小学校の時から好きだった幼馴染の百合子
春風秋雄
君にお金を貸すのは3回目だけど
「また200万円?」
「ごめんなさい。でもどうしても必要なの」
「この前の200万円も返してもらってないんだよ」
「ちゃんと、まとめて返すから」
手嶌百合子の整った顔で見つめられて懇願されれば、俺に断れるはずがない。しかし、これでお金を借りにくるのは3回目だ。最初は100万円、それは2か月後にすぐに返してもらった。次は200万円。これは貸してから3か月経っているが、まだ返してもらっていない。それなのに、また200万円貸してくれと言ってきた。これで俺からの借金は400万円になる。
「なあ、前から言っているけど、俺と結婚しないか?そうすれば、お父さんの会社は俺の会社の関連会社ということにして、資金援助もしやすくなるのだから」
「その話は断ったじゃない。お金はちゃんと返すと言っているのだから、あと200万円お願い」
仕方なく、俺は金庫から200万円を取り出し、百合子に渡した。借用書などは作らない。百合子と俺との間に、そんな形式ばったものを挟みたくなかったからだ。200万円を受け取った百合子は、小さな声で「ありがとう」と言って帰って行った。
俺の名前は宮内智明。学生時代に友達と作ったゲームアプリを大手企業に売り込みに行ったら、結構な金額で買い取ってくれた。友達はそのままゲーム業界の仕事についたが、俺は地元に戻って親父の不動産会社を継ぐことになっていたので、ゲーム業界には行かなかった。その代わり、ゲームアプリで得たお金を株に投資したら、かなりの利益になった。地元に戻った俺は、株で儲けたお金を元手にスーパーなどの流通業の会社の店舗開発を手掛ける会社を親父の関連会社として立ち上げた。今では従業員も10名ほどになり、親父の会社と遜色ないほどの利益を出している。
手嶌百合子は小学校から高校まで同じ学校へ通った幼馴染だ。百合子の実家は個人経営の小さなスーパーマーケットを経営しており、百合子はひとり娘だった。俺は小学校の時から百合子のことが好きだった。高校3年の時に告白したが、高校を卒業したら家業を手伝うことになっている百合子は、県外の大学へ進学する俺とは付き合えないと言った。それでも俺は大学へ進学してからも、盆正月はもちろん、ゴールデンウィークなどの連休には地元に帰るようにして、百合子を食事とかに誘っていた。百合子は俺が誘えば食事やカラオケには付き合ってくれるが、それ以上には発展しなかった。ただ、彼氏が出来たという話は聞かないので、俺にもまだ望みがある。大学を卒業して地元に帰ったら、もう一度アタックしようと思っていた。
大学を卒業して地元に帰ってからは、百合子と会う機会は増えた。この調子なら、俺の気持ちに百合子が応えてくれるのも時間の問題ではないかと思っていた矢先、俺は大きな失敗をおかしてしまった。
俺が店舗開発で誘致した大手スーパーマーケットに、百合子の店のお客がとられ、百合子の実家の経営が苦しくなってしまったのだ。大手スーパーを誘致した場所は、地元から車で30分ほどかかる場所なので、百合子の店にはそれほど影響はないと思っていたのだが、そのスーパーは映画館やゲームセンターなどを兼ね備えた、大型のショッピングモールとなり、車で30分かけても行く価値があるということで、地元の人々はそこへ出かけていくようになった。百合子のお父さんからは、時代の流れだから、宮内君が誘致しなくても、遅かれ早かれ他のルートで出来ていただろうから、宮内君のせいではないよと言ってくれた。しかし、俺は誘致場所をもっと遠くにすればよかったと後悔した。それを機に、百合子は俺からの誘いを断るようになった。断る理由はお店が忙しいからということだったが、本当の理由は俺を恨んでいるからだろうと思った。だから、初めて百合子がお金を貸して欲しいと言ってきた時、俺に出来ることであればと、無条件で貸したのだった。
俺も今年で28歳になる。俺は百合子のことを諦めて、他に結婚相手を探した方が良いのだろうか。
今年も祭りの日が近づいてきた。地元の神社の祭りだが、昼間は神輿が街を練り歩き、夜は近くの川で花火が打ち上げられ、神社の境内に夜店が立ち並ぶ。俺が百合子に惚れたのは、小学校5年生の時のお祭りだった。神社の境内で偶然見かけた百合子は、浴衣姿で友達と歩いていた。その姿に俺はドキッとしてしまった。学校では普通の女の子にしか見えなかった百合子が、その時は大人びた綺麗な女性に見えた。俺はその年以来、毎年お祭りの日に百合子を探すようになった。何を買うでもなく、夜店が立ち並ぶ境内を2時間くらいブラブラしたこともある。しかし、それ以来お祭りの日に百合子を見かけることはなかった。
大学を卒業して地元に戻った年に、百合子をお祭りに誘った。最初は店が忙しいからと言って断っていたが、百合子のお父さんが「たまには息抜きに行ってこい」と言ってくれたようで、一緒に花火を見て、境内でたこ焼きを買って食べた。しかし、その時の百合子は浴衣姿ではなくて、ジーパンにTシャツ姿だった。それでも俺は嬉しかった。その時、たこ焼きを食べながら、俺は百合子に言った。
「俺が百合子のことを好きになったのは、小学校5年生の時のお祭りで、百合子の浴衣姿を見てからなんだ」
「どこで見てたの?私が浴衣姿でお祭りに行ったのは、あの年だけだよ」
「境内で偶然みかけた。とても可愛かった」
「ふーん。声かけてくれたらよかったのに」
「百合子は友達と一緒だったから、声かけづらくて」
「あの時は、誰と行ったんだったかな。敏子だったかな?」
「あれから毎年、お祭りのときは百合子を探したんだよ」
「あれ以来、お祭りにはほとんど出てないからね。お神輿が練り歩くのを家の前でチラッと見るくらい。花火は家の2階から見えるし」
「そうだったんだ」
あの頃、毎年百合子を探し回っていた俺の苦労は、無駄骨だったというわけだ。
その翌年も百合子をお祭りに誘ったが、ちょうどパートさんがひとり辞めた時期だったので、本当に店が忙しいということで断られた。そして、その翌年は俺の方が出張でお祭りの日に地元を離れていたので、誘うことすら出来なかった。そして、例のショッピングモールが出来てからは、まったく俺の誘いに応じてくれなかった。だから、俺はこの2年は百合子をお祭りに誘っていない。
お祭りまであと3日という時に、俺は百合子をお祭りに誘ってみた。
「今度のお祭り、花火だけでも一緒に行かないか?」
「今はお店の方がそれどころじゃないから」
「貸したお金も全然返してくれないし、花火ぐらい付き合ってくれてもいいじゃないか」
「・・・」
「もしもし?」
「そういうことを言うのは、卑怯じゃない。私に貸したお金の見返りにデートに付き合えって言うの?」
「いや、そういう意味じゃない。ごめん、俺が悪かった」
「いいわ。花火付き合う」
「いいのか?」
「その代わり、しばらくは私を誘わないで」
「食事とかも?」
「そう。いちいち断るのが面倒だから、誘わないで」
「しばらくって、どれくらいのこと?」
「それはわからない。1年なのか、2年なのか。とにかく、こっちが落ち着くまで」
俺は余計なことを言って、百合子を怒らせてしまったようだ。今度の花火のときに機嫌を取るしかない。
お祭りの当日、百合子はやはりジーパンとTシャツで現れた。身長が160㎝ちょっとある百合子は、スタイルが良く、ジーパン姿が良く似合う。
「お店の方はどう?」
花火を見終わって、もう少し百合子といたかったが、百合子はお店に戻らなければいけないというので、歩きながら俺は尋ねた。
「今、立て直しを図るために、色々やっているところ」
「何とかなりそう?」
「それはまだわからない。一応プランはあるんだけど、それに協力してくれる仕入先を探しているところ」
「俺にできることがあれば協力するよ」
百合子が俺の顔をみた。
「百合子の店が大変な状況に陥ったのは、俺の責任だと思っているから、出来るだけのことは協力する」
「智明君の責任じゃないよ。それまで何も工夫もしなかった私たちの責任。いい機会だから、抜本的に経営を見直そうと言っているの」
「俺のことを恨んでるんじゃないのか?」
「まさか。恨んでたら、こうやって花火を見に来たりしないよ」
「そうか。それならいいけど」
花火会場から、百合子の店までは、それほど離れていない。もうすぐ百合子の店に着くというところで、いきなり百合子が俺に近づき、キスしてきた。ほんの一瞬の出来事だった。百合子はすぐに唇を離し、足早に店に向かう。後を追うように俺もついて行く。店の前で百合子が振り向いた。
「今日はありがとう」
「また食事に誘ってもいいかな?」
「この前言ったように、当分はダメ。こっちが落ち着いたら連絡する」
百合子はそう言って店に入って行った。
あのキスは何だったんだろう?あれほど俺と花火に行くのを嫌がっていたのに、「ありがとう」と言ってくれた。女心は俺には全くわからない。
花火の日から3か月が経つのに、あれ以来、百合子から連絡はまったくない。お金の返済の話もない。でもお金のことはいい。もともと株で儲けたあぶく銭のようなものだ。それより、お店の方はどうなんだろう?一応プランはあるとは言っていたが、お店の前を通っても、特に変わったことはない。お客は相変わらず閑散としていた。このままでは、本当に百合子の店はつぶれてしまう。俺は百合子に電話をしてみた。
「久しぶり。お店の方はどう?」
「どうって言われても、相変わらずだけど」
「何かプランがあるって言っていたけど、もう動いているの?」
「動こうとしたけど、うまくいってない」
「プランってどういうものなの?」
それから百合子は考えていたプランを説明してくれた。百合子が考えたプランは、並べる商品のほとんどを地元でとれた食材にするということだった。特にここは海が近いので、鮮魚は地元の漁師から直接仕入れたいということだった。地元の肉類はそれほど有名ではないが、隣の県は牛肉や豚肉が美味しいと評判の県だ。精肉も隣の県から仕入れたいと思っている。野菜類は今でも地元農家から仕入れているので、鮮魚と精肉を何とかしようということだった。それは大手スーパーには出来ないことなので、地元愛が強いこの地では有効なブランディングだと俺も思った。しかし、実際に仕入れ交渉をした結果、今の売り上げ規模だとそれほど儲けにならないと言われ、仕入れルートが確保できないということだった。
「なあ、欲張らずに、鮮魚だけ特化するというのはどうかな?」
「それだって難しいと思う」
「ちょっと俺が動いてみてもいいかな?」
百合子は任せるというので、俺は動いてみることにした。
2か月くらい動き回り、大まかなアウトラインが出来たので、俺は百合子に連絡をして、お父さんと一緒に話を聞いて欲しいと言った。
俺が提案したのは、地元の鮮魚を仕入れるのではなく、地元の魚を扱う魚屋さんにテナントとしてスペースを貸し出さないかということだった。以前から仕事で懇意にしていた魚屋さんが、店舗を出したいと言っていたので打診したところ、かなり乗り気だった。それからテナントとして店を出す場合のスペースの広さや、設備などを打ち合わせて、改装費用などを業者に頼んで見積もりをだしてもらった。
「テナントなんて、経験がないからわからないんだけど、うちにはテナント料しか入らないんだろ?」
お父さんが聞いてきた。
「基本的にはテナント料です。相場はそのテナント店の売り上げの10%がテナント料です。あと、最低保証売上金額を決めるのが普通です。どんなに売り上げが悪い月でも最低20万円とか30万円はテナント料を収めるといった取り決めですね。その他に共益費や販売促進費、売上管理費をとる会社もあります」
「そんなので、うちにメリットはあるのかなぁ」
「この魚屋さんで儲けを出すのではなくて、それを目玉にして客寄せをするのです。お客さんは魚目当てに来店し、そのついでに他の商品を買って帰る。そうすれば店全体の売り上げが上がると思うんです」
「そんなので客が来るかなぁ」
「あの大手スーパーまでは車で30分かかります。夏の暑い時季だと刺身とか買って帰るのは不安だと思うんです。それにテナントは魚屋さんですから、お客さんの要望でその場で魚をさばいて提供することもできます。前もって予約してもらえば、慶事用の刺身盛りを10人前とか提供することもできます。そういうことは大手スーパーでは出来ないことです」
「なるほど。それで、テナントを受け入れるにあたって、改装が必要ということか」
お父さんは、俺が提示した見積もりを見て唸った。見積金額は800万円になっていた。
「このお金は私が投資します」
「投資?」
「そうです。貸すのではありません。投資です。ですから、テナントがオープンしてからの上乗せ利益の10%を私に支払って下さい」
「上乗せ利益とは?」
「テナントがオープンするまでの利益が仮に月額100万円だったとしたら、テナントがオープンしてからの利益が200万円になっていた場合、その差額の100万円の10%、つまり10万円を配当してもらうということです。この配当は、配当金額がトータル1200万円になるまで続けて、1200万円になった段階で打ち切りで結構です」
「仮に利益が伸びなかったらどうするの?」
「その時は配当は必要ありません。投資とはそういうものです」
「宮内君にはすでに400万円借りているけど、それは配当にプラスして少しずつ返していけばいいかな?」
「そのことなんですが、投資金額を800万円ではなくて、1200万円にします。その1200万円から400万円を返済してください」
「それじゃあ、配当が1200万円になって打ち切ったら、宮内君は何も利益がないじゃないか」
「大丈夫です。私は魚屋さんから仲介手数料をもらいますから。それが私の会社の本業ですので」
俺の話を聞いて、百合子もお父さんも目を丸くしていた。
テナントに魚屋さんが入ってからの集客は想像以上だった。百合子の話では、大手スーパーが出来る前より客足が増えているそうだ。百合子がその報告とお礼を兼ねて食事に誘ってくれ、それを機会に百合子に会う回数が増えてきた。
そして、今年も祭りの時季がやってきた。
「ねえ、花火大会一緒に行かない?」
百合子の方から誘ってきた。お店の経営状況が良くなり、パートの人数を増やしたので、百合子も店を抜け出す余裕ができたようだ。
「うれしいね。一緒に行こう」
花火大会当日、待ち合わせ場所に行くと、ほどなく百合子が歩いてきた。百合子は浴衣姿だった。百合子の浴衣姿を見るのは、小学校5年生の時以来だ。あの時、大人びた百合子を見てドキッとしたが、目の前の百合子は正真正銘の大人の女性だ。俺の胸は、ドキッを通り越して、疼くようにバクバク響いていた。
並んで歩く百合子は髪をアップにしているので、うなじがまぶしい。ほのかに香るシャンプーの匂いは、出る前にシャワーを浴びてきたのだろうか。打ち上る花火を見上げる百合子の横で、俺は百合子の横顔ばかりを見ていた。
「ねえ、この後うちに来ない?」
「百合子の家に?」
「お母さんが智明君をお招きしなさいと、お酒と料理の準備をしてくれたの」
俺は花火の後は、境内でたこ焼きやフランクフルトを食べるだろうと思い、夕飯は軽めにしてきていた。せっかくお母さんが準備してくれているのであればと、招聘に応ずることにした。
百合子の家に着くと、家には誰もいなかった。
「お母さんは?」
「今日はパートさんが二人休んでいるので、店に付きっ切りになっている。閉店まで戻らないよ」
ということは、この家に百合子と二人きりと言うことか。
百合子がお母さんが準備したという料理をテーブルに並べてくれた。
注がれたビールで乾杯をして、料理をつまむ。料理は美味しいのだろうが、緊張で味がわからない。俺は勇気を出して口を開いた。
「百合子、俺と結婚してくれないか」
百合子は黙って俺を見つめたまま、何も言わない。
「やっぱりダメかな?」
俺がそう言うと、やっと百合子が口を開いた。
「2回目にお金を借りに行ったとき、智明君言ったじゃない。俺と結婚しろって。そうすれば資金援助はするからって」
「確かに言った」
「あの時、嬉しい反面、何かお金で買われるようで嫌だった。だから、智明君と結婚するなら、ちゃんと借金を返済してからにしようと思ったの」
「そうだったんだ。ゴメン。俺の言い方が悪かったんだ」
「でも、結局借金は返せず、かえって借金が膨らんじゃった。正直、400万円もの借金、返せないかもしれないと思った。だから智明君との結婚は考えないようにしようと思ったの」
「なんで?借金と結婚は別物じゃない?」
「私は、結婚したら、旦那さんと対等な関係でいたいの。借金を抱えたまま結婚したら、絶対負い目を感じながら暮らすことになる。そんなのは嫌だった」
世の中には、お金目当てに結婚する人や、損得で結婚相手を選ぶ人がいるのに、百合子の考え方は真っ直ぐな考え方で、好感が持てた。
「なあ、聞こうと思っていたんだけど、去年のお祭りの時、キスしてきたじゃない。あれは何だったの?」
「あの時は、立て直しのプランがあったから、それがうまくいけば借金を返せるかもって思っていたの。でも、1年や2年では無理だと思ったから、その間に智明君が他の女性のところへ行ってしまうのではないかと思って、ちょっと唾つけとこうと思ったの」
百合子はそう言って笑った。
「小学校5年から29歳の今日まで、私を想い続けてくれて、ありがとう」
「うん」
「ねえ、店の閉店までまだ2時間ある。私の部屋へ行く?」
俺は迷わず立ち上がり、浴衣姿の百合子のところへ行って手を差し出した。百合子は俺の手を握って立ち上がった。
百合子に手を引かれて百合子の部屋へ向かいながら俺は考えた。
浴衣って、どうやって脱がすんだろう?
小学校の時から好きだった幼馴染の百合子 春風秋雄 @hk76617661
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