第41話 皆と、穏やかな日々を

 ゴーマの洞窟での一件から、数日が経った。

 最初は坂崎達の報復を恐れていた皆も、少しずつあいつらの存在を忘れて、今はのどかないつも通りの生活に戻ってる。

 まあ、ブランドンさんやキャロル、カノンには教えたけど、坂崎もマッコイも、もう絶対にここには来ない――正確に言うと、この世に戻ってこないんだけども。


 そんなこんなで、カンタヴェールには平和が返ってきたわけだ。

 で、今俺とキャロルは喫茶『猫のしっぽ』に来ていた。


「――お待たせしました~っ♪」


 理由はひとつ。

 エプロンをまとった、銀城カノンを見に来るためだ。

 そう、カノンはあの後、ハロッズ老夫婦の営む喫茶店に住み込みで働くと決めたんだ。

 で、今日がその初日ってわけ。


「エプロン姿が似合ってますよ、カノンさん」

「ありがとね、キャロルちゃん! イオリ君も、どうかな?」

「ああ、すごくいいと思うぞ」

「えへへ……イオリ君に褒められるの、やっぱり嬉しいなっ♪」


 他のお客さんもいる中で、カノンが頬を赤くしてお盆で顔を隠す。

 やっぱりカノンは、闇が深い表情よりも笑顔がかわいいな。


「ねえねえ、カノンが『猫のしっぽ』に住み込みで働くって聞いた時、驚いた? グラントさんやおじいちゃん、おばあちゃんにお願いしてたの、知ってたかな?」


 お盆を下ろしたカノンの問いに、テーブルを囲む俺とキャロルが頷いた。


「もちろん知ってましたよ。カノンさん、ここに来た時、目が輝いてましたから!」

「それにカノンのスキル【蒼炎魔法】は、喫茶店でも大活躍してるみたいだ」


 俺が視線を向けた先じゃあ、カノンの蒼い炎がいろんな形で店の補助をしていた。

 コーヒーを淹れる火をわざわざ焚かずともカノンが代用してくれてるし、冷え性らしいおじいちゃんの足元を炎の猫が温めてくれてる。


「いやぁ、カノンちゃんには助けられちゃってるねぇ」

「うーむ、温かい」


 ハロッズ老夫婦もカノンを良く思っていてくれてるのは、俺も何だかありがたい。


「コーヒードリップのお手伝いに、ハロッズおじいちゃんの足元を温める猫か……こりゃ、カノンにとっても天職かもしれないな」

「うん! もっともっと、カノンはこの町でできることを増やしていきたいの!」


 にっこりと笑って、カノンが言った。


「カノンはね、カンタヴェールで本当に誰かと繋がるって意味を知れた。ただ友達になるとか、一方的に信じるだけじゃない、お互いに分かり合える楽しさを知ったの。それはきっと、すっごく素敵で、楽しくて、嬉しいこと!」


 彼女の目には、奴隷だった頃のよどんだ感情はない。


「町の皆を助けて、助けられて……そんな関係に、カノンはなりたいな!」


 あるのはどこまでも明るい、俺の知る銀城カノンの明るさと前向きさだ。


「もう十分、カノンはカンタヴェールに貢献してると思うぞ」

「じゃあ、私はカノンさんのお手伝いをさせてもらいます。お兄さんみたいに、人に勇気を与えて、自分の夢とも向き合えるくらい強くなりたいです」

「キャロルだって、自分が思ってるよりずっと強いさ」


 夢に向かって突き進む覚悟と決意は、キャロルだって同じくらい強い。

 うんうん、と俺が父親のように頷いていると、ふいにカノンが俺に顔を寄せてきた。


「ねえ、イオリ君はこの先、何がしたいの?」


 何だと身構えたが、なるほど、その質問に対する答えは決まってるぞ。


「……俺は、まだまだ異世界を楽しみたい」


 俺の願いも目的も、1千年前から変わっちゃいない。


「カンタヴェールに来る人、ここから出て行く人、王都ロンディニアや周辺の町、山、海に国そのもの……たくさんの繋がりと一緒に、この異世界で生きていきたい。俺にスキルをくれた人との約束ってだけじゃない、俺自身の望みだよ」


 元いた世界で楽しめなかったすべてを、異世界で思う存分エンジョイする!

 クラスメートの連中が何をしでかして来たとしても、俺は止められない!

 ついでに言っとくが、そういう輩は地上の果てまでぶっ飛ばすから覚悟しとけよ!


「うーん、でもひとりだと難しそうだよね?」


 なんて、心の中で笑っていると、カノンが俺の隣までやってきた。

 おうおう、なんだか前にもこんなパターンで、嫌な予感が当たった記憶があるな。


「だからカノンが、イオリ君を手伝っちゃうよー♪」

「うわあっ!?」


 俺の予想は見事に当たって、カノンがいきなり抱き着いてきた。

 わーお、やっぱり柔らかいし油断すると理性が吹っ飛ぶ。


「イオリ君がどこかに行くなら、カノンもついてく! いつでもどこでも、カノンはカノンを助けてくれたキミにと一緒だって、約束するよっ!」

「う、嬉しいけど、その、くっつきすぎ、くっつきすぎだって!」

「ん~? くっつくと、何が困るのかにゃ~?」

「いや、あの、それはだな……」


 どもる俺を、カノンが心底楽しそうな目で見つめてくる。

 ただ、いつまでも彼女の柔らかさを堪能してはいられない。

 猫みたいな声で頬ずりしてくるカノンがいるのなら、目の前で角を赤く染めるキャロルが何をしでかすかも、大方予想がついてるぞ。


「お、お兄さんとカノンさんは近づきすぎです! 離れてくださーいっ!」

「うごぉっ!?」


 キャロルがカノンの反対側に回って、俺の首に手を回してきた。

 それだけなら、顔よりおっきなものが当たって、すっごくテンションが上がるだけだ。

 問題はキャロルの剛力で首に手を回されると、俺の首が締まってしまうところだな。


「私だって、お兄さんとずっと一緒にいます! 困った時はなんだって力になりますけど、その、えっちなことはやっぱりダメですよぉ~っ!」


 プロレスラーがヘッドロックを決める時と同じ構図は、おっぱいの感触とあの世へぶ感触を味わえる。

 なんて、ジョーダンも言ってられない。


「お、俺も、皆が、好き、だけど……お、落ち、落ちる……」


 ぱたぱたと手を振って技を解くようにお願いしても、ふたりは聞いちゃいない。


「うん、カノンもイオリ君が大好きだよっ♪」

「私も、ええと、お兄さんが大好きです!」


 なぜだか顔を赤らめるのはいいから、頼む、首を解放して――。


「……ありがと……がくっ」


 ――ブラックアウトする刹那、俺は心から思った。



 ――ああ、生きていてよかった。

 ――異世界転移してよかった。

 ――皆に会えてよかった、今も、そしてこれからも。



 遠く聞こえるキャロルとカノンの声を聞きながら、俺はきっと、笑ってた。

 異世界、サイコーだってな。





▲本作はこれで最終回となります!▲

▲ご愛読ありがとうございました!▲

▲連載中の他作品もどうぞよろしくお願いします↓▲

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クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~ いちまる @ichimaru2622

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