エピローグ

第135話 英雄聖女ジュリエッタ01

あの大冒険から戻って来て10日。

そろそろ秋が本番を迎えつつある頃。

教会長さんから手紙が届く。

(今度はどこかしら)

と思って手紙を開くと、それは王都への呼び出し状だった。

(なにかしら?)

と思って、添えてあった手紙を開く。

すると、そこには、

『ちょっとした賞状を渡すから来てちょうだい。ほかのみんなも出来れば来て欲しいわ。ちゃんと聖女服で来てね。あと武器も持ってきてちょうだい』

と書いてあった。

(断りたい)

と思ったが、最後にひと言、

『断らないでね』

とまるでこちらを見透かしたような一文が添えられている。

私はため息を吐きつつ手紙を閉じ、とりあえずみんなのもとに向かった。


みんなの家に着き、さっそくみんなにも手紙を見せる。

すると、

「うーん。そうだね。盾の調子もみてほしいと思ってたところだし、ちょうどいい機会かな?」

「そうね。大冒険の後だし、ちょっとした息抜きにはちょうどいいかも」

「そうね。武器の調整と休息。悪くないわ」

と、みんなも一応うなずいてくれたので、私たちは連れ立って王都へ向かうことにした。


なぜか知らないが、武器も持参しろという手紙の内容に応え、昔使っていた予備の武器を積み込んで裏街道を進むこと5日。

何事もなく王都に入り、まずはバルドさんの武器屋を訪ねる。

いつものように気軽なやり取りを交わして、さっそく今使っている武器を渡すと、

「…また派手にやったな…」

と呆れたような顔でそう言われた。

「ごめんね。相手が相手だったから…」

と、

(さて、竜のことはどういったものかしら…)

と思いながら、苦笑いで返す。

「ああ。『烈火』の連中から聞いた。まったく、世も末だぜ…」

というバルドさんに、

(あら、知ってたのね…)

と思いつつ、

「どのくらいかかる?」

と聞いてみた。

「5日だな。薙刀は回路まで調整しなきゃならねぇ」

というバルドさんは、眉間にしわを寄せつつも、その目はどこか楽しげだ。

そんな様子を頼もしく思いながら、

「じゃぁ、よろしくね」

と言って、店を出る。

そして、私たちはいつものように安宿を目指して王都の石畳を歩いた。


翌日。

「うわぁ…。ジルってほんとに聖女だったんだね」

「ええ、見違えたわ」

「うふふ。なんだかかっこいいわよ」

と、みんなからのからかいを受けて、朝食をとりに市場へ出かける。

いつものように脂の暴力としか思えない豚バラサンドを買い、パクつきながら教会本部を目指した。


教会本部の門のところで、武器を持っていることを怪しまれたが、教会長さんからの指示だと言って、手紙を見せ、なんとかその場を通してもらう。

そして、建物に入ると、受付の神職からもやはり怪訝な目を向けられつつ、いつも通りサリーさんの案内で教会長さんの執務室へと向かった。

「失礼します」

と言って、扉をくぐる。

すると、そこには教会長さんとエリオット殿下がいて、にこやかにお茶を飲んでいた。


「やぁ、ジュリエッタ。久しぶりだね」

というエリオット殿下に、

「ご無沙汰しております」

とやや慌てて礼を取る。

後のみんなはしばしぽかんとしていたが、どうやら今話しかけてきた相手があの時の貴族様だとわかると、私の真似をして慌てて礼のようなものを取った。


「ああ。いいよ。今日は授与式ってことになってるけど、略式だからね」

というエリオット殿下に、「?」という視線を向ける。

すると、エリオット殿下も「?」という顔になって、

「あれ。聞いてなかったのかい?一応叙勲だよ?」

と、とんでもないことをさらっと言ってきた。

「ああ。『烈火』のみなさんには先に渡しておきましたよ」

と横から教会長さんが追加で言ってくれる。

しかし、私は、その状況がいまいち飲み込めず、

「は?」

と間抜けな声を上げてしまった。


「はっはっは。気にすることはないよ。勲章と言ってもけっこう下位のやつだからね。商売なんかで国に貢献した人にも贈られる程度のものだよ」

と言ってエリオット殿下は笑うが、私は冷や汗をかいてしまう。

おそらくみんなはまだ事態が飲み込めていないのだろう。

私に「どういうこと?」という感じでぽかんとした視線を送ってきていた。


「さて。さっそくだけど始めようか」

と言ってエリオット殿下が私たちの前に立つ。

「聖女ジュリエッタ。並びに冒険者アイカ、ユナ、ララベル。前へ」

というかなり凛々しいエリオット殿下の声にびっくりしながら、みんなしておずおずと前に進み出た。

すると、エリオット殿下はうなずき、

「貴殿らは、この栄えあるエルバルド王国に、多大なる貢献をした。よって、エルバルド王に代わり、このエリオット・ル・シベリウス・エルバルドが勲4等、ジルベルト勲章を授ける。聖女ジュリエッタ前へ」

と言うと、その横に控えていた、教会長さんが差し出したお盆からなにやらメダルのようなものを受け取る。

そして、

「おめでとう」

と小さくひと言つぶやくと、私の首からそのメダルを掛けてくれた。

「あ、ありがとうございます」

と、戸惑いながらもなんとか礼を取り、一歩下がる。

エリオット殿下はその様子を満足そうに眺め、

「続いて冒険者アイカ」

と声を掛けた。

みんながそれぞれ勲章を受け取る。

アイカもユナもベルもそれぞれがカチコチのしどろもどろになりながらもなんとか無事、勲章を受け取った。


叙勲式が終わり、

「さて、ジュリエッタ。明日…は、あれか…。よし、明後日離れに来てくれ。リリーが会いたがっている」

と、いつも通りの感じで私に話しかけてくるエリオット殿下に、

(ん?明日?あれ?)

と戸惑いつつも、

「かしこまりました」

と答える。

「うん。じゃぁ私は帰るよ」

と言って、エリオット殿下はさっさと部屋を出て行ってしまった。

「あらあら」

と言いながら、教会長さんが追いかけるように部屋を出て行く。

執務室に残された私たちは、

「ねぇ、ジル…」

「えっと、後で説明するね」

「ええ、お願い…」

とぽつりと会話を交わし、とりあえずソファに座らせてもらった。


やがて戻って来た教会長さんと一緒にお茶を飲む。

「どこがちょっとした賞状ですか」

と、いわゆるジト目を向けると、教会長さんは、

「うふふ。だって、勲章なんていったら来てくれないでしょ?」

と言ってややいたずらっぽく微笑んだ。

軽いため息を吐き、

「とりあえず、ありがとうございます」

と言って一応頭を下げる。

すると、そこへサーシャさんがやって来て、

「お見えになりました」

と教会長さんに何やら誰か来たことを告げた。


その言葉を聞いた教会長さんが、

「まぁ、早かったわね。さっそくお通しして。ああ、広間の方だったわね。私たちも移動しましょう」

と楽しそうに言って、私たちに微笑みを向けてくる。

私が、

「え?」

と言って怪訝な顔を見せると、教会長さんは、

「肖像画を描いてもらうのよ。叙勲したんだから当然でしょ?」

と、突拍子も無いことを言ってきた。

「はぁ!?」

と思わず失礼な声を上げてしまう。

私は、それに気が付いて、

「失礼しました。…しかし」

と盾付くが、教会長さんは、

「うふふ。大丈夫。絵師さんは一流の方々を呼んでいるから」

と私の言葉をあえて無視するようにそう言った。


「さぁ、行きますよ」

というやや強引な教会長さんに導かれて部屋を出る。

「ね、ねぇ、ジル…」

とアイカが本当に泣きそうな顔で私の袖をひっぱりながら、抗議と懇願の間のようなことを言ってきた。

ユナとベルも真っ青な顔をしている。

私は、本当に申し訳なさそうな顔で、ひと言、

「…ごめん」

と言うのが精一杯だった。


やがて、白く大きな扉をくぐる。

そこは広間になっていて、中には10人くらいの人がいた。

そのうちの一人、白髪の淑女が歩み寄って来る。

すると、教会長さんが、

「お久しゅうございますね。ユリエラさん」

と気さくに声を掛けた。

「ええ。ご無沙汰しております。ルミエール様」

とその女性もにこやかに応じ握手を交わす。

教会長さんとユリエラと呼ばれたその女性は、何やら旧交を温めるような会話を2、3言交わすと、教会長さんがこちらを振り返り、

「ああ。紹介しますね。こちらはユリエラさん。王宮絵師さんですよ」

とそのユリエラさんという女性を紹介してくれた。

(お、王宮絵師って…)

と絶句してしまう。

しかし、私はなんとか、

「ジルと言います…」

と言って、ぎこちない礼を取った。


「うふふ。お会いできて光栄ですわ。英雄聖女様」

とエミリアさんがいたずらっぽい感じで、挨拶をしてくる。

私はその「英雄聖女」という聞きなれない言葉に思わず、

「え?」

という顔をしてしまった。

私の横で教会長さんが、

「うふふ。なんだか素敵な称号ね」

と言って、おかしそうに笑う。

そして、その言葉にどう反応していいのかわからず固まる私の横でユリエラさんが、

「初めまして、英雄の皆様。ユリエラと申しますわ」

と言って、みんなと握手を交わしだした。


ぽかんとする私たちに、

「さぁ、さっそく始めましょう」

とユリエラさんから声が掛けられ、さっそく広間の中央に移動させられる。

すると、私たちの周りをその場にいた何人もの絵師らしき人たちが取り囲み、一斉に筆を動かし始めた。

「ああ、まずは、軽く全体の雰囲気を掴ませていただきますね。午後からポーズを取ってもらいますので」

と言って、ユリエラさんも筆を執り何やら楽しそうにその筆を動かし始めた。

「あ、あの…」

と助けを求めるように声を出してみたが、

「あ。あんまり動かないでくださいまし」

とユリエラさんに注意されてしまう。

そして、私たちは訳もわからないまま、ただ、まな板の上の鯉のように絵師たちの言いなりになった。


突如始まったその写生会は昼食を挟んで午後も続き、くたくたになって教会本部を出る。

どうやら明日もあるらしい。

(ああ、だから『明日はあれ』って言ったのね…)

とげんなりしながら石畳の道を歩き、明日のことを思ってそっとため息を吐いた。

そんな私に、

「ねぇ、ジル…」

とユナが遠慮がちに声を掛けてくる。

私はユナの質問に、

「え?ああ、そうね…。えっと、どこから説明しましょうか」

と言って、何かを諦めたような苦笑いを浮かべながら、エリオット殿下の正体や、知り合った経緯なんかをぽつぽつと話した。

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