かわいそうなんて言わせない

秋色

ぼくのストーカーが現れた!?

 金曜日の体育の授業じゅぎょうで、ぼくたち五年生はキックベースボールをした。まず一人ずつボールをその場でることに。

 いちばん上手うまいのは、野口君。野口君はなんといっても運動神経バツグンで、スポーツのセンスがある。

 だからぼくも負けずに思い切りけ飛ばすつもりが、ボールに足をすべらせ、自分がその場でころんでしまった。

 みんなは大笑い。

 その後で野口君が、華麗かれいにキックを決めた。



 教室に戻ってもぼくは、みんなにからかい続けられた。帰りのホームルームが終わって、さっさと帰り支度じたくを始めるぼくに、野口君が「え、帰るの?」ときいてきた。


「うん」


「新田んちでみんなで、ゲームするって言ってるぜ。家、確か、さくら町の方だったよな」


「ぼくはいいかな」


 ぼくは、ゲームは付き合い程度ていどにしかやらない。第一、今、そんな気分じゃない。第二にきっとこれはアレだ。大人がよく言うやつ。「あわれみをかける」みたいな。野口君とぼくとは、決して仲が悪いわけではない。でもふだんそんなによく話す方でもないんだ。

 それなのに、なぜか今日にかぎって話しかけてくるのは、さっきの体育の授業じゅぎょうでのぼくの失敗しっぱいを見たから。きっとそうに決まっている。でもぼくは、そんなあわれみなんかほしくない。特に野口君からは。


「さっきの事なんか気にするな」、「ドンマイ」

 そんなふうに言われたら、きっとぼくの心はズタズタになる。向こうは、はげますのがヒーローの鉄則てっそくだと思ってるのかもしれないけど。ぼくはイヤだ。

 これがプライドってやつだ。

 だからぼくは、「じゃ」とそっけなく言って、教室を出た。




 帰りにおじいちゃんの家にった。ムシャクシャする気分の時にはいつもるおじいちゃんの大きな家。そこにって時間をつぶしても、家族は特に心配しない。パパとママが仕事から帰って来るのは、もっとずっと後だから。

 それにさくら町のはしっこにあるおじいちゃんの家は、ぼくの通学路のちょうど真ん中辺りにある。だから帰り道に半々の割合わりあいで寄っているんだ。これはもう寄り道なんかじゃない。帰り道の一部かな。


 庭の手入れをしていたおじいちゃんに、門を開けてもらうと、おじいちゃんのっている柴犬しばいぬのミルミルがぼくめがけてけてくる。ミルミルは半年前におじいちゃんが知り合いからゆずり受けた子犬。ミルミルという名前はぼくがつけた。なぜかというと、まるでミルクコーヒーみたいな色だからだ。

 ぼくとミルミルは大の仲良しで、今日みたいにイヤなことがあった日には、まるでミルミルにもそれが分かっているかのように、お菓子も持っていないぼくの手のひらをペロッとなめ、なぐさめてくれる。

「ミルミルはいいな。優しいおじいちゃんの側に一日中いられて、庭で遊んでればいいんたから」

 そんなミルミルに言っても仕方のないグチが、ついこぼれてしまう。



 そして二日後の日曜日。今日は妹の菜々といっしょにおじいちゃんの家へ。これは日曜日のルーティン。

 宿題や勉強道具を抱えておじいちゃんの家へ行き、大きなテーブルでまず勉強を片づける。日曜日にはママの妹、つまりぼくらの叔母おばさんに当たるまぁちゃんもいるから、勉強で分からない所があればまぁちゃんに教えてもらえる。

 その後は妹やミルミルと庭で遊んだり、ミルミルを連れて近くを探検したり。

 おじいちゃんの家の近くには、丘があって、そこからは町全体が模型もけいのように見える。ずっと向こうに山並みが広がっていて、晴れた日にはエメラルドグリーンに見える。あの向こうにはどんな場所なんだろうと空想くうそうが広がる。


 その朝、菜々とおじいちゃんちに向かう最後の曲がり角を曲がる時、ふとり向くと、ずっと向こうに白いパーカーの少年の姿がかすかに見えた。遠すぎて、ちっぽけにしか見えなかったけど、それが何となく野口君のように見えた。


 もしかしたら野口君の友達か親戚しんせきがこの辺に住んでるのかな、とぼくは思った。一方で、ひょっとしてぼくを追いかけて来たのかも、なんて疑いが不意ふいに頭をよぎった。でも何のために?

 まさか、「金曜日の事なんか気にするな」とか、「ドンマイ」とぼくに言うために?

 いやいや、そんな事は、いくらなんでも、ありえない。それじゃストーカーだ。

 第一、あの遠くに見えた白いパーカー姿が野口君だという確かな証拠しょうこはない。

 ぼくはひたすら目の前の計算問題に集中した。



 するとしばらくして、まぁちゃんが部屋にやって来て、「ヒロキ、あんたにお客さんが来てるけど」と言う。

「え? なんでここへ? だれ?」とぼくはさけんだ。でも心の中で、うすうす、それは野口君だと感じていた。


「何だろう?」


 まぁちゃんが、「友だちになりたいと言ってるみたい」と言う。

 え? じゃあやっぱり野口君でなくて、他のだれか?

 妹の菜々は、「ヒロにいと友達になりたいなんてちょっと変わった人? どんな人か見てみたーい!」と玄関げんかんに行く気満々だ。



 広い玄関げんかんに向かうと、そこには、確かに野口君がいた。あっけらかんとして、おじいちゃんと何か話している。ぼくは、この間の体育の授業のことを話してるのではないかと内心、ドキドキしていた。

 それにしても野口君なら、ますますわけが分からない。新学年でクラス替えがあったばかりの時期ならまだしも、十一月の今になって友だちになりたいなんてふつう言うかな?


 空気を読まない菜々が、「このお兄ちゃんが、ヒロにいの友達になりたいって言ってる変わった人?」と大声で言う。

「だから……」とぼくは一人あせっていた。

「いや、スポーツがすごく得意でさ」とわけのわからない野口君の援護えんごをしていた。



 するとおじいちゃんが菜々の言葉を訂正ていせいした。

「いや、ここにいる野口君が 友達になりたがってるのは、ミルミルの方だよ」

 菜々がおどろいて言った。「え!? じゃあヒロ兄はミルミルに負けたの?」

 ぼくもおどろいていた。


「いや、ちがうよ」と野口君。「渡辺君とは同じクラスなんで、もう友達だから」


「そっか」と菜々は納得なっとくする。

 大体、なんで妹がアニキのことに口出しするんだよと突っ込みたい気分をぼくはおさえた。

 でも心の中で、野口君の説明に安心していた。


「でもなぜ、ミルミルのことを知ったの?」とぼく。


「何日か前、親の車に乗ってファミレスに行く途中、この前の道を通ったんだ。そしたら、渡辺君がきれいな薄茶色うすちゃいろの子犬と遊んでいるところが見えたんだ」


「そうだったのか」とぼく。

 うなずくおじいちゃん。

 興味きょうみしんしんで何か言いたそうだった菜々が口を開く。


「それでミルミルと友達になりたいわけ? それならかんたん。ミルミルは誰にでもなつくんだから」


「本当に?」野口君がうれしそうにきく。


 おじいちゃんがぼくに言った。「ヒロキ、今日は、お友達といっしょにミルミルの散歩に行きなさい」



「あたしも行っていい?」菜々がきくと、おじいちゃんは「菜々は家にいなさい」と言う。


「え〜」と不満そうな菜々をあとにして、ぼくは、ミルミルにリードを付けた。「こっちに来て」と野口君に言い、ミルミルに紹介する。こわごわさわる野口君にミルミルはちっとも警戒けいかいしない。会えたのを喜んでいるみたいにシッポをっている。


 いくつかのコースがあるけど、今日は丘の上に行くコースにしよう。


 丘の上に着くと広がるいつものまぶしい風景。どこかの小学校で運動会が開かれているみたいで、誰かの手を放した赤い風船が風に飛ばされ、青い空をどんどんのぼっていく。


「わあ、こんなに町全体が見えるのかー。すげー」野口君は感激していた。


 ぼくはふときいてみた。

「犬が好きなら、家で犬を飼ったりしてないの?」


「うちはマンションなんで、飼えないんだ」


「そっか」


「渡辺君はいいな。犬とか可愛い妹とか」


「犬は、ホントはおじいちゃんが飼ってるから。それに妹はちっとも可愛くない!」


「いや、オレ、下に兄弟がいないから、うらやましい」


「下にいないなら、上にいるの?」


「うん。アニキがいる。でも、高校生でスポーツのためちょっと離れたとこの高校に行ってるんだ。その高校のりょうに入ってて」


 それはさびしいだろうなと思ったけど、そんなふうに言うと、何だか上からものを言ってるみたいで、ちょっと失礼かなと感じた。かわいそうなんて言われたくないと思ったのは、自分の方のクセに。

 だからプラス志向しこうのことを一生けん命考えてみた。


「でもさ、冬休みには帰ってくるんだろ?」


「ああ、帰って来る。楽しみなんだ」


「そっか、楽しみなんだ」


「ほら、あの山の向こうを通ってる鉄道があるだろ? その鉄道を通る電車に乗って帰って来るんだ。だから最近、マンションの窓から山を見るのが楽しいんだ」


「へえ。マンションの窓からでも山が見えるんだ」


「ああ。マンションも悪いことばっかりじゃないよ」



 今日はいつもより、山のエメラルドグリーンの色がい。今度、絵を描く時には、この風景を描いてみようと思った。でも一体どんな絵の具を使ったら、あんな色が出せるんだろうとなやみながら。


「あのさー」ぼくが沈黙を破る。


「なに?」


「今度ボールをる練習したいんだ。教えてくれる?」


「なんだ。そんなことか。いいよ」


 ぼくはつまらないプライドを、秋風の中に捨てた。空を飛んでいく風船みたいに。



 こうして野口君は僕達の日曜日のルーティンの新メンバーとなった。

 いつもミルミルに会うたび、顔がほころんでいる。

 そして日曜日は、ぼくと菜々のスポーツ全般の先生役もこなすんだ。今のところ、ぼくより、アスリートを目指す菜々の指導しどうの方に、何かと手をいているみたいだけど。

 🙂




 ――おわり――




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

かわいそうなんて言わせない 秋色 @autumn-hue

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画