【エピローグ】

野村ロマネス子

「まさか飛び地になってたとはねぇ」


 侭田ままだ先輩が唸り声をあげた。俺は横目でその表情を窺う。日に焼けた肌につり目がちの、切れ長の目。捲り上げたTシャツの袖からは美しく筋肉のついた腕が伸びている。一言で現すのなら気は優しくて力持ち。今回も先輩の「力 is パワー精神」に助けられる場面は多かったように思う。これでは「エキゾチック」なんて触れ込みで女子にモテるのも頷ける。


「その件はもうオワコンです、先輩」


 対して、そっけなく合いの手を入れるのは永瀬ながせ。同じ切れ長の目でもこちらは色白の、長めの髪を後ろで一括りにしている。中性的と言えば聞こえはいいかも知れないが、俺に言わせりゃ意地悪省エネ眼鏡野郎だ。

 双璧をなすだの、二大巨頭だの、好き勝手言われてるコンビに挟まれる身にもなって欲しい。


「ああっ! 杏奈あんなのチョコパイがないっ!」


 もう一つ上がった声は悲鳴に近くて。これがまたフリッフリのキラッキラとしか形容し難い衣装に身を包んだ、しかも美少女なんだから何とも感想が難しい。

 一ノ瀬杏奈さんは俺をこの部に引っ張り込んだ張本人な癖に、俺の面倒見るどころか、世話係か何かと勘違いしてるんだから困る。しかもそれが美少女ときたら無碍にできる訳もなく。


「ちょっと、食べてないでしょうね笹倉ささくらくんっ!」

「オワコンって何だっけ、笹倉」

「笹倉、構わないでいいぞ」


 三者三様の声が俺に向けられて、毎度のことながらこの人達のマイペースさに呆れるを通り越して笑えてくる。

 だいたい今回の件だって、この人たちが片っ端から首突っ込んだ挙句、引っ掻き回すから収るものも収まらなくなった経緯がある。その点は本当に反省して欲しいと思うんだよ。常々。本当の本当に。


「杏奈さん、こないだ可愛い缶があるからってお菓子箱にしてたでしょ。オワコンは終わっちゃったコンテンツってこと、つまりは一段落ついたってことですよ侭田先輩。あと、永瀬は俺のAirTagちゃんと返してね」


 ニヤ、と口の端を歪めた永瀬は読んでいた雑誌を閉じて、尻ポケットに手を突っ込む。ぽんと何かを放り投げて寄越した。つーかこれ、AirTagだけど俺のじゃないじゃん。


「あら不思議、笹倉のAirTagが最新バージョンになった」

「いや、何でだよ」


 永瀬はそのまま鞄を手にすると教室を出て行こうとする。


「え、投げっぱ?」

「塾だから、今日」


 あ、そ。呟くほかに俺に何が出来ようか。足音は遠ざかる。そして一陣の風が吹く。

 振り返ると、侭田先輩と杏奈さんが口元をムズムズさせた表情でこちらを見ていた。色黒筋肉とふりふり美少女。圧が強いんだよ、圧が。


「……このままで終わらいでか!」

「言わんや、永瀬をや!」


 いつもの事だけどさぁ。変なとこで意気投合しないで欲しい。そう思いながらも手早く荷物を纏めてるんだから、俺もこの人達の後輩になる訳だよ。


 *


 永瀬は淀みのない足取で学校の裏手にある古ぼけた商店街へと入って行く。駅前に位置する塾とはさっそく逆方向だ。


「匂いますなぁ」

「くんくん」


 電柱の影からぴょこりと顔を出す二人、の背後で俺はスマホをいじる。前に機種変した時に貰ったヤツだったからほとんど使ったことなかったんだけど、確かAirTagって、アプリから場所を特定出来たはず。


「ほらほら、これだからデジタルネイティブ世代は。情報は足で稼ぐ。行くわよ!」


 俺がスマホを取り出して首を捻りながらあれこれタップしてみていると、杏奈さんに襟首を掴まれてしまった。こんなAirTagひとつに右往左往するデジタルネイティブがあるかよと言う俺の言葉は黙殺され、そのまま探偵ごっこが続行される。

 永瀬は商店街の途中でコンビニに入り何かを購入して、ものの数分で出て来ると、再び歩き始める。


「防カメ映像確認させてくれんかなぁ」

「無理に決まってますって」


 無茶を言う侭田先輩を宥めながら、俺たちが辿り着いた場所は街外れの神社だった。永瀬のやつが信心深いとも思えないから来る大学受験に向けての神頼みという路線は外して。こりゃ本当に逢瀬か。そう思い始めた時、一人の人物が永瀬に手を挙げながら近づいて行くのが見えた。

 永瀬の視線の先に現れた人物とは……。


「キャサリン先輩!?」


 あまりの衝撃に草むらから転がり出した侭田先輩と杏奈さん、それから俺を順繰りに見て笑ったのは、先月の「飛び地事件」の時に何度も俺たちの口に上ったOBのキャサリン先輩その人で。


「よお、小僧たち。こんな所で奇遇だな」


 相変わらず歯磨き粉のCMみたいに爽やかな笑顔を向けた。程よくタレ目の優しげな顔には、輪郭をなぞるように薄らと無精髭が生えている。しかし、長身の体躯にザックを背負った風貌は、ニックネームに反して純日本人のそれ。じゃあなんでそんな呼ばれ方してるかって言えば、単に先輩の苗字の「小笠原」を崩して呼んでいるうちに進化したもの、らしい。進化と呼んでいいものかは知らん。


「位置情報でバレたか」

「いんや、単に尾行だ」


 何だそりゃ、と気の抜けた顔をする永瀬はともかく、結局のところ何してたのかはキャサリン先輩の登場で、ますます謎が深まった。

 AirTagの行方とキャサリン先輩の登場。そこから導き出される解答を待つには、いくら何でもヒントが足りなすぎる。


「さすがの笹倉でも訳わからんって顔か」

「これでわかったら逆に怖いわ」


 その時、服についた埃を丁寧に払っていた杏奈さんが咳払いをした。あぁ、またいつもの美少女探偵のポーズを取ってるってことは、あのトンチキ推理を聞かされる流れか……?

 思わずげっそりした顔を見合せようとした辺りで、背後の茂みがごそごそと音を立てて。


「……ミャ」


 今度は何処かで見た覚えのある子猫が転がり出て来た。よく見れば、首元に巻き付いているリボンに。


「AirTag!」

「……バレたか」

「おお! この子かぁ! 可愛いでちゅねぇ! ほれ、おいでおいで〜!」


 たちまち相好を崩したキャサリン先輩が子猫を撫で始めて、それで今度こそ俺にも想像がついた。つまりは、先月の「飛び地事件」の時に遭遇していたお腹の大きな母猫さんの、お子さん。「オワコン」とは乱暴な物言いだとは思ったが、どうやら煙幕という裏があったらしい。


「まさか永瀬が里親探しをやるとは思わなかったね」

「俺だってそうだ。しかし、ま」


 俺たちは、あどけない仕草でキャサリン先輩に甘える子猫を眺める。この子猫だってあの事件の被害者と言えなくもない、のかも知れない。となると永瀬の心境にも手が届く。


「この場合は、やむなし、か」

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