孤独勇者、スズキ~チートもハーレムもなくても異世界はノリと勢いでなんとかなる~

呵々セイ

第1話:スズキ、ぼっちですが旅に出ます

「痛ぁい! 殴られた! 誰か回復を……って、ヒーラーいないんだったぁぁぁ!」


 突然だが、だだっ広い野原で俺はゴブリン十数体のリンチにあっている。ちっこい緑色のごつごつしたアイツらだ。棍棒でぶっ叩かれた箇所はみるみる痣になっていくが、薬草もポーションもないので我慢!


 切れ味の冴えない直剣をぶんぶん振り回し、斬ると言うよりは鉄の棒でデタラメに殴りまくって集団を押し返して何とか形勢を立て直す。


「クソッ! さっきから弓チクしやがって! 誰か射撃支援を! ……ってアーチャーも魔法使いもいないんだったな、忘れてた!」


 今度は小弓によるゴブリンたちの援護射撃が頭上から降り注ぐ。剣ではたき落そうと試みるも無様に空を切り、ざらりとした矢じりが頬をかすめていったあたりでひたすら走り回るのに専念。


 攻撃が止んだタイミングを見計らい、弓兵に向かって突撃。今の俺は遠距離攻撃の手段が全くないので、近接戦に持ちこみ剣でぶん殴った。


 劣勢に気圧されたのか、ゴブリンたちは後退していく。すかさず煽りを入れようと剣を構えようとして、ふいに頭上が暗くなった。


「はっはぁ! 恐れ入ったか子鬼ども……って危ないねぇ⁉」


「ブモアアァアァア!」


 とっさに後ろにローリングして下敷きになるのを回避。ミンチにはならなかったが、ゲーム感覚で転がったせいで目が回る。


 顔を上げて、眼前の敵を見る。俺よりも二回りほどデカい、二足歩行の赤黒い豚が進み出てきた。いわゆるオークってやつ。


「固そうな相手だな。よし、連携で決めるぞ……もう分かってるよ、いないんだもんな! 俺以外の前衛もさ! というか……」


 この世界に召喚されてなぜか向上した運動神経を活かし、高く跳躍。トロいオークの真上に落下し、勢い任せで頭部に剣を突き立てる。醜い金切り声が俺の鼓膜を震わせ、出オチのごとくオークは崩れ落ちた。


 それに負けないくらい、俺は声を張りあげ……


「俺は勇者だぞ⁉ なのに、何で仲間がいないんだぁあああああああっ!」


 親玉を失い、散り散りに逃げていくゴブリンたち。ぼっちであることをあざ笑うように風が一筋、俺の脇を通り抜けていく。俺はただ独り、虚空に向かって叫んだ。


 畜生! どうして異世界での冒険の始まりが、こんな惨めな一人ぼっち旅になったんだ⁉


 鬱々とした想いを抱えながら、俺はこの世界に召喚された時の事を思い出していた。といっても、ほんの数十分前の話だけどね!




「……どこ?」


 突然だが、やたらと豪華な一室に来てしまった。足を踏み入れた経験などまるでないが、室内の装飾の派手さから、自分が宮殿のような場所にいることはなんとなく察せられた。


「おお、勇者殿。よくぞ召喚に応じてくださった。儂はこの国の王ぢゃ」


 お上りさんみたいにキョロキョロしている俺に、しゃがれた、だが威厳のある声が届く。振り返ると、いかにも「王様です!」みたいな風格の小柄な老人が、金銀宝石で装飾されたイスに腰かけていた。


「ど、どうも。俺はスズキです。立派なお髭でございますね」


「ほっほっほ。さすが勇者殿、お目が高い。ワシの自慢での、手入れはかかさずしておるのぢゃ」


「道理で……っと、待ってください? 今、俺のことを『勇者』って言いました?」


「いかにも。魔王の脅威に抗するため、勝手ながら召喚させていただいたのぢゃ」


 召喚と聞いて自分の身に起こったことをあらかた察せてしまうのは、もはや性か。


「つまりアレですか、これが噂の異世界召喚ですか。何だか盛り上がってきたぁ!」


「うむ、話しの早い御仁で助かるのう。それでは、早速魔王を倒してくるがよい」


「はい! って、さすがにそれは話が早すぎません? ほら、もっとこう、あるじゃないですか。」


「と言うと?」


「いや、魔王を倒すんでしょ、俺? じゃあ、チートスキルとか旅の仲間とかヒロインとかが必要なんじゃないかな~って」


 回りくどいのは好きじゃない。話しのテンポが早いのは歓迎だが、いくら何でも脈絡がなさすぎる。


 異世界ものってのはさ、主人公に都合の良い設定が何かしらは用意されてるわけ。それを貰う前に「旅に出ろ!」だなんて。まさか、まさかね。


 だが温和そうな爺さんは、ひどく申し訳なさそうな顔をして口を開く。


「ぬぅ……非常に言いにくいのぢゃが、王国が勇者殿に提供できるものは何もない」


「はは。お年を召されると冗談にも深みが出ますね…………あの、本気で言ってます? ない? 何も?」


「うむ。ない」


「なぜです?」


「ちょっと王都で英雄が反乱が起こしてしまってのう。その戦いで勇者殿に回せる戦力がないのぢゃ」


 なるほど、反乱ね。そりゃ確かに忙しいわけだ。ここは玉座の間なのだろうが、先ほどから麗しの王女はおろか、近衛兵の姿も見えない。


 そうだね。それなら一人ぼっちで魔王を倒しに行く理由も生まれるわな……って。


「……はぁっ⁉ 黙って聞いてりゃ好き放題いいやがって! 旅の醍醐味は仲間と苦楽を共にして、たくさんのヒロインに囲まれることだろ⁉ ずっと憧れてた異世界だってのに! 都合の良い話をくれよ! 贅沢は言わねぇから、せめてドスケベ爆乳金髪エルフを仲間に!」


「すまんのう。ぢゃが、どうにもできん。渡すはずだった王家の宝剣も反乱で英雄に奪われてしもうた」


「嘘だろ⁉ さっきから頑張ってるけど魔法とかスキルが使える気配もないんだぞ、俺は! チートを! チートをください後生だから!」


 認めない! 認められないぞこんな展開は! チートのない異世界なんて、誰得なんだ⁉ 少なくとも俺は得しないね、間違いない! 


「重ねてすまん。ああ、代わりと言ってなんぢゃが、これを持っていくがよい」


 一人でぐちゃぐちゃ文句を言っている俺を哀れに思ったか、国王は黄金の魔法陣を展開。そこに手を突っ込み、二つのものをわざわざ俺に手渡してきた。


「待ってました! ご都合主義はこれからですよね……って、何ですかコレ? 魔導書と、ずた袋?」


「その書は 『種族図鑑』ぢゃ。勇者殿はこの地に降り立ったばかり。この地の生物への知識がなければ魔王城までたどり着けんて……それに、きっと魔王討伐の助けとなる」


「それはまぁ……でも滅茶苦茶に重いですよ。豪華なのは良いですが、いくらなんでも使えないでしょう。これ持って戦えと?」


「そのための袋ぢゃよ。それは特殊な道具でな、見た目以上に物が入り、重さは軽減される。無論、限度はあるがの。少なくともこれがあれば持ち運びも安心ぢゃろ?」


 何だか便利そうだ。無限にモノを詰められるわけではないらしいが、いくらでも使いようはあるだろう。回復薬や食料、武器が詰め放題。手に入るかは知らないが。


「そうですね……ってなるかぁっ! 勇者の持ち物が派手な図鑑と薄汚い袋⁉ 腰の剣も冴えないし! 魔王討伐ぅ? 嫌だね、断固拒否する絶対にだ!」


「まぁそう言わずに……このままでは世界は汚染に包まれる。人々の安寧のため、どうか魔王を殺しておくれ」


「だから行かないと言って……待て、待て待て待て! 何だこの光は⁉」


 俺の暴言を全く意に介さない国王は、右手を俺に向ける。その瞬間、黄金の魔法陣が再び顕現し、金色の粒子とともに俺を包み込み始めた。


「穢れた運命から解放し、せめてもの安らぎを……期待しておりますぞ、勇者殿」


「待て! 国王、何するつもりだ!? やめろやめろやめろ! クソジジイぃぃぃいっ!」


 そうして国王はパチッと指を鳴らす。俺は必死に縋り、声の限り叫ぶが光はどんどん強くなっていき……





「で、冒険が始まったってわけ」


 気付けばだだっ広い野原に転送されてしまった、というオチだ。しかも送られた先にゴブリンたちがいたので、訳も分からないまま戦っていたのである。


 ま、無事に勝利したので結果オーライ!


 次の行き先を決めるため、ポケットに入っていた地図に目を通す。


「あ~っと、これが今いる街道で……森を抜けたら町があるっぽい? そこを目指す以外に選択肢もなさそうだな」


 とりあえず目的地も決めたので、俺は軽く伸びをして身体をほぐす。


「……不本意だけど進もうかね。町に行けば人がいるはず。そしたら、きっと仲間だって」


 この世界で俺はチートに恵まれないらしい。ならせめて頼れる仲間を一人でも手に入れて、旅をもっと楽しくしたいもんだ。


 独りでいることは何楽ではないが、敵との命のやり取りも一人ぼっちでは、いずれ気が振れてしまう。


「ま、なんとかなると思っておこうか! 俺は勇者だからな! 最後には報われるだろ!」


 空は晴れている。空気も前の世界よりキレイだ。間違いない、俺の旅路を天は祝福している!


「だがしかし、今は寝る! 死ぬほど疲れた!」


 ひとまず冒険は明日からにして、俺は大の字になって草むらに寝転がる。そのまま死んだように眠るのだった。

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