第10話


『……まったく5年ぶりだってのに。まったく老けてないんだな』


 スース―と寝息と共に、管に繋がれた電子機器からリズミカルな電子音が聞こえてくる。

 ちょっとした悪口を言えば、今にも飛び起きてきそうなほど穏やかな顔だが、


『ひより。姉さんの手を握ってみてくれないか』

「わかった」


 ここまで来る道中。ざっくりとだがひよりの口から姉さんの近況を聞いていたが、どうやら本当に目を覚まさないらしい。

 治るかと思って、一応、回復魔法をかけてみるも、


『やっぱりダメか』


 メガネになって分かった。

 身体の奥底を覗き込めば、そこにあるべき魂がない。


 道理で一向に目覚めないわけだよ。


「ねぇ叔父さん。今まで叔父さんが今までどうしていたのか教えてよ。きっとお母さんも気になってるだろうし」

『そうだな。それじゃあ俺の勇者としての活躍を聞かせてやるか』


 それから俺たちは五年分の年月を埋めるようにお互いの事情を説明した。

 大まかにだが、俺が異世界に転生していたことを説明するとわかりやすく驚いてくれたが、


『なるほど。俺が異世界に飛ばされている間にそんなことがあったのか」

「うん。それでお母さんが遺してくれたお金を相続するには、探索者の資格を取れる学校に入学しなくちゃいけなくて――」


 なるほどな。

 それであんな無茶な探索をしようとしたわけか。


 俺が死んでる間に世間は色々と変化していたらしい。

 まさかダンジョン産のアイテムの管理に資格免許が必要になるなんて思ってもしなかったぞ。


『しっかし話を聞けば聞くほど弟がクズ過ぎるな。なんだよ代理保護者制度って。姉さんが遺した財産を好き勝手するためだけに姪っ子のひよりを引き取るなんてどうかしてんだろアイツ』


 俺の記憶の中の弟は、反抗期が入っていて何かと俺に突っかかってくる奴だったが、ここまでクズに成り下がっているとは思わなかった。


『俺がふがいないばっかりほんっと苦労を掛けたな』

「ううん。叔父さんが戻ってきただけでうれしいよ」


 くそ、姪っ子の気遣いとこの3年間の孤独を思うと、泣けてくるぜ!

 あのクソ女神のやらかしがなければ、可愛い姪っ子にこんなつらい思いをさせずに済んだのに。

 

『よし、それならこれからについて話し合おう! ひよりはこれからどうしたい?』


 図らずもメガネになってしまったとはいえ、保護者の俺が帰ってきたんだ。

 ひよりがやりたいことならなんだって協力するぞ!


「叔父さんの気持ちは嬉しいけど、それはできないかな」

『あん? どうしてだ? たしかに昔みたいに自由の利かない身体になっちまったがこれでも異世界帰りの勇者だ、ダンジョン探索に関しては色々とアドバイスできるぞ?』

「ううん、そうじゃないの。わたしが勝手なことをするとね、お母さんの治療費を止められちゃうの」


 なんだって⁉


 今でこそ借金を返し、ダンジョン探索で莫大なお金を娘に残したとはいえ、お金も無限にあるわけではない。

 姉さんを延命させるには、金がかかる。

 一昔前は安楽死制度などなかったが、ダンジョン探索が活発になった現代では、

 ダンジョンアイテムを使っても治療できない状態でのみ安楽死制度が適応されるようになっているそうだ。


 その延命措置には家族の同意――つまり、ひよりの保護者代理であるが必要なのだ。


「わたしもお母さんみたく強かったら、こんなことにはならなかったのかな」


 唇を噛むようにしてうなだれるひよりを見て、ますます怒りがこみあげてくる。

 くっそ、まだ十代の姪っ子に何て残酷な選択を迫るんだ、あのバカ弟は!


『よし! それならそれなら俺がお前を鍛えてやる!』

「ええ⁉ ちょ、わたしの話を聞いてた叔父さん⁉ あの人に逆らったらお母さんの入院費が払えなくなっちゃうんだよ」

『大丈夫。そうなる前にさくっと探索者として一旗揚げちまえばいいんだ!』


 姉さんの子供ならできる!


「む、無理だよぅ! わたし、ただでさえ学校で落ちこぼれだもん」


 そんなのなんだっていうんだ。

 いいか、ひより。メガネは偉大だ。

 その最強のメガネとして転生した叔父を持つお前には最強の保護者がついてることになるんだぞ!

 もっと自信を持てっていいんだ!

 それに――


『いいか日和。厳しいことを言うようだが姉さんが動けない以上。お前が頑張るしかないんだ』


 俺だってできることなら保護者としてちゃんと助けたい。

 だけど悲しきかな今はメガネ。

 姉さんが目覚めない今、自分で立ち上がってもらうしかないのだ。


『あと一つ言っておくと、お前の頑張り次第でお前の母さんを助けられるかもしれないんだぞ。それでも立ち上がる理由にはならないのか?』

「それ、ほんとなの叔父さん⁉」

『ああ、改めて確認するが姉さんはダンジョンの奥地で大怪我を負ったんだよな? ダンジョンのトラップを踏んで呪われたとかじゃなく』

「うん。お母さんの仲間って人たちからそう聞いたけど」


 ああ、ならやっぱり望みはある。

 この異世界でもよく似た症状を見たことがある。

 リビングデット症候群だ。


「リビングデット症候群?」


 ああ、強すぎる冒険者なんかによくある症状で、いわゆる仮死状態の時。

 肉体と魂の境界線があいまいになり、自分が一時的に死んだことを理解できずに魂だけが肉体を離れ、ダンジョンのなかで戦いに囚われてしまう症状のことだ。


『俺も昔ダンジョンでうっかりやらかしてなぁ。女神に指摘されて慌てて元の身体に戻ったもんだよ』


 まぁそのあと文字通り地獄を見たわけだが。


「そっか。つまりダンジョンのどこかにいるお母さんの魂を見つければ――」

『そう、姉さんは目覚めて、お前はもう二度とあんな理不尽な思いをしなくて済むんだ』


 あの姉さんが、自分の愛娘が弟にひどい虐待を受けていると知ったら、まず間違いなく戻ってくるだろう。


 そして幸いにも俺は超高性能なチートスキルを搭載したメガネだ。

 

 さまよえる魂を見つけるなど造作もない。

 

『まぁそのためには今日みたいにひよりにダンジョン探索を頑張ってもらわないといけないんだけどな』


 だからひよりには何が何でも、俺を助けてもらわねばならないのだ。


 そう自信満々にひよりに伝えてやれば、どこか諦めきっていた顔に希望の光が灯り始める。

 だけど何を思ったのか。その表情がすぐに曇っていって、


『どうした嬉しくないのか?』

「ううん嬉しいよ。わたしも早くお母さんに目覚めてもらいたいと思ってたから。だけどわたしは弱くて、本当にどんなことできるのかな」

『俺がついてる』

「でもわたし臆病で――」

『大丈夫。はじめてなんてそんなもんだ」

「それに叔父さんにはたくさん迷惑をかけるかもしれないくて」

『俺の心配は無用だ! むしろ誰かがいないと俺はマジでただ喋るだけのメガネになるからな むしろ頼ってくれないとこっちに戻ってきた意味がなくなる!』


 まだ決心がつかないのか。

 うつむく姪っ子を諭すように声を掛けた。


『なぁひより。この3年間、お前はずっとやりたいことを我慢してきたんだろ? お前はもう十分に耐えた。これからは周りに縛られず、俺といっしょに母さんを探しに、新しい景色を見てみないか』

「新しい景色」


 そう、新しい景色だ!

 お前だってまだ青春盛りの未成年だ。

 欲しいゲームがあるとわがまま言ったり、親に甘える権利がある!

 

『その点、お前は自分の夢を諦めるにはまだ早すぎる! 母さんの子ならもっと自分の欲望に正直になっていいんだ!』

「……ほんとに協力してくれるの?」

『ああ、なんたって俺はお前の叔父だからな! 今度こそ寂しい思いはさせないぜ』


 なにより俺はメガネの似合う子の味方だ。

 この曇った笑顔が飛び切りの笑顔になるんだったら、俺はなんだって協力してやる! 


「なにせそれがメガネとして転生した俺の宿命みたいだからな!」

「ふっ。――もう、叔父さんったら。ホント、メガネのことになるといつも変になるんだから」


 そうして、二人して笑いあい、小さく寝息を立てる家族を一瞥すると、


「わかった。それじゃあ叔父さん。わたしを探索者学校に入学できるくらい強くして」

「まかされた!」


 ――そして一月後。


「ふん! それで大事な話があるからと呼び出されたがこれは一体どいうことかな?」


 不機嫌な次郎を迎え、

 俺とひよりは、因縁深い猫女家の全員と立ち向かうように、向き合っていた。

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