12月~うその終わり~ 後編


 水族館を満喫した四人での帰り道。

 隣のかりんはさっきからずっと私の手を繋いでいる。

 時折意味深にその手を優しくにぎにぎされる。

 くすぐったいようなじれったいような感覚が手から全身にじわりと伝わっていく。

 私たちの前にはあみちゃん達が歩いているから、声を出すのはガマン、ガマン……。

 そうやって堪えている私の表情を覗き込んだかりんは、そのまま私の腕に抱き着く。

 ふわりとかりんの匂いが漂い、その柔らかい身体とぬくもりがさらに私の心を揺さぶってくる。

 今日一日、かりんがいつも以上に接触――というか度を越えたいちゃいちゃ――をしてくるのは、今日のこれからのためなんだと思う。

 そう、このデートを始める一週間前の事。


「ゆうちゃん、ちょっと大事な話があるんだけど」

 私の家でいつものようにくつろいでいたかりんが、突然そう切り出した。

「え、あ、うん。わかった」

 私は慌てつつもなんとなく正座し、その正面にかりんがやって来る。

「あ、えっと大事な話ではあるんだけど、悪いニュースとかじゃないから緊張しないでね!」

「そう言われると余計に意識しちゃうんだけど……」

「わ、わかった。じゃあもう本題に入るね。じゃあ、はいゆうちゃん」

 そう言ってかりんは私にクッションを渡して、もう一つのクッションを自分の下に敷いて座った。

「ありがとう」

 とりあえず私も正座を崩して、もらったクッションの上に座る。

「えっとね、来週のクリスマスにゆうちゃんのお家にお泊りする予定でしょ?」

「うん。そうだね」

「それでね……今回は家族にちゃんと、話そうかなって、思ってて」

 伏し目がちにかりんが言う。緊張しないでねって言ってた本人が緊張しちゃってる!

「ちゃんとっていうのは、もしかして私たちの事を……?」

「私たちが恋人になったって事、話しておきたいんだ。もう、幼馴染の家に泊まるっていう嘘はつきたくなくて」

 真剣な顔のかりんに、私も気を引き締める。

「そっか。そうだね、私も賛成だよ。かりんの家族になら私もちゃんと知ってほしいし……というか、それなら私も家族に話そうかな」

「ほんと!?それなら、私、今日帰ったら話す予定なんだけど」

「今日!?」

「うん。決意したときにしとかないと、ズルズル言い訳しそうだしさ」

 苦笑交じりにそう言うかりんに、私もうなずく。

「そっか、じゃあ私も今日お母さんに連絡してみるよ」

「オッケー、じゃあ、約束ね」

 そう言って、かりんは私の事を軽く抱きしめてきた。

 かりんの身体は、少し、震えている。

 そうだよね、家族だとしても――いや、家族だからこそ、私たちの関係を伝えるのは勇気がいるかもしれない。


 かりんが家に帰ってしばらくして、私はお風呂を済ませて部屋のベッドに座っていた。

 一度深呼吸をして、お母さんへ電話をかける。

『もしもし、ゆうな?』

「あ、お母さん、今大丈夫?」

『ええ、もちろん。お仕事は落ち着いて来たところだから、お父さんも隣にいるわよ』

「そうなんだ!あ、じゃあせっかくならビデオ通話に切り替えても大丈夫?」

『そうね!お父さんもゆうなの顔が見たいって!』

 画面が切り替わってお母さんの顔が映る。その隣で見切れるようにお父さんもニコニコ顔で映っている。

「それで、実はね、お母さん達に報告したいことがあるというか、何というか……」

 言い出したのはいいけど、変に緊張してしまう。

 そんな中、お母さん達は何も言わず、優しい表情を浮かべて私の言葉を待ってくれていた。

「私、かりんとお付き合いすることに――恋人になりました……!」

 その言葉を振り絞ると同時に、私はギュッと目を閉じてしまった。

 ビデオ通話を提案したのは私なのに、反応を知るのが怖い。

『あら、そうなんだ。おめでとう!』

「――え?」

 予想していたよりもずっと明るい声が聞こえ、拍子抜けする。

 おそるおそる目を開くと、微笑むお母さんとなおも見切れているお父さんの姿。

「あの、私……」

 あ、ダメだ。堪えられない。

 涙が一筋、頬を伝って行く。

『ゆうな!?』

 心配するお母さんの声、視界がちょっとにじんで、慌てて覗き込んでくるお父さんの姿もよく見えない。

「あ、ご、ごめんね!あっさり受け入れてもらえるものだから、びっくりしたというか安心したたというか……」

『まあ、びっくりしなかったと言ったら嘘にはなると思うけど。昔っからかりんちゃんとゆうなはべったりだったからねぇ』

「え、もしかして、お母さん気付いてたりした……?」

『いやいやまさか!仲が良いのは知っていたけど、恋人になるほどとは――あ、でも』

 お母さんは少し考える素振りをした後、何か納得したようにぽんと手を打った。

『あのとき。私たちが出発したあの日の事、ゆうなは覚えてる?』

 言われて、私も記憶を辿る。

 二年前、中学生活最後の三月。お母さんたちが仕事で海外に旅立つその日に、私の家の前に集まったのは、私と、お母さんとお父さんと――かりんと、かりんのお母さん。

 確かあの時――

「ここに残りたいって言ったのは私なのに、お見送りの最後の最後に我慢できなくなって、泣いちゃって」

 お母さんが私の言葉にうんうんと相槌をうつ。

「それで、私の隣にいたかりんが前に出てお母さんとお父さんに向かって――」

「『ゆうちゃんは、私の家族だから』」

 私とお母さんの声が重なる。

 忘れて――いや、当たり前にそこにあったから意識していなかったかりんの言葉。

「家族だから、安心してゆうちゃんはここにいていいんだよって――あー!え、かりんってまさか、あの時から……」

『ふふふっ、そうかもしれないわね』

 お母さんが少し意味ありげに笑った。

『でもそっかー、ゆうながかりんちゃんとねー。あ、じゃあ今度のクリスマスはかりんちゃんが家に泊まりくるの?』

 うっ、鋭い。

 でも、本来はその相談のための通話だったし、こっちから切り出す手間が省けたってことで。

「ま、まあその予定なんだけど……いい?」

『もちろん!やっぱり初夜は大事にしたいものよね』

 お母さんの発言に驚いて、私は持っていたスマホを落としてしまった。

 そんなスマホからお父さんの咳き込む声が聞こえてくる。

「お、お母さん!?」

 全く持って予想外の展開についていけない!

 とりあえず、真っ赤になっているであろう顔を映して図星だと思われるのが恥ずかしいので、スマホのカメラをOFFにしてからスマホを手にした。

『ああ、つい!ごめんなさい、余計なお世話よね。でも、頑張ってね、ゆうな』

 茶化すわけではなく、優しいお母さんの声に、私は思わずうんと答えてしまっていた。

 いや、まあ実際そういうことをするのは初めてじゃ――待った。私がかりんの恋人だと自覚してからはまだしてない。そういう点ではお母さんの言う通り、大事にするべきでは?

 かりんも結構記念日とかにこだわる気がするし……。

 下着とか新しいの用意しておこうかな……あとは――


 * * * 


「それじゃあ、優菜、花梨またね!」

「さようなら!」

 手を振って去っていくあみちゃんとるるちゃんに、私は左手を振って返した。

 かりんが右手をぶんぶんと勢いよく振ると、るるちゃんが大きく手を振り返してくれた。

 かりんと二人っきりで家に向かう。

 だんだん家が近づくにつれて、鼓動が早まっていく。

 なんとなく私もかりんも口数が減ってしまっていて、歩くペースもいつもよりも速くなっている。

 私の家はもうすぐそこだ。自然と繋いでいた手にも力が入る。

 鍵を開けてかりんを招き入れる。

 玄関に二人で入って、私は扉を閉めて鍵をかけた。

 その瞬間、私は靴も脱がずにそのままかりんの肩を軽くつかんだ。

 じっと二人で見つめ合って、私がそっとかりんの唇に指を触れると、自然に顔が近づいていく。

 軽く触れ合うだけのキスがどんどんエスカレートして、私がかりんの唇を舌でつつくとかりんもそのまま舌を――

 空気に完全にのまれていた私は、かりんが軽く私の背中を叩いてくれたおかげで、理性を取り戻した。

「わっ、えっと、突然ごめん!」

 私は名残惜しい気持ちを振り払って、かりんから唇を離した。

 かりんの目がとろんとしてきている……!

 このままじゃ、計画が崩れちゃう!せっかくこの日のために色々準備してきたんだから、とりあえず、とりあえずえーっと……

「お風呂、一緒に入る?」

「う、うん……」

 私の提案にこくりとうなずくかりん。

 外ではあんなにイケイケに煽っていたのに、お家に入った途端急にしおらしくなっちゃって。

 本当にかわいいなもう!

 お風呂に入ってる間も、かりんはおとなしくしてくれていた。

 私はその様子を見て胸をなでおろした。

 今日は私の部屋に入ってからが本番なんだから、それまでは私も落ち着いておこう。

 湯船にはギリギリ二人で浸かれても、さすがにシャワーは一つしかないので私が先に身体を洗う。

「じゃあ、私先にあがるから!」

 とかりんに声を掛けて、浴室を出る。

 下着を身に着けた後、私は自分の部屋に入ってエアコンと一緒にアロマディフューザーのスイッチを入れる。

 服、どうしようかな。このまま下着姿で出迎えるのはなんか……髪も乾かしたいし……。

 とりあえずオーバーサイズのルームウェアを着て、洗面所に向かう。

 ドライヤーで髪を乾かしていると、かりんが上がってくる。

 後ろでかりんの気配を感じるけど、なんとなく着替えている様子を今まじまじ見るのは……と控えていると、私のドライヤーを持っている手がつかまれた。

「ゆうちゃん、あとは私が乾かしてあげる」

「あ、うん。おねがい――」

 鏡に映りこんだかりんの姿を見て、私は言葉を失った。

 別にかりんが裸だったわけではなく――むしろ、裸だったほうが心の整理がついたかもしれない――これって、ベビードールってやつでは?

 白色基調で所々にピンクのラインが入った可愛らしいそれは、かりんが着るだけで甘ったるい雰囲気を醸し出している。

 せっかくお風呂で落ち着けた心が、また高まっていくのを感じる。

 かりんに乾かしてもらった後、お返しに私がかりんの髪にドライヤーをかける間も私はドキドキしっぱなしだった。

 とにかく手を引いてかりんと私の部屋に入る。

「わっ、なんか甘い匂いがする。お花?」

「そう、ジャスミンのアロマを焚いてみたの。あ、苦手な香りだったらいってね。止めるから!」

「ううん、大丈夫。好きな香りだ~」

 かりんがふわふわと頬を緩める。よかった、とりあえずこのままで進めよう。

「でも、ゆうちゃんがアロマ持ってたなんて知らなかったな」

「あー、実は今日のために……」

 言いかけて、やめる。

 もう、行動で示した方が早いや。

 私はかりんをベッドまで連れて行って押し倒すようにキスをした……。


 * * * 


「んっ……」

 目が覚めて、数秒くらい見慣れた天井をぼーっと見つめていたら隣で動く気配がした。

 その方向へ顔を向けると同じタイミングでかりんがこっちを向いてきて、バッチリ目が合う。

 超至近距離、すぐにぶつかりそうなほどに顔が近い。

「おはよう、かりん」

「おはよう、ゆうちゃん」

 挨拶を交わして、なんとなくそのまま体を寄せて、私はかりんと抱き合った。

 かりんの柔らかい体とぬくもりが私の肌に直接伝わる――って、二人とも服を着ていない……?

 昨日、いつ寝たのか覚えていないけど、ちゃんとエアコンがついていてよかった!

 しばらく二人でぬくぬくしていると、かりんが私を抱きしめたままゆっくりと話し始めた。

「ゆうちゃん、改めてありがとう。私のきもちを受け止めてくれて」

「ううん、私こそありがとう。かりんがずっとそのきもちを大切にしてくれていたから、私も今幸せでいられるんだよ」

 私が耳元で話したのがくすぐったかったのか、かりんが軽く身をよじった。

 それからかりんは深呼吸する。

 かりんの鼓動が落ち着いていくのを肌で感じる。

 かりんの呼吸に合わせて胸が上下する。そんなかりんに抱き着きながら、自然に私も呼吸を合わせていた。

「――結局、こうやって付き合うまでにゆうちゃんにはたくさん嘘ついちゃったね……」

「嘘をつかせちゃったのは私のせいでもあるんだもん、かりんは気にしないで。それに、かりんだけじゃなくて私もかりんに隠し事しちゃってたわけだし……私たちだけじゃなくて、みんなそうやってすれ違っちゃったんだよね」

「うん……でも、とりあえず全部解決して、うそも全部終わったから!私たちももっともっと仲良く前に進んでいけるよ。きっと」

「そうだね。これからはうそ偽りなく、かりんの事を愛しつくすって誓うからね!」

 私はかりんの頬へ軽く自分の頬をこすりつける。かりんの口から嬉しい悲鳴が漏れてくる。

「えへへ。じゃあ私はゆうちゃんがくれた愛をいーっぱい育ててお返しするね」

「なるほど、愛のお返し……じゃあ私は返しきれなくて溺れちゃうくらいかりんのこと愛してあげる」

「えー、愛の永久機関になっちゃうねー」

 そう言ってかりんは私の顔を見る。

 かりんの表情は半ばとろけるように見える。

 そしてかりんは私の唇に軽く触れ合うだけのキスをして

「そういえば私ね、もう一つだけゆうちゃんに隠し事……というか、うそをついてたかも」

「んー、なぁに?」

 お返しするように私からもかりんにキスをすると、かりんはニヤリと笑った。

「私ね、お家ではずっとゆうちゃんに求めてもらってるじゃない?」

「あー、そうだね」

「受け身でゆうちゃんに色々してもらうのは、もちろん大好きなんだけど――実はね、私からゆうちゃんのこともっと愛してあげたいなーって心の底から思ってたんだよね」

 言いながら、かりんは私の身体を優しく撫でた。

 そして私はこの日、一日中かりんの愛に溺れることになるのでした。

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白桜女子の日々~愛されるから愛したい~ 紅茶色 @kochacolor

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