W&O

@yanagimachi_0

W&O

たまたまだったんだ。深夜のラジオで君の声を見つけた。高校時代、耳を澄ませて聴いていた君の声だ。ラジオパーソナリティになったんだ。まさかこんな形で再開できるなんて。

『お便りのコーナー行きますね。夏美さんこんばんは、私は夏美さんと同世代のアパレル店員です。今好きな人がいます。でも勇気がでなくて告白ができません。夏美さんは好きな人いますか?その人に思いを伝えましたか?ラジオネームサークルKさん。お便りありがとうございます。』

ピュアな質問だな。

『なんか恥ずかしいな。でもリスナーさんのためだからちゃんと話すね。私が人生で1番好きな人は高校時代に出会った人なの。』

知っている。若山和希だ。渡辺夏美は俺たちと同じ高校に通う若山に恋をしていた。しかもそれを俺に相談していた。俺の気持ちになんてこれっぽっちも気が付かず、奔放に悩みを打ち明けていた。

『その人はね、靴紐が解けてたり踵踏んでたりしててね…』

これもよく知っている。若山はしっかりとしているようで少しだけ抜けているところがあった。

『高2の時に友達何人かと川に遊びに行ったんだけど。その人川に落ちちゃったんだよね。』

そう。俺と一緒に落ちたんだ。その頃俺と若山はこっそり夏美を取り合ってて仲が悪かったんだ。その日もこっそり河原で口喧嘩してて、それがヒートアップして掴み合いになって、ドボン。同級生だけあって夏美の話す一つ一つのエピソードに心当たりがある。それがまた当時の切ない気持ちを呼び起こさせる。

『私その人が死んじゃうと思った必死になって川のなか入っちゃったの。その時かな、その人のこと好きかもって気がついたの。』

現に若山はしばらく意識を失った。少ししたら水を噴き出して意識が戻ったけど、あの数分間は俺も本当にパニックになった。

『でも告白はできなかったな。私も勇気がでなくてね。高校生って難しいよね。』

俺も同じだ。夏美が好きだったけど告白出来なかった。それどころか「お前のことなんて全然好きじゃない。」と嘘をついていた。高校生なんてそなんもんだろう。自分の意地をうまく飼い慣らせていなかった。

『でも出会えてよかったなとは思う。』

俺はフッとため息を無理やり笑いに変えた。夏美と若山を出会わせたのは俺だ。ある日夏美が冗談ぽく「男の人でも紹介してよ。」って言ってきたのだ。今思えばただの冗談だったんだろうけど、当時の俺は相当なショックを受けてしまった。そしてそのショックを隠すために紹介することを承諾してしまった。「いいよ冗談だって。」という夏美を遮った。男を紹介することが嫌でないという嘘を信じこませたかった。

とはいえその男と夏美が結ばれてしまうのは避けたかった。だからいかにも夏美と気の合わなそうな、いわば「水と油」のような男を紹介した。それが若山だった。いや、当時はまだ大石って苗字だった。高3の夏に母親が再婚して苗字がかわったのだ。

最初は目論見通りあまり気のあってなかった2人だが、そのうち新しい父親とうまくいかず元気をなくした若山が夏美のことを必要としたのだ。そして夏美はその気持ちに陰ながら応えていた。言葉でもなく、契りでもなく、ただただ若山のそばに居続けるという最も純粋な手法だった。

「夏美、男紹介したやったんだから俺にも女紹介してくれよ。」

虚しい気持ちを何かで埋めたかった。自分が夏美以外の女性に恋をしないという予感はしてたが、1人でいることに耐えられなくなった。

「ええー岡田君とお似合いの女の子かー。いるかなー。」

そんなことを言ってた夏美だが結局ひとつ年下の女の子を紹介してくれた。和島まどかという女の子だった。夏美の部活の後輩みたいで、夏美のことをとても尊敬していた。

「私夏美さんのこと本当に大好きなんです。頭もいいし運動もできるし、困ったことがあったらなんでも夏美さんに聞いちゃうんです。」

当時の俺はその子がなんか苦手だった。キャピキャピしててテンションが追いつかなかった。だから最初はあしらってたんだけどまどかはしつこく俺に話しかけてきた。多分まどかは俺のことが好きなんだろうが、わざと夏美のことを褒めることで俺を嫉妬させようとしてくるのだ。同族嫌悪だろうか。恋に素直じゃない姿は男女関係なくみっともないものだ。

『でもね私ももう大人だからね、今なら少しは自信あるんだ。これ単に私の好みなんだけどね、タバコを吸わない男性の口にタバコを入れたいの。タバコを吸う、吸わないってすごく大きなことじゃない?私がタバコを口に入れることで、その人の人生を大きく変えられた気になるの。私はあなたの未来を操りました、そしてその責任をとります、って気持ちになるの。そしたら多分相手は「何?」って聞いてくるでしょ?そこでこう言うの、「プロポーズ」ってね。』

なんだそれ。変な趣味してやがるな。まあそういうところが好きなんだけど。

『サークルKさんも私と同世代ってことはもう成人してるわよね?あんま参考になんないと思うけどタバコをテクニックに入れてみたらどうかもな。』

やっぱり夏美は少し変わり者だ。恋愛相談一つとってもなんかおかしい。こんなマニアックで、ほとんどの人には参考にならないような意見を堂々と話す。でもなんかクセになる。


それから毎週金曜日は夏美のラジオを聞くのが習慣になった。ラジオという狭い世界でまさか自分の知り合いが聞いているだなんて思っていないのだろう。夏美は自分のことをアケスケに話した。

『今週も始まりました。夏美のヒーリーングサマーも!いや〜皆さん調子はどうですか?私はもう皆さんの調子が気になって眠れないんですけどね。』

あれからずっと夏美のことが忘れられない。今すぐにでも会いたい。たとえば夏美から電話がかかってきたり

トゥトゥトェトゥトェトェン(ラインの着信音です😂)

!?

「もしもし?」

「あ、もしもし…。覚えてます?私和島まどかです。」

「…」

「あの…もしもし?」

「あ、ごめん。もちろん覚えてるよそりゃ。どうしたの。久しぶりじゃん。」

「良かった!あの…なんか元気にしてるかなって。久しぶりにご飯でも行きたいなって。」

「元気元気。いいね久しぶりに行こうか。」

夏美ではなくまどかからの電話だった。いつだってそうだ。俺に振り向くのは夏美じゃなくてまどかだ。人生はなんでこうもうまくいかないのだろうか。

それから週末に久しぶりにまどかと会った。なぜだかちょっと奮発して、普段行かないようなコース料理屋に言った。

「なんか変な感じするね。岡田君と行くところなんてファミレスくらいだったのに。」

「お互いちょっと大人になったんだな。」

それは財布の中身だけではなかった。久しぶりに見るまどかは当時と比べてかなり大人びていた。口調にも落ち着きがあった。時の流れが、記憶と現実のまどかが同一人物だということをややこしくしている。やっぱり女の子というのは変化する生き物なのだろう。その点俺は何にも変わっていない。高校時代と変わらない、冴えないデクノボウだ。

「でも岡田君が変わってなくて良かったよ。」

良かれと思って言ったんだろうがそれがコンプレックスの俺にとっては痛烈である。

「そういえばさ。夏美のこと覚えてる?さすがに覚えてるか、まどかは夏美が大好きだったもんな。“困ったことがあったらなんでも夏美さんに聞いちゃうんです。”とか言ってたくらいだもんな。」

「そりゃ覚えてるよ!でももう連絡はとってないんだよね。なんか番号も変わってるみたいで連絡つかないのよ。」

ラジオパーソナリティになるにあたって昔の知り合いとの関係を切ったのだろうか。なんにせよ寂しい。

「もしかしたら卒業した後若山とくっついたかもな。」

「あの2人って絶対お互いのこと好きだったけど結局付き合わなかったよね。」

「意地っ張りなんだろうなお互い。」

「そうかもね。そういえば若山君って隣の駅のハズレのバーで働いてるんでしょ?」

「そうなの!?」

会ってみたくなった。僅かな可能性だが夏美に繋がる最後の架け橋に思えた。

「この後その店行かない?」

「え、なんでよ。私若山君そんなに得意じゃないんだけど。」

「そこをなんとか!ね?1時間でいいから。」

半ば強引に若山のバーへ移動した。

「いらっ…おいおいおい。岡田じゃねえの。久しぶりじゃねえか。…あれ、まどかちゃんだよね?久しぶり。なんだよお前付き合ってたのかよ。隅におけねえやつらだな。」

「久しぶり…」

一目でわかった。あの頃と同じ、派手な若山だった。横には女の人がくっついていた。

「あぁこいつ?俺のことが好きみたい。」

若山は脇に抱えた女を指差して微笑んだ。女も満更ではないらしく身体をさらに若山へ近づけた。

まどかは無言で若山のことを睨んでいた。相方が機能不全に陥ってしまったので仕方なく自分から積極的雑談をした。思い出話で心を開かせ本題に入った。

「なあ夏美って最近どうしてるんだろうな。」

「夏美?あぁあいつね。さあな。興味ねえや。あいつ俺のこと嫌いじゃん。」

「はあ!?」

思わず立ち上がってしまった。

「どう見ても夏美はお前のことが好きだったろうよ。それなのにお前がチャラチャラしてるから。」

「だからそのチャラチャラしてるのが嫌いなんじゃないの。」

発言の内容にも腹が立つし、それをグラスを拭きながら片手間で話されるのもなんか腹が立つ。夏美があんなに真剣になっていたのにこいつはその思いを踏み躙っているのだ。

「そんな話しにわざわざきたのか。」

「そうだよ。」

「はっはっは。まあちゃんと金払ってくれるならなんでも話すよ。」

「いい加減にしてよ。」

これがまどかの一言目である。

「もうでよここ。」

まどかは金を突き出して、俺の手を引っ張って店を出た。

まどかは若山にカンカンであったが、共通の敵ができたことによって俺とまどかの仲は一気に深まってしまった。だからその次の週の誘いにも応じたし、そのまた次の週の誘いも応じた。若山の愚痴から仕事のことから、いろんなことを話した。

そして俺たちは付き合った。夏美とまどかの間で揺れる俺がやっと決着をつけた。それは契約上の決着であって、本心はまだわからない。でも俺は、自分の目の前にいない夏美じゃなくて、目の前のまどかと2人でやっていくって決めたのだ。


また月日が経った。俺とまどかは順調に愛を育んでいた。

ある夜、いつものようにご飯を食べてサヨナラを言うと、まどかが俺の腕を掴んできた。

「どしたの?」

まどかは手を俺の口に近づけた。そしてタバコを咥えさせた。俺の身体に電流が走った。

「何?」

わずかな力で口を動かした。

「プロポーズ。」

俺はゆっくりと頷いた。

まどかはライターの火をつけた。

“私夏美さんのこと本当に大好きなんです。頭もいいし運動もできるし、困ったことがあったらなんでも夏美さんに聞いちゃうんです。”

なるほど、いまだに聞いてるのか。


5月21日、朝。

これから俺たちは婚姻届を出しに行く。靴を履いて家を出ようとしたその時、急にこれからの人生がリアルに感じられた。しっかりしなきゃいけない。ふと足元を見た。靴紐が解けている。まるであの頃の若山みたいだ。今日から立派な夫になるんだ。こういうダラしないことはもうやめよう。靴紐を結んで、ちゃんと靴を履いて、家を出た。

5月21日、夜。

まどかが何やら古いラジオを弄っていた。

「ねえ、これ壊れちゃったみたい。」

俺はまどかからラジオを受け取った。あの頃、夏美のラジオを聴いていたラジオだ。当時既に結構古かったのもあって、もうガタがきたのだろう。

「こりゃもう捨てるしかないかもな。」

「え!?治せないの?え〜…」

いつになくワガママだ。そして「もう良い」と言わんばかりに風呂の支度をして風呂に行ってしまった。どうしたんだろう。俺何かしたかな。

まどかが風呂に入っている時に暇になった。手持ち無沙汰でラジオをカタカタ弄ってみる。

カチッ

乾いた音とともにラジオのスイッチが入る。

「あれ、治った。お〜い!ま…」

ふと、夏美のラジオが気になってしまった。震える手でチャンネルを合わせる。

『今週も始まりました。夏美のヒーリーングサマーも!いや〜皆さん調子はどうですか?私はもう皆さんの調子が気になって眠れないんですけどね。』

なんだよ、まだやってんのか。思わず笑ってしまった。正直俺は今でも夏美のことが好きなのかもしれない。でも俺はまどかと生きていくって決めたんだ。俺のことを本気で愛してくれるのはやっぱまどかだけだ。そんな人を大切にしなくてどうする。

このままラジオを聞くか、聞かないか。どうしようか。

「ねえ!ごめんちょっとシャンプーきれてるんだけどストック持ってきてくれない?」

風呂場から声が聞こえてくる。愛すべき声だ。俺のことを愛してくれる本当の声だ。それ以外の声は必要ない。

俺はラジオをきって風呂場に向かった。

ーーーーーーーーーーーーーーーー

『今週もお便り届いています。「ずっと前に夏美さんに恋愛相談をしたものです。夏美さんのアドバイス通り頑張って、とうとう好きな人と結婚することが決まりました。夏美さんのおかげです。本当にありがとうございます!」

だって!おめでとう!私もそれが1番嬉しいよ。いいな〜結婚か。

ごめんね、ちょっと自分の話してい?

私もね、人生でたった1人だけ結婚したいなって思った人がいるの。前にも話したけど、高校時代の好きな人なんだよね。ダラシなくて覇気がないけどなんかステキなの。よく靴紐がほどけてたんだけど、なんかかわいいと思っちゃうのよね。

でもね、結婚とか言ってるけど、結局告白すら出来なかったの。笑っちゃうよね。それどころかさ、その人に「お前のことなんて全然好きじゃない。」とか言われちゃってさ。ほんとショックだったな。しかも私そこで意地張っちゃってさ。「男の人紹介してよ。」って言っちゃったの。バカみたいよね。好きな男性に男性紹介してもらおうなんて。辛い気持ちを紛らわすために紹介してもらった男性を好きになろうと頑張ってみたけど、やっぱりダメだった。

それだけならまだ良かったのかもしれないけど、今度はその人に「女の子紹介して」って言われちゃってさ。ほんと嫌だったけど、嫌だって思われるのはもっと嫌で紹介しちゃったのよね。意地張ってたのよね。でもその人が誰かと一緒にいるのを想像するのが辛かった。だから多分合わないだろうなって人、いわば「水と油」のような人を紹介したの。でも無駄だったな。なんだかんだ2人はどんどん仲良くなっていった。わたしの入る余地なんてなかったの。

ごめんね、なんかしんみりしちゃったね。暗くならないで。当時は悲しかったけど今となってはいい思い出なの。いつかまた出会えるといいな。今頃何しているんだろうな。いつかどこかで再会した時、またほどけた靴紐で歩き回ってるといいな。』


おわり

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