第12話 ざまぁ回(後編)


 そういって悪い笑みを浮かべ、首をかしげるひより。

 今までのうっぷんがそれなりにたまっていたのだろう。

 聖母のようないい笑顔だ。


『まぁ、向こうのやらかしが多すぎてむしろ笑っちゃいたくなるのもわかるけどな』


 するとそのひよりの笑顔を見て侮辱されたと理解したのだろう。

「生意気な!」と腕を振り上げ、勢いよくひよりに手を上げようとする次郎。

 だが意外なことにその強攻を止めたのは隣に座る悪女の方だった。


「あなた、少し落ち着いてください。私たちにあとがないのは確かですが、裏を返せばそれは彼女も同じ。なにせいくら私たちを脅そうと、彼女がまだ未成年である以上、保護者の同意なしに高校へ入学など物理的に不可能なのですから」


 チッ、暴力に走ってくれれば色々とやりやすかったのに。

 意外と冷静だなこの悪女。


「ここであちらに手を出せば向こうの思うつぼ。自分の力ではどうにもできないからこそ、この子は交渉しようとしているのでしょう。可愛らしい抵抗ではありませんか」

「……ああ、そうだったな。ついカッとなってそのことを忘れていた。すまないローナ。君の心を疑ってしまった僕を許してくれ」


 そうして目を合わせるように顔を近づけると、あれほど興奮気味だった次郎が徐々に落ち着きを取り戻していく。


 この女、どさくさに紛れて自分の夫に催眠魔法を使いよったぞ⁉


 そうして自分の夫を落ち着かせると、今度はこちらに嘲笑するような暗い笑みを浮かべるローナ(悪女)


「ひよりさん。確かに我々は本家に負い目がある身です。でも貴女の主張はしょせん子供の浅知恵。貴女の保護者に名乗りを上げようが上げまいが、どちらにせよこちらに利がないことは理解しているのかしら?」

「はい。ですがお二人が管理していたお金やアイテムはもともとお母さんの物。貴方たちが勝手に使っていいものじゃありません」

「あら? おかしなことを言うわね。探索者としての資格も持たない出来損ないの貴女の代わりに私たちが貴女のお母様の財産を管理してきたというのに。まるで私たちが不当に財産を奪い取っているような言い方はよしてくださるかしら」


 それはお前らがひよりが探索者の資格を取れないようにするため、あの手この手で理由をつけて妨害したからだろうが!


 メガネ越しに二人の『女』の火花が散る。

 そしてひよりは小さく息を吐き、沈んだ顔でローナに確認を取った。


「それでは、今後、猫女家のお二人は、わたしを支援するつもりはないということでいいんですか?」

「ええ、猫女家が十二氏族入りする以上。没落した旧家の家の娘の支援など必要ありませんわ」

「いいんですか? この話を反故にすれば、少なくともエリカちゃんの将来にかかわりますよ」

「あら? それをあなたが言うのひよりちゃん? たしかに義姉さんの財産は書類上は貴女の物。でもそれも今日まで話。なにせは貴女は『約束』を果たせなかったんだから」


 そういって勝ち誇ったような笑みを浮かべる猫女ローナ。


 するとその殺伐とした空気を断ち切るように、ピンポーンと間の抜けた玄関のチャイムの音が鳴った。


 誰だ? こんなときに空気も読まずやってくる輩は。

 そうして時計を見上げ、慌てたように次郎が玄関まで駆けだせば、インターホンのカメラから知らない女性のハキハキとした声が聞こえてきた。


『ダンジョン統括組合のものです。こちら猫目次郎さまのお宅でお間違いないでしょうか?』

「おお、お待ちしておりました! ささ、どうぞ中にお入りください」


 先ほどまでの刺々しい態度から一転。

 媚びたように客を部屋の中に招きいれば、次郎に案内される形で、紫色の長髪をポニーテールにしたスーツ姿の美女がやってきた。

 

 しかしダンジョン統括組合の職員がいったいこの時期に何の用だ?


 ひよりも俺と同じことを思ったのか。

 非難するように次郎を睨みつけた。


「……次郎叔父様。これはどういうことですか。お母さんの相続手続きの日時はわたしが入学の合否が決まるまでというお話だったはずです。どうして今日、ダンジョン統括組合の方をお呼びする必要があるのですか」

「ああ、そういえばお前にはなにも言ってなかったか。ダンジョン統括組合が提示した契約内容は君が中学を卒業までだからな。無事、義務教育を終えた今、ダンジョン統括組合の職員に来てもらうのに何の不思議もないだろう?」


 この野郎。

 さてはひよりのいないところで勝手に契約を締結させるつもりだったな。

 道理で一刻も早く話を切り上げようとしていたわけだ。


 我が弟ながらなんてクズだ。

 すると斜め向かいに座った気品ある女性が興味深そうな視線でひよりを見た。


「お久しぶりですね、ひよりさま様。お母様のご葬儀以来ですね。お元気にしていましたか?」

「……はい。ご無沙汰しています」


 どうやら彼女はひよりと面識があるらしい。

 敵か味方かはわからないが、大丈夫だぞひより。

 俺がついている。

 もし面倒ごとになったら俺に丸投げしても大丈夫だからな!


「(うん。ありがとう叔父さん)」


 メガネを通して伝わってくる不安に、励ましの言葉を掛ければ、激しく脈打つ心音が収まっていくのがわかる。

 すると部屋の空気を察してか。

 ひよりと猫女家を見比べた女職員が、やや遠慮がちに次郎の方を見た。


「どうやら何かお二方の間で手違いがあったようですが、なんでしたら今日は出直しましょうか?」

「いえいえ、この娘が少々わがままを言ってきまして。丑宮さまのお手を煩わせるわけにはいきません。予定通り始めてしまいましょう」

「……そうですか。それでは予定通りダンジョン法の規定に則り、財産の相続手続きを始めさせていただきます」


 そういって丑宮というキャリアウーマンの口から語られる契約曰く。

 ダンジョン法の規定というのは、ざっくりいえば探索者として約束ごとだった。


 ダンジョンから回収したアイテムの管理から、探索者が残した財産の相続まで多岐にわたり。

 基本的には遺書や契約書がない場合、探索者の遺品は親族に引き継がれる。


 だがダンジョンから回収したアイテムや素材は、危険なものが多い。


 だからこそ、その価値を正しく世のために運用できる『探索者』のみが正しく扱うことが許される。

 そしてこの規約は財産だけにとどまらず。

 国から特別に与えられる称号や家督も含まれているらしい。


「以上のことから、相続者である辰見ひよりさまが義務教育を終えるまでに『探索者』の資格を取得できなかった場合。相続権を放棄したとみなしなし、

 彼女の庇護者もしくは彼女に準ずる血縁者に、当組合が保管する品物、権利のすべてを譲渡する決まりとなっています」


 そうして淡々と説明する丑宮さんから視線を外し、正面に座る二人の『元』保護者を観察すれば、先ほどまでの険悪な雰囲気から一転。

 勝ち誇ったような笑みで、うつむくひよりを見下ろしていた。


「これで辰見家の遺産は正式に俺たち猫女家のものになるんだな」

「ええ、ついに我が家の悲願である十二氏族の仲間入りができるわ。これも貴方という人がいたからよ」

「そういうな。これも君という魅力的な女性のチカラがあったからこそだよ」

「ええ、お姉さまもきっと喜んでくれるでしょう」


 そしてすべての確認事項を説明し終えたのか。

 ダンジョン統括組合の代表である丑宮さんが、さまざな資料をテーブルの上に並べて言葉を切ると、


「以上のことから、権利者――辰見ひより様は天宝寺巫女学園に合格したことにより相続権の資格ありとみなし。ダンジョン統括組合の幻覚なる規定により、S級探索者――辰見静花様の財産はすべて辰見ひより様に相続されます」

「「なにいいいいいいい⁉」」


 歓喜に震えた顔から一転。

 悲鳴と驚愕を足して割ったような絶望の声が部屋に響き渡り、ひよりはどこか覚悟を決めたような視線で、取り乱す大人二人の末路を眺めるのであった。


―――

続編を楽しみにしていただいている読者のみなさん

ごめんなさい。


コロナにかかってしまったので、少しの間執筆はお休みさせていただきます。


回復したら少しずつ、投稿していくので

フォロー、いいねなどしていただけると助かります

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【悲報】異世界から帰還した元勇者、『メガネ』でした。~姪っ子(♀)と始めるダンジョン学園メガネ無双! 魔力のない生徒は落ちこぼれらしいが、お前もメガネにならないか?~ 川乃こはく@【新ジャンル】開拓者 @kawanoue

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画