第136話 英雄聖女ジュリエッタ02

宿に戻り、銭湯に向かう。

ゆっくりと湯船に浸かり慣れないモデル業で凝り固まった体をゆっくり解していると、

「聞けば聞くほどびっくりするような話よね…」

とベルがどこかぼんやりとしたような表情でつぶやいた。

きっと驚きというものを通り越してしまったのだろう。

私は、そんなベルに、

「私も私の人生が信じられないわ」

と、どこか自嘲気味に苦笑いを返す。

「はぁ…。なんだか驚き疲れちゃったわ」

とユナが苦笑いでため息交じりにそうつぶやいた。

その場に一瞬だけしんみりとした空気が漂う。

そんな中、アイカが、

「ねぇ。今日はなに食べよっか?」

と明るい声でみんなに問いかけた。

私はその明るい声になんだか救われたような気がして、

「そうね。なんだか気疲れしちゃったし、お腹に優しそうなところで、うどんなんてどうかしら?」

と笑顔で提案する。

その提案に、

「お。いいね!私肉うどん。あと、鶏めしもつけたいな」

とアイカがさっそく反応を示した。

「うふふ。私はキツネかな?ちょっと甘いのが食べたい気分だから」

とユナが言うと、

「私はごぼう天ね」

とベルが続く。

すると、アイカが、

「うーん…」

と唸って、

「私、やっぱり、それ全部乗せにする!」

と元気に注文予定を変更した。

「あはは。じゃぁ、私は月見かな?」

と言うと、

「あ。その手もあったか…」

とまたアイカが悩み出した。

「うふふ。いくらなんでも卵までは乗せすぎよ?」

と言ってベルが笑う。

その会話で私たちの頭の中はすっかりうどんでいっぱいになり、さっさとお風呂から上がると、少し肌寒さを感じ始めた王都の空気の中、うどん屋を目指して歩き始めた。


「いやぁ…。沁みたねぇ」

とアイカが満足げな表情でお腹をさする。

「ええ。出汁が美味しかったわね。あと、キツネがふっくらしてたのも良かったわよ」

「うん。ごぼう天のサクサクとキツネのふっくらが絶妙だったよ」

「ふふっ。あのごぼう天。サクサクした食感も良かったけど、あの大きさが素晴らしかったわ」

「そう!あの大きさはちょっとびっくりしちゃったよ」

「でも、全然しつこくないからペロリといけちゃうし…。あれはなかなかの逸品ね」

と楽しそうに会話を交わすみんなに、私は、

「うふふ。久しぶりの大当たりってところかな?麺も少し柔らかめだけど、芯にはしっかりコシが残っていて、食感とのど越しの具合が絶妙だったわね」

と楽しく自分なりの感想を伝えた。

「それ!」

とアイカが叫び、

「いやぁ、私、ずっとうどんはコシがあって食べ応えがある方がいいに決まってるって思ってたけど、今日でちょっと考え方が変わったよ」

と嬉しそうに言う。

私も、今日の柔らかいうどんに少なからず衝撃を受けたが、今日の気苦労で疲れてしまった私の胃の調子には良く合っていたなと思ってその食感を思い出し、

「うふふ」

とひとり満足げに微笑んだ。


翌日も武器を持って教会本部を訪ねる。

また今日も何やら勇ましいポーズを取らせられ、

「いい!いいわ!薙刀を持った聖女。いい構図よ!」

と興奮気味のユリエラさんに心の中で苦笑いを浮かべながら、必死にモデル業をこなした。


やっと夕方になり。

「もう少し描きたかったわ…」

と、本当に残念そうなユリエラさんたち絵師のみなさんに別れを告げて教会本部を後にする。

「もう、くったくただよ…。早くお風呂に行こう」

とぼやくアイカの提案にみんなでうなずいて、私たちは疲れた体を引きずるように下町へと戻っていった。

お風呂から上がり、「お疲れ様会」という名の飲み会になる。

大ぶりの揚げ鶏をガブリとかじり、冷えたビールを一気に流し込むと、私はやっと昨日から今日にかけて起こった怒涛の日々が終わったことを実感した。


翌日。

体を動かしたいからギルドへ訓練に行くというみんなと別れてひとり王宮を目指す。

秋の涼やかな空気の中を軽い足取りで歩き、いつもの小さな門の前まで辿り着いた。

「こんにちは」

と顔見知りの衛兵さんに声をかけて中に入る。

そして、秋の草花で彩られた小路を通り、リリエラ様の待つ離れへと向かった。


「ジルちゃん!」

と、勢いよくリリエラ様が飛びついてくる。

私の胸の中で、

「もう…。話を聞いた時は心配したのよ」

と少し拗ねたようなことをいうリリエラ様に、私は、

「ありがとう。リリーちゃん」

と、微笑みながらお礼を言った。


「ははは。一応私もいるんだけどね」

とエリオット殿下が後ろから軽い感じで話しかけてくる。

私はそれに、

「先日はありがとうございました。殿下」

と言って礼を取った。

「どうだい。英雄聖女って呼ばれた気分は」

とからかうような言い方をしてくるエリオット殿下に、

「…複雑です」

と、ややジト目を向けながら返す。

すると、私の横から、

「あら。かっこいい呼び方だと思ったんだけど…」

と、リリエラ様がちょっと悲しそうな声でそうつぶやいた。


「え?」

と思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。

そんな私に、

「ああ。最初にそう言ったのはリリーだよ」

と言ってくるエリオット殿下の言葉に驚くと、私は、

「そ、そうなの!?」

と言って、慌ててリリエラ様の方を振り返った。


「ええ。だって竜を倒しちゃった英雄で、聖女でしょ?だったら英雄聖女かなって」

と恥ずかしそうに言うリリエラ様に私はなんとか、

「え、えっと…?」

と返す。

そんな私にリリエラ様は、微笑んで、

「でもね。私の中でジルちゃんはずっと英雄なのよ」

と少し恥ずかしそうにそう言った。

私はその言葉の意味が分からず、また、

「えっと…」

と聞き返す。

すると、リリエラ様はおかしそうに笑って、

「うふふ。だって、聖女なのに冒険も出来て、おまけにお医者さんなのよ?私にとってジルちゃんはずっと前から憧れの英雄だわ」

と恥ずかしげもなくそう言った。

そんなリリエラ様の言葉に私は照れてしまって、

「…もう」

と言って顔を伏せてしまう。

そんな私にリリエラ様はキラキラとした純粋な目で、

「ジルちゃんは私の英雄よ」

ともう一度同じことを言った。


「はっはっは。さすがのジルもリリーにかかれば形なしだね」

と笑うエリオット殿下にジト目を向ける。

しかし、エリオット殿下はそんな私のジト目をさらっとかわし、

「はははっ。まぁ、とりあえずお茶にしようじゃないか。リリーがたくさん話を聞きたいそうだよ」

と言って私たちにお茶を勧めてきた。

「うふふ。楽しみだわ」

と楽しそうに笑うリリエラ様に私は、

「とりあえず、竜のお肉の味の話からしましょうか」

と冗談を言って一緒にサロンへ向かう。

そしてその日は私の冒険の話をたくさんして、楽しい時間が過ぎていった。


夕方前。

少し寂しそうなリリエラ様に別れを告げて離れを辞する。

もちろん私にも寂しい気持ちはあったが、長く楽しい時間を過ごせたことの喜びの方が大きかった。

(本当に元気になっていってるのね)

とリリエラ様の回復具合を思って微笑む。

私は王都の下町へと続く石畳の道を来る時よりも軽い足取りで叩き、宿へと戻っていった。


翌日からは王都を散策し、最終日。

朝食後、私たちは夕方前にバルドさんの店で落ち合うことを約束して、それぞれの目的地に向かう。

ユナは香辛料を物色したいそうだ。

アイカは食べ歩き、ベルは洋服がみたいという。

私はユリカちゃんや村の子供たちのためのお土産選びに貴族街の方へと足を向けた。


いくつかのおもちゃを買って、本屋に向かう。

本屋に入ってすぐ、子供向けの絵物語が置いてある場所へ向かうと、そこでエリオット殿下と会った。

「やぁ、ジュリエッタ。近頃良く合うね。いやぁ、これこそまさに運命の…」

といつもの軽口を行って来るエリオット殿下の言葉をさえぎって、

「こんにちは、殿下」

と言って礼を取る。

エリオット殿下は冗談をさえぎられて困ったような表情で、

「ははは…」

と力なく笑った。


「ところで…」

とエリオット殿下が話題を変える。

「はい」

合いの手を入れると、殿下は続けて、

「今日はどんな本を買いに来たんだい?」

と聞いてきた。

「チト村の子供達へのお土産に絵物語を何冊か」

と答えると、エリオット殿下は笑顔を浮かべ、

「ジルらしいね」

と言う。

私は何が私らしいのかよくわからなかったが、とりあえず褒められたのだろうと思い、

「ありがとうございます」

と答えておいた。


そんな私にエリオット殿下は苦笑いを浮かべ、

「これなんかおススメだよ」

と言って、1冊の本を渡してくる。

題をみると「おしゃれ魔女リリトワと優しい王子様」と書いてある。

(あ!リリトワの新作じゃん!)

と気付いて思わず微笑むと、エリオット殿下に向かって、

「ありがとうございます。これ、村の子供達に大人気なんです!」

と言って微笑んだ。


エリオット殿下はなぜか苦笑いを浮かべ、

「ははは。君は相変わらずだね。…まぁいい。しかし嬉しいね。きっと作者も喜ぶよ」

と言う。

その言葉を聞いて、私は、

「え?作者さんとお知り合いなんですか?」

と少なからず驚いた。

そんな私に、

「ああ。もう長い付き合いさ」

とエリオット殿下は少し自慢げな表情を見せる。

私はなぜか少しの悔しさを覚えながらも、エリオット殿下に、

「続巻も楽しみにしていますと作者さんにお伝えください」

と言って軽く頭を下げた。

「ああ。近いうちに会うからね。必ず伝えておこう」

と言うエリオット殿下にもう一度軽く頭を下げて、しばらく一緒に本を見る。

そして、何冊かの児童書や専門書を買い、店を出ると、ちょうどいいくらいの時間になっていた。


「本日はありがとうございました。おかげでいい本が選べました」

と言って礼を取る。

「いや。気にしないでくれ。私も楽しかったよ」

と言ってくれるエリオット殿下と別れて、私は下町へと足を向けた。


秋の柔らかい日差しがやんわりと石畳の道を照らしている。

風も気持ちいい。

私は、

(いろいろあったけど楽しかったな…)

とここ数日のことを振り返った。

勲章のこと。

みんなと食べたご飯のこと。

リリエラ様のこと。

それらを思い出しながら、軽やかに石畳の道をブーツで叩く。

やがて下町の雑踏が見えてきた。

(さぁ、また冒険ね)

と思って自然と笑みを浮かべる。

進むべき道。

共に歩む仲間。

そして、帰るべき場所。

私はこの数年で得難いものをいくつも得ることが出来た。

そして、私の、私たちの冒険はこれからも続く。

私はそのことを心から嬉しく思い、みんなの待つ下町の雑踏へと軽やかな気持ちで溶け込んでいった。

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