*平凡な私の生活はどこへ……*

 古文の授業、おきょうの読み解きが大変だった……。


 お昼休みになって、あらためて自分の状況じょうきょうを整理した。


 まず、五十メートル走でみんなが「足が速い」と言い注目を浴び、それを牡丹ぼたんくんとえにしくんに助けられた。

 それで終わればよかったのに、牡丹くんと縁くんはなぜか私と「友達になろう」と言った。すごく遠慮えんりょしたけど、照子てるこさんに押されて結局同意した。


 ……今思い返したけれども、有り得ない事態だ。


 ぱくぱくと自分のお弁当を食べ進めながら、ふと教室を見回す。みんな思い思いに食べているけど、一人で食べているのは私ぐらいだ。

 中には、一人ぼっちの私を滑稽そうに見ている人もいた。もしかしたら……わ、私、かえって悪目立ちしているかな……?


 すると、後ろの席でお弁当を食べていた五人組の女の子の話題が、さっきの流行の化粧品から、別のものに変わった。

「ねえ、昨日の〝九十九神つくもがみ〟の【歌ってみた】動画さ、観た!?」

「観たみた!!」

「あれ、超難ちょうなんのボカロ曲だよね? あんな難なく歌えるのスゴいよね!?」

「ユカリの歌唱力はたたえるべきよね〜」

「え? リコとペオニアのラップは?」

「ヒナタもトコハもユタカも!」

 盛り上がりを見せるその話は、どうやら流行っているなんらかのグループらしい。でも、微塵みじんも理解ができない。

 思わず「九十九神……?」と声がれる。

 その声が聞こえていたのか、背中合せなかあわせに座っていた女の子が振り返った。

「……え?」

 私には、何が「え?」なのかわからなかった私は「何かおどろくことが……」と問おうと思ったが――それよりも早く一人が、声をあららげた。


「あんたっ……九十九神も知らないの!?」

 九十九神「も」……? ってことは、みんな知ってる? もしかして……もはや「わからなかったらおかしい」のかな……!?

 そんな有名なものも知らなかったんだっ……は、恥ずかしい……。

「あのね……? 九十九神は、超々ちょーう大人気な、すんごい歌い手グループなの!!」

 ……へ、へえ……。

 歌い手グループっていうのが私にはよくわからないし、興味関心もない。あくまでも他人事として聞く。

「全員超美声で、オリ曲も神ってて、トークも最高で……」

「語っても語り尽くせない存在すらも知らないなんて、おまえ生きてる価値ねえんだけど」

 ふうん……そんな大きな存在なんだ……。

 でもやっぱり、スゴさがわからないや……。

 活動はどうやら「歌うこと」らしいけど、何がすごいのかわからない。


 そのとき、教室の前ドアが開いて「みんな元気?」と言いながら、誰かが入ってきた。

 長すぎるボサボサの茶髪、琥珀色こはくいろのツリ目、キャメルの着くずしたブレザーとスラックスと、個性的な格好をした――亮門照子さん。

「照子ちゃんって、こんなズボラなのにきれい〜」

 一人の女の子が言った言葉に反応したのか、照子さんがその子をおにの形相でにらんだ。くちびるに刺さりぎみの八重歯やえばが怖さを引き立てる。

「……おい」

 信じられないほど低い声に、女の子もおびえて「ひっ……」と声を漏らす。


 張り詰めた教室の空気を和ませるように、照子さんがほほ笑んだ。

「ピーナッツパン、食う? 早い者勝ちだよ!」

 すると、男の子たちは我先にと駆け出して、照子さんのお弁当に入っているらしきピーナッツパンに飛びついた。

 それを優しそうに笑う照子さん。


 目をそらそうとしたとき、カチッと照子さんと視線がかち合った。

 思わず首を振ったけど、照子さんはさらに笑顔を柔らかくして、なんと私の席に寄ってきた。

「やほ。えっと……名前は……」

 ここで答えたら、覚えられるはず。首を振って「大丈夫です」と目礼をしたけど、ここで答えたのは、私ではなく――、

神城狗巫かみしろいぬみ。センパイ、覚えて」

「おお、ごめん。狗巫ちゃんね、おけ」

 ……はぁ……!!

 思わず天をあおいで、ため息をついた。そして……無駄すぎる祈りをする。

 神様……私の神社、爛漫神社らんまんじんじゃの神様……。いったいこの私が、どんな悪いことをしたって言うんですか……!?

「狗巫ちゃん、また会ったね」

 机にアゴをせて、若干上目遣いになった照子さんにどう話しかければいいかわからない。

 「こ、こんにちは……」

 逃げたいな、とは思った。けれども逃げたら、きっとさらに目立つはずだ。……いや、逃げなくても、十分目立っている。

 うっ……ほ、本当に人目が苦手なのに……ど、どうしたらいいんだろう……?


「僕さ、ピーナッツアレルギーで食べれないんだよね。狗巫ちゃんは何かアレルギーあるの?」

 そ、そうなんだ……だからさっき、ピーナッツパンをみんなに配っていた? んだね。……表現、合ってないような……。

「えっと……卵黄」

「え! 僕も!」

 縁くんが目を輝かせたとたん、お姉さんの辛辣しんらつなツッコミが入った。

「いや……おまえ、食物アレルギー、ほぼ全部引っかかってるでしょ」

 牡丹くんは思わず吹き出し、縁くんも笑いながらも「言わないでよ」と地団駄じだんだを踏んだ。

 その和んだ空気についていけず、ありがとうございましたと軽くお辞儀をしたとたん「待って待って!!」とまた腕をつかまれた。


「ちょっ……狗巫ちゃん素っ気ないよ。せ……せっかく、ねぇ? 友達なったんだから、タメ口で話そうよ」


 照子さんはなんだか本当に困っているようだけど、私には、そんなスゴい人たちと馴れ馴れしくいる勇気が全くなかった。

 断って撤退てったいしよう……と思ったが、それすらも叶わなかった。


「僕ら、そんな悪いことしたか? べ、別に狗巫いぬみちゃんが嫌になったんなら話して、ね? ね……?」


 振り向くと、苦笑いする照子さんがいた。何だったら、牡丹くんも縁くんも、苦笑い。縁くんに限っては、汗さえかいていた。

 と、とはいえ……私は平凡な、残念女子なのですが……ほ、本当に一緒にいていいのか……。

「で、でも……」

「逆接やめて! お願い!」

 懇願こんがんする照子さんを前に……って、なぜ求められている側が私なんだろう……? 普通ふつう、照子さん側がその立場では?

 う〜ん……どうしよう。このお願いの契りを結ぶということは、完全に「目立つ」と等価だよね……。どうしようかな……。

 ご、ごめんなさい……。

「私、ダメです……」

 仕方なく、撤退したのである。


 校則違反こうそくいはんと知りながら、廊下を全力で走りきり、ワンフロア降りるころには、すでに三人のことはまいていた。

 ふ、ふう……。


 放課後になった。

「起立! 気をつけ! 礼!」

『ありがとうございました!』

 適当に帰りの挨拶あいさつをして、かばんを持ったとき、教壇きょうだんの方から「あ、提出物あるから出してけ!」と牡丹くんの声がした。

 どうやら、古文のノートを提出するらしい。

 鞄に閉まっていたノートを出して、教卓に積み上げられたノートの上に置く。

「ありがと」

 そう私にほほ笑みかけた牡丹くん。その顔を見た女の子が、なんと大ゴケした。

「い、今……私に向かって笑ったわよね!?」

 ……そ、そういうこと……?

 スゴくきれいな顔をしているから、息を呑むのは当たり前として……こ、転んじゃうほどなんだ……。

「うるせぇ。とっとと邪魔者じゃまものは帰れ」

「牡丹、その言い方はない」

 そう言って、転んだ女の子たちをギッとにらみつけた牡丹くん。なぜか、手がキツネだったんだけど……。

 おそらく私も邪魔者扱いされているので、とっとと帰ることにした。……そもそも、今日は学校に居残る理由もない。


 ちなみに、私の趣味は、絵を描くこと、ダンス、野球、作詞すること。

 昔からスポーツをたくさんやってきた上、お母さんはイラストレーター兼漫画家けんまんがかなんだ。それと、詩を作るのも好きだった方。

 でも作詞とは言っても、本当に活動しているわけではない。ノートの片隅に、落書きみたいに書いているだけだ。


 家に帰ってきてから、さて、と漢文の宿題をしようとノートを出した。鞄をあさって最初に出てきたノートは、

 ……古文?

 えっと、放課後に提出したノートは古文のはず……だけど、ここにあるノートは古文。

 ……待って。

 今日の授業内容は「奈良時代のお経の読解」で、無論のこと漢字しかない資料だ。……あ。

 ってことは、私……古文(お経が書かれている)のノートの山に、漢文のノートを、間違えて提出しちゃったってこと……!?

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姫君は2/3の確率で王子を彼氏に選ぶ。 月兎アリス @gj55gjmd

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