森の大蛇

昼時の薄暗いフォレジア森林を息を切らしつつも走り続けた。

 まだ正午過ぎだというのに薄暗い。 実は私はこの森をロカムまでの通過を試みるのは初めてだったりする。


「エイミー、ロカムまであとどれくらいで着きそう?」


「普通だと2時間かかるけどこっちなら40分早く着くわ。 街道はうねっているけど森は直進だからね、まぁ魔物と出くわしたらその分時間取られるけど……」


 何度か私もこの森には任務で入り口辺りまで来たことはあるけどそのほとんどが迷子のペット探しや魔物討伐くらいでしか入ったことがない。


「エイミーが言うんなら大丈夫なんだろうけど、初めて通るからやっぱり不安かな」


「でももう30分は出てないから大丈夫じゃないかな? このままいけば時間通りに着くかも」


 早く見つけ出さないと、親御さんも不安で仕方ないはず……。


「これが迷子ってならまだしも誘拐ならのん気にしてられないわね」


「そうだね、身代金要求とかあり得るものね」


「それだけじゃないわ」


 え? 身代金の要求以外で子供を攫う必要性ってなにが……。


「ノエル、あなたが生贄にされたって時期と近年〝九つの希望〟って組織が世界各国で怪しい動きしてる……なにが言いたいかわかる?」


「私の過去、怪しい動き……まさかっ」


 絶句して足を止める私に振り向きながらエイミーはもう一つの可能性を話し始めた。


「そう、きっと何者かが生贄らしきことをしようとしてないとも限らない。

 ただの可能性、けど用心しておいて損はないわ、急ぎましょう」


「そうだね、急ご……エイミー危ない!」


「え……? やばっ」 


 猛毒の蛇種の魔物、ヴェレノアヴァイパーがエイミーの足に背後から喰らいつこうとしている。


「させないっ。 付随、熱線」


 紅くなるほど熱を帯びた剣先は毒蛇の首を正確に捉え、その刃は首と胴を綺麗に切り離しヴェレノアバイパーの行動は停止した。

  尻もちをついたエイミーは切り離された毒蛇の顔を見ながら呆然としている。


「エイミー大丈夫? 間に合ってよかった」」


「ありがと、英霊術覚えてくれていて助かったわ。 普段ノエルに調子乗り過ぎなんて言えた立場じゃないわね」


 エイミーは差し出した手を取って自嘲気味に笑いながら立ち上がると毒蛇が出てきた方向の木々をジッと睨んだ。


「たとえ時間がかかってもみんなが街道を選ぶ理由がこれよ」


 人が寄り付かない場所には当然その他の生物が棲みつきその場所には大きな生態系ができあがる。

 そこに私達人間が踏み入るなど自殺行為に違いない。


「だからみんなここを避けるんだ。 急ごう、暗くなったらもっと魔物が増える」


「そうね、まだ魔物の気配はそこまで多くないから今の内に森を抜けましょ」


 毒蛇の亡骸を背に私達はロカム村への道を急いだ。 それから30分は走り続け、遠目に果樹園が見えてきた。


「あれは、ロカムの? 近いよエイミー」


 視認できる距離なら直進で15分くらいあれば到着する。 もう村までは目と鼻の先、ホッと胸を撫でおろそうとした時だった。 嫌な感覚が走り立ち止まる


「あのさエイミー、なんか背後から生暖かい空気感じない?」


「はは、奇遇ね。 あたしもそれ言おうとしてたとこ」


 どちらからでもなく振り向いた先には幅1メートル、高さ4メートルはあろう大蛇が舌を出しながら身構えていた。

 脇道から出てきた様子もない。 だとすると……途中からつけられていた?


「いったいいつから? それにこの種類って……エイミー、この大蛇って森の主か何か?」


 問いに対しエイミーは顔を引きつらせた。


「多分毒蛇の匂いが付着しちゃったんだと思う。 それにしても、こんなバカみたいに大きな蛇なんて作り話でしか聞いたことないわよ」


「その作り話みたいなのがなんでこんなとこに?」


「わかんない。 けど、コイツをどうにかしないと村に辿り着けないっってのだけは間違いないわね」


 私達は目を泳がす大蛇を眼前に迎撃の構えを取る。


「もぉーっ、なんでこうなっちゃうの?  これなら街道を選んだ方が」


「それ言わない、あたしが1番気にしてるんだからっ」 


 なんとなく逆ギレしてる感じに見えなくもないけどそんなことにツッコんでる場合じゃないっと。


「それにしてもまずいわね、今のあたしらどの茂みに隠れたって見つかるわよ」


 嗅覚と熱探知に優れた蛇の前で姿形を隠すのは無意味、仮に隠れることができたとしても木々をなぎ倒して潜伏先まで突っ込まれる。


「エイミーごめんっ。 アクアスプレッド!」


 空気中の水分と霊素が反応したそれは広範囲のしぶきとなりエイミーに降りかかった。


「冷たっ、ちょっとノエルなにすんのよーっ」


「隠れて、弓は任せたよ」


「もぉ、しょうがないわねっ」


 私の意図に気付いたエイミーはすぐ近くの茂みに身を潜めた。

 さて、こんな大きいの剣で刺したところで弾かれて終わりだし森の中じゃ火属性の術は使えない、けど熱を放つことはできる。


「解放、熱素」


 予想はしてたけど間違いない、より高い熱に誘導されてる。


「それならっ」


 手に熱を収束させておびき寄せる、必ず私目掛けて飛び掛かってくるはずだ。


「ノエルも隠れてっ、こんなの1人でやれる相手じゃ……」


「私達でやるんだよっ、エイミー構えて」


 大蛇が私目掛けて突っ込んできた。 普通なら真横へ避けるのが正解なんだろうけど……。


土槍クエイク、連携よろしくっ」


 槍状に隆起した床はその巨体を貫き、エイミーの放った矢が大蛇の腹に深く突き刺さった。


「……倒した?」


「そうみたいだね、大きくてヒヤヒヤしたけどあっさり倒せて拍子抜けなくらいだわ」


 倒せたと思いロカムへ足を戻そうとした時だった。


「ウソ、圧壊した……?」


 音の方に振り返ると大蛇は己の腹部の力だけで貫通した槍を粉砕した。 蛇は獲物を締め上げる力が強いことは知ってるけど、こんなの想定の範疇を過ぎてる。


「ど、どどどどうしようエイミー」


「慌てない慌てない。 いいノエル、こういう時は……」


「こういう時は?」


 なにか考えがあるかと思って一瞬頼もしく思ったんだけど、踵を返すあたりそこはやっぱりエイミーだった……。


「逃げるわよっ」


「やっぱそうなるー?」


「こんなしぶといやついくら命があっても足んないわ、なんとか逃げ切って村まで……」


 そうは言っても、徐々にだけど確実に私達と大蛇の差は縮まってる。 距離は人2人分程の長さ、このままじゃ……。


「エイミー、二手に隠れるよ」


「それってどういうっ……」


「早くっ」


  促すと同時にエイミーは左、私は右方向の茂みにダイブした。 木々や葉の匂いに紛れて少しは気配を隠せてるが気休めでしかない。


「なんとかしないと、キャッ」


 幸いにも大蛇はエイミーではなく私のいる茂みを探し始めた。

 どうにかやりすごそうとするも、1メートルの太さの尻尾は柔な木々じゃ簡単にへし折られる。


「ノエルっ? すごい音したけど大丈夫ー?」


「大丈夫っ、今チャンス作るっ」


 本当は手詰まりの強がり。 どうしようかな、なんか雨まで降ってきたし、土砂降りだよ……ん? 大雨にこのツル、もしかして。


 雨が降ってきたことにより大蛇の探知能力が鈍ったのを確認した私はエイミーが隠れてる反対側の茂みまで合流した。


「もぉー、でかい蛇に追われて土砂降りとか最悪なんだけどっ、木もバカみたいに太いし……」


「いや、これは好機だよっ」


「なにノエル、それってどういう……」


 エイミーが言い終わるのを待たずに私は木の物陰から雨を媒介にした弾を数発ぶつけた。


 予想通り、大蛇は私達目掛けて飛び掛かって来る。 けどそれでいい、この瞬間を狙っていた。


「森の英霊、力を貸してっ。 ヴァルトウィップ」


 まだ首の穴は塞がってない、これでっ


 何重にもしたツルは大蛇の腹部の穴に引っかかりその身を完全に拘束、同時にエイミーの弓に水弾の力を付与した。


「今だよエイミー、腹部の上をっ」


「水の矢か、確かにこの雨なら下手な鉄より頼りになるわね。 後は、任されたっ」


 エイミーが弦を限界まで引き絞った矢の先端は碧色に輝き、拘束された大蛇の腹部の上部を捉えていた。


「散々追い掛け回したツケ、受け取っときなさいっ」


 エイミーが放った矢は開いた腹部の上部を容赦なく突き上げ、裂け目を境にロープに引かれ続けた大蛇は真っ二つに裂けて絶命した。 


「倒した……?」


「うん、心音が聞こえないからもう動かないはずだよ。 それにしてもなんでこんな大蛇が……」


「そんなことは後、今はロカムに急ぐわよっ」


 そうだ、今は立ち往生なんかしてる場合じゃない。


 大蛇を討ち倒した私達は土砂降りの中、服が濡れる事なんて構わずロカムへの道を急いだ。

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リベレーター~風習と呪いにより村を出た彼女は故郷に帰るため便利屋になる @shtalk

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