第11話 フラミンゴ

 涼さんに連れられて辿り着いたのは、駅の反対側で、そこは僕との待ち合わせ場所だった。



「あ…いました」


「え…どこに…ああ、ほんとだ。あら、結構可愛い…。やるじゃないの」


「……」


「嘘、あの子達…」


「どうしたんですか?」



 涼さんの黙る視線を追うと、その先には昼にもなってないのに、いやらしい雰囲気の看板が立ち並んでいた。



「あ、ああ…入っちゃった。あはは、な、何というか複雑な気分ね。椎名く…どうしたの?」


「あ、あはは…いや、何にも…無いです」


「顔色…悪いわよ…? それに─」


「だ、大丈夫ですから!」


「あっ! 椎名くん!?」


「誰にも言いませんからっ!」


「そ、そうじゃなくて! 待って!」



 あれは確かにユイちゃんだった。どういうことなのか混乱した僕は走って走って走って迷ってこけた。





 その後、渋々事情を話した僕は、涼さんに慰められた。だけど待ち合わせ場所には一応行った。



「しーくん、お待たせっ! …えっと、待った?」


「い、今来たとこ」


「ふふ、それいい。あれ? 元気ないけど、どうしたの?」


「いや…あ、うん。えっと、デートって初めてで…」


「そうなんだっ! ふふ、わたしも。嬉しい。じ、じゃ、いこ?」



 顔を赤らめたユイちゃんは、そう言っておっかなびっくり手を握ってきた。とても嘘を吐いてるようには見えない。涼さんが言うように、彼女はサイコパスってやつなのだろうか。



「…うん。どこに行こうか」


「えっとね、ドッグカフェなんて、どうかな? くんくんしてきたり、ぺろぺろしてきて可愛いんだよ…?」


「え…。あ、うん。行こう」


「嫌だった…? ああ、気を遣ってくれたんだね。ふふ、もう大丈夫だよ。あれから頑張って立ち直ったんだよ」


「そ、そっか。良かった。そっか…僕の助けなんて…」



 最初から要らなかったんだな…。



「しーくん? いま何か言った?」


「あははは…何でもないよ。今日の格好、可愛いね」


「そ、そう? 嬉し…」



 それから二人でドッグカフェに行った。犬に取り囲まれながらふんふんと臭いか匂いを嗅がれていたユイちゃんは終始楽しそうにしていた。


 僕はあまり嗅がれたくなかった。


 それから女子が好きなんだよ、なんて言って僕をアテンドしながら雑貨屋さんやカフェを巡ったりした。男なんて絶対来るなみたいなプリクラゾーンにも入り、二人で撮った。


 僕の顔はどうなっているだろうか。


 涼さんのおかげで少し立ち直れた。だけどあんまり作る表情には自信はない。ドキドキしながら見たプリクラの写真は、鏡の中の自分と変わってないように見える。


 反対にユイちゃんは満面の笑顔を浮かべていて、それが僕に今日の事実なんてなかったと伝えてくるかのようだった。



「まだ一緒に居たいな…」


「ごめん、夕ご飯作らなきゃいけないんだ」


「そっか。そうだよね。残念…もう時間無い?」


「えっと、あと30分くらいなら…」


「あ、それじゃあ…」


「え、あ、ユ、ユイちゃん?」


「ふふ、ちょっとドキドキするとこ行こう?」



 ユイちゃんはそう言って、ぎゅっと僕の腕にしがみつき、その熱と柔らかさと鼓動を伝えてきていて、近所の公園の多目的トイレに連れて行った。


 そして僕の前でしゃがんだ。



「あれ? 元気ないね…わたしに飽きた?」


「そんなことっ! …ないよ」



 僕はどうしたんだろうか。心と身体がバラバラみたいだ。



「そ、そう? ふふ。じゃあ元気出させてあげるね…?」


「ひあッ!? そ、そこは走ったし汚いからッ!?」


「…しーくんに汚いとこなんてないよ…。…ふふ、しーこしーこしてあげ──あっ!? しーくん!? 待って!!」



 しーこしーこが何なのか具体的にはわからないけれど、僕は咄嗟にユイちゃんを跳ね除けて逃げて逃げて逃げた。


 ユイちゃんが尻餅を着いたのを見て、心配で若干止まってしまったけれど、走って走って逃げたんだ。


 そして警察のお世話になった。


 どうやらモロだしだったみたいだ。


 僕って奴は…本当に情けない。


 まるで寒いのに水から出られないフラミンゴみたいだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

僕の幸せ、アオイトリ 墨色 @Barmoral

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ