第11話 ざまぁ回(前編)
「ふん。それで急に僕ら家族を集めて大事な話というのはいったいなんなのかな? ひより」
そういって偉そうに腕を組むなり、弟の次郎がひよりを睨みつけていた。
不機嫌そうに貧乏ゆすりをしては、しきりに時計を気にする次郎。
どうやらひよりには一刻も早く、この家から消えてもらいたい事情があるらしい。
不機嫌オーラをプンプン振り撒いていた。
「今日はこれから大事な予定があるんだが、それはどうしても今日でなければならないのかい?」
「ごめんなさい次郎叔父さま。でもわたしの今後にかかわるお話なので、保護者のお二人には聞いてもらわないといけないと思って」
「たしかに君にとっては大事な話だろう。だが中学を卒業し、義務教育を終えた今、僕らは何のかかわりもない赤の他人のはずなんだけどね」
そういってあからさまに、ひよりの学生鞄の脇に置かれた黒い筒に視線を飛ばせば、嘲笑の笑みを浮かべる次郎。
そう、今日は3月15日。
ちょうど一時間前に今日、卒業式を終えたばかりだ。
奴からしてみれば、すでにひよりは家族でもなんでもなく。
ただ血のつながった赤の他人としか見えていないのだろう。
すると沈黙を破るようにキンキンと声質の高い女性の声が、部屋の奥から声が聞こえてきた。
「ごめんなさい遅れてしまって。本家から呼び出しの連絡があったものですから。それで大事な話があるということでしたけど、話はもう終わってしまったかしら」
「いいえ、ちょうど今から始めるところです、ローナおばさま」
「――そう。それなら大事な娘の家督就任式もある事ですし、なおさら些末な用事は手早く終わらせてしまいましょうか」
そういって明らかにブランド物と分かる宝飾品を身に着けた30半ばらしき女が向かい側のテーブルに座ってみせた。
娘同様、外国の地が入っているのだろう。
まるでこの場を取り仕切っているのが自分だと言わんばかりの横柄な態度はあの小生意気な姪っ子に似て、嫌味な印象を際立たせている。
『大丈夫か。なんらなら俺がひよりの代わりに話してもいいけど』
「(ううん大丈夫叔父さん。これはわたしが乗り越えないといけないことだから)」
ぼそぼそと耳打ちすれば、何かを決意したような力強い声が返ってくる。
長年、虐待されてきたトラウマがあるのか、それとも逆らわないように教育されてきたからか。テーブルの下で震える指先を抑えているあたり、そうとう勇気を振り絞っているのだろう。
毅然とした顔で、二人の保護者に向き合うと、一つ小さく呼吸を整え、はっきりとした口調で『交渉』を持ちかけた。
「お二人に聞いていただきたいお話というのは他でもありません。わたしの進路についてです」
「進路、ですか?」
「はい、急なお話で申し訳ありませんが、今後の生活を鑑みてわたしも学園に入学することにしました。つきましては、わたしの保護者として成人するまで支援を継続する意思がお二人にあるかどうか聞きに来ました」
「学園に入学だと? そんなことが許されると思っているのか?」
丁寧な口調がはがれ、まるで地を這うような低い声が聞こえてきたかと思えば、きつく握りしめた拳を振り下ろし、椅子からいきり立つ次郎。
「いったいどんな戯言が飛び出してくるかと思えば、いまさら学園に入学するだと⁉ お前はその言葉の意味が解っているのか!」
「……はい。3年間、身寄りのないわたしを引き取ってくださったお二人の苦労はわかっているつもりです。そのうえであなた方が再び、わたしの保護者に名乗り出てくださるのであれば、今後とも猫女家の皆様には多少の支援はするつもりです」
「多少の支援するつもり、だとぉ? ふざけるな恩知らずが! ただでさえ我々の保護されなければ生きていけないガキが何を偉そうに。そのような提案など却下に決まっているだろう!」
そういって目の前に突き出された書類を感情任せに破き、怒声を放つ次郎。
あまりにも突然の凶行に、反射的に肩をすくめるひより。
だけど視線は淡々と、二人の大人に向いていて、
「ええだからこその『交渉』です。少し調べさせていただきましたが、次郎叔父さまはローナおばさまの本家に借金を作っていますね」
そういって淡々とあらかじめ準備した脅迫材料を口にすれば、次郎が動揺したように息をのむ音が聞こえてきた。
「――っ、お前、なぜそのことを」
「とある人の助言で、いろいろと身辺調査をさせていただきました。それにどうやら叔父さまはエリカちゃんと正式な血縁関係ではないそうですね。なんでもおばさまの不倫で出来た子だとか」
「なんだと⁉ それは本当なのかローナ!」
どうやら初耳なのか。
驚いたような声を上げて腰を浮かした次郎が、うろたえたような表情で妻を見た。
「俺と付き合うことになったとき。エリカは俺の子だと言ってくれたじゃないか。あれは嘘だったのか⁉」
「そ、そんなことあるわけじゃないですか! あの子は正真正銘、貴方とわたしの子です。この子のでたらめに惑わされないでください!」
「そして叔父さまはいまだにギャンブルがやめられず、裏賭博にお金を使い続けているとか」
「そんな、あなた! もうギャンブルはやめると誓ったはずでは⁉」
そしてこれも調べたことだが、どうやら当初。
ひよりの身元引受人はもっと他にもたくさんいたらしい。
だが血縁を理由に周りの候補者を強引に辞退させ、ひよりの保護者としての権利を勝ち取ったようなのだ。
そして今日この日まで、必要に自分の手元に置きたがったことを加味すると、考えられるのは一つ。
――家督の乗っ取りしかないだろう。
『そういや、母さんたちが消えてからというモノ。援助の申し出とか借金の取り立てと言ってしつこく絡んできたのも猫女って苗字の奴らだったっけ』
まぁそいつらはねぇさんの手によってボコボコに追い返されてたけど。
「猫女家のみなさんがどういった理由で辰見家の家督を欲しているのか知りませんけど、わたしの保護者としてお二人の名前だけ貸してくださるのであれば、手間賃として今まで通り、お母さんの財産の一部を優遇してあげてもいいと考えています。どうです? 悪い取引ではないでしょう?」
「この穢れた出来損ないが! ここ一か月コソコソしていると思ったが、誰の入れ知恵だ!」
はい、それはもちろん俺です。
次郎の言動がやけに怪しいと思って、部屋中に『監視レンズ』を仕掛けたところ、出るわ出るわ。
どうやら若いころに多額のギャンブルの負債に苦しんでいたところを、猫女家と何らかの契約をしたことで、婿養子として迎え入れられた過去があるらしい。
え? なんでそんなこと知ってるかって?
そりゃもちろんチートスキル【メガネ】の能力を使って、家中にあるありとあらゆる『レンズ』に干渉して、監視カメラよろしく、ここ一か月アンタらの動向を監視させてもらったからです(笑)
現にいらぬ墓穴をほった自覚があるのか。
お隣に座るご婦人の顔が、えらい形相で固まっていた。
「わたしは進学するために今後も保護者が必要。お二人は借金を返済するための資金が必要。以上のことから、悪い取引ではないと思うのですが、いかがですか?」
―――
さぁ反撃のターンがやってまいりました
ここから長年の意趣返しが始まります。
どうぞ楽しんでいただけたら嬉しいデス!
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