第2話:スズキ、爆乳女神に出会います

「……さい。起きてください、勇者様」


 俺は今、眠っている。だが不思議と俺の傍からは優しい香りがただよい、フカフカの羽毛布団に包まれたような実感を得る。俺は今、野原で寝転がっているはずなのに。


「揺らさないで。乱暴しないで……傷が全然治らないの」


「だ、大丈夫ですよ。ここは夢の世界みたいなものなので……ひゃあ⁉ どこ触ってるんですか⁉」


 俺を起こそうと体をゆする何者かを遠ざけるため、手を伸ばす。その先でとんでもなく柔らかいナニかを鷲掴んだ。訳も分からず、それを少し動かしてみる。


「……ずっしり重たいのに嫌じゃない。そしてこの温もりとふんわり柔らかい感触……至福ぅ」


「っ!? もう! 起きてくださいってば!」


 スパコォンッ!


 小気味よい音を立てて頭が叩かれる。その衝撃で俺は伸び切ったバネが戻るように起き上がり、苛立ちとともに声の主を見た。


「痛ぁい⁉ 畜生! 眠てぇんだよ俺は! 生き物殺してナーバスになってんだ! もっと労わりを! 慈悲を! って、おう。ワッタ・ビューティフル・爆乳天使?」


 寝起きの不機嫌さをもとに文句の一つでも垂れてやろうとして、俺は声を失った。当然である。目の前にけしからんボディをした美女が俺を見つめていたからだ。


 腰まで伸びた桜色の髪。俺の顔が全て飲み込まれてしまいそうな圧倒的胸部装甲。極めつけに「服とは?」と思考を停止させるほどスケスケな布地。


 つまり何が言いたいかと言うと、エッチが過ぎるということだ。


 宇宙猫状態の俺に対し、爆乳天使は首をかしげて呟く。それで何とか意識を取り戻した。


「……ばくにゅー?」


「いやいや、こっちの話ですよ。それで? どちら様です?」


「あ、すみません。申し遅れました。私は秩序管理省勇者支援課の女神、ロザリオといいます」


 そう言って恭しく頭を下げる女神、ロザリオさん。カミサマが頭をさげるのは、実はとんでもないことかもしれない。だが、そんなことよりおっぱいである。


 たゆんたゆんな二つの丘の頂点を何とか目にしようと試みることで精いっぱいだ。


「ど、どうかされました? 何だか目線が……」


「あ、どうもすみません。俺はスズキ、勇者です。女神様だったんですね?」


「まだ新米ですが……この度、予定外のことではありましたが勇者様の支援を務めさせていただきます。夢の中ではありますがご挨拶に参りました!」


 新米女神だと? けしからん、神界のモラルはどうなってやがる? まだ初々しさが感じられるロザリオさんになんて格好を……素晴らしいです。偉い神様、ありがとうございます!


「いや~助かります。もう聞いてくださいよ! 国王の爺さんったらね、ケチくさいったらありゃしないんです! チートスキルも武器もなにもくれなかったんですよ!?」


「それは何と言うか……大変でしたね」


「ホントですよ! でも、ロザリオさんがこうして来てくれたってことは、何か凄い力、いただけちゃったり⁉ そうですね、やぱりクソでか火力の出せるスキルがいいかなぁ? いやいや、カミサマの力だ! 時間とか因果を操れるぶっ壊れスキルで、ココはひとつ!」


 あの国王ジジイとは大違い。胸がデカい女神さまは、きっと器もデカいはず……ああ、夢膨らむなぁ。


 気前の良いチートスキルの提供を今か今かと待つが、期待に満ちた俺とは裏腹に、ロザリオさんの顔に影が差した。あれ? なんか嫌な予感。


「ま、待ってください。実はその件で、お伝えしなければならないことが……」


「……いや、いやいやいや、まさかね。聞きたくないですよ」


 なぜかあのケチンボ国王の顔が脳裏をよぎった。まさかと思いながら耳をふさごうとして……


「ごめんなさい……少し上層部と揉めていまして、これまでのようにチート武器やスキルの提供ができないんです」


「やっぱりかぁ⁉」


 それよりも早く、予想していた事実が無慈悲に宣告された。例にもれず、いつものように俺は叫んだ。ロザリオさんも申し訳なさそうに何度も頭を下げている。揺れるおっぱい、ああ眼福……いや、言ってる場合じゃない!


「ごめんなさいごめんなさい! 何度も上に掛け合ってみたんですけど、全く取り合ってもらえなくて……それに勇者様が召喚されるなんて話、私も聞いてなかったんです!」


「聞いてないだと⁉ それで「はいそうですか」と引き下がるわけにはいかねぇ! 俺は勇者だ! 少しばかり夢を……」


「だ、ダメですっ! 神罰覿面!」


「ぬぎょえええ⁉」


 何も手に入らないなら、せめて目の前の夢を掴みたい! 寝ぼけているときに揉んだのはノーカウント!


 縋るように手を伸ばしたが、ロザリオさんは両手で胸を隠して逃げてしまう。それでも追いすがろうとした直後、俺の頭に落雷が直撃した。


 夢の中だからか、髪が焦げる程度で済んだ。しかし喪失感は余りにも大きい。


「畜生……夢が何もかも叶わねぇ。ロザリオさん、俺、つらいです」


「私も心苦しいです。勇者支援課の女神なのに、何もできない……あ、そうです!」


 落ち込んでいたロザリオさんは何を思いだしたか、パアッと顔を輝かせた。なんだか妙に自信のあるご様子。今度こそ期待できそうか?


「チートはダメですが、冒険に役立ちそうなものならお渡しできます! 少々お待ちくださいね!」


 そう言ってロザリオさんの姿が消える。淡い紫と桜色の光で満ちた夢の世界で待っていると、すぐに彼女は戻ってきた。重そうな本を携えて。


「はい、どうぞ!」


「……え、コレって」


 渡されたものを見て、愕然とする。今度は胸の巨大さに目を奪われたのではない。その本の表紙だ。様々な生き物が描かれている表紙をただただ呆然と眺めて……


「どうです? 『魔物図鑑』です! いろんな生き物の情報が全部載ってる優れモノなんですよ! これなら勇者様のお役にも……」


「……ロザリオさん。めっちゃ言いづらいんですけどね…………俺、コレ持ってます。少し豪華仕様のやつを」


 そう。彼女が渡してきた、もはや鈍器の類に匹敵するその本はまさしく、国王がくれた『種族図鑑』そのものであった。貰ったものよりもはるかに地味で、むしろ図鑑らしい。名前こそ違うが、表紙は全く同じだった。版の問題だろう。


 ふふーん、と得意げにしているロザリオさんの可愛さは極まっている。だが罪悪感を覚えつつ、やむなく俺は図鑑を返却した。


「ええ⁉ そ、そんな。それじゃあ本当に渡せるものがぁ……うぅっ」


 心底驚いたと言わんばかりのロザリオさん。だが次第に顔は曇り、茜色の目にうっすら涙が溜まっていくのを見て、俺は慌ててフォローに回った


「いやいやいや、その気持ちだけで十分ですとも! 嬉しいなぁ、なんかやる気が出てきましたよ、俺! まだまだいけるぜ! ロザリオさぁぁんっ!」


「ほ、ほんとですかぁ? 役立たずの女神でごめんなさいぃ……」


「そんなことないですって。あ、代わりと言っちゃあ何ですが、ロザリオさん、一つだけお願いしていいです?」


「は、はい! 私にできることなら何でも! 女神ロザリオ、力になります!」


「な、なんでも……消え去れ邪念!」


 またまた顔を輝かせる爆乳女神様。ころころ変わる表情、ずっと見てられるね。


「すみません、お願いってのはズバリ、またこうして俺と話してくれませんか?」


「お話、ですか?」


「ええ。どうやら、俺はこの世界に祝福されてないらしい。俺は別段強くもなく、かといって敵が弱いわけでもない。生きるってのはつくづく大変ですよ、正直言って」


「分かります。なのに私は、何の力にも……」


「それでいいんです! いや、それがいいんです!」


「ふえぇっ⁉」


 一歩前に進み出て、ロザリオさんの手を掴む。急接近に彼女の顔が赤く染まっていくが、かくいう俺もロザリオさんの美貌と香りをゼロ距離射撃されている。昂り、叫びだすのを我慢して話しを続ける。


「ロザリオさんみたいな方と話してるだけで、ストレスがみるみる消えてくんですよ! やはり乳は万病に聞く! 誇り、胸を張ってください! さあ!」


「こ、こうですか?」


 言われた通りに胸を張ってくれるロザリオさん。いやぁ~、ゆっさゆっさ揺れるメロンが壮観! これを見るためだけに戦ってもいい。自分でも愚かしい思考だと思うが、仕方ない。


「よく分からないですけど……勇者様が私を必要としてくれるなら、とっても嬉しいです。もちろん、こちらこそ夢の中でまたお話しできるのを楽しみにしています!」


「ありがとうございます、ロザリオさん……じゃあ、俺は行きますよ。何だかそろそろ目が覚めそうなので」


 夢の世界に太陽が昇ってくる。燦々とした日差しが俺とロザリオさんを照らしていった。後光を帯びた彼女の神々しさは得も言われない。美しいものは美しくあるべきであり、またそれは冒されざるべきだろう。


「はい……大変な旅になるでしょう。進めば進むほど、あなたは……ですが、私はいつでも勇者様を見守っています。どうか、お気をつけて」


「ま、勇者補正で何とかなりますって! お任せくださいな! それじゃ! また次の夢で!」


 いよいよ日差しが強くなる。ロザリオさんの爆乳はもはやシルエットへ転じ、俺もまた光へのまれて行って……


「……良い夢だったぁ」


 夢の世界から帰還した俺は目を覚まし体を起こす。死ぬほど背中が痛い。息を吸うのすら億劫だ。


 寝た時も晴れていたが、起きた時も晴れている。どれだけ眠ってたんだ? ま、ロザリオさんに出会えたのでヨシ!


「よーし、今日も張り切っていきますか!」


 物事は何も解決していない。傷は打撲が主なのでまだ動けるが、徐々に空腹も覚えてきた。こりゃあ町に着くまでに何か腹に入れないと。


 万全なコンディションには程遠いが、俺の足取りは軽い。意気揚々と、俺は町を目指して旅を再開した。


 いっぱい戦って、またおっぱいを拝むために!

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