第39話 決着!

 ここで坂崎がひんひん泣いて許しを請うとしても、許すつもりはない。

 ただ、あいつはまったく予想外の行動をとった。


「まだ、まだ終わらねえよ! スキル【魔物使役】、フルパワーだあああぁッ!」


 坂崎が甲高い声で喚き散らすと、さっきまで倒れていた魔物がとんでもない奇声と共に起き上がり、最後の抵抗を見せたんだ。

 驚いた、まだ魔物達は生きてたのか。

 といっても、前脚がなかったり全身が焼けただれてたり、ほとんど虫の息みたいだな。


「ギャーハハハ、油断しやがったなァ! 俺のスキルはな、完全に死んでなきゃあ、体が千切れようがぐちゃみそになろうが、3匹まとめて操れるんだよ!」


 これじゃあ魔物というより、ゾンビなんじゃないか。

 生きてる時ですら勝てなかったのに、どうしてゾンビなら勝てると思えるのか。


「行け、くそったれの天羽を殺せ、殺せ、ぶっ殺せ――」


 つーかもう、俺が手を出すまでもないっての。


「――え?」


 坂崎の目が、きゅっと小さくなった。

 自分のスキルのありったけの力を絞り出して操った魔物が、ブランドンさんとキャロル、カノンに一撃でぶちのめされたんだから、無理もないか。

 ダブルの怪力と炎に対して、瀕死の魔物に抵抗できるはずもない。

 3匹の怪物は今度こそぐちゃぐちゃになって、ぴくりとも動かなくなった。


「悪いな、坂崎。こっちにはお前と違って、頼れる仲間がいるんだ」

「あ、ああぁ……!」


 へたり込んだ坂崎と腰を抜かしたマッコイを、俺と仲間達が見下ろす。


「力で脅して、スキルで支配するしか人と繋がれない奴が――俺に勝てるわけないだろ」


 いよいよ、悪党の年貢ねんぐおさめ時ってわけだ。


「ど、どどど、どうしましょう、サカザキ様……!」


 歯をガチガチと鳴らすマッコイの隣で、坂崎が強がる。


「……へっ、俺に何かあったら、小御門と近江が黙って……ひっ!」


 その調子に乗った顔がうざったいから、ドラゴンの爪で地面を引っかいて黙らせる。

 次にナメた口を利くと、お前の顔をすだれにしてやるぞって意思表示だ。


「バカか、あのふたりが駒を助けに来るわけないぞ。しかもお前、大方あいつらから離れて暴れてるんだろ?」

「ど、どうしてそれを……!?」

「カノンから色々と聞いたからな。もしもまだ、小御門に従ってるなら、まずこんな身勝手なことはしない。そんでもって、手元から離れたやつを助けに来るわけがないって、お前もうすうす理解してるよな?」

「ぐ、ぐぐ……じゃあ、じゃあよォ……!」


 おっと、まだ命乞いのレパートリーがあるのか。

 プライドが天に届きそうな坂崎の口から、どんな言葉が飛び出すかくらいは聞いて――。


「――クラスメートのよしみで、見逃してくれねえかなぁ~?」


 ――聞いてやった俺が、バカだった。

 散々いじめてきた男の口は、俺がクラスメートだったと、平然と言ってのけたんだ。


「は?」


 びへつらった目。貼り付けたような笑顔。

 こいつの行いすべてが、人間の汚いところを凝縮したようなものだ。


「い、いくらなんでもよ、人殺しなんてしねえだろ? テメェはクラスでも一番優しかったしさ、ほら、俺達だって遊んでやってるつもりで、からかってただけで……銀城だってさ、一度告った仲だろ? まんざらじゃなかったろ、な、な?」


 しかも俺だけじゃなくて、カノンにまで言及してやがる。

 お前が売り飛ばしたのを忘れてるのか、そんなところにまで頭が回らないのか。


「もう二度とカンタヴェールにも、お前らにも関わらない! 心を入れ替えて異世界のためにスキルを使うからな、いいだろ、今回だけ許してくれ!」


 どちらにせよ、一度も頭を下げようとしなかった坂崎の行いが、答えそのものだ。

 仮に頭を下げたとしてもどうにもならないのは、マッコイの方が知ってるみたいだな。


「……さ、サカザキ様? ど、ど、どうやら逆効果、らしいですよ……」

「え……!?」


 ここまで言われて、やっと坂崎は俺の目を見たらしい。

 そして同時に、俺がどれだけ怒っているのかも理解できたみたいだ。


「もう何もしゃべらなくていいぞ。というか、聞きたくもねえよ」


 自分でも驚くくらい――俺は怒りの感情に満ちていた。

 心臓が、脳が、鼻の奥が激情の炎で熱く感じるほどに、俺は怒ってる。


「ここに来るまでに、どれだけの人を傷つけた? どれだけ魔物を好き勝手に放って、暴力を振るって、大事なものを奪ってきた? そんなやつが今更、許してくれなんて――」


 俺の感情に呼応して、カラミティドラゴンが後ろで動く。

 みしり、ばきり、と大顎おおあごが開き、ふたりの獲物を捉えて――。


「――ふざけるのも、大概にしろオオォッ!」

「「ぎゃあああああああああああッ!?」」


 勢いよく、地面に噛みついた。

 ふたりの悲鳴はたちまち口の中に消えたけど、血は噴き出していないし、坂崎やマッコイの手足が千切れた様子もない。

 だって、カラミティドラゴンの歯は、地面に食い込んでるんだからな。


「……といっても、人を殺して、お前らと同じところに堕ちるのはごめんだ」


 坂崎もマッコイも、噛み砕かれる直前で止めたから、無傷だった。

 ただし死の恐怖は脳髄のうずいに刻み込まれたようで、カラミティドラゴンの顎が離れた時には、ぶくぶくと泡を吹いて失神してた。

 ま、ここまで痛めつけてやれば、俺の気も少しばかり晴れたってもんだ。


「帰ろう。カンタヴェールに帰って、俺達の無事を教えてあげないとな」


 ドラゴンが翼をはためかせて空を舞い、俺は敵に背を向けて歩き出す。

 後ろをついてくる皆は、どこか不満というか、不安げだ。


「イオリ君、本当にいいの? こいつら絶対反省しないし、逆恨みするに決まってるよ?」

「俺っちも同感だな。まあ、次に襲ってきても返り討ちにしてやるけどもな!」


 もちろん、連中が目を覚ましてゴーマの洞窟を離れれば、俺達への仕返しを企てるだろうな。

 でも残念ながら、坂崎も子分も、マッコイすら、ここを離れられない。


「いや、こいつらに次なんてない」

「どういう意味ですか、お兄さん?」


 キャロルに振り返り、俺は笑った。


 そう、俺は殺さない。

 殺すのは、坂崎自身がまいた種だ。

 こいつは――俺が討伐した以上に、モンスターを放ってたみたいだからな。


「罰を与えるのは――きっと、こいつらに捨てられたやつだよ」


 顔を見合わせる3人を連れて、俺はゴーマの洞窟を出て行ったのだった。

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