第40話 【After】無様で惨めな末路

「……う、ぐ……」


 どれくらい、時間が経っただろうか。

 坂崎コウスケは、じくじくと感じる痛みと風の冷たさで目を覚ました。


「坂崎、大丈夫か?」

「動くなよ、死んじまうぞ」


 彼を囲んでいるのは、彼の子分達とマッコイだ。

 誰もが青痣あおあざや切り傷、やけどでボロボロになっているし、中には腕を折られたのか、プラプラと揺らす者もいる。

 その光景が、何が起きたかを坂崎に理解させた。

 彼は負けたのだ――自分が見下していたいじめっ子に、情けをかけられて。


「……クソ、クソ、クソクソクソオオォッ!」


 ほとんど反射的に、坂崎は手足をばたつかせて叫んだ。


「あの天羽の野郎、いじめられるしか価値のねえカスに負けたってのか!? 俺のスキルは最強だってのに、ふざけんな、ふざ、痛だああああ!?」


 ついでにすぐ、足が砕けているのを、筆舌ひつぜつに尽くしがたい激痛と共に思い出した。

 治療技術も知識もない乱暴者達の集まりでは、とても坂崎の大ケガをどうにかできなかったようで、彼の足はいまや千切れかかっていた。


「だから動くなって言ったろ、足がぐちゃぐちゃに……」

「うるっせえぞ、づう、テメェら! おいゴラァ、マッコイ!」

「な、なんでしょう……?」


 それでも痛みをこらえながら、坂崎が吼えた。


「ポーションを出せ、回復できる薬をどこでもいいから買ってこい! 足を治したら、カンタヴェールにカチコミしてあいつら全員皆殺しだ!」


 あまりにも荒唐無稽こうとうむけいで、阿呆あほう極まりない妄言を。


「はい……?」


 ぽかんと口を開けるしかないマッコイに、坂崎はなおも叫び続ける。

 彼に付き従っていた子分ですら呆然とするような、叶いもしない夢物語を。


「もう容赦なんてしてやらねえ、奴隷も何もいらねえ! Aランクスキルの転移者、坂崎コウスケ様をコケにしたやつを皆殺しにして、町を全部燃やして、クズ共をひん剥いて町の入り口に吊り下げてもまだ足りねえ! 俺の怒りが収まらねえんだよッ!」


 だが、坂崎が今ここでするべきは、大人しく子分の言葉に従って、ひいこら言いながらでもゴーマの洞窟から離れることだった。

 少なくとも、彼以外の全員の様子がおかしいと気づく前に。


「殺す、殺す殺すぶっ殺す! 男も女も、俺の思い通りにならないやつは全員……」


 やっと坂崎は周囲の面々の変化に気付いたようだが、原因そのものを察してはいない。


「……おい、何ぼさっとしてんだ? 脳みそがねえのか、お前ら?」

「……あ、あの、サカザキ様……」

「喋ってんじゃねえぞ! 俺の命令が聞けねえってのか、デブ野郎!」

「そ、そそそ、そうじゃないです! 後ろ、後ろ……!」

「後ろ? 後ろがどうしたってんだ、コラァ――」


 とうとうマッコイに指をさされ、坂崎がぐるりと振り向いた。

 途端に、彼の怒りはたちまち収縮した。


「――あひッ」


 なぜなら、そこには魔物がいたからだ。

 オーク、ブラックレオン、ゴブリン、虎の魔物、木の魔物など多種多様だが、坂崎はともかく、マッコイには確かに見覚えがあった。


「こ、こいつら、あの魔物ですよ! サカザキ様がスキルで使役して捨てた魔物です!」


 そう、ここに集まった魔物はすべて、坂崎が【魔物使役】スキルで集めた魔物だ。

 集めたはいいものの、彼が「使い物にならない雑魚だ」の一言であっさりと切り捨て、川を挟んでカンタヴェール側の土地に捨てた魔物だ。

 ところがこの怪物達を捨てたのは、ゴーマの洞窟からずっと離れたところだ。


「はああぁ!? そんなのがどうしてここにいるんだァ!?」

「知りませんよぉ! 誰にも討伐されずに、逃げてきたんじゃないですかぁ!?」


 まさか、川を伝ってずっと、ずっとここまで逃げてきたというのか。

 だとすれば、なんと残酷で、ばかばかしい運命だろうか。


「坂崎、早くスキルを使ってくれよ!」

「【魔物使役】をしないと、俺達殺されちまう!」

「わ、分かってらぁ! 俺のスキルで、こんなやつら……」


 仲間にせっつかされた坂崎はスキルを使おうとしたが、それよりも先にオークが、彼の腕を掴んで持ち上げた。


『ガアアァァッ!』

「痛ぎゃああああああああああああああ!?」


 そして有無を言わさず、彼の右腕を乱暴に引きちぎったのだ。


「う、腕ッ! 俺の、腕! ない、ない、食べられ、痛い、痛えええええッ!?」


 地面に転げ落ち、糞便ふんべんをまき散らしながら喚く坂崎の悲鳴が、虐殺のきっかけだ。

 魔物達は吼え猛りながら、一斉に転移者やマッコイに襲い掛かった。


「あ、あわわ……こんなはずじゃ……あびょッ」

「だずげで、だずげでえええ!」

「坂崎を食べていいから、俺だけは……ひぎぃ!?」


 いかに転移者といえども、大ケガを負っていれば、とても怪物には敵わない。

 魔法のスキルや肉体強化のスキルを乱用しているからか、魔物の数は少しずつ減っているが、なおも坂崎の子分が死んでいく速度の方が早い。

 しかも人間が相手している時と違い、食われ、むさぼられて死んでゆくのだ。

 その恐ろしさと絶望は、まさしく地獄といっていいだろう。


「死ね、死ね死ね死ねえええっ!」


 両足をゴブリンに引き裂かれながら、魔法スキルを使う子分のひとりが今、死んだ。

 転移者は他の魔物を道連れにできるが、何の力も持たないマッコイは、ブラックレオンに顔を無邪気に引っかかれている。


「早くしろ、転移者ああぁ! こぉの無能がああああッ!」


 顔が半分ほどなくなった業突ごうつりが叫ぶのは、転移者への怨嗟えんさだ。


「……む、むのう……?」

「お前なんぞを頼ったわしが間違っとったわ! たかだか魔物を操れる程度で調子に乗って、いざという時に何の役にも立たんやつが、無能じゃなくて何なんじゃああああ!?」

「お、おれは……」


 もっとも、叫んだところでマッコイの末路は変わらない。


「やべ、お、おぼ、だずげ、がね、がねをやる、が、がぎぃいいいいいッ!」


 金など、権威など、魔物にとって何の価値があるだろうか。

 マッコイは無意味な懇願を無視され、絶望と共に魔物の胃袋に収まった。

 ついでに坂崎の子分も、マッコイの護衛も、ことごとく死んでいた――最期の務めとして、ほとんどの魔物を殺し終えた後に、だが。


 悲しいかな、すべてを殺しきれていなかったのが、坂崎の不運だ。

 マッコイを食ったブラックレオン、友田を真っ二つに引き裂いたオーク、五十嵐の顔を叩き潰したゴブリン。

 どれもあと少し動けば死ぬほど、転移者のスキルで痛めつけられていたが、役割だけはしっかりと覚えていたらしい。

 それはもちろん――自分を捨てた傲慢な主への、本能的な報復だ。


「……なんでぇ……」


 坂崎の後悔など、誰も聞かなかった。




「――痛い痛い痛い痛い痛いやめてやめて死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ助けてだずけてだずけてもうやだごろじてはやぐごろじでえええええええええぇぇッ!」


 果たして無敵を名乗る転移者、坂崎コウスケの末路は無惨だった。

 誰よりも無様で、何よりも惨めで、愚かな悲鳴だけが空に響いた。

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