tell you

ましゅまろん

第1話

 暗闇を誰かの悲鳴が引き裂いた。それもかなり切羽詰まったようになにかを叫んでいる。

 なぜだろうか上手く聞き取れない。でも大事な人の声だったはずだ。それだけは確固たる自信があった。

 声の主が誰だったのかを思い出そうとしたところで、目の前に広がる暗闇が瞼の裏であることに気がついた。

 そこでもう一度同じ声が響いた。朦朧とした意識が徐々に晴れてくる。水中に沈んだ身体がその声にやさしく引き揚げられていくようだ。

 とにかく目を覚まさなくてはいけないと思い、重い瞼に力を入れゆっくりと持ち上げる。 

 まず視界を覆うのは点滅する外灯の光。何度か瞬きをする目が光に慣れてきた。

 ここはいつもの帰路だ。この外灯の橙色の光には見覚えがある。しかし、こんなにもちかちかと点滅していただろうか。それもそのはず、いつも自分の帰路を照らしてくれていた外灯がへし折れているのだ。自分の住んでいるアパートの屋根に寄りかかり、最後の力を振り絞るように明滅を繰り返している。

 そしてアパートの建物に突っ込んでいるトラックが視界の端に映った。どうやらあのトラックが外灯をへし折ったらしい。

 次第に状況が分かってくる。へし折れた外灯、アパートに突っ込んだトラック、低すぎる目線、動かない身体、背中に感じる硬いアスファルトの感触、そして視界の端に映る赤い液体。

 ここで自分がトラックに轢かれたのだと理解した。

 身体の痛みは感じないが下半身の感覚がない。しかし、腹部から冷気が這い上がってくる。

 自分の身体の状態を確認する気力もない。なんとなく分かってしまったから。


『これ死んじゃうやつじゃん。』


ここでまたあの声が聞こえた。今回ははっきりと聞き取れた。自分の名前だ。

 ああ、思い出した。この声、いつも聞いていたあの人の声だ。

 自分の怪我がどうだってよくなるほどの安堵が心を包んだ。だってこの人が無事だったのだから。それだけで救われた気がした。

 どうにか声の聞こえる方へと身体を動かそうとするが、身体はピクリとも動かない。まるで背骨がぽっかり抜けてしまっているようだ。

 もし死ぬのなら、あの人の無事な姿を最後にこの瞳に映してからだ。どんどん身体が冷たくなっていくのを自覚しながら、その一心で最後の力を振り絞ろうとする。

 その時、自分の右手に温もりを感じた。右手から熱が身体全体に染み渡る。ああ、あの人の手だ。なんて温かいんだろう。

 最後の最後の力を出し切って、首を少しだけ動かした。視界はぼやけて鮮明ではないが、確かにあの人の姿が映った。愛おしさと安堵で心が満ちていく。だが、同時に罪悪感も湧いてくる。自分の大切な人を一人残してして死んでしまうのか。

 視界が更に朦朧としてきた。右手の感覚もほぼない。音も自分の弱々しい鼓動だけしか聞こえなくなってきた。もう時間がないようだ。


『ああ、この気持ちだけは伝えたかったな…』

 

 しかし、口は当然のように閉じたままだ。ならばせめて、その手を握り返してあげたい。その愛おしくてたまらない手を。

 微かに残る右手の温もりを手掛かりに右手に力を込めた。

 そこで視界が真っ黒に染まった。


☆☆

 

 「うぅ、…うるさい…」

 俺は電話の騒々しい着信音で、眠りから目を覚ました。お気に入りのアーティストの曲を着信音に設定していたのだが、いささか激しい曲調なので寝起きで聞くと中々に頭が痛い。

 めちゃくちゃリアルな夢をみていた気がするのに、この曲で全て吹き飛んでしまったようだ。まあただの夢だし思い出せなくてもいいか、そう思って枕元にあったスマを手に取った。

 寝ぼけながらも、あとで別の曲に設定を変えようと決心して、誰からの着信か確認しようとする。

そこでピンポーン、とインターホンが鳴った。

 

 














  


 

 





 






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

tell you ましゅまろん @masymaronn

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ