第2話

 アラタ、と勇仁が名前を呼び、新は自然と勇仁の唇に自分のそれを寄せた。

 痛いくらいの執着と独占欲が、嬉しかった。他の人ではなく、新でなければダメなのだと分かるから。

 冷たい月明かりの下で、新と勇仁の唇がそっと重なった。舌が絡まりあい、互いの唾液を舐め合う。

 瞬間、勇仁がぐっと眉間にしわを寄せた。

 どうしたのだろうと新が見上げると、勇仁は頬を上気させ、浅く呼吸を繰り返していた。こめかみにじんわりと汗が浮き、苦しそうだ。

「おうさ……」

 どうされたのですか、と問おうとすると、勇仁が切羽詰まったように新に尋ねた。

「アラタ、この先を望んでも良いか?」

「お、王様が望むことなら、俺は何でも嬉しいです」

 新がもじもじと答えると、勇仁はやや強引に新を横抱きにし、真っ直ぐにベッドへ向かった。

 勇仁は新をベッドに優しく寝かせると、興奮を必死で抑えるようにしながら、新の靴を、服を、丁寧に脱がせていく。新も勇仁の服を脱がせ、互いに生まれたままの姿になると、掛け布団の中に潜り込んだ。

「王様、あの、さ、触ってもよろしいですか」

 新は、はしたないかもしれないと思いながらも、勇仁に乞うた。

 勇仁が自分のことを愛しているなど、まだにわかには信じられなかった。直に触れ合って、勇仁の愛を確かめたかった。

「ああ、好きなだけ触れ」

 勇仁は新に覆いかぶさると、新の手を自分の胸に当てた。

 自分と同じくらい速い勇仁の鼓動が手のひらに伝わってきて、新は嬉しくなる。自分だけではない。勇仁も初夜に緊張し、興奮してくれているのだ。

 勇仁の心臓に左耳を当て、彼の強靭な身体に腕を回す。脇腹から背中へ、張りつめた筋肉の凹凸を指先で丹念に辿り、堪能する。同じ男なのに、勇仁と自分とではまるで身体の構造が違った。新が陶酔していると、ふと勇仁に手を握られる。

「王様?」

「勇仁でいい。私も触っていいか?」

「はいっ、もちろんで……ひゃっ」

 勇仁は、新の胸の淡い桃色の尖りを指先でつんと突いた。乳首が陥没気味のつつましいそこを、勇仁は何度も優しく撫でる。

 何も感じないはずの尖りが、むず痒くなるような気がした。勇仁に触られていると、どうしてかもっと触ってほしくなる。

 もっと触って、ひどくしてほしい。

 そんな気持ちが過ぎって、新は真っ赤になった。

「どうした?」

「勇仁様、俺、自分が、は、はしたなくて……恥ずかしいです」

「褥で淫らなのは良いことだ。私にだけたっぷり見せてくれ」

 勇仁に両の乳輪を優しく揉まれ続け、新は目をつぶって告白した。

「な、舐めて、噛んで、いただきたいのです……」

 勇仁は身をかがめ、新の熟れたりんごのような頬にキスを落とした。

「お前はおねだりが上手だな、アラタ」

 耳に艷やかな低音を吹き込まれ、新の細い腰がびくんと跳ねる。

 勇仁は新の白い貝殻のような耳たぶを、きれいにそろった歯でやんわりと噛んだ。耳の孔にぐちゅりと舌を差し込み、もう片方の耳の孔には自身の指先を挿入れ、くりくりといじる。新の頭の中では、勇仁の舌先が奏でるぬちゃぬちゃといういやらしい体液の音と、彼の美しい声が反響している。

「あっ、あっ」

 腰が勝手に前後に動き、花芯の先端が勇仁の硬い腹筋に擦りつけられる。

「悪い子だ。私の許可もなく先にイこうとするとは」

 勇仁が、ぐ、と新のささやかな花芯を握りしめたが、新にはその刺激さえ快感になった。

「あ、あ、勇仁、さま」

 新の瞳に快楽の涙が溢れた。ぽろぽろと涙する新の頬に口づけるも、勇仁は責める手を休めない。

「イきたいのだろう? 私の手でイけ」

 先走りでどろどろになっている花芯の幹を、根本から先端へ絞るように擦り上げられ、新はかすかな悲鳴をあげた。もう、絶頂が目の前だった。

「勇仁さま、イ、きますっ」

 勇仁の首元に縋りつき、胸いっぱいに彼の体臭を吸い込んだ。

 ラベンダーの香りに彼自身の汗の香りが混じって、えもいわれぬ色気漂う香りになっている。またたびを吸った猫のようにぼんやりしながら、新は下半身に電撃が走るのを感じた。びゅ、びゅ、と勢いよく白蜜が花芯の先から溢れ出る。

 はあ、はあ、と肩で大きく息をしていると、勇仁の身体がぐらりと傾いだ。

「お前は、不思議だ。初めて会った時も、理性がかき乱される、甘い香りがした」

 首元に鼻を寄せて呼吸されて、新は荒い息をしながら首を傾げた。そういえば、自分を襲った受刑者たちが、「異様なほど惹きつけられる香りがした」と言っていたことを思い出す。イったばかりの朦朧とした頭で、自分は特殊な体臭でも発しているのだろうか、とぼんやり思う。

「お前と繋がりたい、が、お前の尻は小さくて、壊してしまいそうだ」

「そんな、でも勇仁様がお苦しい……」

 身体を起こす勇仁に、新は縋るようにしがみつく。自分だけ気持ちよくなるのは嫌だ、と駄々っ子のように首を横に振った。

 勇仁は吐息だけで笑うと、ばさりと掛け布団を剥いだ。

 新の目の前に、勇仁の逞しい雄芯がぶるん、と露わになる。

 新は言葉を失った。赤ん坊の腕ほどありそうなほど、太く、長い逸物が、腹につきそうなほど反り返っていた。

 先端は李のようだが赤黒く、幹は血管がいくつもぼこぼこと浮き出ていて、まさに凶悪。凶器と言っても過言ではない雄芯だった。

 一方、新の花芯は、薄桃色で、小さく細い。幹もすんなりとしていて、勇仁のものと比べると、まるで大人と子どものようだと恥ずかしくなる。

 しかし、たしかにこれほどの凶器ならば、自分の尻にはすんなり挿入はいりそうもない。いくら慣らしたとしても、入り口が耐えきれなさそうだ。

「今日は我慢だ。これからいくらでも機会がある、また次の機会に抱かせてくれ」

「は、はい」

 勇仁にも気持ちよくなってほしかったのに、と新が申し訳ない気持ちになっていると、勇仁が新の細い腰を抱き、くるりとひっくり返した。

「え?」

挿入れはしないが、股を貸してくれ。アラタも気持ちよくなれるはずだ」

 回った視界にあたふたしていると、勇仁が新の耳元に唇を寄せ、囁いた。

 両太ももを閉めさせられると同時に、新の小さな袋を突くようにして、勇仁の雄芯がぬるり、と割り入ってきた。

「ひゃん!」

「アラタ、私のかわいいアラタ……」

 勇仁の鋼のような身体が、熱かった。

 新を羽交い締めにするようにして、後ろから激しくピストンする。パン、パン、と新の尻に勇仁の強靭な太ももが激しくぶつかる。まるで本当に挿入れられているような感覚だった。

「ああっ、前、きもちい……!」

 勇仁の太い雄芯が、何度も新の花芯の幹を擦る。彼の大量の先走りと新の出した精液が混じって、ぐちゃぐちゃと音を立てるのが卑猥だった。

 勇仁の固い雄芯に蟻の門渡りをぐり、と強めに擦られ、新は尻を突き出し喘いだ。

 新の背にぽた、ぽた、と勇仁の汗の粒が落ちていく。汗の落ちた跡からぞくぞくと快感が呼び覚まされ、新はたまらず背をしならせた。

 勇仁が二人の雄をまとめて握り込み、ぐちゅぐちゅと上下させる。もう、限界が近い。新はそこに勇仁がいるのを確認するように、愛しい人の名前を何度も呼んだ。

「勇仁様っ、勇仁様っ」

「ああ、アラタ……っ……!」

 どぷ、と勇仁の雄芯からおびただしい量の白濁が噴射する。新の花芯からもわずかに白蜜が漏れて、二人の体液が勇仁の大きな手のひらの中で一つになる。

 勇仁はベッド横にある水を張った桶で手をゆすぐと、ぐったりしている新に沿うように寝転がった。

「素晴らしい初夜だった。アラタ、ありがとう」

「こちらこそ……勇仁様も気持ちよくなれて、本当によかった……」

 新のまぶたが徐々に落ちていく。身支度をして自分の部屋に帰らねばと思うのに、身体が鉛のように重かった。舌もうまく回らず、むにゃむにゃと喉の奥に吸い込まれていく。

 いつの間にか、新は目をつぶり、健やかな寝息を立てていた。勇仁は使用人にシーツを取り替えるよう命じると、体液に塗れた新を清めるため、彼を抱いて浴室に向かった。



「俺が王妃に?」

 驚く新に、勇仁が真剣な顔で頷く。

 今晩もまた、新は勇仁に呼ばれて彼の寝室に来ていた。開かれた窓から入る温かな夜風は心地よく、ついまどろんでしまいそうになる。

 薫子の歌会で、新は貴族たちに王妃として認知された。それをきっかけに、勇仁は新を正式に王妃にしたいと朝議で発言したらしい。

 しかし、それを許さないのが、義昭率いる新法反対派だ。道化師上がりの王妃など前例にない、貴族でもない者を王妃にすべきでない、「白き鳥」がまだ現れていないのに王妃などもってのほか、と王宮は嵐の様相らしい。

「王妃になるのを反対されるのは分かりますが、俺が男なのはいいんでしょうか?」

「純度の高い鳥人の雄は、相手が雄でも雌でも孕ませることができる」

「す、すごい。そうなのですね」

「アラタが何者か明らかにすべき、との声が強い。身体検査や身元調査を受けることになるかもしれない」

「俺は構いません」

 新が胸を張ると、勇仁は「心強い」と微笑んだ。

 身元を調査されれば、自分が鳥人でなく、異世界から来たただの人間であることは明らかになるだろう。

 そうなると、「正体不明の者を王妃にするなど」と新法反対派は勢いづくかもしれない。結果的に、新は王妃にはなれないかもしれないが、勇仁が新を王妃にしたいと思ってくれている、それほど新を大事に思っていると周囲に示してくれることが嬉しかった。

 翌日から、新は王宮の医務部に何日間もかけて監視される生活が始まった。裸に剥かれてあちこちを測られるところから始まり、血どころか尿や便まで採って検査される。また、未熟な鳥人は喜怒哀楽の波が大きい時に鳥に変化しやすいらしく、楽しかった思い出や辛かった思い出を話すように命じられ、鳥に変化しないかを執拗に確かめられた。

 医務部の者たちに「これで検査は終わりです」と言われた時、新はもうくたくただった。どんな結果が出ようと、なるようになる。その夜は、久々にぐっすりと眠った。

 それから数日が経った頃、新は朝から勇仁に呼び出された。

 勇仁が夜以外に新を呼び出す理由は、新法案についての相談がほとんどだ。それにしても、朝からとは珍しい。使い慣れたワックス板と鉄筆を片手に、勇仁のもとへ急いだ。

「お前に早急に伝えたいことがあり、呼んだ」

 固い表情の勇仁に、新はどこか嫌な予感がした。

「はい、どのようなことでも仰ってください」

「今後、お前が寝起きする場所は、私の寝室の隣室にする」

 どきり、と心臓が大きく音を立てた。

 勇仁の部屋の隣は、王妃の部屋だ。まだ王宮内では新を正式な王妃とするのに反対の声が強いと聞くのに、良いのだろうか。しかし、勇仁が決めたのなら否とは言えない。

 新は戸惑いながらも返事をする。

「は、はい。そのようにいたします」

「それと」

 勇仁がひどく言いにくそうに、けれど決心した、というような苦々しげな表情で言い放った。

「私が許した時以外、部屋の外に出てはならない」

 新は思わず目を見張った。

 手からワックス板と鉄筆が滑り落ち、大きな音を立てる。

「ど、どうしてですか!? まだ新法案は草案段階です。最終版まで詰める必要が」

「分かっている。だが、やむを得ない事態が起こったのだ」

「やむを得ない事態とは?」

 新は勢いよく尋ねたが、勇仁は唇を引き結んだ。

 どうしても言いたくないようだ。

 勇仁の許す時以外は外に出てはいけない、つまりそれは、監禁されるということだ。

 普段の新の生活は、こうだ。朝から夕方までは図書館にこもり、他国で施行された法と新法案を照らし合わせながら必要な条項はないかを調べる。そして、晩は勇仁と音楽を聴いたり、語らったりして過ごす。これが常だった。

 新法案を起草するのは新のライフワークだ。勇仁と勇仁の国のために働く喜びを実感できる大切な時間だったのに、それを取り上げられてしまうなんて。

 一体、「やむを得ない事態」とは何なのか。せめて自分にだけは説明してほしかった。

 新は拳を握り込む。納得できない。

 新は勇仁に反論しようとした。

 しかし、勇仁がじっと不安げに新を見ていた。琥珀色の瞳が、まるで置き去りにされた子どものように心細げに揺れていた。

 新は口をついて出そうになる言葉たちを、ぐっと飲み下した。

「……王様が仰るなら」

 勇仁が、何の理由もなしに自分を監禁するとは思えなかった。

 勇仁には、何か心配事があるのだと思う。自分の身体や身元の調査結果が明らかになり、新法反対派が勢いを増したのかもしれない。彼らの攻撃から自分を守ろうとしてくれているのかも、と新は思った。

 渋々だったが、新はこうして監禁生活を送ることになった。

 生活は、これまでとはがらりと変わった。寝起きする部屋が変わったことで、新は王妃に限りなく近い扱いを受けることになったのだ。

 まず、付き人の数が変わった。これまで侍女一人しかつけられていなかったのに、部屋の前には警護のための騎士が二人つき、服を着替える時や入浴する時のために、使用人が十人もつけられた。

 監禁されているのだから必要ないだろうと思ったが、勇仁と並んでも見劣りしないよう、余所行きの服が何十着も作られた。恥ずかしかったのが、寝間着だ。勇仁と大きさが違うだけの全く同じデザインのネグリジェを着せられるようになり、まるでペアルックのようだと一人赤面した。

 王妃扱いをされるようになったことでまた薫子が嫌がらせをしてくるのではと思ったが、先日の歌会で打ちのめされたらしく、公妾たちは静かだった。

 そんな新の新しい毎日はというと。

 朝から夕方にかけては、暇な時間を持て余すようになった。せめて図書館だけでも行かせてほしいと勇仁に頼んだが、彼は頑として首を縦に振らなかった。とはいえ、何もしないのはワーカホリックの新には難しい。新法案の問題点を整理してみたり、侍女に頼んで、図書館から持ち出せる本を見繕ってもらったりした。

 ただし夜は、勇仁が自分の寝室に呼んでくれるので退屈しなかった。二人で楽師たちの演奏を聴いたり、酒を飲みながら本を読んだり、今日王宮で何があったかを教えてもらったりする。夜の時間だけは、勇仁はそれまでと変わらなかった。いつもの優しい勇仁だった。

 そして、先日初夜を迎えてから、夜に新しい習慣が加わるようになった。

 それは、勇仁と同じベッドで寝起きをするということだ。

 就寝の時間になると、勇仁は新を横抱きにしてベッドに運んでくれ、新は彼の腕枕で眠る。

 ベッドの中での勇仁は、過剰なほど新の隅々に触れたがった。石鹸の香りがする新の髪に鼻を埋めて吸い込んでみたり、バラの香りがする水をたっぷりつけた白い頬に頬ずりしてみたりと、まさに猫可愛がりで、されている新自身が恥ずかしくなるほどだ。

(俺は、勇仁様に愛されてる、はずだ)

 新は勇仁の逞しい腕の中で、複雑な気持ちになりながら思った。

 どうして勇仁は自分を監禁するのか。どうして理由を教えてくれないのか。

 日に日にモヤモヤとした気持ちが心の奥底に溜まっていく。

 それでも、勇仁が自分を愛していることだけは分かった。自分を抱きしめる手の優しさ、見つめる瞳の温かさ、それは言葉にせずとも、新を心から愛していると主張していた。

 しかし、一つだけ気になることがあった。

「勇仁様」

「──っ、ダメだ。アラタ」

 勇仁の頬に唇を寄せようとして、顔を背けられた。

 まただ、と新は思う。

 そう。キスを、拒まれるのだ。

 抱きしめたり、手を握ったり、頬ずりはしてくれる。けれど、キスは絶対にしてくれない。新が求めると、「すまない」と謝り、ふいと顔を逸らすのだ。

 勇仁からキスを拒まれるたび、愛されている、と思う心と、本当にそうなのか、と疑問に思う心が、せめぎ合った。本当は新を王妃に推したことを後悔しているのではないか、今更引っ込みがつかなくなって単にそばに置いてくれているだけなのではないか、そんな思いが湧いてくる。

 一度不安に思い始めると、まるでそれが事実かのように思えてきてしまう。

 新は頭を振り、祈るように両手を胸の前でぎゅっと握った。

(勇仁様を信じろ)

 勇仁は愛していると言ってくれた。その言葉を信じよう。

 心の隅に不安を抱えながらも、新は無理やりにでも前を向くことにした。

 外に出られないと嘆くのではなく、部屋の中でしかできないことを頑張ればいいのだ。

 部屋の中でしかできないこと、つまり、後孔の開発をしよう、と新は思い立ったのだった。

 先日の初夜では、勇仁の雄芯が大きすぎて、挿入れるのを断念させてしまった。監禁されていて時間はたっぷりあるのだから、後孔の開発をするのにはぴったりだった。

 勇仁にキスを拒まれる今、新の心は大きくぐらついていた。自ら積極的に後孔の開発をするなんてふしだらな、と思わないでもなかったが、新は、現状を打破できる何かに取り組みたくて必死だった。

 侍女に相談すると顔を赤くしていたが、いろいろな大きさの張り型と香油を準備してくれた。新は毎日人払いをして、後孔を拡げるように一人で練習するようになった。

「ん、っ」

 ずぷ、と新の後孔に頭が挿入はいったのは、勇仁のものにかなり近い大きさの張り型だ。いくつもの張り型を長い時間をかけて挿入れて、やっとこの大きさまでたどり着いた。

 とはいえ、新はまだ後孔での快感を得られていなかった。なんとか挿入れられても、ただ異物感がひどいだけなのだ。

 学生時代に男子学生たちが「アナルでセックスすると気持ちいいらしい」とふざけて言い合っていたのはガセだったのかもしれない。せっかくなら勇仁も自分も気持ちよくなれたらいいが、と、どこか諦め気味な気持ちでそろそろと挿入れていく。

 張り型の雁首を越えて、ゆっくりと幹が挿入はいりはじめた、その時だった。

 しこりのようなところを張り型の幹がかすめた途端、腹の奥から、大声で喘ぎたくなるようなむず痒い快感がどっと湧いた。ビクン、ビクン、と新の四肢が自然と跳ねる。

 何だ、何が起こった、と新は目を白黒させた。腹側にある小さなしこりにぶつかっただけで、気持ちいいことしか考えられなくなった。もっとめちゃくちゃに突いてほしい、と恐ろしいほどの衝動が湧く。

 新は快感の余韻に震える手で、もう一度恐る恐るしこりをぐっと押してみた。

 身体じゅうの性感帯が泡立ち、乳首が痛いほど勃ちあがった。勃ちあがった乳首を誰かに触ってほしくて、敷布に懸命に擦りつける。

 もっと、もっと、しこりを擦って、押し込んで、そうすればイける、と頭の中で誰かが叫ぶ。緩んだ口の端から、涎が垂れた。

 もう、自分が自分でないようだった。イくことしか、考えられない。

「ゆ、じん、さま」

 勇仁の声を、手を、瞳を思い出す。新を愛していると言ってくれた時のことを、思い出す。

 ──私は、お前を愛している。伝説の白き鳥など要らない。お前さえいればいい。

「俺もっ、勇仁様さえ、いれば……っ」

 しこりを幹で何度も擦ると、まるで勇仁に挿入れられ、腰を動かされているような気持ちになった。中の襞は張り型を貪欲に舐めしゃぶり、離すまいと食いしめている。香油のぐちゅぐちゅと鳴る音に煽られ、新は張り型で何度もしこりを突くようにして出し入れし、花芯を握った。限界まで反っていた花芯は、新がそっと握っただけで、あっけなく白蜜をどぷりと吐き出す。

「はあっ、はあっ」

 全力疾走した後のように、心臓が脈打っている。

(これで、やっと、勇仁様と一つになれる)

 張り型をそっと後孔から抜き出すと、ベッドにぐったりと横になった。

 勇仁と一つになれると思うだけで、新の胸は安心感で満たされた。愛する人に愛していると、行動で示してもらえる。それがどれほど嬉しいことかを、新は初夜で知った。だからこそ、キスさえしてもらえない今の状況は、新にとって恐怖でしかなかった。

 あれほど自分だけを愛していると情熱的に囁いてくれた人が、自分を見放してしまったら。そう思うと、恐ろしさのあまり、場所も時も選ばずに叫びだしたくなるほどだった。

 新は、勇仁に、愛してほしかった。自分だけを変わらず愛していると、行動で示してほしかった。

 勇仁に抱いてくれと頼んでみよう。

 勇仁はどんな顔をするだろう。やっと新を抱ける、と喜んでくれるだろうか?それとも……いや、悪いことは考えないようにしよう。新は勇仁が喜んでくれることを願って、しばし目を閉じた。

 数日後、勇仁と新はいつものようにともにベッドに入った。その日、勇仁は珍しく疲れた顔をしていて、入浴後もどこか口が重い様子だった。新は早めに就寝しようと提案し、勇仁もそれに従った。

 腕の中に抱き込まれた新は、ふと太ももに熱い塊が当たっているのを感じた。

(勇仁様の、勃ってる)

 勇仁は気づいているのかいないのか、新のこめかみあたりに鼻を押し当て、じっと目をつぶっている。

(今を逃しちゃダメだ)

 新は勇仁に抱きつくと、甘えるように言った。

「勇仁様、俺、あの、後ろを自分で拓く練習をしたんです。だから」

 セックス、しませんか、と言うと、勇仁は驚いた表情をしていた。

 嫌悪感は見えない。

 けれど、ぐ、と唇を噛み、新を引き剥がした。

「すまない。アラタを、愛している。が、できない」

「どうして!」

 新は思わず声を上げた。愛しているなら、なぜキスしてくれないのか、なぜ抱いてくれないのか。

 意味が分からなかった。何が勇仁をそれほどためらわせているのか。

「私とてお前を抱きたい! けれど三度交われば……!」

 勇仁は掛け布団を跳ね飛ばし、珍しく語気を荒げ、大声を出した。新は勇仁のあまりの剣幕に驚く。

 両手で顔を覆ったその姿があまりに悲壮感に満ちていて、新は何も言えなくなった。勇仁は、新が思っている以上に何か大きな問題を抱えているようだった。

「勇仁様、ごめんなさい。俺が考えなしでした」

「違う、アラタは何も悪くない。私が悪いのだ。お前に我慢を強いて」

 勇仁の声は震えて、今にも泣き出しそうだった。

 新の両腕を掴み、必死に言う勇仁に、新は分かっている、と首を横に振った。

「勇仁様は、いつも俺のことを思ってくださっていると分かっています。どうか不安に思われないでください。俺はどんな時も、勇仁様を変わらず愛しています」

「アラタ」

 勇仁は新を強く抱き寄せた。

「すまない、今はただ何も聞かずに、私の言うとおりにしていてほしいのだ。必ず、理由を話す」

 勇仁の腕の中で、新は黒々とした不安が自分の心を取り巻いていくのを感じた。勇仁の言葉を信じたい、けれど、信じられない理由が多すぎた。理由も言わず監禁する、キスを拒む、セックスを拒む……。

 自分を叱咤して勇仁を信じようとしても、心は水気を失った花のようにぐったりと首を落としていた。

 セックスを断られた翌日、勇仁は昨夜の詫びのつもりなのか、図書館に行くことを許してくれた。騎士二人を付き添いにするように、と命じられ、厳重過ぎる警護を居心地悪く感じたが、それでも久々の外出に新の心は踊った。

 新は図書館に到着すると、夢中になって本を読み漁った。侍女の肩を借りて本を選んでいたが、ふと、奥まった場所にまだ本棚があることに初めて気づく。こちらにも本があったのか、と、新は埃っぽいそこに足を踏み入れた。

 気になる本があったので抜き取り、侍女には呼ぶまで好きにしてくれていいと頼む。

 行儀悪く床にぺたりと座り込んだが、こんな奥まった場所に人は来るまい。新は夢中になって本を読みふけった。

 どれほどの時間が経った頃だろう。ガタガタ、と音がして、新は本棚の隙間から音の鳴った方を見た。すると、ぼそぼそと誰かが話すような声も聞こえる。こんな辺鄙なところに一体誰が来たのだろうと息を潜めると、どこかで聞いたことのある声だった。

「──アラタなどという俗物を王妃の座に据えようとしている王様への批判は、日に日に強まっております。我々の勢いは増すばかり。義昭様、次はいかがなさいますか」

「まあ、そう焦るな」

 義昭だ!新は久しぶりに見た男をじっと見つめた。

 しかも、隣にいる男にも見覚えがあった。新が初めて新法案の会議に参加した際、新法賛成派として秀に影のように張りついていた大臣だ。あの男、義昭に買収されていたのか、と新は絶句する。

 興奮した様子の大臣とは対照的に、義昭は鷹揚としている。

 それにしても、やはり自分のせいで勇仁は窮地に陥っているのだ。新は勇仁への申し訳なさで心がずきずきと痛むのを感じた。しかし、義昭たちはなぜこんなところでこそこそと話しているのだろうか。

「明日、王様は新法案について民の声を聞くために王宮を出られる。その際、王様はどこからか放たれた矢によって命を落とすのだ。王様亡き後は、王族である私の甥に王位を譲っていただこう。さすれば政治の手綱は我々の手に渡り、これまで以上に富を築ける」

「素晴らしいお考えです。射人はもう決めておいでで?」

「ああ、先の戦争で活躍した弓の名手らしいが、今は金に困っているようでな。一も二もなく私の提案に飛びついてきた」

「しかし金で釣ったとなると、他の者にさらに買収される危険性もあるのでは……」

「誰にものを言っている? 用が済めば殺しておく」

「さすが義昭様、首尾は万全でいらっしゃる」

 新は悲鳴をあげそうになる自分の口を、必死で押さえた。

 勇仁が矢で射たれて殺される。殺した射手も殺される。そして、義昭の息のかかった王族が王位を継ぎ、義昭とその仲間たちは莫大な権力と富を手に入れる。

 勇仁に早くこのことを話さねば。しかし、今はもっと情報がほしい。勇仁を狙うといっても、必ず護衛がついていくはずだ。護衛の目をどう掻い潜って狙うつもりなのか。詳しく知りたい。

 義昭たちが何を話すのか、もっと聞こうと身を乗り出した途端、新が寄りかかっていた本棚から、誰かが中途半端に抜き出していたらしい本がバサリと落ちた。

 まずい。

「何者だ!」

 ざっと新の全身から血の気が引いた。

 新が二人の話を聞いていたと知られれば、何をされるか分からない。口封じに殺されてしまうかも知れない。新には、勇仁に義昭の企みを伝えなければならないという使命があるのに。

 コツ、コツ、と大臣が近寄ってくる足音がした。足音はどんどん新の方に近づいてくる。

 大臣が、新の隠れている本棚の一つ前まで迫った。

 息遣いがすぐ近くに聞こえる。

 もうダメだ、終わりだ、と新が目をつぶった時だった。

「アラタ様! どちらにおられるのですか、アラタ様!」

 侍女が叫びながらこちらに近づいてくる声がした。

 大臣は慌てて義昭のもとに戻ると、「では明日」とだけ言って、二人は散り散りに去っていった。

「アラタ様! ずっとこちらにいらしたのですね」

「う、うん」

 侍女の顔を見た途端、新はどっと疲れが身体にのしかかるのを感じた。侍女は不思議そうな顔をしていたが、新は腰が抜けて、しばらく立ち上がれなかった。

 その晩、新は勇仁の部屋に呼ばれるのを、今か今かと待っていた。

 けれど、今日に限ってなかなか呼ばれない。もう勇仁は入浴を終えている時間だろうに、なぜ、と侍女に尋ねると、勇仁はまだ政務室で仕事をしているらしい。文字の読めない平民たちにも新法案を理解してもらえるよう、王宮お抱えの絵師に法の内容を図解させたものを描かせているそうだ。その細やかな心遣いはいかにも勇仁らしかったが、今はそれどころではない。

 勇仁の命の危機が、すぐそこまで迫っているのだ。

 どうか勇仁にお目通りを頼んでほしい、と侍女に頼んだが、集中したいので何者も部屋に入れないように厳命されている、と従者に追い返されてしまう。

「お願いします、どうしても王様にお伝えしなければならないことがあるのです!」

「アラタ様、落ち着かれてください。私が王様に言伝いたしますので、よろしければお申しつけください」

 半狂乱になりながら従者に噛みついたが、怯えたようになだめられて、新はぐっと唇を噛む。

 新法賛成派、つまり勇仁の味方だと思っていた大臣も、義昭側に寝返っていた。つまり、今や王宮内で誰が勇仁の敵で、誰か味方か分からないということだ。長年勇仁に付き添っているらしい従者さえも、信用できない。

「……『明日お出かけになられる前までに、なるべく早くお会いしたい』と、お伝え下さい」

「承知いたしました」

 きっかりと腰を折り去っていく従者を見ながら、新は頭を掻きむしった。本当ならば、明日街へ出かけるのを中止してほしい。だが、中止したところで義昭たちは別の手で勇仁を殺そうとするかもしれない。ならば、この機会を逆手に取って、義昭たちを追い詰めねば。

 勇仁には、警護を厳重にしてもらい、特に高い建物には見張りを置くようお願いして……と、新は必死で彼を守る方法を考えた。侍女に「王様がお呼びです」と声をかけられるまで、新はどれだけ時間が経ったかも忘れていたほどだった。

 新は侍女を急かして弾丸のように部屋を飛び出し、従者に案内されるまま、勇仁の寝室に駆け込んだ。

 勇仁はちょうど風呂からあがったところらしく、疲れきった顔をしていた。

「勇仁様、お命が狙われています!」

 新は青ざめながら叫んだ。勇仁は新を手で制すると、侍女に自分のベッドまで新を運ぶよう命じ、そのまま新を抱き込んで目をつぶってしまう。

「勇仁様、お聞きください。お願いですから……!」

「アラタ、私はひどく疲れた。明日必ず聞くから、どうか今晩は休ませてくれ」

 新は勇仁の腕を無理やり解き、話を聞いてもらおうとした。しかし、勇仁は言葉の通りとても疲れていたようで、新をなだめるなり、意識を失うようにすとんと眠ってしまった。

 あまりに早く勇仁が寝てしまったので、新は呆気にとられる。寝息をたてる彼の腕の中で静かに寝返りをうつと、彼の顔をじっと見つめた。

 切れ長の美しい瞳の下には、暗闇でも分かるほどくっきりとした隈ができていた。頬はいつもよりシャープな線を描いていて、月の光に照らされるとまるで病人のように目鼻がくっきりと浮き彫りになっている。あまり食事を摂っていないのではなかろうか。

 新は勇仁の頬にそっと手を滑らせると、自分の愚かさに唇を噛み締めた。

 こんなに愛しているのにどうしてこうしてくれないのか、ああしてくれないのか、と、自分の考えばかりを押しつけて、肝心の勇仁のことを全く見ていなかった。誰よりもそばにいたのに、これほど衰弱した勇仁に気づかなかったなんて。

 新は勇仁の両頬に手を添えると、少し逡巡し、意を決して、彼の唇に口づけた。

 そして、かすかに開いた勇仁の唇の間から、自分の舌を滑り入れる。

 彼の舌にそっと触れると、背筋にまるで電撃が走ったような激しい衝撃があった。きっと久々に彼の唇に触れたからだろう。彼の舌が、唾液が、蜜のように甘く感じられて、もっともっと欲しい、と思った。

 強引に唇の間から舌をねじこむと、彼の整った歯列をなぞり、口の天井を舐め、舌の裏側をくすぐり……と、自分が彼にされて気持ちよかったところをそのままなぞった。勇仁は深く眠っているようで、ぴくりとも動かない。

 自分が暴走している自覚はあった。一度勇仁の唇に触れてしまうと、貪欲にどこまでも求めてしまう。勇仁が欲しい。勇仁と一つになりたい。

 新の身体は、どんどん熱を帯びていた。まるで身体の奥に燻っていたマグマが、突然湧き出し活動し始めたようだ。

 乳首や花芯など敏感な部分が勇仁の身体と擦れるたび、びくびくと震えて悦んでいるのが分かる。なぜか肩甲骨のあたりがやけに熱くて、まるでそこから炎の羽がめきめきと生えてくるような気がした。

 ああ、もし自分に炎の羽があったのなら、勇仁を抱えてどこか遠くへ、二人だけしかいないどこかへ、飛んでいきたいのに。

「勇仁様」

 ちゅぷ、と音を立てて、新の唇が勇仁から名残惜しげに離れる。

 このキスは、自分へのはなむけだ。

 義昭にとっては、勇仁だけでなく新も邪魔者だろう。勇仁を殺した後は、新も近いうちに殺されるかもしれない。けれどそれならば、新は義昭の企みを裏切って、命をかけてでも勇仁を守りたいと思った。

 勇仁は、新にとって、唯一無二の人だ。新の心と身体を初めて愛し尽くしてくれた人。彼を失ったら、新はどう生きていけばいいのか分からない。

(勇仁様がどれだけ反対しようと、明日は必ずおそばについていこう)

 新はひっそりと決意した。

「俺が、勇仁様をお守りしますから」

 新は勇仁の寝顔にそう告げると、彼の腕の中にそっと戻った。目は冴えきっていて、なかなか眠気は訪れそうになかった。

 翌朝、目を覚ますと、ベッドに勇仁の姿はもうなかった。一気に血の気が引く。まさか、もう勇仁は出発してしまったのか。

「勇仁様は!?」

 顔を洗うための湯を持ってきた侍女に飛びかかる勢いで尋ねると、「政務室においでです」と答えが返ってきた。慌てて身支度をし、勇仁のもとへ向かう。

 勇仁はすでに外出するための準備をすっかり整えていて、同行する大臣たちがその周囲をずらりと取り囲んでいた。

「アラタか。どうした?」

 勇仁は気安い様子で話しかけてきたが、新は神経を張り巡らせていた。

 誰が敵で誰が味方か分からないこの状況下で、勇仁の命が狙われていることを言ってしまっていいのだろうか。いや、危険だ。この場にいる全員が義昭の仲間ならば、新の発言をきっかけに、勇仁も新もここで殺されてしまうかもしれない。それならば、平民たちという大勢の第三者がいた方がいい。やはり、街に出る勇仁を自分が守るしかない。

「王様、どうか俺も連れて行ってください。俺も新法案の起草に携わった一人です。新法をより良いものにするためにも、民の声を直接聞きたいのです」

 新は懇願した。勇仁のそばにいられれば、刺客から勇仁を守れる。

「駄目だ。お前は王宮で待っていてくれ」

「王様! お願いです。今回だけで良いのです。今回だけ、どうか一緒にお連れください!」

 新は必死で頼むが、勇仁は眉をしかめ、厳しい表情を変えない。

「王様、アラタ様がお願いされるのももっともなことでございます」

 突然真後ろから声がして、新はびくりとした。

「本日は気候も良うございます。ずっと王宮の中におられては、アラタ様も息苦しくお感じなのではないでしょうか。南の離宮ではちょうどひまわりが満開だと聞きました。南の離宮にお連れするのはいかがでしょうか?」

「違います! 俺は……」

 ぐり、と背中に何かを押しつけられる感覚があり、新は横目でそれを見て、思わず叫びそうになった。それは手の中に隠せるほどの大きさの、抜き身のナイフだった。

「大人しくしろ」

 新にだけ聞こえるような音量で脅され、新はぞっと鳥肌が立った。恐る恐る後ろにいる男を見上げると、なんとそれは昨日図書室で義昭と話していた大臣だった。

「お前……!」

「離宮に行くと言わねば、この場でお前を殺す」

 新の背に冷たい汗が伝った。

 暗殺計画を勇仁に知らせようとしていたことだけでなく、図書館で盗み聞きしていたこともとっくにばれていたのだろう。そうでなければ、こんなにも早く新を勇仁から引き離し、殺そうとする理由がない。

 この場でむざむざ殺されるわけにはいかない。新は勇仁を守らなければいけないのだ。しかし、離宮に行かされれば、勇仁を守ることができない。

 背中にかかる圧が強まり、刃の先端がざくりと服を切り裂いたのを感じた。

「り、きゅうに、行きたいです」

「王様、いかがでしょうか?」

「……お前が言うなら、そうしよう」

 勇仁はしばし考えている風だったが、新を監禁しているという負い目を感じているのか、大臣の提案にすぐに乗った。

 勇仁は新のもとに歩み寄ると、耳元で囁いた。

「義昭の謀反を心配してくれているのだろう? お前の後ろにいる者は、私の派閥の者だし、護衛もつける。安心して出かけるといい」

 ぽん、と勇仁に肩を叩かれて、新は絶望的な気持ちで彼を見送った。

 違う。この男はもう義昭に……そう叫びたかったが、背中にはずっとナイフが突き立てられたままだ。言葉は喉に張りついたまま、一言も発することができなかった。

 勇仁が政務室を出た後、新は離宮に赴く準備をすることになった。

「離宮のひまわりは本当に美しいのです。遠くに海が見えるのですが、海とひまわりの対比がそれはもう筆舌に尽くし難く……」

 侍女は離宮に行ったことがあるらしく、てきぱきと準備を進めながらも、とても興奮しているようだった。新は侍女に生返事をしつつ、どうにか使用人たちの目を盗んで勇仁たちに合流できないかと考える。

 何か事件でも起こして、それに皆が気を取られているうちに逃げ出すのはどうだろうか。例えば火事はどうか。身の回りに火の気がないか探したが、まだ日の高い今の時間では、どの燭台にも火はついていない。

 ならば身体のどこかが痛いと騒いで外出を中止させ、こっそり部屋を抜け出すのはどうか。支度をしている部屋の前では、新を脅した大臣がこちらをじっと監視しており、外出しないという選択肢は無理そうに思われる。

 使用人たちは離宮に行くのが楽しみなようで、手早くトランクに食事や服を詰め込み、新が行こうと号令を出すのをそわそわと待っている。

 考えに考えたが、新の頭にはもうこれ以上何の選択肢も残っていなかった。

「……行きましょう」

 張りつけたような笑顔の大臣が、侍女ごと新を誘導する。

 侍女は新と同じ馬車に乗り込み、大臣は新のすぐ後ろの馬車に乗ったようだった。御者の掛け声とともにムチのしなる音がし、ゆっくりと馬車が動き出す。

 まるで処刑台に向かう囚人の気分だ。どんどん城が遠くなっていくのを見ながら、新は絶望的な気持ちになる。けれど、諦めてはいけない。まだ命はあるのだ。できることを考えなければいけない。

 流れていく景色を見ながら、いつこの扉から飛び出そうかと考える。しかし、扉は外側から施錠されている。窓はずっと開いたままだが、新の身体をねじこめば途中で詰まってしまいそうだった。

 どうしたらいい、どうしたら勇仁様のもとへ行ける。

 新は頭を抱え、うずくまる。

 奇跡でも起きない限り、ここから出ることはできない。

(鳥になりたい。何を犠牲にしたって構わない。勇仁様のもとへ飛んでいける、鳥になりたい)

 皮膚が切れてしまいそうなほど、両手を握りしめて必死で祈る。

 祈っても何も変わらないかもしれない。けれど、どうか、お願いだから、この願いだけは──。

 新がきつく両目をつぶったその瞬間、意識はふっと遠のき、まぶたの裏の景色は真っ白に塗りつぶされた。



「王様のお成り!」

 城下町に降りていった勇仁は、大勢の平民たちに歓迎されていた。

「王様!」

「王様がいらっしゃった!」

 勇仁をひと目見ようと平民たちがどっと集まり、さらには大道芸人まで出てきて、笛を吹くやら太鼓を叩くやらで、あたりは大騒ぎだ。

 勇仁は馬に乗り、にこやかに手を上げ、周囲を見回しながら進んでいた。街で一番賑わっている市場へ赴き、そこで新法案について民たちから意見を聞く予定だ。

 勇仁の周りは警護のための騎士たちが取り囲み、その後を大臣たちがついてきている。ぞろぞろと列をなして進み、市場に着くと、勇仁はひらりと軽やかに馬から降りた。

「我が愛する民たちよ! 今日は貴族に税を課す新法についてお前達の声を聞きにきた! 存分に声をあげてくれ!」

「おおお!!」

 勇仁が集まった平民たちに叫ぶと、負けじとばかりに彼らも歓声をあげた。

 勇仁は早速、絵師に描かせた図を大臣に持たせ、説明を始める。平民たちは皆じっと黙って聞いていて、あたりは風の音しか聞こえないほど静かだ。

 勇仁が説明を終えると、平民の一人が声を殺して静かに泣き始めた。つられて、周囲の者たちも声をあげて泣き始める。

「王様、素晴らしい法です。一刻も早く施行してください」

「王様ほどの名君はおられない! 王様、万歳!」

 王様、万歳!と、声はどんどん広まっていく。勇仁は手で制するが、声は大きくなるばかりだ。

「基本的な方向性について異論はないようだ」

「ええ」

 勇仁がそばに仕えていた秀に言うと、秀は真面目な顔で頷いた。

「この法に異論がある者があれば、この場で言ってくれ! 新法に反映させたい!」

 勇仁が叫ぶと、平民たちは顔を合わせてざわざわと話し始める。

「あの、王様、法律の難しいことはよく分かりませんが、王様にお聞きいただいきたいことがあるのです。先日、地方に行った時に貴族様からひどい商談をふっかけられて……」

「それなら俺も聞いていただきたいです! 俺もお納めする作物に難をつけられて、貴族様に嫁をとられて……」

 平民たちがどっと勇仁の前に押し寄せ、騎士たちが慌てて流れをせき止める。

「分かった、分かった。皆の話を聞くから、落ち着くのだ」

 勇仁は近くに置かれていた空樽に腰掛けると、平民たちの話を聞き始めた。騎士たちが勇仁のもとから離れ、平民たちを並ばせようと誘導したその時だった。

 ピュン、と風を切って勇仁の斜め後ろから一本の矢が真っ直ぐに飛んできた。

 しかし騎士たちは平民たちの騒ぎに巻き込まれて、誰も気づかない。矢が勇仁の髪に触れそうなほどすぐ近くに迫った時、秀が顔を真っ青にして叫んだ。

「王様!!」

 勇仁が秀の声に振り向いた瞬間、彼の目の前いっぱいに、羽ばたく小さな白い鳥がいた。純白の鳩だ。

「ギャアッ!」

 勇仁の眼前で、鳩の胸を、一本の矢がぐっさりと貫いていた。

 ぱた、と鳩の血が、勇仁のしみひとつない頬に落ちる。勇仁は目を見開き、鳩を呆然と見つめた。目の前の小さな白い胸は、みるみるうちに真っ赤に染め上がっていく。羽ばたいていた鳩は力尽きたように、勇仁の胸にどさりと落ちた。

 矢は勇仁の頭を的確に狙っており、そのまま刺さっていたならば、確実に即死だった。

 血塗れの鳩を見た平民たちが、悲鳴をあげた。自分も殺されるのではと、皆がパニックに陥る。しかしそんな中でも、鳩を凝視し興奮する者たちがいた。

「『真白き鳥』だ!」

「『真白き鳥』が王様を守ったぞ!」

 大混乱の平民たちを押さえながら、騎士たちが慌てて勇仁を取り囲み、あたりを見回す。矢が放たれた方角にある高い建物を見てくるように、騎士たちが部下に指示した。

(これは、『真白き鳥』?)

 勇仁は騎士たちに守られながら、自分の腕の中に落ちてきた白い鳩を見て、思う。

 これまで国内外でさまざまな「真白き鳥」候補と会ってきたが、これほど頭から尾の先まで白一色の鳥には初めて出会った。自分の命を助けてくれたこの鳥こそが、あの伝説の「真白き鳥」なのか。

 と、ふと、鳥から甘い香りが漂っていることに気づく。この香りは何だろう、どこかで嗅いだことのあるような。

 その時だった。鳩から強い光が漏れはじめ、勇仁はまぶしさに目を覆う。抱いていた鳥がどんどん重くなり、片腕で抱えられなくなる。鳩は、人型に姿を変えようとしていた。

(一体何者が、私を守ってくれたのか)

 ゆっくり目を開けた時、勇仁はあまりの衝撃に絶叫した。

「アラタ!!」

 鳩から姿を変えたのは、新だった。

 全裸の新の胸にぐっさりと矢が刺さっており、勇仁は急いで矢を引き抜く。どぷ、と傷口から血が溢れ出すのにもますます焦る。

 どういうことだ。アラタは離宮に行ったはずだ。いや、そもそもアラタは鳥人ではないはずなのにどうして鳩になっていたのか?

「ゆ、じん、さま」

 血の色が抜けた真っ白な指先で、新は勇仁に触れようとする。勇仁は新の手を握り、恐慌気味に問い詰めた。

「アラタ、なぜここにいる!? その身体はどうしたのだ!?」

「矢、を、調べて、ください……犯人、が」

 ごぷり、と口から血の塊を吐き出した新に、勇仁は叫んだ。

「もう何も言うな! 今すぐ王宮へ戻る!」

 ざわつく平民たちをよそに、勇仁は新を素早くマントでくるむと、新を貫いた矢を持ったまま馬へ駆け寄った。マントで新を自分にくくりつけ、一緒に馬に飛び乗る。

「秀、矢を放った者を探せ」

 追いかけてきた秀に矢を渡すと、秀はこくりと頷いた。

 それを見届けると、勇仁は全速力で王宮へ向かって走った。腕の中の小さな命が消えないようにと、馬に鞭打ち、目を血走らせて走った。

 王宮に着くと、勇仁はすぐに自分のベッドに新を寝かせ、医務部の者を呼んだ。

 医務部の者たちが部屋に到着するなり、勇仁は厳しい声で追求した。

「お前たちは鳥人と三度体液を交換すればアラタは死ぬのだと言ったな、しかしアラタは鳥人になっていた! どういうことだ!」

「お、恐れながら分かりません。純人間に関する記録はまだ研究途中のものが多く」

「ではアラタを治療するにはどうすれば良いのだ、私の体液を分けて良いのか!? 早く申せ!!」

「も、申し訳ありません、王様! 鳥人になったということは、すでに鳥人の体液を三度以上摂取したということ。これ以上摂取しても問題はないと思われますが、か、確証は持てません」

「ぬけぬけと……!」

 勇仁は怒りのあまり、思わず腰の剣を抜いた。すらりと音がし、医務部の者たちは悲鳴をあげてその場に土下座する。

「王様! 怒りをお収めください!」

 大臣たちが焦ったように勇仁を止めるが、勇仁の怒りは収まらない。

「お前たちが言ったのだ! 『純人間のアラタに三度体液を与えれば死ぬ』と! それを今になってのうのうと覆すのか! アラタにどれだけの苦しみを強いたと思っている!! 私を馬鹿にしているのか!?」

「王様、決してそのようなことは」

「王様、まずはアラタ様の傷を治さねばなりません。お怒りを収め、王様の体液をアラタ様にお分けされた方が良いのではないでしょうか。見ての通り、アラタ様の傷は深く、医務部の技術ではとても治せそうにありません」

 秀の臣下が怒り狂う勇仁を懸命に説得する。勇仁は、はあはあと肩で息をしながら、乱暴な仕草で剣を鞘に収めた。

「もしアラタが死んだら、どう責任を取る」

「私の命を王様に捧げます」

「お前の命を奪ってもアラタは帰ってこない!」

 勇仁の咆哮に使用人たちは怯え、小さくなっている。

「しかし、王様の体液以外でアラタ様を治す方法はございません。ここは、思い切って賭けるしかないのでは?」

 勇仁は唇を噛んだ。秀の臣下の言う通りだった。

 新の胸からは血が流れ続けており、顔色は紙のように白くなるばかりだ。息も時間が経つほどか細くなっており、いつ止まってしまってもおかしくない。

 多くの目に見つめられながら、勇仁は決断を迷った。

 もしアラタが自分の体液を摂取して死んでしまったら?自分は一生その傷を抱えていきていくことになるだろう。愛する人を、自分のせいで死なせてしまったと。

 では逆にアラタに体液を与えなかったとしたらどうだろうか?それでも、同じように後悔するだろう。医務部にアラタを預けても、彼らは止血することしかできない。傷を根本的に治療するには、純度の高い鳥人の体液を摂取させるしかないのだ。自分が体液を与えていれば、もしかしたら生きていたかもしれないという傷を一生引きずるだろう。

 それならば、と勇仁は腹をくくった。

「アラタ、生きてくれ。頼む」

 勇仁はひゅうひゅうと隙間風のような呼吸をする新の唇に、自分の唇を重ねた。新の舌の上に、唾液を何度も送り込む。

「アラタ、飲み込めるか?」

 新はぼんやりとした瞳で、かすかに頷いた。

 こくり、と小さな喉仏が上下する。

 新の胸に広がっていた血の染みが、広がりを止める。寝室に充満していた鉄臭い血の臭いが、うっすらと和らいだ。胸の傷口はぐねぐねとうねり、そして、新の胸にぼっかりと空いていた穴は、すっかりなくなった。

「アラタ様!」

「すぐに気つけのお薬を持ってまいります!」

「血を拭う布を持ってまいります!」

 医務部の者たちから歓声があがった。誰もが薬を、布を、と奔走し、その場には勇仁と新と従者、そして数人の使用人だけが取り残された。

「アラタ、アラタ、聞こえるか?」

 勇仁は血だらけの新の細い手を取り、自分の頬に当てた。

 新の身体を血がどくどくと巡っている音が皮膚を通して聞こえ、勇仁はほっと安心する。

「ゆ、じ、さま」

 口の中に溜まった血のせいで喋りにくそうな新を見て、勇仁はすぐに使用人に水を張った桶を持ってくるように指示した。

「アラタ、お前が生きてくれていて、良かった」

 勇仁は自分の声だけでなく、身体も震えていることに気づく。

 自分のせいでアラタを失うのではないかと、心底怖かった。よかった。アラタは、戻ってきてくれた。

 そこに使用人が水桶を持ってきたため、勇仁は添えられていた布に水を浸し、新の身体を拭いてやった。血だらけのマントを剥ぎ、身体を拭く。清められた身体に、使用人たちがネグリジェを着せていく。胸に傷痕は残っていたが、もう少し勇仁の体液を摂取すればすっかり見えなくなるだろう。桶の水で口をゆすがせ、口の周りの血も拭い取った。

 勇仁は新に唇を近づけると、もう一度キスをした。

 今度は、新もゆるく舌を絡めてくる元気があるようだった。唾液を舌に送り込むと、新がゆっくりと飲み込む。ネグリジェを捲り胸の傷を見ると、もうほとんど痕は見えなくなっていた。

 勇仁は、手の中に新が戻ってきたことに、心から安堵した。

「勇仁様、ご無事で、何よりです」

 上半身を起こした新は、開口一番嬉しそうにそう言い、勇仁はひしと新を抱きしめた。

「私はお前を失うのではと、気が気ではなかった」

「俺は勇仁様を失うのではと、気が狂いそうでした」

 新は勇仁の腕に体重を預けながら、「勇仁様に申し上げていなかったことを、お話しても良いですか」と真剣な目で彼を見上げた。

 勇仁は側に立っていた従者に、「人払いをしろ」と命じる。潮が引くように人がいなくなった部屋で、新はほっとしたように勇仁に話し始めた。

「一昨日のことです。図書室の奥で、義昭様が新法賛成派の大臣と勇仁様を暗殺する相談をしていました。それで早く勇仁様に知らせねばと思ったのですが、誰が勇仁様の味方で敵か分からない状況だったので、誰にも知らせず、自分で勇仁様を守ろうと思いました」

「街についていくと言っていたのは、そういう理由だったのか」

 勇仁の腕の中で、新は小さく頷く。

「しかし、なぜ鳥に変身できたのだ。鳥人になるには、鳥人の体液を三度摂取しなくてはならないのだぞ。まさか、私以外の鳥人と……」

「違います! すみません。勇仁様が街へ行かれる前夜に、俺が勝手に勇仁様にキスしたんです。自分を奮い立たせようと思って。その時に、体液をいただきました」

 新を抱く勇仁の腕にぐっと力がこもり、新は慌てて弁解した。勇仁はほっとした顔をして、腕の力を緩める。「他の鳥人の体液を貰った」などと言えば相手を今にも殺しそうな雰囲気を感じて、新は冷や汗をかいた。

 勇仁は新を抱いたまま、汗で張りついた彼の前髪を梳いたり、血色の悪い頬を擦ったりして、新がここにいることを確認しているようだった。しばらくすると、新をベッドにもう一度寝かせ、居住まいを正して言った。

「アラタ、私もお前に話していないことがある。聞いてくれるか」

 新が頷いたのを見て、勇仁は言葉を続ける。

「アラタを王妃にしたいと私が朝議で発言してから、医務部の者たちがお前を調べたろう。その時に、お前がこの国で太古の昔に絶滅した『純人間』という種族だと分かったのだ」

「純、人間……」

 新は絶句した。

 自分はてっきり全く別の世界から来たのだと思っていた。けれど実は、過去からタイムスリップしていた。ここは、未来の日本だったのだ。

「純人間は感情が昂ぶると、鳥人にのみ強く作用するフェロモンを出すらしい。初めてバーランドにアラタが来た時、受刑者たちに襲われたのはそのせいだ」

 そういえば、新はこの国に来てから何度も「惹きつけられる香りがする」「甘い香りがする」と言われてきた。それはフェロモンのせいだったのだ。

「また、医務部の調べでは、純人間は鳥人への抗体がないため、体液を三度摂取すると死ぬということだった。それで、お前を監禁した」

 勇仁はそこまで言うと、顔をぐしゃりと歪めた。

「お前が、鳥人に怯えてこの国を出ていくのではと、怖かったのだ。お前を手放したくなくて、閉じ込めてしまった」

 すまない、と謝られて、新はベッドの上で首を横に振った。勇仁の苦しみは分かっている、と伝えるように。

 しかし、勇仁は顔に苦悩の色を濃くした。

「以前、お前に父のことを話したな。私は、自分が憎んでいる父と同じことをしていると思った。父は母を愛情で縛りつけ、がんじがらめにしていた。私も新を愛しているという免罪符で、自分のそばに縛りつけていた。私は、愚かだ」

「勇仁様」

 静かに聞いていた新がベッドから起き上がり、前髪を両手で握りしめ俯いている勇仁の腕にそっと触れた。

「勇仁様は俺に言ってくださいましたね、『自分を大事にしようと努めることで、誰かが救われることもあるから、自分を大事にしていいのだ』と。勇仁様が俺をそばに縛りつけておいてくれたおかげで、俺は勇仁様を救えました。勇仁様が俺を自由にさせてくれていたら、俺は義昭様の手の者に殺されていたかもしれません。だから、勇仁様は自分を責めなくていいんです。勇仁様のおかげで、勇仁様も、俺も、こうして元気に生きているんだもの」

「アラタ、アラタ、すまなかった」

 勇仁が今にも泣き出しそうな顔で、新に抱きついた。こらえていたものが全て出ていったような、いたずらを親に打ち明けた子どものような仕草だった。新は聖母のようにほほえみながら、勇仁のぐしゃぐしゃになった髪を梳く。

「勇仁様、義昭様は新法賛成派をも買収しはじめています。どうか、ますます気をつけられてください。これからもどんなタイミングでお命を狙われるか分かりません」

「ああ、しかしこれからは決して私のために命を張ろうなどとは思わないでくれ。お前が死んでしまえば、私はまさに今の父のように、世界を憎みながら生きることになる」

 勇仁が新の胸に顔を寄せ、ぎゅうと強く抱きしめる。新は勇仁の頭を両腕で抱き込み、約束した。

「死にません。勇仁様が望むなら、決して、勇仁様を残して死なないと約束します」

「ありがとう」

 互いが生きていることを確かめ合うように、二人は長い時間抱き合っていた。

 先に口を開いたのは、新だった。

「勇仁様、義昭様は勇仁様を暗殺しようとした射手をすぐに殺して始末すると言っていました。射手といち早く接触し、義昭様が元凶であることを自白してもらわねばなりません」

「分かっている。矢の持ち主は秀に探させているから、安心しなさい。近く、義昭のことも、アラタの聞いた会話を証拠に、謀反の疑いで裁判を行う予定だ」

 勇仁は新の胸から顔を離すと、新の手を握りながら決意するように言った。

「今度こそ、義昭の息の根を止めなければな」

「はい」

 新は勇気づけるように、勇仁の手を握り返した。

 勇仁は新の両手を取ると、そこにキスを落とす。

「お前にやっと思う存分キスできる。触れられてもキスできないのは、本当につらかった」

「俺もです」

 勇仁の顔が近づき、唇同士がやわらかく触れ合う。角度を変えて唇を甘噛みしあい、舌を重ね合う。今度は、治療目的ではないキスだ。血の味が残る口の中を、勇仁の舌が舐めて一掃していく。上顎を舌先でつつかれ、頬の内側から舌の裏まで舐め回され、新は勇仁に翻弄された。

「ふ、あ」

「アラタ」

 新は勇仁の太い首に腕を回すと、夢中で勇仁の舌に自分のそれを絡めた。勇仁の雄芯に奉仕するようにじゅぷじゅぷと舌を出し入れし、唾液をすする。自分の身体の奥の熱がどんどん昂ぶっている感覚があった。

「あ、俺、フェロモン、出てますか……?」

「ああ、とてもいい香りがする。私以外には絶対に嗅がせたくない」

 勇仁に舌先をやわらかく噛まれ、そのびりりとした痛みにさえ感じてしまう自分に新は恥じらう。

「嗅がせません、勇仁様以外の誰にも」

「私だけの香りだ。アラタの香り」

 熱に浮かされたように言う勇仁に、新は嬉しくなる。他の誰でもない、新の香りを勇仁はこれほど狂おしく求めてくれているのだ。自分が純人間で良かった、と新は思う。

 勇仁がふと、頭を振って新を見つめ直した。目の奥には、情熱と冷静さが混在している。

「アラタ、胸は、傷痕は痛くないか? このまま……行為に及んでも大丈夫か?」

「もう全く痛くないです。むしろ、いつもより調子がいいくらい。これまで勇仁様に触れられなくて寂しかった分を、埋めてください」

 新が熱っぽく頼むと、勇仁の喉が、ぐる、とまるで獲物を前にした肉食獣のような音を出した。

「男を煽るのは、よくないな。アラタ」

「勇仁様に、貪られたいのです」

 欲情で潤んだ瞳で新が勇仁を見つめると、勇仁は苦しげな表情で、ネグリジェの裾から手を入れ、新の素肌を撫であげた。ネグリジェの下には揃いの生地で作られた短いズボンを履かされていたが、あっけなく脱がされてしまう。

「アラタの肌は美しいな。こんな素晴らしい手触りのものを私は他に触ったことがない」

「勇仁様こそ。俺は勇仁様の瞳がいっとう好きです。どんな宝石も、こんなに深い輝きを持ちません」

 小さな尻をゆったりと揉まれ、新は後孔が疼くのが分かった。最近ずっと拡げようと開発していたから、そこに挿入れられるのをつい期待してしまう。

 勇仁は乱暴に上着を脱ぎ、ズボンを引き下げた。ぶるん、と雄芯がまろび出る。勇仁の強靭な肉体が眩しい日差しの中で露わになって、新はうっとりと見つめた。

「お前はもう大丈夫だと言ったが、挿入れるのは負担が大きくて心配だ。だから……」

「っん!」

 勇仁の大きな手が、新の花芯と自分のものをまとめて掴んだ。

「こちらで気持ちよくなろう」

 勇仁の雄芯は釘を打てそうなほどに固くしなっており、触れたところから火傷しそうなほどだった。健気に勃起した新の薄桃色の花芯は、勇仁の雄芯とまとめられると嬉しそうにびくびくと跳ねる。

「この間はただ擦っただけだったが、新はどこが好みだろうな?」

「あ、あ、勇仁様っ」

 勇仁は新の花芯の幹を雄芯の先端でつう、となぞり、むちゅりと先端同士をキスさせる。特に敏感な先端に触れられ、新の腰が引けた。勇仁はその隙を逃さず、新の細腰を引き寄せる。

「逃げるな、気持ちよくするだけだ」

「んうう」

 もう片方の手で先端同士をまとめて、手のひらでぐりぐりとこねられ、新は思わずのけぞった。もうとっくに射精したかのように先走りはたっぷりと溢れていて、勇仁の手の中でぐちゃぐちゃと鳴っている。それが恥ずかしくて、新はまともに勇仁の顔が見られない。

「新は先端が好きなのだな。もっと触ってやろう」

「ダメです、勇仁様、もう、俺」

 片手で幹を擦り、もう片方の手で先端を擦られ、快感の逃げ場がなくなる。新は勇仁の逞しい胸にしがみつき、涎を垂らして喘いだ。もう、前後も左右も分からない。ただただ、勇仁が快感を与えてくれていることしか分からない。

「私、も、イきそうだ」

「勇仁様、勇仁様っ」

 新が快感のままにめちゃくちゃに腰を動かすと、勇仁が息を詰めた。

 どぷり、と同時に音がして、勇仁の手の中から二人分の白濁が溢れ出る。性管に残った精子までも出し切ろうとするように、イったばかりの花芯にまだ硬い勇仁の雄芯を擦りつけられて、新はびくびくと身体を震わせた。

「あ、あ」

「アラタ……」

 勇仁は荒い息をつきながら、白濁で塗れた両手をベッド横に置いていた布で拭う。息を整えると、新を正面から抱きしめた。

「全てが、うまくいくはずだ」

 新は胸を喘がせながら、勇仁の腕に頬を寄せた。

「はい、必ず」

 二人はいつまでも抱き合い、キスを交わしていたが、日が傾いてきたのでともに食事をとることにした。使用人たちに服を整えてもらい、大広間に設置された食卓につく。そういえば、勇仁と食事をともにするのは初めてだ。新は今更ながらに背筋が伸びるのを感じた。

 勇仁はオオタカの血を引いているからか、肉が好きなようだ。鹿やイノシシなどの肉を、わっしわっしと豪快に食べ進めている。新はといえば塩漬けのタラや煮たレンズ豆をちまちまと食べ、勇仁から「もっと肉を食べないと力が出ないぞ」と心配された。

 肉にもたまに手を伸ばしつつ食事を進めていると、突然秀が勇仁のもとに現れた。

「王様、早急にお耳に入れたいことが」

「申せ」

「射手が見つかりました」

 新は食事をしていた手を止めて、ガタン、とイスを蹴って立ち上がった。まさかこんなにも早く見つかるなんて!勇仁は冷静な表情で、秀の報告を聞いている。

「私に矢を放った者で間違いないのか?」

「はい、奴が持っていた矢と王様に放たれた矢の矢じりと矢羽が全く同じでした。本人も罪を認めています」

「良くやった。一週間後に義昭の謀反を追求する裁判を開く。それまでに義昭の謀反の証拠を一つでも多く探してくれ。射手が自害せぬよう、監視も抜かりないように」

「承知いたしました」

 秀はすう、と音もなく去っていった。

「勇仁様!」

「ああ、こんなにも早く見つかるとは」

 興奮する新に、勇仁が頷く。

「俺も秀様に倣って、証拠を集めるお手伝いをした方が良いでしょうか」

「いや、残念なことだがアラタを『かりそめの王妃』として軽視する官吏はまだ多い。お前が官吏たちに話を聞こうとしても真実を話すとは思えない。この一週間は、アラタ自身が義昭にまた狙われぬよう、気を引き締めてくれ」

「はい」

 勇仁の言うことはもっともだった。新は一応王妃のような扱いは受けているが、まだ王宮に出入りする貴族たちの信用や尊敬は得られていない。

 射手も見つかった今、義昭は相当焦っているはずだ。窮地に陥った義昭が何をしでかすか、想像もつかない。あらゆる手を使って勇仁と新を殺しにくる危険性もある。新はごくりと生唾を飲み込み、身を守ることに全力を尽くそうと思った。

 それから一週間、新はなるべく自室で時間を過ごし、食事の毒味も念入りにしてもらうように侍女に頼んだ。秀は勇仁派閥の官吏たちに、義昭から自分の派閥に寝返るよう持ちかけられたことはないかと話を聞き、裁判で証言してくれる者たちを集めようと苦心した。勇仁は義昭が賄賂をもらい、下級の官吏たちに役職を優遇していた証拠を探すよう部下たちに命じ、自分でも密かに官吏たちに話を聞くなどして調査を進めた。

 いざ裁判の朝、新は勇仁の腕の中で目を覚ました。

 従者が勇仁を起こしに来て、新は勇仁とともに朝の準備をする。

 嵐のような一週間だった。新は気を張りすぎていささか痩せてしまったが、それも今日で終わりだ。二人並んで朝の支度を使用人にしてもらっていると、勇仁の従者が、秀が勇仁へのお目通りを願っていると伝えてきた。

「秀が朝早くに訪ねてくるのは珍しいな」

「何かあったのでしょうか」

 勇仁が目通りを許可すると、秀は珍しく髪を振り乱して寝室に駆け込んできた。

「王様、射手が殺されました」

「何だと!?」

 勇仁が吠え、新は叫んでしまいそうになる口を両手でふさいだ。

「監視の者が交代する合間を狙って、義昭様の手の者と会い、殺されたようです。遺体は路地に捨てられていました」

 申し訳ありません、全て私の責任です、と頭を下げる秀のこめかみには汗が伝っていた。

「くそっ、義昭めが!」

 部屋が揺れそうなほど、勇仁が思いきり近くの壁を殴った。

 義昭の謀反を証明する今回の裁判では、射手の証言こそが最も重要だった。

 賄賂で地位を得た下級の官吏たちは義昭からの報復を恐れて証言できないようで、役に立たなさそうだ、と新は勇仁から聞いていた。裁判は今日の昼、行われる予定だ。勇仁は一体どうするつもりだろう、と新は勇仁の顔を見る。

「裁判を延期するのはいかがでしょうか」

 新がおずおずと提案すると、勇仁は渋い顔で言う。

「王は、一度口にしたことは撤回できない。王自身でさえもだ」

 そんな、と新はよろめく。ではどうやって義昭を裁くのか。証拠もなく謀反の疑いだけで裁判を起こしたとなると、逆に勇仁が貴族たちから責められ、立場が悪くなるのではないか。

「王様、私に一つお任せいただけませんか。証拠になるかもしれない情報があるのです」

 秀が突然、口火を切った。

「それは何だ」

「確証を得られていないので申し上げることはできません。しかし、裁判までに必ず間に合わせてみせます」

 勇仁は厳しい顔をして悩んでいるようだった。秀は微動だにせず、勇仁の返事を待っている。

「分かった。秀に任せよう」

「王様、良いのですか」

 新は思わず口を挟んでしまう。

 秀は優秀な大臣だ。しかし、勇仁にも言えない情報など、本当に信じていいのだろうか。何か理由をつけて、裁判を延期か中止にすべきではないか。

「秀を信じる。義昭の謀反の証拠を持ち帰ってくれ」

「必ず」

 秀は頭を下げると、風のように部屋を去っていった。

「勇仁様、秀様がもし証拠を持って帰れなかった場合は」

 新が恐る恐る尋ねると、勇仁は厳しい表情を崩さないまま返した。

「その時は、王の座を追われ、義昭の息のかかった王族に代替わりするかもしれん。愚昧な王など、いても意味がないからな」

「そんな」

 新が勇仁の腕に思わず縋ると、勇仁は新を元気づけるようにその手を握った。

「秀はこれまで私の要望以上の働きをしてきた。それを信じるしかない」

 勇仁はそのまま政務室へ向かい、新は部屋に取り残された。

 今、新が勇仁のためにできることはない。できることといえば、義昭の手にかからぬよう自分の身を守ることだけだ。せめて自分だけでも、義昭の悪事を証言しなければ。

 新は自分の部屋に戻ると、じっと裁判開始を待った。

(秀様が、どうか、証拠を持って帰れますように)

 窓の外の空を見つめ、両手を組んで神に祈った。神がいるならどうか、勇仁を、秀を、救ってほしい。夏の空はどこまでも青く、ただただ澄んでいた。

 いよいよ裁判の時間が近づき、新は緊張しながら勇仁の政務室へ向かった。

 政務室には大勢の官吏たちが詰めかけているようで、口々に話している声が部屋の外までさざ波のように聞こえてくる。

「アラタ様のご到着です!」

 新が扉の前に到着すると使用人が叫び、扉がゆっくりと開く。おしゃべりしていた大臣たちの目が、ざっ、と新に集まった。

「アラタ様がご証人なのか?」

「アラタ様はもうお身内のようなもの、証人というには公平性が足りないと思うが」

 大臣たちの声が聞こえ、新の表情は固くなる。

 秀はいないかと見回すが、それらしき姿はどこにも見えない。扉から一直線に続く絨毯の脇にある席に座ると、ざわめきが突然大きくなった。

「カノーラス・義昭様のご到着です!」

 扉が開き、義昭が堂々と入室してきた。宝石がふんだんにあしらわれた白銀の上着とズボンを身に着けた姿は、嫌味なほど派手やかで、尊大に見える。義昭が絨毯の先にある壇上と対角線上にある席に着くと、使用人がまた叫んだ。

「王様のご到着です!」

 壇上の後ろから、勇仁が現れた。勇仁は彼の瞳と同じ、落ち着いた琥珀色の上下を着ている。金糸で刺繍された大鷲が、日の光を受けて獰猛にきらめいた。

 勇仁の到着を受けて、一同が起立する。

「これより開廷する」

 勇仁が言い渡すと、場はしんと静まり返った。新は横目で義昭を見たが、彼はどこ吹く風といった様子でうっすらと微笑んでいる。

 新は怒りのあまり、手のひらから血が出そうなほど手を握りしめてしまう。勇仁を殺そうとしておきながら、あの舐めきった態度。絶対に許せない。

「議題は、義昭の謀反の疑いについてだ。証人、アラタ。お前が見たこと、聞いたことを話せ」

「はい」

 新は侍女の肩を借りて立つと、すうと息を吸い込んだ。

「私は一週間と一日前、図書館で義昭様と大臣の一人が、勇仁様を暗殺しようと計画しているのをこの耳で聞きました」

「な、なんという」

「恐ろしいことだ」

 大臣たちがどよめくのを聞きながら、新は言葉を続ける。

「義昭様は、新法について民の声を聞くために王宮を出られた王様を、買収した射手に矢を射らせて殺すつもりだと仰っていました。また、王様亡き後は、王族である義昭様の甥に王位を譲らせるつもりだと。そうすれば政治の手綱は義昭様の手に渡り、これまで以上に富を築けると」

 よどみなく新が勇仁に向かって言いきると、勇仁は頷いた。

「義昭、身に覚えがあるか?」

「いいえ、王様。神に誓って記憶にございません。恐れ多くも、私めのような小心者がそのような大層な策略を練るなど不可能にございます」

 新が、ぎっ、と義昭を睨みつけるが、義昭は鼻歌でも歌い出しそうなほど平気な顔をしている。

「アラタ様は、お聞き間違えをなさったのではないでしょうか? 実際に、射手は私が勇仁様を殺せと命じたのだと自白でもしたのでしょうか?」

 義昭は今にも笑い出しそうな顔をして、ちらりと新を横目で見た。

(いけしゃあしゃあと!)

 新は怒りが煮えたぎるのを感じた。その射手を殺したのは他ならぬお前だろう!と大声で叫びたいが、証拠がない。証拠がない以上、何を言っても義昭の思うつぼだ。

 大臣たちはざわざわと騒ぎ出していたが、新にはそれ以上何も言うことができない。唇を噛み締め、下を向いた。

「アラタ様だけの証言で私に謀反の罪をお疑いになるのは、いかがなものでしょうか? 王様、これはあまりにも横暴でございます」

 困ったように義昭が言うのに、勇仁も新も反論できない。

 誰か、義昭の企みを暴ける者はいないのか。

 そう思った時だった。

「証人が、もう一人ございます」

 朗々とした声が、政務室に響き渡った。

 新が声のした方を振り向くと、そこには秀と、ぼろを着た、目つきの鋭い小柄な少年が立っていた。

「お、お前……!」

 義昭は、幽霊でも見たかのように驚いている。

 秀は少年を連れて、扉の前から絨毯を真っ直ぐ歩いてくると、新の横に少年を立たせた。

 少年は勇仁をしっかと見据え、「発言をお許しください」と頭を下げた。

「良い、発言を許す」

「ありがとうございます」

 頭を上げた少年は、よどみなく語りだした。

「私は先の戦争で多くの敵を殺し、『弓の名手』と呼ばれました。しかし最近は戦もなく、工芸品などを作り生活していくのがやっとでした。そんな中、義昭様から突然呼び出され、『王様を殺せば一生働かなくてもいいほどの金をやる』と誘われました」

 大臣たちが大きくざわついた。新は少年の言葉を聞き漏らさぬよう、しっかりと耳をすませた。

「王様が市場に来られる日を教えられ、俺は王様を殺そうと矢を放ちました。しかし、『真白き鳥』に阻まれ、殺すことは叶いませんでした。王様を殺しそこねたことで、俺は義昭様から見限られたと思いました。けれど、義昭様はなぜか俺にもう一度会いたいと仰られました。もう一度だけチャンスをやる、計画を立て直そうと」

 一息にそこまで話した少年は、周囲を見回す。

 誰もが固唾を飲んで聞いていた。少年は言葉を続けた。

「俺には、姿かたちが瓜二つの、双子の弟がいます。身体が悪い弟の治療費を稼ぐためにも、金が必要でした。俺はもう一度義昭様に会いに行こうとしましたが、弟は俺を激しく引き止めました。『絶対に口封じに殺される、罠だ』と言って。俺は金欲しさに弟の忠告を無視しましたが、義昭様と会う約束をしたその晩、なぜかすっかり眠り込んでしまい、約束の時間に会いに行けませんでした。その翌日、街で俺の死体が見つかったと噂が広がりました」

 大臣たちは、固唾を飲んで成り行きを見守っている。少年が話すほど、義昭はみるみる青ざめていた。

「慌てて見に行くと、死んでいたのは、俺の弟でした。何が起こったのか分からないまま家に戻ると、弟が書いた遺書が見つかりました。遺書を読み、俺は真実が分かりました。弟は俺に、自分が飲んでいた不眠の薬を飲ませて、義昭様に会いに行ったのです。『義昭様に会いに行く。もし僕が帰らなければ、義昭様に殺されたと思って』と、遺書には書いてありました。俺は、俺の弟は、王様を殺そうとした口封じに、義昭様に殺されたのです!」

 少年は怒りのためか、小さな身体をぶるぶると震わせていた。義昭をひたと見据える両目には、憎しみの炎が燃えている。義昭は唇をわななかせ、硬直していた。

「彼の弟の遺体は、回収しました。こちらです」

 秀は騎士たちに、小さな棺桶を部屋に運び入れさせた。

「遺体の切り傷は、カノーラス家で作られている特注の剣の傷と一致しました」

 大臣たちの間にどよめきが広がる。

「ありえない!」

 唐突に義昭が叫んだ。

「王様、この者は嘘を申しております。私はこの者と会ったこともなければ、殺害を依頼したこともありません! 全て何者かに仕組まれた罠です! 濡れ衣です!」

「いや、あんたは俺に殺害を依頼した。これが証拠だ」

 少年は、重そうな何かが入れられた絹の袋を懐から出し、どさり、と目の前の机に置いた。その袋には、カノーラス家の家紋が灰水色の糸で刺繍されている。

「これは王様を暗殺するに際して、義昭様からいただいた前金です。カノーラス家の先祖に誓って、俺を裏切らないと義昭様から直々にいただきました。ご貴族の方々なら、家紋が入ったものをやり取りすることがどれだけ重い契約を意味するのか、ご存知のはずです」

「嘘だ! でたらめだ!」

 義昭は机を思いきり薙ぎ払い、叫んだ。騎士たちが駆けつけ、義昭を取り押さえる。

「これだけ証拠が揃っても、まだしらばっくれるのか。そろそろ罪を認めたらどうだ」

 勇仁が冷たく睥睨すると、騎士たちに羽交い締めにされている義昭は唸った。

 新と少年は、義昭の様子をじっと見つめる。

「くそったれ! 出来損ないの王めが! お前の父のように大人しく我々の操り人形になっていれば、命までは狙わなかったものを!」

 義昭が豹変し、勇仁に罵声を浴びせる。

 大臣たちは後ずさり、義昭から距離を取った。

「お前たち! 王を殺せ! こいつの首を取るのだ! さすれば我々の時代が来る! 我々が国を支配し、億万の富を得るのだ!」

 顔いっぱいに下卑た笑いを浮かべながら義昭が叫んだが、大臣たちはしんと静まり返ったままだった。

「どうやらお前の仲間たちは、お前を裏切ったようだな」

 勇仁が静かに言うと、義昭は声にならない声で絶叫した。

「義昭は謀反を計画した罪で、貴族の地位を剥奪、全財産の没収及びムツガルへの流刑を命じる。射手は、罪の自白を考慮し、王の直轄地での五年間の労働を命じる。これにて閉廷!」

 勇仁が判決を言い渡すと、大臣たちは一斉に頭を下げた。喚き暴れる義昭は、騎士たちに押さえられながら部屋の外へ出ていった。射手の少年も、秀に連れられ、部屋の外に出ていく。

 ぞろぞろと政務室から出ていく官吏たちを見つめながら、新はほっと息を吐いた。苦境を、どうにか乗り越えられた。勇仁を見ると、彼も新を見ており、二人は目を合わせて微笑んだ。

「勇仁様、私は新法案の進捗確認に行ってまいります」

「頼む。ああ、それと、少しこちらに来なさい」

 勇仁から手招きされて、新は勇仁のそばに近寄った。勇仁は壇上のそばに来た新を、もっと近くに、と呼び寄せる。恐る恐る壇上に上がった新を侍女から奪うように引き寄せると、勇仁は新の耳に声ごと息を吹き込んだ。

「今晩こそお前を抱くから、準備しておきなさい」

「抱っ……!」

 新は一瞬で茹でダコのように真っ赤になった。抱くと宣言されるのは初めてで、嬉しさと緊張で身体がこわばる。

「やっと大きな事件が終わった。これでお前を思う存分抱ける。楽しみにしている」

「お、俺もです。ちゃんと身体を清めておきます」

 新がもじもじと言うと、勇仁は嬉しそうに笑い、新の頬にキスをした。

「夜まで待ちきれないな。ではまた後で」

「はい!」

 勇仁に肩を叩かれ、新は背筋を伸ばした。ぎくしゃくと部屋を出て、図書館へ向かう。

(今日、こそ、勇仁様に抱いていただける)

 図書館に着いても、新法案を前にしても、新はどこか浮ついた気持ちだった。勇仁と一つになりたいという願いが、やっと現実になるのだ。

(嬉しい)

 浮足立つ気持ちを押し殺し、なんとか冷静になろうとするが、無理だった。つい一週間前に擦り合いをした時に見た、日に照らされた勇仁の立派な肉体が、目の奥に張りついて消えない。じわじわと身体が熱くなって、居ても立っても居られない気持ちになる。

 仕事をしようと頑張ってはみたが、しばらくすると新はもう集中することを諦めた。今日は早めに仕事を切り上げ、後孔を拡げて勇仁を待っておくことにしよう。

 使用人たちには、「普段より念入りに身体を清めてほしい」と頼んだ。その頼みだけで察されたのか、いつもの倍以上の時間をかけて身体を隅々まで洗われた。使用人たちに夜の事情がばれているのは恥ずかしかったが、今更だ。

 風呂から上がると、新は人払いし、侍女に勇仁の雄芯と同じサイズの張り型と香油を準備してもらった。

 最近まで後孔を拡げていたから大丈夫だろうとは思ったが、勇仁がいざ挿入れた時に切れてしまったら困る。勇仁は新に関しては人一倍心配性だから、体液で治癒できると分かっていても大騒ぎしそうだ。あらかじめ準備しておかねば、と気合いを入れて張り型を握った。

 新はネグリジェの下だけを脱ぐと、尻の下に布を敷いた。香油が垂れても、これなら敷布を汚さずに済む。花の香りのする香油を右手にたっぷり絡ませ、後孔にぐぷりと指を差し込む。

 最初は、中指だけ。異物感に慣れたら、人差し指も増やす。指を縦に開き、後孔を開いていく。薬指まで挿入はいるようになったら、指ではなく張り型に持ち替えた。

 でっぷりと肥った先端が後孔にぴたりとくっつく。こんな大きなもの、挿入はいるはずがない、といつも思うのだが、ふっ、といきむと、後孔が開くのが分かる。男のものを貪欲に飲み込もうとする動きに、頬がじんわりと赤く染まった。先端をやや強引に中に押し込むと、ずるりと飲み込めた。

 ひとまず先端は挿入はいった。ふう、と息を吐き、ゆっくりと中に幹を押し込んでいく。先日見つけた腹側にあるしこりを先端がかすめると、新の花芯がびくんと跳ね上がった。

「っん……」

 勇仁にここを突いてもらったら、どんな心地がするだろう。自分でしてもこれだけ気持ちがいいのだ。想像するだけで口の中に涎がいっぱいに溜まる。今日は拡げるのが目的だから、と、しこりにはなるべく触れないようにして、奥まで幹を飲み込んだ。

 自分で何度も奥に突き入れるほど、むずむずとした痒みが湧く。張り型ではうまく触れられないが、勇仁に挿入れてもらう時は、奥の奥まで突いてもらおう。

 入り口を拡げるため、円を描くように張り型を動かしつつ、できるだけ奥まで張り型で拓く。花芯は今にも爆発しそうなほど反り返っていたが、我慢、と自分に言い聞かせて気を逸らした。

 もうそろそろ慣らせただろうか、と張り型を引き抜こうとした時だった。

「王様が、寝室に来るようにと仰せです」

 侍女が天蓋のレースをかき分け、新に知らせる。

 普段より随分早い誘いに、新は慌てた。湯で濡らした布で使用人たちに身体を拭いてもらうと、急いで下着を身につけ、勇仁の寝室に向かう。

「急がせたか」

「いいえ! ずっとお待ちしていました」

 勇仁はすでに入浴を済ませたようで、新と同じネグリジェ姿だった。濃いラベンダーの香りが彼の高い体温とともにふわりと香って、快感の予感に身体の芯がぞくぞくと震える。

 侍女から新を受け取ると、勇仁はすぐに人払いをしてくれた。勇仁に横抱きにされ、彼のベッドに向かう。

 新はそっとベッドに降ろされ、額にキスを落とされた。

「身体に不調はないか? いつもより早く仕事を切り上げていたようだったが」

「いえ! その、恥ずかしながら、勇仁様に抱いていただけると思ったら、仕事に身が入らず、早めに切り上げたのです。も、申し訳ありません」

 頬を赤らめながら新が言うと、勇仁が苦笑した。

「謝ることはない。私もお前を抱きたくて気が急いていた」

 ちゅ、ちゅ、と顔にキスの雨を降らされ、新も応えようと勇仁の首に腕を回し、唇を寄せる。勇仁の唇に捕らえられ、かぷりと唇を甘噛みされた。角度を変えながら何度も唇を味わわれ、新は愛おしさがこみ上げてくるのを感じる。

唇の隙間から舌を忍ばせると、待ち焦がれていたというように、互いに舌をきつく絡め合う。舌の凸凹一つ一つまで感じられそうなほど、勇仁はじっくりと新の舌を舐めていく。舌の裏の筋までゆったりなぞられて、新は自分が丸裸にされ、身体の輪郭をねぶられているような気持ちになった。

 ぞくぞくと湧き上がる快感に、新は思わず、よりきつく勇仁の首に抱きついてしまう。

「私のかわいいアラタ、気持ちいいか?」

「はい……溶けちゃいそうです」

 艷やかな低い声が耳に吹き込まれて、新はびくびくと細腰を揺らした。ずるい、こんなに素敵な声を聴かされたら、絶対に濡れてしまうと分かっているだろうに。

 でも、その甘い罠のような声に、抗えない。蜂蜜のように、とろりと溶けた瞳で勇仁を見つめ、答える。

 勇仁は満足げに新の唇にちゅ、と音を立ててキスを落とすと、ネグリジェを脱がせた。待ちきれないというように、自分も荒っぽい仕草で下着まで全て脱いでしまう。二人、生まれたままの姿になって、向かい合った。勇仁は、新の身体をまたいだ格好で、新の身体を上から下までじっくりと見つめる。

「新の胸も、ここも、まるで咲いたばかりの花のように初々しい色をしている。私以外の誰かに見せたことはあるか?」

 勇仁は新の薄い胸にある薄桃色の頂と、花芯の幹をつんと指先でつつく。

「ひゃっ、な、いです! 子どもみたいで恥ずかしくて、いつも、隠していました」

 新の花芯はもう期待に震えていて、透明な蜜を零しはじめていた。まだキスしかしていないのに、恥ずかしい。既に勇仁に見られているというのに、少しでも隠そうと内ももをこすり合わせてしまう。

「安心した。見た者がいれば、その者の目を潰すところだった」

 勇仁の恐ろしい執着を垣間見せられて、新はごくりと唾を飲み込む。でも、この執着が心地よかった。これまで誰からも必要とされなかった新を、こんなにも求めてくれることが、嬉しい。

「これまでも、これからも、俺の全ては勇仁様のものです」

 勇仁にキスをねだるように唇を突き出すと、彼は嬉しそうに応えてくれる。

 舌を絡めあいながら、勇仁は新の初々しい色の乳輪をやわらかく揉む。どちらもの乳輪も指先でそっと撫でられ、つままれ、新は身体をくねらせた。

 柔らかかった乳輪は今や勇仁の指の刺激を待ち望んでいるように、固くしこっている。ぷくんと飛び出た乳首も恥ずかしい。まるで、早く触ってくれと懇願しているようだ。

「あ、勇仁、さま」

 乳輪ごと片方の乳首を口に含まれ、新はびくんと腰を大きく波打たせた。

 熱いほどの勇仁の腔内で、自分の乳首が舐め回される。舌先だけでつついたかと思えば、痕を残すように強く吸いつかれ、その緩急に翻弄される。

 もう片方の乳首は指の腹を使ってやさしく擦りあげられ、まるで勃起した花芯を擦られているような感覚になる。

 花芯の垂らす涎が、どんどん増えていくのが分かる。あと少し刺激を加えられたら、イきそうだ。

「勇仁様、俺、もうイきたい、です」

 胸元に吸いつく勇仁を見下ろして、新は懇願した。堪え性がなくて恥ずかしかったが、仕方ない。だって、他の誰でもない、愛する勇仁に触れられているのだ。我慢などできるはずがなかった。

「イってみせなさい。アラタの達した時の顔はかわいいから、何度でも見たい」

 ぺろりと唇を舐める仕草さえ、まるで肉食獣のように雄々しく美しい。新は恍惚としながら、乳首に与えられる刺激にびくびくと跳ねた。

 まるで母乳を待ち望んでいるかのように、勇仁は乳首を歯で甘く噛んでしごいてくる。その固い感触が怖くも、気持ちいい。くにゅくにゅと指先で乳輪を撫で回されるのも、また違った刺激でたまらなかった。花芯に熱が溜まっていく。

 もう、イく。

「勇仁、様っ、イきますっ」

 勇仁の強靭な肩につかまり、びゅ、びゅ、と花芯から白蜜を飛ばす。量は多く、新の顎近くまで飛んだ。はあはあと肩で息をしていると、勇仁が新の腹に溜まった蜜をぺろりと舐めた。

「や! 勇仁様、そんなの舐めちゃだめです!」

 慌てて我に返り勇仁をどかそうとするが、びくともしない。舌で器用に白蜜を掬うと、ごくりと飲んでしまう。

「お前は鳥人になったはずなのに、不思議とまだほのかに甘い香りがする。精液さえも甘く感じる。不思議だ」

「純人間の血が、まだ色濃く残っているのでしょうか」

 新は恐る恐る自分の白蜜を舐めてみるが、ただ青臭いだけで甘さは感じない。

「この程度のフェロモン量であれば、鳥人がむやみやたらと惹きつけられることもなかろう。良かった」

 勇仁は嬉しそうに言い、イったばかりでばかりで敏感な新の脇腹をするりと撫でた。

「ひゃっ」

 ゆっくりと撫で下ろした手の先には、まだ角度を保ったまま震えている花芯がある。

「かわいいな、食べてしまいたくなる」

 白蜜に塗れた幹を舐めると、勇仁はぱくりと口の中に花芯を収めてしまった。そんなところを勇仁に含まれるとは夢にも思わず、新は飛び上がりそうになる。

「あ、あっ! 勇仁様っ!」

 勇仁は口をすぼめて花芯全体をしごいたり、幹に舌を絡めてみたりと楽しそうだ。

 先端の小さな鈴口に舌先をねじこまれて、新は恐怖と快感の間で背をわななかせた。それ以上進まれたら怖い、けれど、もっと暴いてほしい。勇仁の唇と花芯の間でぐちゅぐちゅと卑猥な音がして、新は耳をも犯されているような気がした。

「甘い、これ以上ない甘露だ」

 鈴口から白蜜の残りを絞り尽くすようにすすられ、新の背がしなる。花芯はもうすっかり反り返って、今にもまた射精してしまいそうだった。

 新は勇仁の髪に手を差し入れると、くいと引っ張って、顔を上げさせた。

「ん? 何だ」

「勇仁様、お、俺も、勇仁様にしたい、です。舐めたい……」

 自分ばかりが気持ちよくなっているようで、嫌だ。勇仁にも自分と同じくらい、いやもっと、気持ちよくなってほしいのだ。新が甘えるように頼むと、勇仁は少し驚いたような顔をして、顔をくしゃりと破顔させた。

「アラタの口には大きすぎるかもしれんぞ」

「頑張ります、勇仁様に気持ちよくなってほしいから」

 勇仁が膝立ちのまま、寝そべる新の顔の前に自分のそそりたっている雄芯を見せつけた。自分の顔ほどありそうな長さのそれに、新の喉がごくりと鳴る。

 血管がぼこぼこと浮き出ている幹にそっと小さな舌を這わせると、雄芯がびくりとしなった。ちろちろと血管をなぞるように舐めると、勇仁が喉をのけぞらせる。

「気持ちいい。上手だ、アラタ」

「うれひ、です」

 横笛を吹くように幹を口に含み、やわらかく唇で食みながら舌で舐めていく。先端からとろりと落ちてきた先走りの露のおかげで、滑りが良くなった。

 幹を辿り、先端に行き着いた。よく熟れた李のように紅いそこに、舌をぐっとねじ込む。先ほど勇仁にされて気持ちよかったことを、そのまましてあげたかったのだ。

 勇仁は腹筋を震わせ、耐えているようだった。赤ん坊の拳ほどありそうな先端を含むと、口がいっぱいになる。張り出した傘からその裏まで丁寧に舐め、鈴口はしつこいほどにねぶった。どぷりと先走りが大量に溢れて、口の端から唾液とともにこぼれ出す。

「はあっ、ア、ラタ、もう、我慢できない」

「俺も……」

 勇仁はずるりと新の口から先端を引き抜くと、身体の位置を下げ、新の両太ももを掴んで恥部を露わにさせた。おしめを替える赤ん坊のような格好になり、新の頬が赤く染まる。

「すんなり挿入はいる。準備をしてくれていたのか?」

 勇仁は指をゆっくりと新の後孔に挿入れながら尋ねてくる。秘部からくちくちと濡れた音がするが、きっと香油が中に残っていたのだろう。

「はい、勇仁様に、思いきり抱いていただきたくて」

「かわいいことをしてくれる」

 ちゅう、と額にキスを落とされて、新は嬉しくなる。香油を垂らしながらゆっくりと二本、三本、と指を増やされて、新は圧迫感に呻いた。自分の指や張り型では感じなかったが、勇仁の指が今自分の中に挿入はいっていると思うと、ついぎゅうと締めてしまう。

「勇仁様、少し、挿入れてみてくださいませんか。早く勇仁様が欲しい……」

 丁寧に解してくれるのに焦れて新が言うと、勇仁が笑った。

「我慢しているのが自分だけだと思うなよ、アラタ」

 緩んだ後孔に雄芯の先端を擦りつけられて、その熱さに思わず新の尻が浮く。

 ぬるり、ぬるり、と先走りの露をまとった先端が、蟻の門渡りから後孔までを往復するが、それだけでも気持ちいい。ぐ、と強めに蟻の門渡りを押されると、後孔の中のしこりも押し込まれる感覚があって、花芯から白蜜がぴゅくりと少量漏れた。

「はあ、勇仁様、もっと……」

「ゆっくり、挿入れるからな。痛かったらすぐに言え」

 ぐ、と後孔に大きな先端が押しつけられ、ひどい異物感が新を襲う。変な感じだ。でも、ここを抜ければ……。ずるん、と先端が挿入はいりきると、新はほっとした。

 勇仁のものが挿入はいっている、と思うだけで、襞は貪欲に先端にしゃぶりついてしまう。勇仁は額にじんわりと汗をかいていて、苦しそうなのが分かった。

「アラタ、先に進んでもいいか?」

「はい、もっと奥、ほしいです」

 勇仁の荒い息遣いが耳のそばで聞こえ、新の背中にぞわぞわと快感の波が立つ。

 この薄っぺらい貧相な身体に、勇仁は欲情してくれているのだ。愛おしくてたまらなくなり、新は痛いほど彼の身体に抱きついた。

 幹が、ぐ、ぐ、と襞をまくりあげるようにして、新の中に突き行ってくる。興奮のためかぷくりと膨らんでいるしこりを、肥え太った幹で押し潰されて、新の両脚はがくがくと震えた。小さな袋から、花芯の性管に一気に白蜜が上がってくるのを感じる。

 しゃぶりつく襞を擦りながら奥に進んできた勇仁の雄芯は、とうとう、こつりと新の最奥にぶち当たった。勇仁はびっしょりと汗をかいていて、新の身体にもぽつぽつと汗が流れ落ちてくる。

「勇仁様、苦しいですか? 気持ちよくない?」

 新が勇仁を見上げて不安げに尋ねると、彼はにやりと笑った。

「逆だ。新の中が気持ちよくてすぐに暴発してしまいそうなのを、必死でこらえているからつらい。今夜は新と一緒にイくと決めていたのだ」

 顎をすくわれ、口づけられる。

「俺、も、勇仁様と一緒にイきたいです」

 うっとりと新が言うと、勇仁は嬉しそうに笑った。

「一つ相談があるのだが、アラタ、この奥を犯してもいいか?」

「この奥?」

 こつ、こつ、と最奥を先端で突かれて、それだけで新は身体がとろけそうになる。下半身を見ると、勇仁の雄芯は途中までしか挿入はいっていなかった。新は目を見開く。張り型ではここまでが限界だったのに、勇仁のものは、もっと長かったのだ。

「い、痛くありませんか」

「あまりの快感に病みつきになる者もいるらしい。試してみないか?」

 少年のようにわくわくした顔をする勇仁を前に、新はごくり、と唾を飲み込んだ。病みつきになってしまうほどの快感、味わってみたい。

「こ、怖くなったら、止めてください」

「分かった」

 勇仁は新の緊張を解すように、やさしく口づけてきた。すっかり慣れた幸せな感触に、新の身体が、くたりと弛緩する。舌を絡み合わせ、ねぶり合っていると、勇仁の腰がゆっくりと動いた。

 こつ、こつ、とまた奥をノックしてくる。雄芯が最奥に触れるたび、淡い電流が身体に走り、射精しそうになる。粗相しそうなのをこらえている時のような感覚だ。寄せては返す波のような快感を我慢していると、勇仁が唐突に唇を離し、耳元で囁いた。

「いくぞ」

 ボゴッ、と新の腹の奥で鈍い音がした。

「か……は」

 新は目を見開いたまま、動けない。

 思考がスパークする。何も、考えられない。ただ、自分の下半身に肉の輪がついていて、そこをぶち抜かれると気持ちいいということしか、分からない。

 その衝撃の後、猛烈にその輪を擦ってほしいという欲求が噴き上がる。

「あ、あ、ゆ、じ、さま」

「アラタ、どうしてほしい?」

 こんな時まで、勇仁は優しい。痛くないか窺うように尋ねられて、新はわけも分からず懇願した。

「奥、奥いっぱい、突いてください、いっぱい……!」

「悦かったのだな、よし」

 勇仁は嬉しそうに答えると、新の細腰を両手で掴んだ。勇仁の手は大きいので、新の腰は両手で簡単に回ってしまいそうなほどだ。勇仁は勢いよく腰を引いた。

 ズボ、と腹の奥から音がして、香油と体液塗れの雄芯がぶるんと外に出てくる。そして少しの間もおかず、雄芯が一気に新の中に埋め込まれる。ずぶずぶ、と肉を掻き分けて雄芯が新を犯し、新は背を駆け上がる快感に思わずのけぞった。

「ああああ!!」

 ゴッ、とまた音がして、腹の奥の輪をぶち抜かれる。

 瞬きをしているはずなのに、目の前が白く光って何も見えない。

 ぶちゅ、ごちゅ、と腹の奥で何度も音が鳴り、勇仁が何度も奥でピストンしているのが分かる。身体じゅうの神経という神経に、何百万ボルトもの電流が流されているようだ。どこもかしこも、触れた瞬間に火花が散るような快感があって、新はその嵐に飲み込まれた。

「あ、あ、勇仁様、イく、イきますっ」

「ああ……私も、中に、出すぞ」

 快感の嵐の中で、新は縋るように勇仁の手を握る。勇仁から指をしっかりと絡め、握り返されて、新は安心して快感に身を委ねた。

「いっぱいください、いっぱい……!」

 無我夢中でねだると、勇仁の雄芯の動きが速くなった。

 じゅる、ぐちゅ、と体液と香油が混ぜ合わさる音が、どんどん大きくなる。目の前に、ひときわ大きな波が来ていた。

「あ、あ、イき、ますっ……!」

「……っ、アラタ、愛してる……!!」

 どぷ、と新の腹の奥に熱い奔流が叩きつけられる。何度も雄芯を出し入れされるたび、新の身体はびくびくと激しく跳ねた。

「勇仁様、俺も、愛して、ます」

 回らない舌で、懸命に言葉を紡ぐ。快感に霞んだ瞳の向こうで、幸せそうな勇仁の笑顔が見えた。新は目を閉じると、そのまま意識を手放した。

 初めて二人が一つになった夜から一ヶ月が経った頃だった。

 勇仁と新は新法案の施行に向けて本格的に準備を進めており、いよいよ地域を限定して法を施行する日も間近だ。

 手塩にかけた法がいよいよ施行されると思うとたまらなく嬉しく、新は一層仕事に身を入れた。しかしなぜか最近は身体の調子が悪く、仕事の後は倒れるように眠ることが多くなっていた。

 不調の内容は、頭痛に吐き気、身体のだるさ……など、挙げればきりがない。

「アラタ、大丈夫か」

 勇仁はまるで自分のことのように新を気にかけ、気が気でない様子だった。新は勇仁を元気づけるようにやっと微笑む。

「もしかしたら風邪かもしれません。ずっと張りつめていた気持ちが緩んだから」

「アラタが不調を訴え始めてからもう一週間は経つぞ。私の体液も摂取したのに、治らないのはおかしい」

 そうなのだ。ほとんどの病気は勇仁の体液ですぐに治るはずなのに、なぜかこの風邪のような症状だけは一向に治る気配がない。医務部にもらった痛み止めや気つけの薬を飲んでも、やはり一向に良くならない。二人が顔を曇らせていると、ベッド横に控えていた侍女が恐る恐る口を挟んだ。

「王様、アラタ様、恐れながら申し上げます。……アラタ様はご懐妊なのではないでしょうか?」

「懐妊って、俺、妊娠してるってことですか?」

 全くその可能性を考えていなかった新は、面食らった。

 たしかに、純度の高い鳥人の雄は、相手が雄でも雌でも妊娠させられると以前聞いたのだった。それならば自分が妊娠してもおかしくない。新は初夜から毎晩のように勇仁と床を共にしてきたことを思い出し、一人赤面した。

「はい、王様の体液でも治らないということは、病気ではないのではないかと」

「早速、医務部に診せよう」

 勇仁は侍女に命じて、医務部の者を連れてこさせた。

 医務部の者は新の症状や最後にセックスした日などを新に事細かに聞くと、うやうやしく頭を下げて、告げた。

「王様、おめでとうございます。ご懐妊の可能性が高いです」

「本当か!」

 勇仁は顔をぱっと明るくし、新の手を握った。

「純度の高い鳥人は妊娠しにくい、というのが定説ですが、純人間は非常に妊娠しやすいと文献で読んだことがございます。アラタ様は、王様の体液を摂取された、純度の高い鳥人でいらっしゃいますが、純人間でもあらせられます。そのため、王様との交合ですぐにご妊娠されたのかもしれません」

「アラタの腹の中に、私の子が……」

 勇仁が、まっ平らな新の腹をそろりと撫でる。

 ずっと続いていた頭痛も、吐き気も、身体のだるさも、全てが愛おしく感じてくるのだから不思議だ。自分の身体の中に別の命が宿っているかもしれないなんて、まるで夢のようだった。

「もう三週間ほどすれば本格的につわりが始まります。そうすればご懐妊は確実でございます」

「分かった。よく様子を見ておこう」

 勇仁が頷くと、侍女と医務部の者は揃って部屋を出ていった。

 勇仁はいつものように新を横抱きにすると、自分の寝室へ運んでいく。まるで壊れ物を置くように勇仁のベッドに寝かされ、新はくすぐったい気持ちになる。

「勇仁様、まだ子どもが出来たかは分かりませんよ。可能性が高いというだけですもの」

 新がおかしげに言うと、勇仁は「そうだが」と口ごもった。

「お前はただでさえ華奢だから、もし懐妊していたとしたら私は本当に不安だ。お産は命がけだ。いつ何がきっかけで命を落とすか分からない」

 新を抱きしめる勇仁の腕は、かすかに震えている。

「もしお前が子の命と引き換えに死んでしまったら、私はどうなるか分からない。憎んだ父と同じように、子を憎んでしまうかもしれない」

 勇仁の顔を見上げると、彼の瞳にはうっすらと涙の膜が張っている。幼少期からずっと「母殺し」と父に憎まれてきた勇仁。彼はどれほど辛かったろう。それでも、自分の子に同じことをしてしまうのではないかと恐れるほど、彼は自分を愛してくれているのだと、新は息苦しくなるほどの嬉しさを感じる。けれど、心配ない、と新は思った。

「大丈夫です。俺が死んでしまっても、勇仁様は絶対にお子を憎んだりしません。だって、俺がそう望まないから」

「アラタ」

「もし死んでも、俺は勇仁様とこの国のために新たな命を残せて幸せです。お子を俺の分身だと思って、愛してください。俺がそう願っていると言ったら、勇仁様は優しいからきっとその願いを守ってくださるでしょう?」

 勇仁の瞳は、燭台の炎を受けてきらめいた。

 不安に揺れる瞳の奥には、父から遠ざけられていた孤独な少年の面影がある。その少年を勇気づけるように、新は言葉を重ねた。

「でも、俺はきっと死にませんよ。これまでだって、何度死にかけても毎回生きのびてきました。しぶといんです、俺は」

 新が右腕を持ち上げて貧弱な力こぶを作ると、勇仁は微笑んだ。

「そうだな。アラタは強い。どんな不可能な状況でも諦めない、不屈の男だと私が一番知っている」

「そうでしょう?」

 おでこをくっつけ合い、二人は顔を見合わせて笑った。



「アラタを正式に王妃として迎え、婚儀を執り行いたい」

 新に懐妊の可能性が発覚した翌日、勇仁は朝議でそう切り出した。

 一瞬大臣たちはざわめいたが、一人の大臣が前に進み出た。

「王様、喜ばしいことでございます。アラタ様は、王様の窮地を救われた、伝説の『真白き鳥』。言い伝えの通り、『真白き鳥』と番うことはバーランドの繁栄が約束されたも同然でございます。心よりお祝い申し上げます」

 しかし一方で、反対側に立っていた大臣が一歩進み出る。

「王様、アラタ様が正式に王妃様になられますこと、大変喜ばしく存じます。しかし、先王様へのご挨拶とご承諾を得て初めて、その後を議論できるのではないでしょうか」

 ぐ、と勇仁は唇を噛み締める。

「そうだな、まず先王にアラタが王妃としてふさわしいか確認を取ろう。問題なければ婚儀を執り行う。いいな?」

「承知いたしました」

 大臣たちが一斉に頭を下げ、勇仁は密かにため息をついた。

「お父様の離宮へ?」

「ああ、お前を正式な王妃とするにあたって、まず王妃として問題ないと父に認めてもらう必要があるのだ」

 勇仁は憂鬱そうにため息をついた。新はベッドのヘッドボードに上半身をもたれかけさせながら、横に座る勇仁の片手を握った。

 勇仁の手は冷たく、緊張しているのが分かった。

「私は不安だ。私だけならまだしも、身重のお前に何かあったらと思うと……。自分が父に何をするか分からない」

「勇仁様、俺は平気です。お父様に何を言われても、何をされても、俺は勇仁様に愛されていると知っています。それだけで、俺は誰よりも強くなれます」

「アラタ……」

 勇仁は目を覆っていた片手を外すと、自分の手を握る新の手の上に重ねた。

「私は父からお前を全力で守る。怖いだろうが、どうか、父の離宮にともに行ってくれるか? 私の妻に、なってくれるか?」

「はい、喜んで」

 新ははにかみ、頭を垂れる。勇仁は新に顔を上げさせると、優しいキスを贈った。

 翌日、早速新は勇仁とともに先王のもとへ向かった。先王の離宮は王宮の東側にあり、先日新が行く予定だった南の離宮とほど近い。勇仁の母である王太后が海を眺めることを好んでいたため、先王は退位してからずっと、海の見える離宮にこもっているのだそうだ。

 先王の離宮までは馬車で数時間はかかる。新は勇仁に先王がどんな人柄かを尋ねた。

「父は、昔から私に対しては非常に暴力的だった。ものを投げたり、剣を突きつけたりするのは当然で、私を一人異国に捨てて帰ろうとしたり、野犬に襲わせるようなこともあった。臣下に対しては、義昭が言っていたように、有力な貴族たちの言いなりになっている側面が強かった。母を失ってからの父は精彩を欠いていたからな」

 新は言葉を失った。勇仁が孤独な幼少期を送ったことは知っていたが、先王の言動はおよそ人間の所業とは思えない。

「なんということを」

「ずっと辛かった。なぜ子は親を選べないのかと神を恨み続けていたが、アラタに『本当はお父様を愛したいと思われているのでは』と言われてからは、考えが変わった。父を憎み続けていたのは、きっと心のどこかで愛し返されたいと思っていたからだと気づいたのだ」

 勇仁は隣に座る新の腰を引き寄せ、その頭に自分の頬を擦りつけた。

「父は母に対してだけ、とても愛情深い人だった。お前の存在は、父に母の存在を思い出させるかもしれない。そうなると、あの人の激しい憎しみが私だけでなくお前にまで飛び火する可能性がある。父に会う時は、自分の身を守ることだけ考えていてくれ。いいな?」

 真剣な表情の勇仁に顔を覗き込まれ、新は力強く頷いた。

 自分は勇仁に愛されている。だから、自分を守ることは勇仁を守ることにも繋がる。持てる力の限りを尽くして自分を守るのだ、と新は使命感を強めた。

 二人静かに寄り添っていると、いつの間にか離宮に着いていた。馬車を降りると、王宮全体に緑が鬱蒼と生い茂っている。元は美しかったであろう白い壁の塔や廊下も、蔦や苔が好き放題に生えていて、雑然とした雰囲気だ。

「父は離宮に最低限しか人を入れたがらないのだ。だから荒れ果ててしまっている」

 横に立つ勇仁が説明してくれる。たしかに離宮は人が住んでいるとは思えないほど恐ろしく静かだった。人や火の気配もなく、勇仁たちの乗ってきた馬車の音だけが、がらんどうとした王宮に響き渡る。

「父はいつも海が見える部屋にいる。従者に先触れを伝えさせて、父の機嫌を図ろう」

 新は頷き、侍女に連れられて彼の後に続いた。

 ひときわ大きく繊細な彫刻がほどこされた扉の前に着くと、先に先王と会ったらしい従者が困惑した様子で立っている。勇仁は眉をひそめ、従者に尋ねた。

「どうした、何かあったか」

「それが、『勇仁様がお会いしたいと仰っています』と申し上げても、『帰ってくれ』『一人にしてくれ』と仰られるばかりで」

 勇仁は扉をじっと睨んだ。

「父上、勇仁でございます。本日は正式に王妃にしたい者を伴って参りました。どうかお目通り願います」

 わん、と王宮じゅうに反響するような大声で、勇仁が扉に向かって吠えた。しかし、扉の向こうからは少しの物音もしない。勇仁の声は聞こえているはずだが、明らかに無視している様子だった。

「父上!」

 勇仁が再度叫んだが、扉の奥からはうんともすんとも返って来ない。

 勇仁は扉の取っ手に手をかけたが、内側から鍵がかかっているらしく、動かないようだった。

 新は扉と勇仁を交互に見て、眉を下げた。

「勇仁様、出直しますか?」

「……たしかに、父が会いたくないのならば無理に扉を開けても意味はない。出直そう」

 新は勇仁の後ろに続きながら何度も扉を振り返ったが、扉はぴくりとも動く気配はなかった。

「奇妙だ。普段ならば父は私が来たと聞くなり大声で怒鳴り散らすのだが」

 勇仁は馬車に乗るなり、顔をしかめて腕を組んだ。

「今日はお加減でも悪かったのでしょうか」

 うむ、と頷き、勇仁は黙ってしまった。新も、全く反応のない先王相手にどうしたものかと悩む。

「もしかしたら、父は正式な王妃になる承諾を与えないことで私に復讐しようとしているのかもしれない。私が父から母を奪ったように、自分も私から王妃を奪おうとしているのやも。もしそうならば、何度行っても無駄足だ」

 馬車に乗り込みしばらく経った頃、勇仁がぽつりと言った。これまでの先王の言動を聞く限り、ありえない話ではない。

「俺がもし妊娠していたとしたら、俺が王妃でなければ、子どもは婚外子のような扱いになってしまいますよね。子どもが独り立ちするまでには、王妃と認めていただけたら良いのですが」

「出産では何が起きるか分からない以上すぐにでも婚儀を執り行いたかったが、それは難しそうだな。どうにかして父に話を聞いてもらわねば。これから足繁く離宮に通うことにしよう」

 勇気づけるように勇仁に肩を抱かれ、新はくったりと彼の胸に身体を寄せる。

 なんだか、ひどく疲れていた。早く王宮に帰りたい、と思ってから、新はもうすっかり自分の「帰る」場所が勇仁の住む王宮になっていることに気づいて、嬉しくなる。

「勇仁様と一緒なら、どんな困難もきっと乗り越えられます」

「ああ、アラタがいれば百万力だ」

 ちゅ、と頭のてっぺんにキスを落とされて、新は勇仁を見上げた。王宮までのしばしの間、二人は唇を吸ったり手を握り合ったりと、じゃれあいながら過ごした。

 それからは、宣言したとおり、勇仁と新は何度も先王の離宮に出向いては、新を正式な王妃として認めてほしいと嘆願した。新は体調を崩してともに行けないこともあったが、新がついて行こうと行くまいと、先王は頑として勇仁と会おうとしなかった。ただ「帰ってくれ」の一点張りだった。

 勇仁も新も、先王が何を考えているのか分からず、途方に暮れた。

 そんな中でも、新の腹の子はすくすくと大きくなり、翌年の青葉の美しい頃、新は勇仁の子を無事に出産した。

 お産が終わると同時に勇仁が血相を変えて「新と子は無事か!」と確認しに来て、新は思わず笑ってしまった。子は玉のような男の子で、元気いっぱい泣いているのが愛らしかった。

 産婆に抱かれた子の紅葉のように小さな手に、勇仁とともにそっと触れる。

「勇仁様に似た、優しく愛情深い子に育ちますように」

「アラタに似た、勇気ある忍耐強い子に育ちますように」

 二人で目を閉じて願い、顔を見合わせて笑った。

 子は「光」と名付けられた。勇仁と新、そしてこの国の希望の「光」となるような子に育つように、と、二人で願いを込めた。

 育児は使用人に任せるものだと散々周囲から反対されたが、新は率先して光の世話をした。勇仁もそれに倣って、政務の合間に世話を手伝ってくれる。四苦八苦しながら布のおむつを取り替える勇仁は、手元にカメラがないのが悔やまれるほど愛おしかった。

 そんな、出産を終えて一ヶ月ほど経った日の夜のことだった。

 勇仁の部屋に置いた幼児用のベッドで光を寝かしつけていた新は、従者が告げた言葉に目を丸くした。

「なに? 父が会いたいと?」

「はい、『王子と王妃候補も連れて来るように』と仰せです」

 びくり、と勇仁と新の肩が揺れた。

「なぜ光も連れていかねばならん。それにまだアラタは妊娠してすぐなのだ、休養が必要だというのに」

「申し訳ありません。先王様から預かったお言葉はそれだけでございます」

 悔しげに勇仁が握りしめた手を、新の手が包む。

「アラタ、私はお前と光を連れて行きたくない。きっと父は私に復讐しようとしているのだ。私から新を奪い、自分と同じ目に遭わせようとしているに違いない。そうでなければ今の時機に連絡してくるのはおかしい」

 訴えるように言う勇仁の声は、不安で震えていた。しかし、新は勇仁を勇気づけるようにはっきりと告げた。

「たしかになぜ今、とは思います。けれど、俺も勇仁様のお父様にお会いしたいです。もし今回のお誘いが罠だったとしても、その時は全力で逃げます。光のためにも、俺は王妃にならなくてはいけませんもの」

 腹を決めている新の様子を見て、勇仁は動揺に揺らしていた瞳をすっと落ち着けた。

「そうだな、光のためにも、私達はすべきことをするだけだ。……覚悟を決めて、明日にでも行こう」

「はい」

 ぐっすりと幼児用ベッドで眠る光を横目に、勇仁と新は二人で一つとでもいうように抱きしめあって眠った。

 翌朝、使用人たちの手を借りながら、先王の離宮に向かう準備を整えた。

 光は生まれて初めての外出ということで、不思議そうにあたりをきょろきょろと見回している。馬車に揺られている間は何度かぐずっていたが、新が乳を与えると満腹になったようで、ぐっすり眠っていた。勇仁は何度も新の手を不安げに握り、新も恐怖心を吹き飛ばすように力いっぱい握り返した。

 離宮に着くと、鬱蒼と茂っていた蔦や苔が取り除かれていた。伸び放題だった木の枝も、美しく剪定してある。前に来た時は雑草で見えなかったが、王宮にはくちなしの木がいくつも植えられていたようで、甘やかながら上品な香りが中庭いっぱいに漂っている。いたるところで揺れるかすみ草もかわいらしく、まるで別の王宮のようだ。床も以前のように埃っぽくなく、掃除が行き届いていた。

 どういう風の吹き回しだろうと新は不思議に思う。勇仁も違和感に動揺を隠せない様子だった。

 光は侍女に預け、新は別の侍女とともに勇仁の後に続く。もし新に何かあった時でも、侍女には、光だけでも守って逃げるようにと頼んでおいた。

 以前と同じ道を辿って、先王の部屋の前に着く。

「父上、勇仁です。本日は王妃候補と王子をともなって参りました。どうぞお目通り願います」

 勇仁がよく通る声で扉に向かって言うと、内側から鍵の外れる音がした。従者が扉を開き、勇仁と新は顔を見合わせる。

 いざ、戦場へ参る、といった心地だ。新は心を奮い立たせて、部屋に入った。

 先王の部屋は勇仁の寝室と同じような作りになっていた。天井には色とりどりの絵の具で先王の活躍らしい様子が描かれており、壁面には細かい装飾がびっしりと彫り込まれている。先王はバルコニーにほど近いところに置かれたイスに座っており、首を回して勇仁の顔を見ると、「来たか」とだけ言った。

 先王は、外見だけ見れば勇仁とそっくりだった。髪は前髪の一房が白髪で、それ以外の部分にもちらほらと白いものが見える。体格は勇仁より二回りは小さいが、深いしわの奥に鎮座する両目は、退位したとは思えないほど鋭かった。

「父上、こちらが私の王妃になるアラタです。横におりますのが、王子の光です」

 勇仁は新たちを守るように立っていた身体をずらし、新と光を先王に見せる。

「初めてお目にかかります、先王様。アラタと申します。両脚が使えずこのような形でご挨拶申し上げますこと、大変恐縮に存じます。こちらの光は、一ヶ月ほど前に生まれたばかりでございます」

 新が、肩を貸してくれている侍女とともに深々と礼をすると、先王はじろりと強い目を新と光に向けた。新はすくみ上がりそうになるが、どうにか踏ん張り、見つめ返した。

 すると先王は唐突にイスから立ち上がり、新に向かって一直線に歩いてきた。

 勇仁が身構え、新の前に立ちはだかろうとする。しかし、それよりも早く先王が新に手を伸ばした。

(殴られるのか!?)

 新がぎゅっと身体を硬直させると、予想外の感触が手に伝わった。

 先王の骨ばった手が、新の握りしめた手を包んでいた。

「息子を守ってくれて、ありがとう」

 新はあっけにとられてぽかんとした顔をしてしまう。勇仁も先王の後ろで唖然とした顔をしている。誰も予想できなかった言葉だった。

 これも何かの罠か、と、新はゆるみかけた表情筋を引き締め直した。

 凛とした表情の新を見て、先王の握力が、ぐ、と強まった。

「これまで息子には、ひどい仕打ちをしてきた。そうすれば、愛する妻を失った悲しみが薄れるような気がしていたのだ。けれど、息子が暗殺されかけたと聞いて、妻を失った時と同じ苦しみを味わった」

 先王の顔に刻まれたしわが、より一層深まった。

(これは、何の罠でもない。ただ、息子を苦しめてきたことへの懺悔だ)

 新は先王を見つめながら思った。ぽつぽつと語られる先王の言葉は、長年の苦渋に満ちていた。

 もう憎みたくない、愛したい、と思っていたのは、勇仁だけではなかったのだ。そう分かって、新は胸にこみ上げてくる熱い塊を感じた。

「これまで息子にした仕打ちを思うと、素直に謝れなかった。許されないことが分かっていたからだ。お前たちにどんな顔をすれば良いのか、分からなかった。けれど王子が生まれたと聞いて、もう自分はこの国の表舞台から退いた、たかが一老人なのだと、気負っていたものを下ろす覚悟ができた。やっと、お前たちに謝れると思ったのだ」

 先王が、侍女の抱いた光を見る。光はすやすやと眠っていて、まるで天使のようにあどけない表情を見せていた。

 勇仁は怒ったような、困ったような、不思議な表情のまま、唇を噛み締めていた。

 先王は、新の隣にいた勇仁を見上げた。

「すまなかった、勇仁。謝っても許されないことをしてきた。けれど、この父はお前が王妃と王子とともに幸せになることを、心から祈っている」

 勇仁の瞳から、一粒の大きな涙がこぼれ落ち、頬をすうと伝っていった。

「父上に愛されたいと、自分が生まれてよかったと認められたいと、ずっと願っていました。お言葉が嬉しいです。アラタと光とともに、バーランドをより良い国にしていくと誓います」

 先王は新から手を離すと、恐る恐るといった風に勇仁を抱きしめた。勇仁は自分より小さな先王を抱きしめ返し、目をつぶっていた。

「王子を、抱いてもいいか」

 先王は勇仁から身体を離すと、光を見て言った。勇仁が頷き、光を抱いた侍女が前に進み出る。

「あ、うー」

 光はいつの間にか目を覚ましていて、自分の指をしゃぶっている。そっと侍女から光を受け取った先王は、じっと光を見つめ、そして、ほろほろと泣き始めた。

「私はどうして、最愛の人の忘れ形見をあれほど憎んでしまったのかと、心から後悔している。どうかこの子には何不自由なく、幸せに育ってほしい」

 先王は侍女に光を戻すと、勇仁と新に向き直った。

「アラタ、お前を正式な王妃として認める。勇仁とともに、バーランドの繁栄と栄光に尽力してくれ」

「ありがとうございます。精一杯、王様とバーランドのために尽くします」

 新が頭を下げると、先王がおごそかに頷いた。

「父上、王宮に遊びにいらしてください。私もアラタも光も、お待ちしております」

「ああ」

 勇仁の言葉に、先王は嬉しげに微笑んだ。先王とは部屋で別れたが、扉が閉まる最後の瞬間まで、彼はずっと名残惜しげに新たちを見つめてくれていた。

 馬車に乗り動き出すと、勇仁はぼうっと窓の外の流れる風景を見ていた。新が声をかけようとした時、彼が口を開いた。

「まさかあの父が謝る日が来るとは思わなかった」

「ひどく後悔していらっしゃいましたね」

「後悔などという言葉から、最も遠いところにいる人だと思っていた」

 ふ、と笑い、勇仁は侍女に抱かれて眠っている光を見た。

「アラタが私のもとに来てから、さまざまなことが変わった。今でも信じられないほどだ」

「俺もです。死にかけて時代を越えてしまうなんて、思ってもみなかった」

「一人では越えられない壁をいくつも越えられた。アラタのおかげだ」

「勇仁様」

 言葉にならない思いが、新の胸をいっぱいにする。

 甘えるように勇仁の肩に頭をもたれかけさせると、優しく肩を抱かれた。寄り添い合う二人を乗せた馬車は、静かに王宮へと戻っていった。



 先王に承諾をもらい、アラタは正式にバーランドの王妃となった。そして同時に新法施行と結婚式の準備に入った。

 朝起きてすぐに新法案の会議に出席すると、仮で施行した地方での反響を確認し、改善点を指摘する。昼からは結婚式用の服や靴の採寸を行い、どの貴族を出席させるか名簿を確認する。その合間合間に光に乳をやり、おしめを換え……と、目の回るような日々だ。そんな生活が半年ほど続き、ようやく、新法施行および結婚式の日を迎えた。

 式の当日、いつものように新は勇仁の部屋で起きたが、勇仁は早く目が覚めていたようで、起きた新に「おはよう」とキスをしてきた。

「おはようございます。勇仁様、起こしてしまいましたか?」

 新も同じように勇仁にキスを返すと、勇仁は楽しげに口角を上げて答えた。

「いや、今日が待ち遠しくて目が冴えてしまったのだ。光も楽しみで起きたようだな」

「あうう」

 幼児用のベッドから、むちむちした手がばたばたと宙を掴んでいるのが見えた。声から察するに、ご機嫌そうだ。今日は光も式に出席する。初めて見る大勢の人にびっくりするだろうな、と新は笑みがこみ上げてくるのを感じた。

「今日はバーランドにとって大きな転機の日になりますね」

「ああ、新法の施行は私の長年の夢だった。それに、アラタとの結婚もだ。二つの大きな夢が叶う日になる。素晴らしい日だ」

「勇仁様が嬉しいと、俺も嬉しいです」

 二人はしばらくじゃれあうと、使用人を呼んで着替えさせた。

 今日の新と勇仁の服は、全てお揃いのデザインだ。

 上着とパンツは、勇仁は艶めいた黒に金の刺繍、新は張りのある白に銀の刺繍が入っており、対照的な色合いだ。細部に至るまで贅を尽くした作りになっており、ボタンの一つ一つには、それぞれをイメージした宝石が埋め込まれている。勇仁は琥珀色、新は鳩羽色だ。上着の下に着るブラウスのレースには、大鷲と鳩がさまざまな角度で寄り添い合う模様が描かれている。

 マントには、勇仁は大鷲が羽を広げた模様、新は鳩が羽を広げた模様が丁寧に刺繍されており、まさに今日のために作られた特注品だった。

 光も二人に負けじとおめかししている。フリルとリボンがたくさんついた、秋の空のようにすっきりとした水色の、かわいらしい幼児服を着せられていた。

 新が着替え終えると、先に着替え終わっていた勇仁がすぐさま新を横抱きにした。

 新はぐずる光を抱いていたので、勇仁は光と新の二人を抱き上げた形になる。

「わ、ゆ、勇仁様」

「我が王妃と王子の愛らしい姿を、民たちにも見せよう!」

 光は勇仁に抱かれるのが好きなようで、先ほどまでぐずっていたのが嘘のようにきゃっきゃと機嫌よく手を開いたり握ったりしている。

 勇仁は待ちきれないという風に大股でバルコニーに繋がる窓へ向かうと、使用人たちに、バン、と大きく開けさせた。

「王様! 王様!」

「『真白き鳥』の王妃様だ!」

「王子様もいらっしゃるぞ!」

 わああ、と大歓声が中庭から、城の外から、地鳴りのように聞こえてくる。びりびり、とバルコニーが揺れ、新は人々の熱狂に驚いた。

 中庭には招待した五千人を超える貴族たちが詰めかけており、城の外にも新たちを一目見ようと平民たちが押し寄せている。

 バルコニーに出た勇仁は、新を抱いたまま、すう、と大きく息を吸い込むと、叫んだ。

「我が国民たちよ! 今日をもってバーランドは新たに生まれ変わる! 王妃アラタ、王子光とともにバーランドに永遠の繁栄を約束しよう!」

「王様万歳! 王妃様万歳! 王子様万歳!」

 歓声とともに、人々が口々に万歳と唱和した。

 新と光は、勇仁に抱かれながら、貴族や平民たちに手を振った。壮観だ。これまでもこれからも、こんな景色を見ることはもうめったに無いだろう。まるで現実味がなくて、新はぼうっと集まった人々を見つめた。

「アラタ」

 勇仁に呼ばれて、新は勇仁を見上げた。

 勇仁は嬉しそうに、でも、怖いくらいに真剣な表情を顔をしていた。

「お前を愛している。私の愛は、お前そのものだ」

「勇仁様、俺も愛しています。俺の愛は、永遠に勇仁様のもとにあります」

 勇仁の言葉に、新の胸が喜びで痛いほど締めつけられる。勇仁に愛されている。その事実が身体の細胞一つ一つに染み渡るようで、そこらじゅうを駆け回りたくなるほど幸せだった。

 吸い寄せられるように、二人は唇を重ねた。

 初めて気持ちを確かめ合いキスをしたバルコニーで、今度は、永遠の愛を誓うキスをする。顔を傾け、互いの柔らかな舌を絡めあい、味わう。優しいキスだった。

 キスの後、二人が余韻に浸りながら見つめ合っていると、嵐のような拍手の音が二人を包んだ。中庭に咲いたさざんかの花びらが、紙吹雪のように舞い上がり空を舞っていく。

(幸せだ)

 逞しい腕に抱かれ、腕の中の小さな命を抱きしめて、新は噛み締めるように思った。

 ずっと、「お前の代わりなんていくらでもいる」と言われ、無能だ、クズだと馬鹿にされてきた。けれど、勇仁ただ一人が、新でなければダメなのだと言って、新を信じ、いつでも新の味方でいてくれた。そして、心も身体も深く愛してくれた。

 誰かに恋するなんて分不相応だと小さくなっていた自分は、もういない。人並みの人生を送れるなんて思うなと自分を叱りつけていたのも、遠い過去だ。自分を愛さない自分は、勇仁に助けられ、脱ぎ捨ててきた。

 光の笑い声、温かな勇仁の腕、溢れる幸福に包まれて、新の瞳から涙が一筋、きらりとこぼれ落ちた。

 新はもう一人ぼっちではない。これからは、勇仁と、彼との愛の証である光と三人で生きていけるのだ。

 誰かを愛し、愛されたいという新の一世一代の夢は、今叶った。今日はきっと、生涯忘れられない日になるだろう。

 民が待ち焦がれた新法の施行と王の結婚式が同時に行われたこの日は、バーランドの国史にひときわ華やかに刻まれた。

 そして、王・勇仁と伝説の白き鳥の王妃・アラタは、バーランドの歴史上初めて累進課税制度を取り入れた稀代の賢王と王妃として名を残すこととなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

孤独な大鷲王は異世界の社畜を溺愛する @hanafusa_k

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ