第4話 首

 メテラナが勇者トラビスに放った魔王レーザーは出力を最小限に抑えた『Lv.1』だったが現代勇者をぶっ飛ばすには充分過ぎたようで、瞬く間に蒸発したトラビスを見てメテラナは目をパチクリさせて呆気に取られていた。


 勇者トラビスの首が夜天を仰いで宙を舞う中、俺はある不安が線となって頭に過ぎる——勇者が死ねばそれを察知した勇者ギルドが増援を寄越してくることだ。


「メテラナ、殺すのはちょっとヤバいぞ……増援が来る」

「増援か……派手な戦いはしたくない……」


 てっきり『増援は全員滅却じゃ!』なんて言うかと思ったが魔王とは思えない発言に意表を突かれて俺は一緒口篭った。


「まぁ……そうだよな。それが正しい」

「今の時代、一歩でも間違えたら社会的に死ぬ。それは嫌じゃ」


冷静にに言うメテラナ。

 むしろ魔王らしい大胆な発言を期待してしまっていた俺がいた。


「さてどうするよ、増援が来る前にダッシュで逃げるか?」

「安心せい、まだすべはある。ここはわらわにお任せあーれじゃ」


 メテラナはそう意気込むと、ひょいと俺の背中からやっと降りて手で呪印を組み、古代言語を紡いでいく。不気味な旋律を口ずさみながら黒くて立体的な魔法陣を展開した。これはかつて世界を震撼させた魔王メテラナの異名……『死を操る者』の所以となった闇の魔法——『ネクロマリオネッタ』だ。


 メテラナが詠唱が終えると勇者トラビスの首が一瞬紫に煌めいた。


「何をした?」

「とりあえず奴の死を止めたんじゃ。ギリギリだったが間に合ったな」

「死を止めた……なら勇者トラビスは」

「行ってみ」


 言われた通りに勇者トラビスの首に駆け寄るとあろうことか奴の目が瞬きをして、俺に気づくな否や口を開いた。首だけの状態で。


「おいなんだこれ!? 俺に何をした!? すっげぇ気色悪いよ〜お、おい! 手と足がなんかおかしいぞ!?」


 メテラナは革靴でタン、タンと硬い音を鳴らしながら勇者トラビスの首へ。彼を覗き込むとメテラナの金色の髪がカーテンのように降りていく。


「手も足も何も貴様は喪っておるぞ、人として在るべき部分を」

「え……?」

「ほら」


 メテラナは勇者トラビスの黒い髪を掴んで顔を拾い上げる。武将を討ち取った武者のような構図だ。あまりにも怪奇で猟奇的な光景だがメテラナは無邪気に勇者トラビスの首をぶん回す。


「どうじゃ〜こんなにも容易く貴様を振り回せるぞ〜貴様は既に首だけ〜」

「うわぁぁぁぁ! 嘘だろ!? 嘘だと言ってくれ!!」


 嗚咽しながら泣き叫ぶ勇者トラビス。メテラナは容赦無く回転速度を上げて勇者トラビスの涙が飛沫となって四方八方に飛び散っていく。これまでの非道の報いだ。


「目を回していい気味だな」

「ほれほれほれ〜そうじゃ! ここで遠心力の実験といこう。それそれそれそれそれ……そーれ!」


 調子付いてきたメテラナは勇者トラビスの首を垂直に空へぶん投げた。綺麗な一直線を描いて打ち上げれた勇者トラビスの首。彼の叫び声が段々遠のいて、次第に首は重力に引っ張られて落ちていく。


 ——が、彼の首はメテラナがキャッチする前に夜天を横切る巨影によって消えた。羽ばたく音と雪のように舞い散る黒い羽。両翼のシルエットが天翔る。


「なんじゃ今の。首はどこじゃ首は」


 喉仏を浮き彫りにして天を見つめるメテラナ。


「持ってかれたんじゃないか」

「なぬ」

「グリフォンだよグリフォン」

「グリフォン? あの怪鳥グリフォンか? あれは山岳にしかおらん伝説の獣……こんなところに何でおるんじゃ!?

「ここが『グリフォン通り』だからじゃないか?」

「なるほど、納得じゃ」


 怪鳥にくちばしに挟まれた勇者トラビスの首は夜空の彼方へ。メテラナの対空攻撃も届かない距離だろう。


「あのままグリフォン連れてかれて終わりだな」


 遠くに行く分には増援の勇者達は俺たちが犯人だとは気付けないだろう。勇者トラビスには気の毒だが、俺はグリフォンが証拠隠滅までしてくれることにほっと胸を撫で下ろした。


 しかしメテラナは顎を摩りながら何か神妙な顔つきをしていた。


「あやつに掛かった魔法は根源に遡行した“死の魔法”じゃ。世界の理に反し、生類ならば本能的に忌む闇の術式。特にグリフォンといった大自然の産物たる獣であれば、死の魔法香る首を腹に入れるとは思えん」


 何が不穏なことを言い出すメテラナ。


「つまり……」

「首をポイって放りだすってことじゃ」

「おいおいあれを町のどこかに落っことしたら、あいつ絶対俺たちのこと言いふらすぞ」

「ふむ……大変じゃ、社会的に死んでしまうではないか!」


 事の重大さに気づいて焦りが泡のように溢れて来る。メテラナは金色の髪を人差し指に巻き付けながら動揺していた。一刻も早く勇者トラビスの首を見つけないといけない状況で、俺は思い立つ。


「なぁ、あいつの首、まだ“生きてる”ってことだよな?」

「わらわの魔法は死体操作ネクロマンスでも人造人間ホムンクルスでも無い。あやつは正真正銘生きておる」

「だよな……」


 追跡魔法サーキュラーは最高峰の探偵魔法だ。試したことはないけれど首だけのトラビスだろうと生きてる限りサーキュラーを展開すれば見つけ出せる。


 けれど……かつて俺はこの魔法を駆使して魔王の隠し砦を見つけ出した。サーキュラーこそメテラナからした謂わば封印に繋がったきっかけだ。


 もし俺がここでサーキュラーを使ったらメテラナは俺がかつての勇者一行の一人だと気付くだろう。


 俺は彼女にとって因縁の相手。


 サーキュラーを使わずに勇者の増援とやり合うか、

 サーキュラーを使ってメテラナに正体がバレるか。


 俺は——

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る