*さて、これはどういうこと*

 一限目の体育は、五十メートルのタイム測定。


 男女別名前順で割り当てられたバディは、よりにもよってわたし天敵てんてき、派手でお洒落しゃれ華原かはらさんたちのグループ。

 気が強くて、地味な人や自分より目立ってる人が嫌い。つまりは、「私みたいな人間が嫌い」な人たち。


 おそるおそる、「あの……」と話しかけると、華原さんはキッと私をにらみつけた。

 ……この程度では怖くない。自分の格にいしれてるだけ。

「誰だよ、ブス」

 うっ……まあ、私みたいな人間は、名前を覚えてもらえるほど認められてないよね。そして、あらがう筋合いもないし……。

 元々、端正たんせいな顔立ちではないし、お洒落しゃれもしたことはない。流行に興味をいだいたこともないし、意識いしきしたこともない。

 それなのに、髪色目色かみいろめいろのせいでよく目立つのが、華原さんたちにとっては相当鬱陶そうとううっとうしい、ということ。

 ……まあ、当たり前か。


 トラックの列に並んでいると、後ろから、クスクスと誰かを笑う声が聞こえた。

「神城の足見ろよ〜」

「ほっそ……クラス最低記録更新さいていきろくこうしん、とか?」


 そう、私は体格が非常に悪い。

 運動音痴うんどうおんちです言わんばかりの細さだけど、一応これでも十年以上、野球とダンス、バレーボールに空手柔道護身術からてじゅうどうごしんじゅつをやって来た身。

 だから、足の速さや運動神経うんどうしんけいには誰にも負けない自信がある。多分、同い年の男の子相手なら、勝てると思う。

 私の番になって横を見た途端とたん、思わず肩をすくめた。


 ……そ、んなことある……!?


 すぐ横にはえにしくん、その横には牡丹ぼたんくんが、自信満々じしんまんまんでストレッチをしていた。私の左横は、別の男の子。


「おーい、亮門りょうもん長谷谷はせたにに負けんのは仕方ないけど、隣のバカには負けんなよー!」

 男の子に向けられた野次やじに、牡丹が「チッ」と舌打ちをした。みんなより頭一つか二つ大きいためか、おいかりに聞こえる。

「……侮辱ぶじょく大概たいがいにしろ……クソッタレ」

 声色からして、心の底からいきどおっているようだ。


 昔からの話だけれども、牡丹くんはあまり口がいい方じゃない。特におこっているときはよく物騒ぶっそうな言葉を口にするので、よく止めていたんだ。

 係の人がピストルを上に向けて放つ。

「よーい、どん!」

 パン! とピストルの音が鳴ると同時に、ダッ、と強く地面をった。ホームベースから、一塁いちるい、二塁、三塁、そして……と走り抜くように、短い五十メートルという距離きょりを完走した。


 ゴールに着いて、タイム計測の人に、タイムを聞きに行った。

「あの……何秒ですか?」

「へっ……!?」

 係の人があまりにギョッと目を見開くので、私までビックリする。

 そ……そんなおどろくことないと思うよ……?

「えっと……ろ、六・八……」

 えっ……と、落胆らくたんの言葉がれる。

 そ、そんな……去年よりもタイムが〇・三秒落ちるなんて……しばらく、少し勉強に専念せんねんしていたせいかな……。


 華原さんのところに行って、タイムを伝える。

「六・八です」

 書記の女の子が、ギョッと目を皿にして、私を見た。あれ、もしかして、声が小さくて聞こえなかったかな……と思い、二度目は大きな声で言う。

「六・八秒、です」

 すると今度は、私の全身に、視線しせんが向けられた。

 ハッとして周りを見渡みわたすと、周りの人たちが、みんな私を向いていた。しかも、なぜかあんぐりとして。

 ……も、もしかして、私の声、みんなに聞こえていたってこと……?


「ちょっ……ば、バケモンおる……!!」

 なぜかさわぎ出したみんなに、困惑こんわくしながら後ずさり。

「なんでこんな速いんだよ……!!」

「こんなちっさい女がこの速さで走れるとか……どうにかなってるだろ……!!」

 え、ええっと、ど、どう対応したらいいんだろう……? やり方がわかんない……。えっと、うーん……。


 そのとき、人混みをって、牡丹ぼたんくんとえにしくんが入ってきた。

「ほら、こまってる」

「少しはおもんぱかってあげたらどう?」

 二人の声がとどいたのか、はなれてくれたみんな。……とはいえ、授業中じゅぎょうちゅうは、みんなの視線しせんさってきたんだけど……。


「……おつかれ。超速ちょうはやかったね」

 縁くんにぽんとかたたたかれる。

 そういえば、牡丹くんや、縁もずいぶん僅差きんさで勝負していた気がするんだけど……あれ、順位はどうだったっけ……?

ぼくはこの間より少しタイムが上がったんだけど……牡丹はどうだった?」

おれも上がってた」

 ふたりとも上がってたんだ……わ、私は下がっちゃってたから、なんだか気まずいな……。

 ……っていうか、なぜ私はこの人たちと、こんなにれ馴れしく話しているんだろう……けるはずでは……?


「あの、ちょっと……わたし……」

 何か口実をつけてはなれようとしたとき、「待って」とうでをつかまれた。後ろをり向くと、牡丹くんと縁くんが私を見ている。

 ま、待ってって言われても……私ごときが近くにいちゃダメだし、そういうのは、社会的に暗黙あんもく了解りょうかいだから……。

「は、離して……」

「そんなにいやならはらえば? 全然ぜんぜん、強くにぎってねえよ」

 たしかに、もし強くにぎっていたら、いたみを感じるはずだけど……全然痛みがないし、無理むりなく振り払えられる。


 ……でも……。


「私が近くにいたら、ダメじゃ……」

 そう……私みたいな人間が馴れ馴れしくいたら、みんなの評価ひょうかを落とすんじゃ……。

「何言ってるの? 評価とかそんなのこのさいどうでもいい。仲良なかよくしたいんだ。牡丹のおさななじみって聞いたから」

 仲良くしたい……? 私と……?

 好かれもいいうわさもない、きらわれものの、私と……?

 ……いやいや、うそだ。私と仲良くなろうとしてくれた人なんて、今まで指折り数えられる人数しかいないし……。

「だ、大丈夫だいじょうぶなので……はなして下さい……」


 目立ちたくなくて……ごめんなさい、二人と友達になるってことは、目立つってこととイコールの関係にあるからダメなんだ……。


「俺は嫌だ」


 淡々たんたんとした声が聞こえて、ハッと上を向くと――まるで私をにらむように見つめる、牡丹くんの姿すがたが目にうつった。

「俺と……あのときと同じように、いや、あのとき超えの関係になって欲しいから」

「口下手にもほどがあるよ」

 二人とはちがう声がして、フッと横を向く。と、

「センパイ……!!」


 長いボサボサの茶髪ちゃぱつと、着くずしたキャメルのブレザーとスラックス。腕組うでぐみをして堂々登板どうどうとうばんしたのは、照子てるこさんだった。

 琥珀色こはくいろのツリ目が、しっかりと私たちをとらえた。


「やあ。先生の手伝いで教室から出張しゅっちょうして、その帰り」


 わっ……!!

 重低音じゅうていおんのボイスに、心臓しんぞうふるえた。女性とは思えない声に、本当に照子さんの声か耳を疑う。


「んで、この子が、その……神城狗巫かみしろいぬみちゃん?」

 照子さんは眉一まゆひとつ動かすことなく、どこか大人っぽいやさしくほほ笑んで私を見た。……ん? 照子さんのその口元の三角形……八重歯やえば


「よろしく。僕のことはぞんじ上げていると思う。うちの牡丹がどうやら片想かたおもいしているらしくてね……何かあったら、耳をすよ」

 そう言われてべられた照子さんの手は、マメだらけで健康的けんこうてきとは言えない。

 でも、たよりがいを感じて、この人たちなら大丈夫だいじょうぶと体が言って――気づけば、照子さんの手をにぎっていた。

「うん。これから、何かとよろしく。……さ、迷惑めいわくかかんないようにしろよ。撤退てったい。しんがりはいらないから」


 うんと頷いた二人と、照子さんの背中を見ながら、ハッと我に返る。


 ……さて。

 私はなぜ……「この人たちと仲良くなる」なんて、いけない契約けいやくを結んでしまったんでしょうかね……!?

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