悪役令嬢であったとは、よもやよもやです。
リュースディアス侯爵令嬢こと、エレンディラ・フアナ・リュースディアス。
私が転生した『七国の聖女』最新作においてヒロインのライバル兼悪役令嬢。そして、ラスボスとなる少女である。
4大元素魔法に対して非常に強い素養を持った彼女は幼少時にその力を暴走させてしまい、傍にいた小さな妹に重傷を負わせてしまう。
魔法教育を受ける以前の幼子がしてしまった事、と侯爵夫妻は娘を責める事はしなかった。ショックの中にいる娘に、後悔をするのならば二度と同じ事を繰り返さぬ為に、その力を良きものとして生かす為に学ぶ様に、と静かに諭した。
その言葉はこの事件で心に深い傷を負った娘への紛れもない愛情だった。
だが、エレンディラは傷を負った妹の姿と、けれどそれを決して責めない両親の気遣いに、逆に強い罪悪感を抱き、己を責め──
結果、過度に己を律し『自分の力を人の為に生かす事』『人に必要とされる事』に固執する様になっていく。
その反動の様に──或いは王妃候補として厳しく高度な教育を受けたが故か、エレンディラは己自身の為に何かを望むという事については酷く淡泊な少女となった。
『己を顧みず、身分を問わず人の為に尽くす事が出来る心優しい侯爵令嬢』『無欲で奢侈を望まない、清廉潔白で理想的な淑女』
いつしかそう呼ばれる様になった彼女は、己の力を最も多くの人に役立てる事が出来る『王妃』という立場を更に強く望み、それに向かって邁進していく。
それはまるで『そうならなければ自分は生きてはいけない』と思っているかの様で。
エレンディラの過去を知る王太子レオナードは、そんな彼女に淡い思いを抱き気遣いながらも、憑かれた様に只管に王妃への道を望むその姿に、ある誤解を抱く様になっていく。
その過去を知り『寄り添いたい』とどれだけ願っても、気高く背筋を伸ばしたままで誰にも助けを求めない彼女。
彼女にとって必要なのは『王位継承者』であって『自分』ではないのではないか?
そう考え始めると『必要とされない、彼女に寄り添う事すら出来ない自分』が酷く惨めになった。
『自分は『王位継承者』でさえあればいい』『それが彼女の望みだから』と自分に言い訳をして己の惨めさから目を反らし、彼女との関わりから少しずつ離れていく。
過去に囚われ続けるエレンディラと、彼女への思い故に無力感に囚われていくレオナードと。
二人の関係の溝が形となり始めたちょうどその頃、『聖女』の候補者である少女──ヒロインが現れる。
乙女ゲームにおいてはお約束的展開で、物語の過程でヒロインが他のキャラとの好感度を上げて聖属性の魔法を伸ばし王妃の座を争い得る立場である『聖女』に近付くにつれて、エレンディラは強い危機感と恐怖を抱く様になる。
『失いたくない』という我欲。
王妃の座を、自分の居場所を、レオナードを。
失いたくない、奪われたくない、離れたくない──
己に固く禁じ続けていたそれは膨れ上がり、彼女の心を徐々に蝕んでいき。
ヒロインが正式に聖女の称号を得て、そして、王太子レオナードの心を射止めたと知らされた時。
彼女の心は完全に壊れてしまう。
自分も、世界も、何もかも『もういらなくなった』エレンディラは自身の力と、もはやどんな形であったかも判らなくなった願いを暴走させた挙句に深淵に眠る『旧き神』を呼び起こし、その果てにこの世界の
……と、いうのがこのゲームに登場する悪役令嬢エレンディラについての下りである。
ちなみにこれが判明するのは、全キャラ攻略後の隠しルート(モード不問)からだ。
学園内では王妃の座とレオナードに対する壊れた執着ぶりとそれによって起こるヒロインへの過剰ちょっかい、にも関わらず『品方公正で心優しいエレンディラ侯爵令嬢』という周囲のイメージと孤立無援(除・攻略対象)で戦う羽目になり、挙句の果てに『旧き神』なる、どっかで聞いた様なやべぇ邪神まで呼んでラスボス化、という、プレイヤー的には『二重三重に面倒くさい相手』でしかなかった訳なのだが。
全キャラルート並びに逆ハールートを攻略してクリア報酬として得られる『破れたページ』を全て回収した上で、今度は全てのキャラの好感度は常に『色恋ゼロだがラスボス戦には付き合ってくれる』という設定の『性別を超えた親友』レベルで維持をしつつ己を高めて
そして『聖女』となった際に神殿から、三つの聖女専用装備と『手鏡(サブイベント全クリ達成で出て来るアイテム。『飾りは美しく高価そうだが魔力はない』と説明が出る)』の内、三つ望む物を取る様に示された時に聖女装備二つと手鏡を取ってようやっと隠しルート・通称『救済ルート』のフラグが立つのだ。
全ルートをクリアして得た『破れたページ』はそのままでは読む事が出来ないが、『手鏡』を使って漸くその内容が明らかになる。
ここで、エレンディラの過去と今までのルートでは匂わせ程度の会話にしか出てこなかった彼女の妹、フィレットの存在が判明するのだ。
魔力暴走による怪我から、どんな治療でも回復せぬままほぼ寝たきりとなった妹を『聖女』となったヒロインの力で癒し、聖属性を上回る激レア魔法『魔力無効』『封印』の能力を持つ彼女をパーティに加えてラスボス戦に臨む事で通常ルートだと『死なせるのが精いっぱい』のエレンディラを『旧き神を倒した後に、彼女の魔法を封印して暴走を止める』という形で救う、という結末に持っていく事が出来るのだ。
このルート、好感度調整が非常にシビアで一人でも『恋人』レベルになってしまうと進めなくなる上に『仲の良い友人』レベルに落ちると今度はラスボス戦に付き合ってくれる面子が減ってしまう。聖女装備が一つ欠けた状態でラスボス戦に挑まなくてはならないので、面子は全て揃えなければ敗北必至。
フィレットはNPCなので必ず入ってくれるが病み上がりな為かレベルもHPも低く『魔力無効』と『封印』がなければ、ぶっちゃけお荷物(ゲーム的には)。
あと、『魔力無効』能力の副作用で、ヒロイン専用の最高レベル回復魔法でないとHPが殆ど回復しない。
他のキャラも回復魔法を使える様にはなる者はいるのだが、彼等に回復をさせてもMPの3分の1以上を消費して妹のHPがやっと1回復という風なのではっきり言って割に合わない。
そんなこんなの苦労を重ねてエレンディラは暴走を止め、レオナードと正面から向き合って思いを確かめ合い(このルートでエレンディラが初めて、『助けて欲しい、傍にいて欲しい』という本音をレオナードに漏らすイベントが発生する)、その結果、彼女はレオナードと結ばれて王妃となり、元気になったフィレットは侯爵家を継ぎ、そしてヒロインは最初に『親友』となったキャラと結ばれるというトゥルーエンドに辿り着くのだ。
前世の私は入院の床でこのゲームをやり込みまくり、トゥルーエンドに辿り着く頃には『面倒くさいライバルキャラ』でしかなかったエレンディラが『妹の未来を奪ったトラウマに苦しみ心の時間を止めてしまった、それでも王妃として愛する人に相応しくあろうとした不器用すぎる少女』という存在に変わっていた。
なので彼女が初めて『助けて』と言えた時には『馬鹿!!それを最初に言ってよ!!ホント馬鹿な子!!』と号泣し、紆余曲折の末にエレンディラとレオナードが結ばれたハッピーエンドには
『よがっだねぇええええ!!よがっだ、よがっだぁあああああ』
と病室の中で嬉し涙と鼻水塗れになって、汚ねーダミ声で絶叫したものだった。
その大騒ぎっぷりで消灯時間過ぎてもゲームで遊んでたのがバレて、翌朝の回診で担当医の先生と看護師さんにこってり絞られたのだが。
…………今思うと、我ながら変なとこ元気な病人だったなと思う。
それはさておき。
そのエレンディラが、王太子有るところに侯爵令嬢有りと言わんばかりに二人セットのスチルが殆どだったあのエレンディラが、王太子レオナードの傍にいない。
此処がゲームの世界だとするならば、明らかにおかしい。
異常事態と言ってもいいくらいだ。
前世でやっていたゲームの知識と、この世界で生きて来た15年間の記憶から、幾つか理由を考えてみる。
1・エレンディラは既に故人
いや、いくら何でもそれはない……と思う。
2・他に相手が出来た。
一応、婚約者持ちなんだしそれはない……多分。
3・実は転生者で、ゲーム知識を利用して破滅ルート回避に成功した。
自分が転生者なのを考えると、これが一番ありそうかなぁ、と思う。
私は結局、ゲームは全ルート一周ずつしか出来なかったけど、両モードクリアして全てのルートを何周もやり込んでる人なら、その中でエレンディラについてしっかり考察をしている人なら、彼女を闇落ちさせない方法を発見しているかも知れない。
ゲーム内での実行は叶わなくても、この世界にエレンディラとして転生したなら、その『方法』を実行しているという事は大いに有り得るだろう。
ん?
それじゃあ、世界の危機とか来ないっぽい?。
エレンディラはまっすぐ王妃コースで、私はここで勉強して家業を継いで医者になる平和エンド?
………ゲーム性は欠片もないけど、それはそれで悪くないかも。
乙女ゲーもハーレムも滅びゆく世界も、第三者目線のフィクションだからこそ楽しめるんであって、現実はのんびり平和が何よりだ。
じゃあ、まあ此処のエレンディラと遭遇しても、そんなに構える必要ないかな。
そう納得し、私は安心して次の教室へ向かう。
……と、ようやっと目的地の教室の扉が見えてきて、長い旅路がそろそろ終わりを迎えるという頃。
私より先に来ていたらしく、教室の扉に手をかけようとした女生徒が、突然ぴくっと肩を動かして立ち止まった。
赤みがかった金色の短い髪と頭頂付近で揺れる双葉のアホ毛──後ろ姿で顔は見えないが間違いない、今朝声をかけてくれたあの先輩だ。
教室に近付くに従って、扉付近で固まった彼女の背中も近付いてくる。
小さなボソボソとした声で何かを呟いているその様子に『独り言の癖があるのかな?』と呑気に思いながら彼女にすれ違いかけ、その内容を聞き止めて今度は私が固まる。
これ、独り言じゃなくて呪文!?
……て、何で、教室前でいきなり呪文!?
余りの事に大量の疑問符が飛びかけたが、その答えは直ぐに出た。
床に落ちた彼女の影を囲むサイズの、しかしとんでもなく複雑な模様で描かれた魔法陣、それが彼女の足元に光りながら現れたからだ。
「え……ちょっ、待って!?」
そう大声を上げたのと、彼女の姿がその場から掻き消えたのは同時。
そして、その魔法を目の当たりにした私は『彼女』が何者なのかを完全に理解していた。
あの転移魔法は、ゲーム中でのある人物の専用魔法だった。
そう、世界の
……って、あの人がエレンディラ?
眠たそうな感じの間延びしたおっとり声で「おはようございます」って言ってきた、髪の毛ばっさりでアホ毛を揺らしたあの人が。
よく知らない人、しかも先輩、更には間違いなく成績優秀者である人に対して大変失礼な事ではあるが、私はその場で声を上げてしまっていた。
「………………あの人がぁ!?」
と。
悪役令嬢は怠けたい~乙女ゲーヒロインに転生しましたが、ライバル令嬢が斜め上過ぎて物語がどっかに行ってます。 風間翔 @kazamashow
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