第5話 運の悪い日
寂れた路地の一角で夜の闇を照らす光球が浮遊する。俺の手のひらで
俺はメテラナに全てを白状する一心でサーキュラーを展開した。
メテラナはスノードームを健気に覗き込む子供のように俺のサーキュラーに興味津々。紅い目を輝かせて眺めている。
「見覚えあるだろ、これ」
「え、知らんが」
「な……」
メテラナはピンときていない様子。「ほぉほぉ」とあらゆる角度から光球を観察していた。
「さすがは原始より魔法開発の螺旋を築き上げてきたエルフ族。精巧に組み合わさって、まるでガラス細工じゃ。混沌から
450年前のことを思い出すどころか関心している。
「初見か?」
「無論、そうじゃ」
俺の魔法、地味すぎて印象に残ってないのか……
結局、俺の覚悟を決めた告白は失敗に終わった。
そうこうしていると光球は円を描きながら宙を漂いどこかへ案内を始めた。勇者トラビスの首を目指して。暗夜と仄かな光が
剣と盾の紋章が刻まれた扉の前で留まる光球。
「勇者ん首はこの店の中ってところだ。まずった、誰かに拾われてるな」
「ピンチじゃのぉ……気の良い店主が落とし物で預かってくれてることに賭けるか?」
「生首を普通に返してきたらそれはそれで怖い」
とにかく首の無事を祈りながら店の扉を開けた。
来客を知らせるベルがチリンと鳴って、カウンター越しの店主が眠そうに迎える。海獣みたいな顔で表情が死んでる。
「らっしゃっせ。弓、ボウガン、はたまた吹き矢、今なら矢10本につき1本オマケつき〜」
機械みたいに言って、目も合わせず売上金を数えている店主。現時刻からして閉店間際だったんだろう、接客の気力が無い。
「ちょっと尋ねたいことがあって来たんだが」
硬貨の束を揃える手が止まった。重そうな瞼に張りが戻って表情を取り戻す店主。何かを察したようで、
「ウホホ、あんの面白ぇもんの持ち主だろおみゃーら。ありゃあどういう仕掛けなんだ? 新種の魔物か?
どうやら彼が勇者トラビスを見つけたらしい。
「あれは魔法だ。まぁ色々あったんだが、とにかく返してもらいたいんだ」
店主は顎に皺を作って半ば煽るような顔で首を横に振る。
「ありゃあもうここにゃー無ぇーぞ」
店主の発言には反してサーキュラーはここにあるの示している。
「そんな筈は無い。俺のこの魔法はここにあると言ってる。
しかし店主は態度を変えずに椅子にふんぞり帰り足元を指差した。
「だーかーらここには無ぇけど下にはあんの」
俺とメテラナは同時に下を見て同時に顔を見合わせた。
「「下?」」
店主はカウンターの引き出しを開けて紙っぺら一枚と羽ペンを取り出してカウンターの上へ。
「参加すんの?」
「え、何に?」
「地下闘技場」
「は? さっきから何だよ」
話の全貌が掴めなくて俺はついイライラが口調に出てしまった。
「どぅあーかぁーらぁー、おみゃーらの首は地下闘技場の優勝景品に出したんだわ。欲しけりゃ下で勝ってこいってことだわ」
「おま……何勝手なことしてるんだ!」
「落とす方が悪ぃー」
癪に障る店主の態度に頭が沸騰しそうだったがメテラナが割って入って俺の頭を冷やす。
「まぁまぁつまりじゃ、その地下闘技場とやらで勝てばいいんじゃろ勝てば」
メテラナは腰に両手を当てて胸を張る。自信満々のようだ。
店主は満足げに笑顔を浮かべ指を鳴らす。
「賢いなーお嬢ちゃん」
スイッチが入ったみたいに店主はキビキビと床下の穴にフックを掛けて蓋を開け、隠し階段を披露した。
「飛び入り参加大歓迎ー! 嬢ちゃんはエキシビジョンマッチね。こりゃあ観客も盛り上がるわ。あとこれ、一筆書いといて」
そう言って店主はメテラナにカウンターに置かれた紙にサインを書くように促す。
「試合で出来た傷や怪我、あとは死んだ場合なんかは自己責任ってやつね。同意してちょー」
あまりにも非合法な匂いがぷんぷん香る。
「おいこれ完全に闇だろ。メテラナ、変に関わると面倒なことになるぞこれ……」
「首の為じゃ。それに喧嘩なら任せろのじゃ」
得意げにピースを作るメテラナ。
むしろ彼女の場合は手加減を掛けることの方が苦労しそうだが。
「ウホホホホ、取り締まりはされんから安心しやあ。この宿場町におる商店の大半が下の地下闘技場と地下通路で繋がっとる。それは憲兵にも周知の事実だわ」
「おいおい嘘だろ」
「それが本当だて。みんな店ばかりやって、毎日毎日同じ景色とつまらん客ばかり。飽きるんだわ。たまには生の殺し合いでも見てエキサイティングしたいだろ。地下闘技場は商人のモチベーション上げる為に王宮が作った娯楽施設だわな。今じゃアングラの奴らも気に入ってて、一大スポーツになっとるな」
「……滅茶苦茶だな」
商人に刺激的な娯楽を与えて活性化を図る。あまりにも非人道的な経済政策だ。
「あんたも見ればエキサイティング間違い無し。お、そろそろ下行くか。おい嬢ちゃん、準備体操しときゃーよ。俺が用意した最高のエキシビジョンマッチを味わらせてあげるで」
「そうか。わらわの為にご苦労じゃな」
「いいねぇ。そうだ、自己紹介がまだだったな。俺はガジャルド。よろしくだわ」
武器屋の店主ガジャルドの茶色い唇がにやりと気味悪く笑う。妙に尖った2本の前歯が剥き出しになって、セイウチのような面は卑しい目でメテラナを見ていた。
*
熱気と歓声が荒々しく充満する地下空間。中心には檻で覆われたリングがあって、それを囲うようにして観客席が段となって連なり、人と人との本気のぶつかり合いを観客達は血眼になって見物していた。
「いけぇぇぇぇ!!」
「目を刺せ!! 目を!!」
「ぶった斬れぇぇ!!」
「殺せ殺せ!!」
リングに狂気の声援が向けられて、中心で戦う荒れ狂う戦士たちは格闘技の領域を遥かに超えた“殺し合い”を繰り広げている。
試合に出ている選手は前科人や資金不足に陥った冒険者、戦闘狂の元兵士など様々で、地下闘技場で名を馳せれば今後宿場町の商人達から資金援助が行われるらしい。要はスポンサーが付くってことだ。
それを聞いたメテラナは「ここで有名になれば酒代が稼ぎ放題じゃな」と呑気なことを言っていたけれど、正直こんな社会の闇の吹き溜まりみたいなところで有名になって欲しくはない。
メテラナ試合は次だった。元魔王であり闇の魔法の使い手であるメテラナならば対戦相手なんて瞬殺だろうが彼女をあのリングに立たせること自体、俺はあまり良い気持ちはしない。
観客席の最上階、運営サイドの席には宿場町の商会のメンバーが鎮座して、ガジャルドの姿もあった。そして何より勇者トラビスの首が運営サイド席の真ん中の椅子に置かれていた。
《カンカンカンカンカンカン》
試合終了のゴングが鳴ってリングは血塗れで殺人事件のような有様になっていた。まぁ実際に殺人が行われた訳だが。
試合に勝利した旧式の甲冑を着た戦士は高らかにガッツポーズを掲げていた。
《うおおおおおおおおおお!!》
観客達のボルテージも最高潮に到達。熱気を加熱させるように司会者が魔製のメガホンでアナウンスを始める。
「さぁさぁさぁ今宵も盛り上がってるかいみんなぁぁぁ!! 剣士ヴォルケーがサイコーの試合をありがとぉぉぉぉ!! さてさてさてぇ次は皆さんお待ちかねのエェェキシビジョンマッチィィ!! 今回は武器屋のガジャルド主催のクレイジーなバトルだぜぇぇ!! しかも挑戦者はなんとヒロインと来たぁぁぁ!! ちなみに……超美人だぜ?」
《うおおおおおおおおおおお!!!》
「それでは登場して頂きましょう!! 流星の如く現れた新鋭、メテラナァァァォ!!」
野太い歓声を浴びて檻の中のリングへと入っていくメテラナ。にしてもこの地下闘技場とその美貌が似合っていない。
「おおおおおっと血肉舞うこの地下闘技場に子羊ちゃんが迷い込んでしまったかぁぁぁぁ!? しかし彼女曰く『喧嘩なら任せるのじゃ』とのことぉぉぉぉ!!」
会場が嘲笑が包まれる。
「そして今回、本地下闘技場のオーナーにもお越し頂いているぅぅ!! ではオーナー、エキシビジョンマッチ開幕の挨拶をどうぞー!」
司会者席の司会者がメガホンを男に譲った。さっきまでいなかったがエキシビジョンマッチになって姿を現した“オーナー”と呼ばれし男。
俺は目を疑った。
「ボイマン!?」
あの憎たらしい髭面がメガホンを持って声を吹き込む。
「諸君ご機嫌よう、地下闘技場オーナーボイマンだ。皆一刻も早くそこのお嬢ちゃんにこれから起きる
《うおおおおおおおおおおおおお!!」
ボイマンがオーナー!?
何か嫌な予感がして俺は運営サイド席の勇者トラビスをよく見てみる。
勇者トラビスは首だけで不気味な笑顔を浮かべている。まるで優勝景品なんて表情じゃない。愉悦した表情。
何が起きてる!?
「オーナーボイマン、ありがとうございまぁぁぁす!! では行きましょう!! 子羊ちゃんのお相手はぁぁぁぁぁぁ……こいつらだぁ」
突如となくリングの半円部分が開き、暗い底から獣の声が鳴り響く。その声に空気が震え、潜在的な恐怖心を沸き立てる。しかも1匹じゃない。暗闇に何匹もいる。
メテラナは至って冷静。手のひらに魔力を込めて闇の魔法を展開しようとするが——バチっと黒い火花が飛んで、それ以上は何も起きない。
何かがおかしい。
メテラナは首を傾げて再度魔法を展開しようとするがダメだ。掠ったライターみたいに火花が散るだけ。
まさか……“ディスペル鉱石”?
俺はある話を思い出した——
——約300年前、北方の山脈で未知なる鉱石が発掘された。見つけたのは冒険者パーティだったらしいが、彼らはその鉱石を持ち帰ろうとした帰路で破傷病に罹って全滅したという。
破傷病とは傷を放置したことで起きる病だが、治癒魔法を充てていればまず発症することはない。その冒険者パーティには回復術師もいて本来であれば破傷病に至るなんてありえない。
後の研究で彼らの全滅の原因は未知なる鉱石だということが判明した。
その鉱石は魔法を打ち消す効果を宿す。
ディスペル鉱石と名付けられたその鉱石は加工され今は対魔法使い武器の素材として使われているが、あまりにも高価な為、王宮の特務隊くらいしかその武器を持ってはいないというが……
しかしボイマンの財力ならあり得なくはない。
まさかあのリングの檻、ディスペル鉱石製じゃないのか?
俺は動揺してる中何者かに肩を叩かれた。気が動転したまま俺は振り向くとそこにはガジャルドの姿が。
「勇者をぶっ飛ばしたっちゅー魔法が使えなくて焦ってんだろ」
セイウチのような男は優越感に浸った余裕の表情でそこにいた。
「お前」
「そんな俺を悪者みたいな風に見て。別に仕組んだ訳では無ぇんだわ。たまたま勇者トラビス様の首が落ちてきて、たまたま今日が地下闘技場の開催日で、たまたまおみゃーらが俺の店に尋ねてきた。それにあの檻は元々設置してあったもんだ。運の無さを恨みな。ウホホ」
「何が『優勝景品』だよ、あれじゃあ景品どころかオーナーの元締めじゃないか!」
俺は怒りを露わにして運営サイド席の勇者トラビスを指差した。あれは優勝景品なんかじゃなく、“高みの見物”だ。
「おっと落ち着いた方がいいんだわ。この町はおみゃーが思ってる以上に結束してる」
ふと周りを見てみると観客達が冷たい視線を俺に向けていた。皆俺を敵視して今にもリンチにされそうな気配だ。
「まぁあまり自分勝手に騒がん方がいいんだわ。指咥えて試合の行末を見届けな」
未だ魔法を展開出来ないメテラナ。一層獣の声が轟き、リングの底から飛び出そうとしている。
450年の歳月を経て復活した魔王が呆気なくここで死ぬのか。……俺に関わったせいで。
そうか……勇者一行が封印して、結局その一員の俺がトドメを刺す……これも因果なのか、彼女の。
けれど、なぜか俺の中でメテナラに死んで欲しくない。そんな感情が芽生えていた。
あの時——メテラナがが勇者トラビスをぶっ飛ばした時、俺の中にはスーっと染み渡る爽快感が走った。“ざまあみろ” ——そんな風に思ったんだ。
このクソッタレな世界に、あのクソッタレな勇者共に鉄槌を下せるのはメテラナしかいない。
彼女は俺の……希望なのかもしれない。
そしてリングの底で溢れていた暴力の気配が一斉に解き放たれた。
人の3倍はある大きさの5匹の“オーガ”がバネのように飛び跳ねてリングへと現れた。
オーガは人間の女を大好物とする魔物。
惨たらしく人を襲い、乱暴をし、喰らいつくす。
観客達は普段見ることの出来ない弩級の魔物に湧き立った。
——あぁこりゃあ大変だ。
地下闘技場の奴らは大きな過ちを犯してるじゃないか。
堕落魔王と酒飲んだりキスしたりクズ勇者をシバき倒す旅路 山猫計 @yamaneko-k
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