拝啓、暁の夜空へ
八坂アオヰ
第1話 静かな夜
「きっと、意味なんかないんだ。レールなんかは初めからなくて、全部偶然で決まる。だから、起こったことに理由を求めるのは無駄で、そんなことをする暇があるなら、次のアドリブを考えるほうがよっぽど有意義なんだと思う」
息を吐き、左手に持っていたトマトジュースの缶をあおる。少々生臭いドロリとした赤い液体が口内に広がり、それを
中身が空になったとこを確認して缶から口を離して、そのスチール缶を片手で握り潰す。
赤の
それを親指の腹で拭い、鉄柵から体を離してゆっくと歩き出す。
人生はときおりその様相を一変させる。本人の努力が一切意味をなさない、どうしようもない力の流れが存在している。
偶然によって歪められた人の姿をした異物。
少年。
どうしてこうなったのかは、正直よく覚えていない。
契約
突き立てられる銀の
かろうじて覚えているのはせいぜいこの三つだけだ。
ゴミ箱に潰した缶を放り込み、夜の街を歩く。
ふと、携帯が鳴った。
画面を見ると、そこに表示されていたのは姉からのメッセージだ。その内容は一文。『早く帰ってこい』ただそれだけだった。
時刻は十時を回ろうとしている。こんな時間に出歩いていては補導の一つもされてしまうだろう。駆け足にならない程度に歩みを早め、帰宅に向かう。
歩みを進めるにつれ、喧騒の声が遠くなってゆく。
ほどなくして一軒の家の前に立ち止まる。表札には『霧島』の文字、ここが彼の住む家だ。
玄関にはまだ明かりがついている。取っ手に手をかけ、軽く息を吐いてからその扉を開ける。
「ただいm..._」
ただいま。と最後まで続かなかったのは、正面から投げつけられたものが顔面に当たったからだ。物がものなら出血してるであろう速度で。
「姉さん、痛いんだけど」
「こんな夜遅くにほっつき歩いてるほうが悪い。さっさと風呂入って寝ろ」
抗議の声を漏らすもさらりと
明日烏の姉、
「…今日、バイトだったんだよ」
誰にも聞こえない声でつぶやく。そのバイトも、八時には終わっているのだが。
彼は靴を脱いで上がり、
現在の霧島家は二年前に両親が先立ってしまったために、巴と明日烏の二人で暮らしている。そのため家計は両親の遺産と巴の稼ぎによって成り立っている。
リビングには冷め切った夕飯が並べられていた。ごはんとみそ汁、主菜と副菜。それらをレンジで温め一口、また一口と口へ運ぶ。食事が進み、夕飯の残りが少なくなっていくにつれて、
食べ終えて食器をシンクにおいてから、彼はトイレに駆け込み_
_吐き出した。
吸血鬼になってからというもの、どうしてか体が人間の食事を受け付けなくなった。食べれはするし味が合わないわけでもない。がしかし、どうしても吐いてしまうのだ。
少量なら食べても吐くことはないが、忙しい合間を
まあ、その結果こうして吐いてしまっては元も子もないのだが。
「今食べ終わったのか」
シンクに出した食器を洗っているとふいに後ろから声をかけられた。
振り向かずに疑問をなげかける。
「うん。姉さん、まだ寝てなかったの?」
「トイレ。そうだ、洗濯回してたからたたんどいて」
「わかった。風呂入ってからやっておくよ」
言い終わる前に姉はそそくさとトイレに向かった。
___
必死だった。殺さないために、生かすために。
覚悟はあった。どんな代償でも支払うつもりだった。
後悔はなかった。悔いることはないと思っていた、この時までは。
押し殺した声にわずかに
ただ、あの子に生きてほしかった。それだけなのに、それがあの子を苦しめている。そう思うとこの胸を
「……ごめんなさい_」
胸元の布を握りしめ、かすれがすれの声を漏らす。
___
「あぁー。生き返るー」
別に、さっきまで死んでたわけではないが。
洗うべきところを洗い、少年はゆっくりと浴槽で体を伸ばす。
しかし、生き返るというのも実際間違いではないように思える。吸血鬼になってからの彼の肌は真っ白、いやむしろ青白いといったほうが正確なまである色味をしていたが、この時だけはうっすらと赤みを帯びている。
「この後は歯を磨いて、洗濯たたんで。あ、あと弁当と朝ごはんの用意もか…」
_針の音が夜を刻む。一時を過ぎたころに、少年は床に就いた。睡眠薬を飲んでから。
拝啓、暁の夜空へ 八坂アオヰ @Aoiyasaka_222
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