第5話

『第六ゲームは瀧野が奪取! ウォーカーのボールはネットに突き刺さりましたぁっ!』


「よっしゃ、あと二ゲームや!」

「頑張って!」


『さぁ、第七ゲーム、四ポイント目はどちらの手に……おっと! ウォーカーが何とかネット際から掬い上げました! ワンバウンド、ツーバウンド、スリーバウンド! 四点目!』


「行ける! 世界一や!」

「神戸の誇り!」


 テントの中は、外涼しさが分からぬほどのものすごい熱気に包まれていた。

この一ゲームで慎の勝ちが決まる。


『ウォーカーのフォルト! 瀧野一点目!』


「よっしゃ来た! 相手ビビっとるって!」

「あと三点! 大丈夫、絶対大丈夫!」


 俺はズズッと鼻をすすり上げた。


『ネット際……来たぁっ! 二点目です!』


「あと二点!」

「慎君、世界の頂点!」


 まだ泣いたらダメだ。泣いたら……。


『おっと見事なチェア捌き! これが日本のホープ・瀧野慎の底力! たくさんの苦しみがありました、ライバルに先を越されました、厳しい壁にぶち当たりました。しかし、今、瀧野はアメリカの決勝のコートに立っています! 三対一、賜杯を掴み取ってくれ! ラリーが続く! おっとネットギリギリでウォーカーがボールを返しました』

 と、急に時間の進みが遅くなった。スローモウションになったグリーンのボールは、瀧野慎のラケットに一直線に吸い寄せられていく。

 はっ、と周りの全員が息を呑んだ。


『強いストレート! ワンバウンド、ツーバウンド、そして……、スリーバウンドッ!!』


 ついに、テント内は沸騰した。


「よっしゃ来たぁっ!!」

「優勝っ!」

「お父さんに雄姿見せたよ!」

「よう諦めんかったっ!!」


 葉山も、則本も、ホームレスも、犬も、一般人も、みんなが歓声を上げ、貧富関係なくハイタッチを交わす。そして、俺はついに涙が涙腺を超えた。


「よくやった、よくやったよ……!」


「カシラ、慎君やりましたよ!」

 野中が目と鼻を赤くしながら言った。

「俺、もう死んでもええわ」

「いや、カシラおらんかったら俺ら終わりですよ」

 退介が背中をドンドンと叩いてくる。

「カシラ、役所の人が諦めて帰りました! カシラの言葉のおかげです!」

「そうか……いや、俺やないな、これは。間違いなく、慎の力やな」

 俺はズルッと鼻をすすり、雲一つないアメリカの青空に大きく拳を突き上げ、人差し指一本、真っすぐ立てる慎をずっと見守っていた。




「もしもし、慎か」

『そうだよ、父さん』

「久しぶりやな……おめでとう、今日は」

『あぁ、ありがとう。いやぁ良かった、これでホームレスのみなさんを助けられる』

「あぁ……。慎、ホンマありがとうな」

『ん? 何が?』

「俺、お前に勇気もらったわ」

『えぇ? いやいや、父さんらしくない』

「いや、ホンマ、俺は第二セットでもうあかんかと思った。けど、よう立て直したわ。一球一球に確かな魂があったわ」

『……初めて父さんに褒められたかも』

「そんなわけないやろ」

『ハハ、じゃ、まずは父さんの家を建てないとね』

「……いや、ちょっとな、それやったら要望出してええか?」

『え?』

「今おる奴も、刑務所の奴も、全員が住めるマイホームをくれ。国も、俺らとお前らの力でホームレスのマイホームを建て始めるらしいし。それの補助金もあるからな」

『……よし、分かった。楽しみにしといて』

「おう。……慎、ホンマに、生まれてきてくれてありがとうな。こんな父の下に」


『……何言ってんの。父さんだから、俺もホームレスの人もこうやって笑って人生を歩み続けられるんじゃないか』


「……っ、お前は、俺の、みんなの、全国のホームレスの、いや、ちゃう、全世界の誇りや」

『いや、ハハ、それは言い過ぎだって。……でも、ありがとね』

「おう、これからもホンマ頑張れよ、世界一位で引退しろよ」

『もう引退すんの?』

「アホか……ズッ、まあ、ええわ、電話も高いんやろ? こんぐらいにしとこか。一回、神戸に帰ってこいよ」

『もちろんさ。なんかいいもん持ってってあげるから、待っててね』

「おう、ありがとうな。ほな、な」


『うん、バイバイ……父さん、産んでくれて、本当ありがとうね。父さんはみんなの誇りや』

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突きあげた拳 DITinoue(上楽竜文) @ditinoue555

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