1人 飯も食えやしない

@Mrkyu

第1話

「もしもし、そこのキミ食うのに困ってないかい?」仕事終わりにいきなり声をかけられた。

「仕事してるんだから困ってないですよ」と即座に返した。


「違う違う、そうじゃなくて」首と右手を横に振り、「栄養バランスのこととかちゃんと考えて食べるのに、困って無いかいって聞きたいんだけど…どうかな?」と尋ねられた。


疲れもあって少々ムッとした態度で「そうだったからってなんか関係あるんですか?」と答えてしまった。


「関係あるから声を掛けたの」というとサコッシュから紙っぺら1枚を取り出した。


差し出された紙を渋々手に取る、店名であろう「レストラン カイ食」と大きく印刷されていた。


「…レストランですか」ほんの少し興味あり気な反応を見逃さず、「今から来てみない?」と切り返された。


期待の目を向けられながら言われても腹は既に決めてある。

「結構です、疲れてるんで」


「そっか、じゃあ気が向いたら来てみてね」そこまで食い下がらなかったので意外に感じた。


「はい、気が向いたら」と言いつつチラシを折り畳んだ。


店主は手を振って夜道を歩いていった。


そんな事があって、しばらくは変わった事もなく日々の生活に追われるだけだった。

前日の疲れを引きずった体に鞭打って朝の支度を済ませ、菓子パン1つをかじる。

人の群れに流されたと思えば、何度か止まり熱地獄を味わう。

肝心の仕事はまだまだ要領を得ず、上司や先輩からの叱責に頭を悩ます。

お客様というのも私めの成長を促していただけるのだからありがたい限りだ。

タスクというタスクに追われ飯どころか一息もつけぬ。

やっとこ一区切りをつけて家路に着く、また人の群れに飛び込まねばならないが…

愛しき我が家に着いても、独り身の上に明日の事を考えねばならないので一汁三菜の夕食など望めない。

そして、さして間をおかずに床に着いて一日を終える、そんな日々だ。


ある日、相変わらず仕事に追われてコンビニのおにぎりを二つという味気ない昼食を食べていた。


「また、おにぎり2つか……ちゃんと食べないと保たないぞ…」

向かい合わせの席の先輩が声をかけてきた、オカズがたくさん入った弁当を書掻き込んでいる。


その時は「コレで充分ですよぉ」と返したが妙に心に引っかかったままになってしまった。


貴方が食べてるわけじゃないんだ、何食べようとほっといてくれと思う一方で、確かにコレではあまりにわびしいと自分も感じていた。


加えて、自分にだって余裕があれば、先輩のように豪華で栄養も偏らなさそうな健全な昼食にありつけるさとかおにぎりを頬張りながらそう思った。


仕事帰りにも引きずったままだったのだから、余程だった。


そんな気持ちで夜道を歩いているとふとあのレストランの事を思い出した。


行ってみようかな……あの時はこんな気になるとは思ってなかったけど


そんなこんなで休日がやってきた。


チラシの地図を頼りに右往左往するがどうにもそれらしい場所が見当たらない。


それもそのはず雑居ビルとかではなく、ただのアパートの2階に店があるとは思わなかった。


表札に確かに「レストラン カイ食」と書いてあるが看板も何も無く、古めかしいインターホンがごく普通に鎮座しているだけだ。


あまりの雰囲気にインターホンを押そうか押すまいか悩んだが、横から「失礼」と手を伸ばす老紳士がインターホンを押してしまった。


まだ心の準備ができてなかったのにと思ったのも束の間、扉の向こうから「はぁーい」という返事と足音が聞こえてきた。


もはやさりげなく帰るという道は絶たれたようだ、玄関が開くと店主が顔出した。


「いらっしゃいませ!おりょ、ゲンさんにこの前のお兄さん…お知り合い?」


思わず首を横に振ってしまったが「いやいや、今ここで会ったばかりだよ。」と老紳士が丁寧に否定してくれた。


「そうなの、それはそれとして来てくれてありがとう、入って入って」と部屋の中に導かれ、ゲンさんと一緒に薄暗い玄関に入った。


客席に通されたが、机がちょっと多いだけで特に変わりないマンションの一室だった。


「こちらにどうぞ」席を案内されて驚いた、ゲンさんと相席しなくてはいけないではないか!


「…あの…すいません」、「座って待っててね、もうすぐでできるんで」

1人席を要望しようとした瞬間、厨房に引っ込んでしまった。


結局、さっきあったばかりのお爺さんと相席になってしまった。


やれやれと思いながら着席する、先に着席したゲンさんの方は何やら本を読んでいた。


机を眺めてふと気づいた、テーブルクロスや紙ナフキンはあってもそれより重要なモノが無い。


「…すいません」ゲンさんが顔を上げたので「メニューとかないんですか」と尋ねる。


あぁという顔をしてから「毎日シェフの気まぐれメニューでね、その時々で変わるんだよ」と教えてくれた。


「そうなんですか……なんでそんなことを?」、「それはねぇ…」


また丁寧に教えてくれようとしていたとき、「お待ちどぉ、ササッどうぞ」と料理がやってきた。


「おぉ、これは美味しそうだ…」


店主がトレーの献立を紹介してくれた「カオマンガイとトムヤムクン風野菜スープそれに根菜のきんぴらです。」きんぴらがやや居心地悪そうだ。


「それでは早速…いただきます!」「……いただきます」


ゲンさんから少し遅れて根菜のきんぴらから食べ始めた、…!美味しい…


しかし、問題はエスニックな残り2品だ、ゲンさんは美味しそうに頬張っているが果たしてどうか


まず、汁物をトムヤムクンは酸っぱ辛いし、好みも分かれ…!コレもか⁈


最後にカオマンガイ、鶏肉の炊き込みご飯にネギがたっぷり刻んであるタレがかかっているが…


「!、ウマイ‼︎」予期しない声が出た。


軽く感動しているところに店主が尋ねてきた「初めて作ってみたんだけど…美味しい?」

「はい」と答えたかったが口の中がいっぱいなものだから、頷くぐらいしかできなかった。


「よかったぁ、ゲンさんは?」視線向けるとゲンさんも同じ様子だったのでちょっとばかり吹き出しそうになってしまった。


あっという間に8割方食べ終え、充足感に包まれる。

親元を離れてから取った食事の中で最も満ち足りた気持ちになれたと言っても過言じゃなかった。


ゲンさんはホクホクエビス顔で「いやぁ〜、今日も美味しかった〜」と呟いた。

満ち足りた空気感に包まれていたが、ふと気になる事を思い出した。


「…聞きそびれてましたけど…お代はいくらなんですか…?」


すると店主はこう返した「貴方が出しても良いって金額でいいよ」

「?…どういう事ですか?」


「この店はお客さんに値段をつけてもらうんだよ」ゲンさんが教えてくれた。

「‼︎…それでやってけてるんですか?」驚きの余り、少々失礼な事を聞いてしまった。


笑顔を浮かべて「正直ギリギリだけど、お客さんのお陰で続けてられてるの」と答えてくれた。

「…そうなんですか…」

「その方が修行になるし、面白い事もあるの」


「キミもうまそうに食べとったカオマンガイにかかっとたネギ、ありゃ私が持ってきた材料だよ」誇らしそうにゲンさんが話した。

その様が可愛らしかったので店主はフフと笑って「そうね、ありがとう」と返した。



その時、店の奥から電話の音が聞こえてきた。

「ちょっとごめんなさい、ハイハーイ」と店の奥へと消えていった。

そのあと、黙々と食べ続けた。


1人じゃ飯も食えなきゃ、料理にもなれないよなぁ…とか考えながら。


ゲンさんの方は先に食べ終えて、のんびりと外の世界を眺めている。

食べ終えるとすっかり心が晴れやかになった事に気がついた。


「ごちそうさまでした」ゲンさんがいくらか取り出し、店主に渡した。

「ありがとうございます…………あら、こんなに…本当にいいの?」

「あぁ、料理は美味しかったし私のネギを使ってくれたお礼だよ。」

「ありがとうございます、助かります」と言うとゲンさんは右手を軽く上げた。


かく言う俺の方は2000円ほどを財布から取り出し、店主に手渡した。

「ありがとうございます、美味しいって褒めてももらったし」

右手で後頭部を掻きながら、「いやいや、ただ思った事をクチと手で出しただけですし…そんな」と返した。

チラリとゲンさんを方を見るとニコニコとこのやりとりを見守っていた。


ゆっくりと席から立ち上がり、玄関へと歩き出す。


「2人とも今日はありがとう、また来てね」

手を振りながら、ゆっくりと玄関を閉めるのでこちらも振り返してしまった。


「どうだったかね?いいお店だったかね?」とゲンさんが穏やかに尋ねた。

「…はい」屈託なく答えた。


「それはよかった、また店で会うことがあったらよろしく」そっと右手を差し出す。

その手を掴んで「こちらこそ、よろしくお願いします。」と返した。


ゲンさんが先に廊下を歩き出すのを見送った。

その背中を眺めた後、廊下の外を眺めてふとこう感じた。


なんだか道が開けそうだ。


end

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