SS 『五月雨の血』


「これで、全員か」

「みたいだな」

背中合わせにしている相棒は、息を切らしながら答えた。

「しかし、お前も良くそこまで躊躇せずに殺れるな」

「命を賭けてるのは、お互い様だろ」

「よくそんな台詞がいえる。お前にとって、こんな戦はお手の物だろ」

「ふっ......そうかもな」

戦なんて嫌ほど経験をしてきた。最初こそへっぴり腰で敵の攻撃をかわすだけでいっぱいいっぱいだった俺は、今では味方さえ距離をとる程にまで強くなった。それと同時に、俺は孤独を知った。そこに現れたのが、この相棒の片桐だ。

片桐は、兵士として招集されたのではなく、盗賊で捕まった人間である。しかし、剣の腕を買われ、こうして戦場に立つことを許されたのだ。

「おかげで、お前の方の血飛沫も浴びて、こんなに服が汚れた」

「そうか」

「まるで、血の雨を浴びたようだ」

「それなら、これから降る雨が洗い流してくれる」

「そうか......もう、そんな季節か」

「ああ」

もう空気と空が淀む日が多くなってきている。夏の前に訪れる僅かな時、梅雨が来る。

「これから俺たちは雨と泥と血の中で生きるんだな」

「生きるか死ぬかは、運次第だ」

「俺はお前を信じてるぜ、相棒」

「その呼ばれ方は好きじゃない」

「じゃあなんて呼べばいいんだよ」

「名前なんて残すものじゃない」

「めんどくせぇやつだ」

「好きに言え」

「そうさせてもらうさ」

俺たちは、しがない駒の一つでしかない。名前を残すのは俺たちを指揮している遥か上にいる武将だけなのだ。名前を残すなんて崇高な仕事はしてないし、それこそ言い換えれば、ただの人殺しだ。

日中の戦いが終わり、疲れを癒す僅かな時間。見張りを交代で行う為にも、その内に寝て体力を温存していなければならない。

そんなことは承知している。

しかし、戦にも慣れ始めると余裕がうまれはじめた。この時からだ。敵もを憂うようになったのは。こいつらにも、家族やなにかしら大切なものがある。その大切な物にとって、こいつらも大切に思われているのであろう。何日もうなされ、まともに休むことなど出来なかった。

頭では理解している。しかし、戦争孤児だった俺には、そいつらの心情など分かるはずがない。考えるだけ無駄だ。そう自分の虚無を取り払うかのように考えることをやめ、殺すことに専念をした。

お国の為やらなんやらと、みなはお互いを奮い立たせるが俺にはどうでも良い。今は、殺戮に身を任せるだけだ。

それで俺は生きている。もしかしたら、その行為で自分の存在を肯定したかっただけなのかもしれない。

それでいい。俺は、殺戮の人形と化したのだから......

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SS 『梅雨』 甚殷 @canaria_voice

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