第137話 新しい日常

竜を仕留めるという大冒険から3年と少しが経った冬の終わり。

私は29歳になったが、今でも相変わらずの日々を送っている。

しかし、この数年で変化もあった。

変わったのはベルが結婚したこと。

相手はなんとあのジミー。

いつの間に!?と思ったが何ということはない。

いつもの稽古の時間で意気投合したのだそうだ。

(ジミーのやつったら手作りの指輪なんか作っちゃって…)

とあの時のことを思い出して微笑む。

当然、結婚式は村をあげての盛大なものになった。

クレインバッハ侯爵が参列してベルに騎士の資格を与えたのには驚いたが、2人にとってはいい結婚祝いになったようだ。

ベルはそれを機に冒険者を引退し、今はジミーと夫婦2人で立派な村騎士として働いている。

私はそんな新しい日常を微笑ましく思いながら、私は今、荷造りに励んでいた。


この春から、ユリカちゃんが家を出てクレインバッハ侯爵領の高等学校に通うことが決まっている。

ベルとジミーの結婚式の時、ユリカちゃんがエリザベータ様と仲良くなったのがきっかけだ。

ユリカちゃんとエリザベータ様はその後も文通をしていたらしく、それをみたクレインバッハ侯爵がその話を持ち掛けてきた。

「やった!」

と小さい頃と変わらず無邪気な笑顔で喜んでいたユリカちゃんの顔を思い出して、少し寂しげに微笑む。

(りっぱなお医者さんになれるといいね)

私はそう心の中でユリカちゃんに応援の言葉を言いながら、荷物の中に私が学生時代に使っていた薬学の入門書を何冊か入れてあげた。


別れの日。

笑顔で涙を流すアンナさんをすっかり背が伸びたユリカちゃんが抱きしめ、

「絶対、お医者さんになって戻って来るからね」

と、こちらも涙で誓いの言葉を述べる。

その言葉に、アンナさんが、

「元気で頑張るのよ」

と、ひと言返して別れの抱擁は解かれた。

ユリカちゃんが迎えの馬車に乗り込む。

私はアンナさんに向かって軽くうなずき、

「大丈夫。まかせて」

と言うと、エリーに跨り、その馬車の後についた。


動き始めた馬車の窓が開く。

「いってきます!私頑張る。アンナおばさんも元気でね!」

と精一杯手を振るユリカちゃんにアンナさんも手を振り続けていた。

やがて、馬車が田舎道の角を曲がる。

チト村の門はもう見えない。

ユリカちゃんは最後に、

「私、頑張るからね!」

と大きな声で叫ぶと、涙を拭いて馬車の窓を閉めた。

ガタゴトと揺れる車輪の音が街道に響く。

こうして、私たちはそれぞれの道を歩み始めた。


ユリカちゃんを無事クレインバッハ侯爵領に送り届けたあと、ギルドからアンナさんに無事着いた報せの手紙を出す。

帰り、私は少しだけ王都に寄り道をすることにした。

ゆったりとエリーの背に揺られながら、

(ミノタウロスの脚って硬いからたまに刃こぼれしちゃうのよねぇ)

となんとなくいつもの難敵のことを思い出しながら、ため息を吐く。

そして、今も忙しく働いているだろう教会長さんのことを考え、

(教会長さん相変わらず忙しいのかな?そりゃそうよね。聖女学校の改革に聖女の再教育、王家やギルドとの調整もあるだろうし…。はぁ…。仕方ないとはいえ大変な仕事を押し付けちゃったわね)

と心の中でつぶやくと、また軽くため息を吐いた。


ほんのちょっとだけ、どんよりとした気持ちで街道を進む。

そんな私の気持ちを敏感に察知したのか、エリーが、

「ぶるる…」

と気づかわしげな声を上げた。

「あはは。ごめん、ごめん。大丈夫よ」

と言って、首筋を軽く撫でてやる。

するとまた、元気に、

「ぶるる」

と鳴いて足取りを元に戻してくれたエリーを見て微笑みながら、私は次に、

(まさかよねぇ…)

とつぶやきながら、2年ほど前、あの離れでリリエラ様から1冊の本を渡された時のことを思い出した。


本の名前は「おしゃれ魔女リリトワと浜辺の奇跡」。

(ほんと、まさかよねぇ…)

とまた同じようなことをつぶやく。

「おしゃれ魔女リリトワ」を書いていたのは誰あろうリリエラ様だった。

そんな重大な告白をされて、ぽかんとする私の横で、

「はっはっは。覚えているかい?ジュリエッタと久しぶりに会った時のこと。あの時ジュリエッタが、『リリトワ』の本を買っていたのにはかなり驚いたんだよ」

と笑いながら言うエリオット殿下の本当におかしそうな顔は今でもよく覚えている。

私も、つられて笑いながら、

「リリーちゃん。リリトワの本、チト村で子供達に大好評なのよ」

と教えてあげると、リリエラ様は、

「ええ。お兄様からそう聞いたらなんだか嬉しくなっちゃって。うふふ。ジルちゃんが買ってくれてるなんて夢にも思わなかったわ」

と本当に嬉しそうに微笑んだ。


(そろそろ出来上がってるころかしら?)

と半年ほど前に会った時、

「実はね、もう次の作品に取り組んでるのよ。うふふ。そろそろ出来上がるころなんだけど、ジルちゃんに一番に読んで欲しいから、またすぐに遊びに来てね」

と嬉しそうに微笑んでいたリリエラ様の顔を思い出す。

(どんな本かな?楽しみだわ)

とぼんやり考えながら私は王都への道をのんびりと進んでいった。


王都に着き、バルドさんのダミ声を聞いたあと、まずは教会本部に向かう。

久しぶりに教会長さんと会い、近況を聞いた。

教会長さんの話では、どうやら聖女学校の生徒を中心に意識が変わりつつあるらしい。

私はその話を聞いてほっと胸を撫で下ろす。

しかし、古参の聖女からの反発もいまだ大きいらしい。

そう聞くと、私はなんだか悲しい気持ちにもなった。

「なにか、若い子達が聖女に憧れを持ってくれるようなものがあれば良いんだけど…」

と言って、ちらちら私の方を見てくる教会長さんの言いたいことはだいたいわかっている。

私に聖女学校の教員になれというのだ。

そんな教会長さんに、

「私はこれからも冒険者です」

と苦笑いで答えた。

その答えに教会長さんは、苦笑いで軽くため息を吐くと、

「そう。ジュリエッタならいい先生になると思ったんだけど…」

と少しだけ恨めしそうな視線をこちらに送って来る。

私はその視線を笑顔で受け止めると、

「引退したら村の医者になりますからね?」

と軽く釘を刺した。


「うふふ」

「ははは」

となんとも言えない笑顔でお茶を飲む。

そして、少しその場が落ち着くと、教会長さんは、

「これからもしばらくは大変だろうけど、無理はしないでね?」

といつものように優しく微笑んでくれた。

「はい」

と笑顔で答えて、またお茶を飲む。

その後、2、3世間話をすると、私は忙しい教会長さんのことを思って、早々に辞した。


昔と変わらず下町の銭湯で、

「ふいー…」

と声を漏らし、安い居酒屋で飾らないお酒とおつまみを堪能した翌日。

さっそくリリエラ様のもとを訪れる。


「ジルちゃん!」

「久しぶりだね、リリーちゃん!」

と、いつものやり取りを交わして、私たちはさっそくお茶会を始める。

「そうそう。これ。完成したのよ」

と言ってセシリアさんから1冊の本を受け取ったリリエラ様が私にその本を差し出してきた。

私はそれを手に取って、さっそくその本の名前を見てみた。

「英雄聖女ジュリアンナの冒険」

と書いてある。

「え!?」

と思わず声をだし、リリエラ様に驚きの表情を向けると、リリエラ様はクスクスと笑って、

「どう?素敵な名前でしょ?教会長様に頼まれて、聖女学校にも何冊かお渡しするのよ」

と、いたずらっぽい表情を私に向けてきた。

私はそんなリリエラ様に、とりあえず、

「小さい子達は喜ぶかもしれませんね…。あはははは…」

と、何かを諦めたように引きつった笑顔でそう答える。

すると、リリエラ様は、

「うふふ。ジルちゃんを目標にして頑張ってくれる子がたくさん増えるといいわね」

と言って、楽しそうに笑った。


その後も、楽しいおしゃべりが続き、午後。

後ろ髪を引かれつつ、離れを辞する。

下町へと向かう道すがら、私はふと王宮の立つ丘から午後の柔らかい日差しに照らされる下町を見た。

(今日も平和ね…)

となんだかぼんやりとした感想を持つ。

だが、そのぼんやりと平和を感じられることの幸せを思ってなんだか嬉しい気持ちにもなった。

この世界はこれからどう変わるんだろうか?

そして、私たちのチト村での暮らしはどうなっていくんだろうか?

未来のことなんて誰にも分らない。

でも、私はきっとその将来が明るいものであると確信できた。


ふわりとした春風に髪が揺れる。

私はその髪を抑えながら、キラキラと光る下町の風景を眺め、眩しげに目を細めた。

月日は無常にも流れ、全ての物事は否応なしに動いていく。

しかし、それは悪いことじゃない。

希望。

そんな言葉を思って私は静かに微笑んだ。

王宮の周りの綺麗に整えられた石畳をコツンと蹴って一歩を踏み出す。

そして、私は慣れ親しんだ凸凹の石畳を目指し足取りも軽く進んでいった。


~~完~~

お読みいただきありがとうございました。

今後も時間があればSSなど書きたいと思っております。

拙作を楽しんでいただいた皆様に心からの感謝を。

タツダノキイチ

追伸

新作やってます。

https://kakuyomu.jp/works/16818093080045546070

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はぐれ聖女 ジルの冒険 ~その聖女、意外と純情派につき~ タツダノキイチ @tatsudano-kiichi

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