エピローグ

 かつて碧龍を撃退したスレイヤー達の中でも、ひと際飛び抜けた存在だったルイス・クリービー。

 当時二十歳だった彼も、もう六十歳を超えていた。


 それでもその辺のスレイヤーにはまだ負けないと、ルイスはスレイヤーが居ない村の周辺などに良く狩りに出ていた。

 ギルドから依頼された仕事ではなく、金にもならない狩りだったが、もし大型ドラゴンがその様な村を襲い人の味を覚えてしまったら被害が広がる可能性があるからだ。


 ある日、ルイスは遠くで炎が上がるのを見た。小さな集落がある方向だと気付き急ぎ向かったがどうも様子がおかしい。確かに村は黒焦げだったが大きなドラゴンも一緒に黒焦げになっていたのだ。

 状況が分からず村を探索したルイスは、そこで初めてアルヴィと出会ったのである。


 まだたったの四歳だったアルヴィが呆然と火の燻る村で佇んでいるのを見つけてルイスは大いに彼を憐れんだ。きっと一人、どこか別の場所に身を隠して生き残ったは良いが、村もろとも家族も友人も消し炭になってしまったのだろうと。

 このドラゴンを黒焦げにした別のドラゴンがいる筈で、この憐れな少年の為にも必ず探し出して討伐しなければならない、そう思った。


「来い」


 小さな子供に目線の高さを合わせるでもなく、ルイスはそう言った。だがアルヴィは警戒しているのか、一向に近付こうとしない。腹でも減っているのかと、今度は懐から干し肉を取り出して言う。


「食え」

「要らない」


 可愛げのない、懐かない子供。

 しかしこのままここに置いていくわけにもいかないと、ルイスは拠点の村へとアルヴィを連れて帰る事にしたのだった。


「名前は」

「アルヴィ」

「いくつだ」

「四」


 想像以上に幼かったアルヴィは、ただ聞かれた事に淡々と答えるだけだった。よほどの恐怖を体験して心を失ったのか、ルイスはこの子供らしからぬ態度が不憫でもあったが悪いとも思わなかった。


「泣かないガキは面倒じゃなくて良いな。もう二~三、スレイヤーの居ない村の見回りをしてから帰る。その調子で付いて来い」


 そうして、アルヴィはルイスの旅に同行し、数日掛けて拠点の村へと戻ったのだが、その道中は決して穏やかなものではなく、ましてアルヴィは、ルイスが最初に言った「面倒じゃない」子供とは対局の子供だった事が早々に分かった。


 どうにか村へアルヴィを連れ帰ったルイスは、そこで久しぶりに、かつて一緒に碧龍を退けたキオ・グストと顔を合わせたのだが、キオもまた、何故だかアルヴィよりも小さな、生まれたばかりの赤子を抱えているではないか。


「碧龍撃退時に一緒に戦ったオーガを覚えておるか? そやつから久々に……いや、初めてじゃな、手紙を貰っての。人間を避け山奥で暮らしているが助けて欲しいと」

「ああ、人と関わろうとしないオーガ増えたな」

「それで状況も分からないまま会いに言ったのじゃが……そやつはすでに死んでおった。そしてこの赤子が残されて生きておったんじゃ。奴は自分の命がまもなく尽きる事を悟り儂を頼ったのじゃろう。寿命だったのか病だったのかは分からぬが、儂はその家ごと荼毘に付し、この子を連れ帰った。じゃがオーガの子供を歓迎しない者も居るじゃろうのう……」


 生まれたばかりのオーガの赤ん坊と、懐かない……ある問題を抱えた子供。正直二人はどう扱って良いか困り果てていた。


 本来、この二人はお互いのスレイヤーとしての実力は高く評価し合っているものの、あまり仲の良い関係ではない。どちらかと言うと排他的関係だ。だが背に腹は変えられぬと、ルイスはキオにこう提案した。


「お互いの子供が手がかからなくなるまで協力しないか」

「儂とお前が……協力? はっはっは! こりゃ良いな、碧龍撃退戦以来の共闘と言うわけか。明日は嵐じゃぞ」

「まぁ聞け。俺は早くに妻を亡くしたから赤ん坊を育てたことがある。しかも二度だ」

「一人はヒモ。もう一人は博徒じゃったか。立派に育て上げたよのう」

「お前はプラプラほっつき歩いてばかりでとうとう結婚もしなかった。お前に赤ん坊を育てる事が出来るとは思わん。俺が手を貸す」

「どうせただと言うワケではないじゃろう。でも何故じゃ? その子は大人しそうだし、オーガでもない。村で援助も受けられるじゃろう」

「いや、実はオーガ以上に厄介なんだよ」

「どういう事じゃ? それにお主、いつからアフロにしたのじゃ?」

「お前もアフロになる覚悟をしておいて欲しい」

「……?」


 旅の途中でルイスはあのドラゴンを村ごと燃やしたのがアルヴィだったのだと理解した。

 極限の状況で、本来出せるもの以上の魔力を放出してしまうのは稀にある事で、それがこの少年の身に降りかかったのだろうと。

 魔力の通り道……出口の弁が壊れてしまったと言えば分かりやすいかも知れない。もちろん、もともと持っている魔力以上のものは出せないので、よりによってかなり優秀な使い手が壊れてしまったと言える。

 それをすぐに見抜けなかったルイスは、いい歳して新しい髪型に挑戦する事になってしまったのだった。


「手を組もうじゃないか、天才結界術師キオ・グスト。お前が自身の身体を結界で包み、そのまま碧龍の目玉を獲りに行ったのは記憶に新しいぞ」

「四十年も前じゃが……」

「衰えてはいないのだろう?」

「当然じゃ」

「決まりだな」


 こうして四人は共同生活をはじめたのだが、取り急ぎキオは自身とルイス、そして赤ん坊のオルにある魔術を施した。

 それは天才結界術師と言われたキオと、ルイスの持っていた希少な魔石をもってようやく出来た魔法であり、感情の昂ぶりですぐに炎が出てしまう幼かったアルヴィと暮らすにはどうしても必要な魔法だった。


「悔しいがやっぱりお前は天才だな」

「フッ、今更何を言っておるんじゃ。それにほとんどはこの魔石のお陰じゃ。魔法を含む生命エネルギーを奪う魔石……、こんな物、悪人の手に渡ったらと思うとゾッとするわい」


 キオが三人に施した魔術、それは後にオルを苦しめる事になった例の魔石を砕き、それとキオの結界魔術を融合して身体に埋め込むと言うもの。炎を無効化し、身体にかかる魔石の効力はキオの結界魔法で封じる。こんな芸当が出来るのは世界中を探してもキオしか居ないし、当時も今も、この魔石の存在に気付いているのはごく少数だ。まさに奇跡的に三人は炎無効の身体を手に入れたのである。


「俺みたいな善人の手で砕かれたんだ。もう心配いらない」


 ルイスは心からそう思い、満足そうに頷くとキオに手を差し出した。


「そしてお前みたいな善人によって有効活用された。今まで何だかんだといがみ合っていたがそれも若かった故。これからは仲良くやろうじゃないか」

「うむ、この可哀想な子供たちをわしらが守るのじゃ!」


 そう言ってがっちり握手をした二人だったが……結局二人は半年と持たずに喧嘩して別々に暮らした。


「やっぱりお前とは気が合わん!」

「こっちのセリフじゃ!」


 お互いを口汚く罵り離れ離れになったが、この半年で必要な知識や状況を手に入れた事でその後の生活での問題は何もなかった。


 無遠慮だけど愛情深い老スレイヤーとの暮らしは少しずつアルヴィの心を温めた。

 アルヴィが七歳の時、くだらない事でルイスと言い合いになり「クソジジィ!」と叫んだ瞬間に家が燃えた事がある。

 炎のコントロールも少しずつ出来る様になって来たと思った矢先だった。

 悪夢の様にこびり付いていたあの日の情景が蘇り、アルヴィは胸が締め付けられて息も出来なくなった。


「あ……あ……」


 と、呆然と己の炎を瞳に映し続けたアルヴィだったが、その炎の中から逞しい腕が伸び出てガツンとアルヴィの頭を殴り付ける。


「ぎゃあっ!」


 突然の痛みに頭を抱えて蹲ると、今度は炎の如き激しい怒声。


「誰がクソジジィだこのクソガキ!!」


 ルイスが炎の中で力強く立ち、こちらを見下ろしては髪を逆立てていた。アフロにもなっていない。


「ええいクソ! 説教は後だ、燃え広がっちまう!」


 ルイスは言いながら水魔法でちびちびアルヴィの炎に対抗したが魔術が得意なタイプではない。

 これは苦労しそうだと覚悟を決めた時、その腰にアルヴィがしがみ付いた。邪魔だと引き剥がそうとしたがその瞬間に炎は消え、質素な木造の家の焼けた匂いが辺りに広がる。

 やれやれと改めて腰にしがみ付いたままのアルヴィを振り返ると、どうやら泣いている様だ。


「死なねぇよ」


 その言葉に、アルヴィは益々その腕に力を込めた。後にも先に、こんな風にアルヴィがルイスに甘えたのはこの時だけだろう。ルイスはポンポンとアルヴィを撫でてやり、「俺に炎は効かない」と言った。


「忘れちまったか? お前を拾って来たばかりの頃、キオってクソジジィが居ただろう。あいつは天才だ。うまい事おだてて炎無効の魔術を施してもらったってわけよ。ま、希少な魔石も一つ失ったが、安いもんだったな」


 そう言ってルイスがしばらく頭を撫でてくれたのを、アルヴィは思い出した。

 そしてその奇跡の魔法を作り出したキオと……、そう、一緒に赤ん坊が居た事。

 アルヴィの記憶の中のキオ・グストは、良く後ろ手を組んではぼんやり月を眺めているような男で、一緒にいた赤ん坊は……まともに顔も見た事がなかったが一度だけ、キオが抱き抱えていた赤ん坊を「笑っておるぞ」と言ってアルヴィに見せた事がある。

 オレンジ色の髪が鮮やかに跳ねていて、その屈託のない笑顔は何だか太陽みたいだった。

 どう思い返してみてもその赤ん坊に角なんかなかった筈だが……。


 全身の骨を折ったアルヴィは一ヶ月もベッドの上で過ごす事になり、こうして何度も昔の夢を見た。

 そして額の角がなくなったオルのオーガの力はそれっきり鳴りを潜め、それについて色んな人間が色んな考察をした。


「そりゃおめぇ角を失ったらオーガの力も失われんのは当たり前だろうが」

「いいえエウロ様、魔石チョーカーの後遺症と言う線も考えられます」

「うーん、どうなのかなぁ? でも確かに角が生えて来る五歳くらいまではオーガも人と同じだって聞いた事あるよ」

「……え?」

「それにしてもオーガに炎が効かねぇのを利用するなんてやるじゃねぇかよ」

「いいえエウロ様、二人の愛の奇跡と言う線も考えられます」

「あははっ、どうなのかな! あたし自分以外のオーガ知らないから分かんないけど、奇跡の方が何かちょっとカッコ良いね!」

「なぁ、オーガの角の事だけど……生まれた時からあるわけじゃないのか?」

「うるせぇな! てめーは寝とけよ!」


 アルヴィがベッドで動けない間、オルやユニ、エウロまでも度々やって来てはこうして好き勝手にお喋りをし、テンポの遅いアルヴィの参加は許されなかった。


「……ああ、そうかよ……」


 ずっと不思議だった事が腑に落ち、アルヴィはフッと笑った。

 それにしてもである。

 オルに炎が効かなかった理由は分かったが、それでもオーガ族が一体どんな種族なのか、分からない事ばかりだ。

 オル自身も、自分の身体の事を良く分かっていない。

 分かっているのは今のオルは角もなければ、超人的な力もない。ただの小さな少女だと言う事だ。


 だからなのか、碧龍から街を守ったからなのか、オルはもう石の家で不当な扱いを受ける事はなくなった。女神だと言い出す者も居る。

 それに対してアルヴィは何を今更と思うし、偉そうに武器の扱いを教えてやるなんてオルに近付いてくるスレイヤーには炎をお見舞いしたいと思う。

 だけどオル自身が幸せそうにしているのでそれで良いかと納得する。

 もっとも、オルはいつでも、どんな扱いをうけていても、幸せそうだったが……。


「ねぇアルヴィ! ユニ! あたし! 今までで最高に幸せ!!」

「最高にか、そりゃ良かった」

「ふふっ、私も幸せですよ、オル様」


 碧龍との戦いでの戦死者は一名。

 ユニ・エインズワース。

 公に出来ないジーダ・ファミリーは含まれていないが、今ジーダの屋敷跡は廃墟になっているらしい。


「さて、とっとと仕事に行くぞ。俺はカルムの長なんてやりたくないんだ、早く変わってくれ」

「うん! 行こう!」

「はいっ! 爆弾の用意もたっぷりです!」


 三人になったオルアンジュは、今日も仕事に励む。

 オルに角があろうがなかろうが、どうやら二人には些細な事の様だ。

 だからきっと……、オルの額にまた、小さな突起が出て来ている事に気付いても、何も変わらずスレイヤーの仕事を続けていくのだろう。

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