肩に担ぎ、振りかぶっているところだった。
「うわあっ!」
俺の叫びと同時に、ズバァン! というキャッチャーミットに白球が叩き込まれたような音がした。
恐る恐る目を開ける。俺の前には壁があった。風を受けた帆みたいにこちら側に湾曲していて、まるで何かに向こう側から突き破られそうになっているみたいだ。
ブホッという荒い鼻息が聞こえ、敵の正体が明らかになる。突破は無理と悟り、一旦飛び
俺の全身に
改めて、狸のに比べて貧相な己の金玉を縮み上がらせていると、ミノタウロスがスッと腕を伸ばした。その手の内に両刃の斧が現れる。獰猛な瞳が見据えたのは、俺だ。
あまりの恐怖に息が止まる。
「汚い奴め。どうやら君を私の弱みと見たらしい。守りながらの戦いでは、充分な攻勢に出られないと踏んだのだろう」
ミノタウロスが咆哮し、筋肉を弾けさせて猛進する。
「でも大丈夫。外来種など私の敵では、ないっ!」
自分のふぐりを抱えた狸は、弾丸のごとく向かってくるミノタウロス目掛け、渾身の力でソレを振り下ろした。
金玉で脳天を叩き割られ、ミノタウロスが地に沈む。ブクブク泡を吹きながら、化物は溶けるようにして消え去った。
その跡地に、大きな影が落ちる。
バサリと音がして突風が吹いたかと思うと、一転、辺り一面が緋色に照らされた。
見上げて、声を失う。
紅蓮の鱗を艶めかせ、太陽を背に君臨していたのはドラゴンだった。無数の火球を従え、無情に俺達を見下ろしている。
その破滅の炎が、一斉に地表へと降下した。
「この西洋かぶれが!」
悪態をついて、狸が金玉を頭上へと放る。大きな傘となったソレは、劫火の雨を着実に弾いた。
しかし、際限なく降り注ぐ炎の中では、攻撃に転じることが出来ない。
俺は奥歯を噛み締めた。俺のせいだ。俺を守らなきゃいけないせいで、ドラゴンに向かっていけないんだ。
固く拳を握り、ギュッと目を瞑る。
それがいけなかった。
「危ないっ!」
という声が聞こえた時には、俺の股間は強打されていた。
サアッと全ての音が遠退く。
呼吸が儘ならなくなり、金玉に生じた激痛が腹を通り越し、あっという間に全身に波及する。
魂を握られている。
吐気。
そして、バンジージャンプの紐に引かれるかのごとく意識が帰還を始める。
死神の手が名残惜しそうに開かれる。
俺は股間を押さえ、うずくまっていた。声なき絶叫をいまだ続けながら顔をあげると、目の前でスライムがプルンと体を揺らした。
お前か。お前が俺の股間にスマッシュしたのか。
「しっかりしろ!」
大金玉が俺を掬い上げ、狸と、狸に背負われた俺とをすっぽり包み込む。
「野郎! ウォオオオオ!」
少年漫画みたいな雄叫びをあげて、狸は大地を蹴った。襲いくる火炎を躱し、ドラゴンの頭上にまで飛び上がる。
そして俺達を守る金玉の鎧を解くと、勢いを殺さぬまま、ソレを思い切りドラゴンに打ち付けた。
殴打された巨体が傾き、ぐらりと世界も歪む。
気がつけば、俺達は元のバス停に戻っていた。
「外来種め……」
虚空を睨み付ける男性も、すっかり人の姿に戻っている。社会の窓もしっかり閉まっている。
「守りきれなくて、すまなかったね」
そう言って男性が懐から取り出したのは葉っぱだった。
「今回のことで、君は異形のものに目をつけられてしまったかもしれない。もし何か困ったことがあれば、これを使ってくれ。私が駆けつける」
呆然としたままそれを受け取ると、男性は「くそっ、遅刻する」と毒づいて窓を開け放った。こぼれ出たものがハーレーダビッドソンとなり、ソレに跨がる。
どろどろどろとエンジン音を響かせながら、彼は颯爽と去っていった。
「……かっけぇ」
ぽかんと見送りながら、俺は思わずそんな言葉をこぼしていた。
それが、俺と狸との縁の始まりなのだった。
了
バスに乗ったら異世界で、人外同士がバトルを始めました きみどり @kimid0r1
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