第35話けもラバ奇跡の逆襲! ウチらの戦いはまだ始まったばかりだ!

 とら丸の訪米中、ワイドショーでは連日その話題で持ちきりだった。

 大きな事件や芸能スキャンダルが何もなかったせいで、ちょうどいい暇ネタに各局が飛びついて、まさかのとら丸フィーバーが巻き起こってしまったんだ。

 個展のテープカットなんて、深夜のニュース番組中にわざわざ生中継までされたくらいだ。


「NY近代アート博物館前の二階堂さん。いやーそちらでは大変盛り上がっているようですね」

「えぇ、現代アートの愛好者の方ばかりではなく全米各地から多くの方がとら丸さん、そしてその作品を一目見ようと集まっていらっしゃっています」

「何しろ日本人初の快挙ですからね、私たちも誇らしいです」


 深夜のアパートのベッドの上で、私は口を押さえて声を殺して大笑いした。

 さすがに半纏は剥がされてしまったらしいとら丸は、一番のお気に入りで愛用し過ぎて首回りがへろへろになったマジカルここものキラキラTシャツ姿だ。


 あれって実はキッズ用なんだよね……とら丸ガリだからまだ着れてるけど、キラキラ部分はすっかり剥げちゃってるんだよね。


 真面目な顔でそんなとら丸の晴れ姿? を中継しているキャスターが気の毒でたまらないんだけど、でもめっちゃウケる!

 そして、全米から集まったとされる見物客も、そのほとんどがとら丸と同じマジカルここものTシャツ姿で何故か両手でサイリウムを振っていて、珍しくとら丸が無表情ながら愛想よく右手を振って応えている。


 そういえば、とら丸ってマジカルここものワールドファンサイトの管理人やってて東西南北全世界の人とネットでは交流しててとんだネット弁慶なのだよーって前に七海が言ってたなぁ。

 あれって、やっぱとら丸ファンとかじゃなくてここものファン友、とら丸のネッ友が遠くから来た友達に会うために駆け付けただけだよねぇ。

 あーあ、何も知らずにオフ会をこんな大規模に生中継しちゃってるし。


 笑いつつも、もしも真恋がこの生中継に映ってしまったら暇ネタ一転、人気美人声優の初の恋愛スキャンダルとかで大騒ぎされちゃうんじゃってちょっと冷や冷やもしたんだけど、そこは榊さんが上手くやったようで真恋に気付いた人は誰もいないようだった。

 ただ、サイリウムネッ友の手前にいるグラサンに黒スーツ、どこぞののエージェントかよって感じの黒づくめの男に変身した榊さんの後ろからチラッと深紅のチューリップドレスの裾が見切れてたんだけどね。


 そして、とら丸がNYでネッ友との交流を深めている間に、日本にいるウチらにも大きな動きがあった。


 個展の特集だけでは間が持たなかったのか、とら丸のイラスト特集や脚本を務めた深夜ドラマの紹介を他局がする中で、虹テレはとら丸の初監督作である【うさぴょ子にゃみ美プレゼンツゆるゆる百合的新婚生活】の大特集を行ったんだ。

 その特集内で司会者に急に話題を振られて目を白黒させたコメンテーターが、「これは深夜放送されたとのことで、私は早寝なもので残念ながら存じ上げなかったんですが、近いうちにソフト化されたら是非拝見させていただきます」適当に答えたコメントをきっかけに、虹テレには問い合わせが殺到したらしい。


(私もこのアニメについては知らなかったんですが、ぜひ観たいです)

(いつ発売されるんですか?)

(昔からとら丸さんの大ファンで、毎回感動で泣いていました! 発売されたら是非購入します! 再放送もしてください)


 とら丸フィーバーの熱に浮かされた状態での問い合わせだし、お前絶対観てねーだろって感じの嘘っぽい古参アピもやたら多くて、実際に発売されてもほとんどは買わない可能性が高い。

 しかし、少しでも儲けが出るかもしれない好機を逃してはなるものかということだったのかもしれない。

 虹テレ担当者の細田さんが揉み手でやって来て、七海のおじさん城ケ崎社長に円盤化を持ち掛けた。

 こちらには断る理由もないので、【うさぴょ子にゃみ美プレゼンツゆるゆる百合的新婚生活】は、【北条院とら丸プレゼンツけもみみラバーズのラブラブにゃんぴょこライフ】と改題されて虹テレのグループ会社の虹ソフトから販売されることになったんだ。

 真恋を前面に押し出す案もあったけど、所属事務所の青桃プロに「それだけはやめてくれ」って言われちゃったそうで。

 どうやら青桃プロ内では、黒歴史になっちゃったみたいだ。

 そんなわけで、とら丸フィーバー、近代アート博物館の権威におんぶにだっこで売り切るしかないから、ブロンズ像風ミニフィギュア付きの限定版が三千、通常版は実は千だけの用意という 逆釣り商法なんだけどね。


 奇跡の円盤化を知らせた城ケ崎社長の連絡に「よしなに」の一言で済ませたとら丸の凱旋帰国会見と同時に、円盤発売決定発表も行われることになった。


「北条院さーん、この度はまことにおめでとうございます」


 フラッシュと質問攻めにむすっとしたとら丸は、一言も口を利かない。

 それもそのはず、とら丸が自ら記者会見なんて引き受けるわけがない。

 榊さんと城ケ崎社長が本人そっちのけで勝手に決めてしまい、何も知らされてなかったんだ。


「北条院は長旅で疲弊しておりますので、ご質問はこちらでお受けします」


 置物のように突っ立った横で城ケ崎社長が質問に答えていると、「ところで初監督であるアニメのソフト化が企画されているようですが」してやったりの質問が飛んだ。


「えぇ、限定版には近代アート博物館に収蔵されたブロンズ像のレプリカミニフィギュアもつく予定です」


 百点満点の営業スマイルで宣伝する自分のおじさんの前を、とら丸は思いっきり横切りカメラからフレームアウトしていった。


 翌日のスポーツ新聞の一面はそんなとら丸ではなく、婚約発表をした人気アイドルのFAX文面と顔写真だったのだけれど、宣伝する社長の前を横切る自由奔放な現代アーティストの記事も紙面の半分を使ったカラー記事でしっかり載っていた。

 とら丸は図らずも、宣伝部長の役割をしっかり果たしてしまったんだ。


 それからまた数日後、キャッスルケープアニメーションの大食堂で(とら丸君おかえりなさい&けもラバ円盤おめでとうの会)が開かれた。


 スタッフキャストが一堂に会するのは、実はこれが初めてのことだ。


「いやー、真恋ちゃんお久ですぅ、さぁさぁこっち空いてるよ」

「あっ、鮫川さんお久しぶりでーす、さよならーお元気でー、あっとら丸兄さまー久方ぶりですぅ、横はぁ空いてますね、真恋のためにありがとう存じますー」

「笑止! 先週会ったばかりだろう」


 いつもの調子のとらまれんの向かいで、私は何故か右に七海、左に洋二と因縁の二人にサンドイッチされて座っている。


「俺さ、あのときずっとくすぶってたお前への想いが消せたと思ってた。でも無理、消えるどころかめらめら燃えあがってるんだよな、今度はお前の胸にも火をつけてやっから」


 ひそひそと耳打ちをしながら、とんとんと親指で胸を叩く洋二。


「ねーねー、もっとけもラバにリアリティを出すためにやっぱりボクらはお付き合いをするべきだと思うのだけどなぁ。どうだろうか」


 聞こえてないはずなのに、負けじとばかりに七海もひそひそ&にやにや。


 左右の耳をハッキングされて、私は訳が分からなくなってしまい二人を振り払ってバーンっと席を立った。


「私はうさぴょ子を全力で演じ切るって決めたのー!! 愛だ恋だ言ってる場合じゃないんだからっ! 演者は嘘を演技で本物にするの! それが本当のリアルだよ!!」


 思わず口から飛び出した大声の決意表明に、大きな拍手で反応したのは城ケ崎社長だった。


「よく言ったうさぴょ子! 奇跡の円盤化の次は目指せ奇跡の劇映画だっ! 売って売って売りまくって再プレスさせるぞ! それまでけもラバは恋愛封印だ!」


 会が始まる前からほろ酔いだった城ケ崎社長はすっかり出来上がってしまって、ビールジョッキ片手に上機嫌で拳を振り上げた。

 私も白ワインの炭酸割り数杯とその場のワイワイした楽しい雰囲気の相乗効果ですっかり酔いが回っていて、両手を振り上げて呼応した。


「はいっ! うさぴょ子はやりますっ! VTuber声優の星になるため精進しますっ! 恋は封印ですっ!」

「ちょっと、園原そりゃないよ……」

「みな葉ぁ、封印だけは勘弁しておくれよぉ。あぁもう、どれだけ難攻不落のダンジョンを攻略したら君というご褒美姫をゲットできるというのだよぉ……」


 ぐるぐる回る目の中で、へなへなの七海と洋二の顔がくるくるくるくる舞っている。


「チームけもラバがんばるぞー! えいえいおー!」

 私はそんな二人、それにとらまれんの手も取って全部を重ねてにここにこにこ笑い続けた。

 わくわくとどきどきが手をつないで、胸いっぱいに踊り続けている。


 ウチらビジネス百合ップル、ドタバタな日々はまだまだ終わらない。

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ガチで百合とかマジやめて~ビジネス百合ップルVTuberのドタバタライフ~ くーくー @mimimi0120

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