SS 『梅雨』
甚殷
SS 『雨天の囁き』
「あ......」
校舎から出ようとすると
ぽつん、ぽつん、と雫が降りてきた。
ついこの間まで桜が咲いていたと思っていたんだけど。
外に一歩、二歩、と歩いていく。
瞼を落とし、ゆっくりと息を吸う。
ほのかに香る独特な匂い。
落とした瞼を開け、上を見上げる。
晴れ渡り、雲ひとつない青い空。
右手を差し出すと、掌に舞い降りる雫。
誰にも気付いて貰えないような小さな存在。
それに慈しみを感じる。
空を見上げ、再び瞼を落とす。
微かに感じる雫が儚く気持ちがいい。
「はい」
その声によって現実に戻される。
上を見上げたまま、うっすら瞼を開ける。
空の青とは違う青色が見える。
そのまま瞳だけ横に向ける。
「まかり間違っても女の子なんだから、少しは気を使いなよ」
そう言って傘を差し出してきたのは、幼馴染み 兼 クラスメイト。
「そうね」
そう言うと、差し出された傘など知らない、といった感じで歩き出す。
せっかく淡い世界に触れられたのに、それを邪魔された。
憤りはないが、少し不機嫌になった。
「ちょっと、待って」
立ち止まりなどしない。
「もう、機嫌直してよ」
喜怒哀楽が表に出にくいらしく、私の感情を汲み取ることが出来る人はそういない。
喜怒哀楽を感じること自体、体力も気力も使うから疲れる。
私は、なるべく無駄なことはしたくない。
そんな私の僅かな感情を汲み取る人間の一人。それが、この幼馴染み。
付き合いが長く、私の感情を汲み取れるくせに、私の趣味嗜好までは分からないらしい。
とても素敵な空間だった。
世間では、『天気雨』もしくは『狐の嫁入り』と呼ぶのが一般的だ。
私が、この世に産み落とされた時も、青い空から光り輝いた雫が落ちていた日。
『狐の嫁入り』には、いくつか別名がある。
そのひとつに『日和雨』というものがある。
縁起もいい、音もいい。
それから、私は『ひより』と名付けられた。
『狐の嫁入り』に遭遇することは、多くない。
これから、本格的に梅雨に入れば尚更。
せっかく巡り会えた時間だと言うのに、邪魔をされた。
あんな人が多いところにいた自分も悪い。
今度、もし巡り会えたら、ひとりきりでいられる場所へと移動しよう。
そんなことを思いながら歩いていたら、公園の紫陽花に目が止まった。
君は、これからもっと色鮮やかに咲き誇るんだね。
紫に色づき始めている花弁。
開ききっていない蕾。
これから、本格的に季節が変わっていく。
雨は嫌いではないから、少し楽しみなのかもしれない。
でなければ、こんな風に微笑んではいないだろうから。
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