第3話:スズキ、犬に噛まれます
「……森だぁ」
森である。辺り一面、緑、緑、緑。頭上から差し込む木漏れ日はポカポカと気持ちよく、せっかくならピクニックと洒落こみたいものだ。
「ま、喰うもんないけどな!」
そう。俺の持ち物は種族図鑑、何でも入るずた袋、そして切れ味の冴えない剣である。ちなみに身に着けているのは安っぽい革装備。パッとしないね。
「さて現状確認。森を抜ければすぐに町。序盤のエリアってのは敵も雑魚いって相場だからな。なんだ、簡単じゃないか。ははは……畜生、やっぱ地味に痛いな」
意気揚々と俺は歩き出す。森は静かすぎるなんてこともなく、のどかな鳥のさえずりを聞いていると、ここがどこかの自然公園なんじゃないかと思えてくる。
しかし、寝る前にゴブリンたちに殴られたせいで思うように歩けない。地面に背中をつけて眠るのも不快が過ぎた。
一方でこの世界に来て分かったこと、得たこともある。それは俺の運動神経が元の世界よりも向上していると言うことだ。チートとは程遠いが、おかげで戦闘はこなせている。
「かといって傷の治りが早いわけじゃないらしい。そうだ! こんなに緑みどりしてるなら薬草の一本や二本あるだろ!」
思い立ったが吉日。俺は早速しゃがみ込み、近くの野草をまじまじと観察する。
「種族図鑑になんか書いてないかな……ダメだ、役に立たねぇ。ロザリオさんに薬草図鑑でもねだれば良かった。」
書いてあるのは魑魅魍魎ばかり。というかこの世界の生き物って想像してたより生々しいな。スライムとかどうですか、コレ。つぶらな瞳なんてない、ただの泥じゃないか。いわゆる魔物ってやつかね?
仕方がないので苦そうな葉っぱをむしり取る。土のついた根っこを取り除き、じっと見つめた。
「『良薬は口に苦し』つまり苦けりゃ、この草は薬草ってことだろ? ……いやいや、何を考えてる俺は?」
何の変哲もない葉っぱを見つめる。見た目は紫陽花の葉に似ているが、香りはハーブティーそのもの。なんだかイけそうな気がしてきた。
「……当たるも八卦、当たらぬも八卦。正直、体中がこんなに痛いんじゃ運試しで縋る方がマシだな」
後先を考えるのは性に合わない。人生ってのはノリと勢いで案外どうにでもなる。ならなかった場合、俺に非はない。悪いのはいつだって世界だ。
「それじゃ、いただきます」
口に放り込み、もぐもぐと咀嚼。さて、お味の方は……
「ん? 味がしない……いや、少しピりっとするか? うんうん。ヤベェ、噛めば噛むほど辛くなるぅ! でも……」
喉元を過ぎると一気にあふれだす辛み成分。どうやら口にしちゃマズいタイプの草だったらしい。思わずむせたが、同時に妙な感覚に襲われた。
「身体が熱い。焦げそうだ。でも、何かヤル気出てきたぁ! FOOOO!」
突如として体内にみなぎるパワー! 心の奥底から湧き出るリビドー!
痣は消えないが痛みは霧散。今なら何でも出来そうな気がしてきた。
「よっしゃ! 今日中に森を踏破して、さっさと町に乗り込むか!」
どうやら精神高揚剤の類だったらしい。今なら空だって飛べそうだと錯覚するくらいの高揚感と闘争心で溢れてくる。
「さぁて! ひとっ走り行きますか!」
景気づけにクラウチングスタートの姿勢を取る。そのまま威勢よく走り出そうとしたその時、
「やっ、こ、こないで!」
いたいけな女の子の悲鳴が森の奥で聞こえてくるではないか! いや、いたいけとは限らないか。まぁいい。人助けこそ勇者の故よ!
「目的地変更! 今行くぞぉ!」
切れ味の冴えない剣を引き抜き、声の方に向かって俺は走り出した。
「い、いや……だれか、たすけて……おねぇちゃん」
人生でロリっ子を助ける機会に出会ったのは今日が初めてだ。いいや、この世界での人生は始まったばかりだが。
こういう時、人は随分と馬鹿力が出るらしい。あっという間に現場にたどり着いてしまった。
見れば数年後にはとんでもない美少女になっているであろう数珠玉の少女が、狼らしき生き物3匹に囲まれている。迷わず俺は飛び込んでいった。
「情けない! 狼が群れてどうする⁉」
「ガル゛ゥア!?」
「ヴァルルァア!!?」
今にも少女に襲い掛からんとしていた犬畜生の前に立ちふさがり、貧相な剣を構える。絵になるじゃないか、実に勇者らしい!
「大丈夫かい、お嬢ちゃん?」
「だ、だれ? たすけて、くれるの?」
「当然。俺はスズキである以前に、勇者だからな! さて、よく聞けよ駄犬ども!」
種族図鑑でこいつらの情報を探したいところだが、あいにくそんな時間はない。使いどころが分かんないな、あの本。
ともかく俺は剣先を犬っころに向け、名乗った。
「俺はスズキ、勇者だ! 保健所に送り返してやるから大人しく……」
「ガゥガアァッ!!」
「痛ぁい⁉ 畜生、噛みやがった!」
前口上を言い終わるよりも早く、狼どもが群がってきた。ガブリガブリと足を重点的に噛んでくる。貴重な革装備が無残にも食いちぎられていった。
「やめろって!? これしか装備がないんだぞ! 穴ぁ開けやがって、転がして犬の餌にしてやる……だから噛むなって! ロリっ子の方に行こうともするな!」
「グゥゥウガァ!」
「ッヴォルルゥア゛!」
「ギィヤンガガァ!!!」
「狂犬病になったらどうしてくれる⁉ もういい! 殺処分、躊躇せんぞ!」
正直言って、生き物を殺すのは気が進まない。初めてオークを殺した時につくづく実感したが、感触がリアルすぎる。命の温もりが肌を撫でる感じ。
二度はご勘弁願いたい。しかし、今はそうも言ってられない!
「斬!」
「ガルァッ!?」
剣を振り下ろし、右脚を噛んでいる狼の脳天に叩きつける。衝撃で口を離したすきにもう一度追撃。血と何かが混ざった液体が飛び出し、動かなくなった。
「閃!」
「キャウァアゥ!?」
自由になった右脚で左側の狼2匹を蹴りつける。一匹は怯んで後退するが、もう一匹は頑なに足を離さない。打撲に咬傷。さっきの薬草で痛みこそ感じないが、間違いなくダメージは入ってる。
「うんざりなんだよ! 骨ぇしゃぶりたいんなら自分のにしとけ!」
「ギャガァッ⁉」
意を決して切っ先を狼の胴に向ける。そのまま一思いに、毛も肉も貫いた。内部の臓器を傷つけていき、剣は下っ腹の毛皮まで到達。手を通して伝わる温もりに顔をしかめながら剣を引き抜いた。
「さて、これでタイマンだ! どうする?」
「ルウルルルガァァアアッッッ!!!!」
右脚を一歩引く。両手で柄を持ち、右頬のさらに奥まで引き下げた。直剣で構え技を出すなら、俺の知る限りこれが正統だろう。
「仲間のもとに行きたいなら、来い!」
「ギャウグルルググガァガァ!!!!」
狼は牙と闘争心を剥き出しに唸る。怒り故か魔力の高まり故かは分からない。だが毛並みを雄々しく逆立てながら、迷いなく俺の喉元目がけ飛び込んできて……
「3匹目となると慣れちまうもんだな……不本意だがよ」
「ギャウルァ!? グルル……ァァ、ァ」
引いた足をズンと前に出し、勢い任せで剣を下から上へ突き上げた。押し倒され喉元をかみちぎられるよりも早く、俺の剣は狼の首元を貫いていた。
死骸の重さで剣を取り落としてしまう。計3匹分の青黒い血液が地に染み込み、付近の草花を青く染めていった。
「ふぅ……なんとか、なるもんだな」
剣を一振り、付着した血液を払う。鞘に納め、俺はロリっ子の方へ振り返った。
「大丈夫かい、お嬢ちゃん? 怖いのはいなくなった。だから安心して」
「……あ、ありがと。おにいちゃん」
「お気にせず! お兄さんは勇者だからね……歴は浅いけど」
「……ゆーしゃ?」
「そう、勇者!」
両手を上げて脅威ではないことをアピール。伝わるかは分からないが、ロリっ子も少しずつ落ち着いてくれた。
「ところでお嬢ちゃん、誰と一緒じゃないのかい? 俺が言うのもなんだけど、一人で森は危ないんじゃないかな……」
「その……はぐれちゃったの、おねぇちゃんと」
「そうか、お姉ちゃんと一緒だったんだね。よし、お兄ちゃんに任せてくれ。必ず会わせてあげるから。ね?」
そう言って俺はしゃがみ込み、手を差し出す。大丈夫かな、ロリっ子に話しかけるのは人生で初めて。変質者じみてないか?
「……うん」
幸い、ロリ美少女は恐る恐るだが俺の手を取ってくれた。頼られた以上、何としてでもお姉さんを見つけなければ!
「よし! じゃあ行こうか……ってな、何だ? 胸が……苦し、い」
「おにいちゃん!? どうしたの!?」
意気揚々と一歩を踏み出したその瞬間、急に胸が強く締め付けられる感覚を覚える。それと同時に、さっきまで忘れていた打撲と咬傷の痛み、そして空腹が一挙に襲いかかってきた。薬草もどきの効果が切れたらしい。
「っ畜、生……ごめん」
何の慰めにもならない情けない言葉を絞り出し、俺はばったりと倒れ込んだ。
遠くなる意識の向こう側で、ロリ美少女の呼び声だけが聞こえてくるのだった。
孤独勇者、スズキ~チートもハーレムもなくても異世界はノリと勢いでなんとかなる~ 呵々セイ @kanari315
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