第26話 ローナンのプロポーズ

 スノウドロップの正体が、クルーシブル家の次女、ロベリア・クルーシブルと知った時、ローナンは少なからず衝撃を受けた。

 社会から虐げられる境遇に生まれたにも関わらず、ロベリアは正義に味方していたのに驚いたのだ。

 ローナンはロベリアの高潔さに改めて感嘆し、より一層愛おしくなった。

 それゆえに、先の事件でロベリアが死にかけたという事実は、ローナンの肝を冷やした。

 人はいつか死ぬ。その当たり前の事実をローナンは突きつけられた。

 もしもスティーブンやルーシーがロベリアを助けられなかったら、今頃自分は冷たくなった彼女の亡骸を抱きしめいたかもしれない。単なる想像に過ぎないのに、ローナンは心臓が締め付けられるほど苦しくなった。


 それにローナンも正義と忠義のために命を捧げると誓っている。

 自分かロベリアか、どちらかが命を落として永遠の別れが来るかもしれない。

 互いの命があるうちに、今まで胸に秘めた想いを伝えるべきだとローナンは思った。

 とはいえローナンは即座に行動に移さなかった。どんなに気持ちが急いだとしても、省いてはならない手間や段取りというものがある。

 ローナンはある事確かめるためマリアの元を訪れる。

 

「マリア様、一つお伺いしてもよろしいでしょうか?」

「何かしら?」

「ロベリアは、そのう、婚約者はいたりするのでしょうか」


 クルーシブル家と言えば国内有数の大貴族だ。ロベリアに婚約者がいてもおかしくはない。

 情けない奴とローナンは自分を罵った。愛を伝えると思ったのならすぐにでもそうすればいいのに、こんな事前確認をするのは恥をかきたくないのだ。


「安心して、あの子に婚約者はいないわ」


 マリアが微笑みながら答えるとローナンは横恋慕にならずになってホッとした。


「ローナン、どんな人にも人生を支えてくれる相手が必要です。あなたがロベリアにとっての支えとなってくれますか?」

「もちろんです」

「ありがとう、ローナン。ならば私はあんたにできる限り手を貸しましょう。これはその最初の一つです」


 マリアが紙片をローナンに渡す。


「あの子の指のサイズが書いてあります。必要でしょう?」

「マリア様! ありがとうございます」


 ローナンは100人の援軍を得たかのような心強さを感じた。

 ロベリアに交際を申し込む。そしてゆくゆくは結婚をする。

 そのためにローナンは彼女に贈る婚約指輪の用意に取り掛かった。

 指輪に使う宝石は厳選に厳選を重ね、最高の彫金師に作成を依頼した。

 出来るまで1ヶ月もかかってしまったが、満足の出来上がりだった。


 そして完成した指輪を持って、ローナンはロベリアの元へと向かった。

 道中、一人で車を運転している時、ローナンはこれまでの人生で感じた事のない緊張と高揚に包まれていた。


(ロベリアは俺の愛を受け入れてくれるだろうか? いや、大丈夫だ。彼女は社交界に出る時いつも俺をエスコートに選んでくれたじゃないか。好意が全くないわけじゃない。上手くいくはずだ。いや、でも……)


 そのような事ローナンは何度も考えていると、突然空から黒い人影が降ってきた。


「うわ!」


 ローナンはとっさにブレーキを踏む。

 現れたのは黒い鎧を着ていた。その人物は並々ならぬ殺気をローナンに向けてくる。

 黒鎧の人物は右手に何か持っていた。ローナンが見た事もない道具だ。

 ローナンは知る由もないが、もしもその道具をルーシーやスノウドロップ、あるいはスティーブンが見たのなら、それを「銃」だと言っただろう。


 その銃には車輪状の部品があり、黒鎧の人物はそれを回転させる。一体何をしているのかとローナンが訝しんでいると、黒鎧の人物は銃を向けてきた。

 銃を知らないローナンでも、何かしらの武器である事は察しがついた。

 炎の魔法・火球の型が銃から発射され、ローナンが乗っている車が爆炎に包まれる。それを目撃した人々が悲鳴を上げ、逃げ惑う。

 パワードスーツに身を包んだローナンが炎の中から現れる。騎士団の一員としてスーツの変身装置は肌身離さず持っていた。


「お前、何者だ! 何の目的があって俺を襲う!」

「私の名はアークエネミー。目的は、逆襲よ」


 黒鎧の人物が名乗る。声が不自然だ。何かしらの手段で声を変えているのかもしれない。話し方から察するに女であるのは間違いない。

 アークエネミーと名乗った女が再び銃の車輪を回転させる。

 銃から発射されたのは、電撃の魔法・ジャベリンの型だ。

 アークエネミーは2種類の属性の魔法を使った。それはスマート・アーティファクト無しでは実現不可能であるはずだ。


「馬鹿な!?」


 驚愕しつつもローナンはスーツの内臓されているスマート・アーティファクトで土の魔法を発動した。魔法でつくられた土の壁が電撃の槍を防ぐ。


「お前、その武器をどこで手に入れた。なぜ、スマート・アーティファクトと同じ機能がある」

「スマート・アーティファクトなんて、しょせんはおもちゃよ。もっと優れた道具は腐るほどあるわ。このスペルブラスターのようにね」


 アークエネミーがスペルブラスターを向ける。

 ローナンはアークエネミーに斬りかかろうとする。パワードスーツによる身体能力強化とスノウドロップが生成してくれたオリハルコンの剣があれば、敵を鎧ごと斬り伏せられると確信していた。

 しかしその確信は突然現れた衝撃によって砕かれる。

 気がつくとローナンは瓦礫の中にいた。


「何だ、何が起きた!?」


 どうやら自分は何らかの攻撃を受けてふっとばされ、近くの建物に叩きつけられたのだとローナンは理解する。

ローナンは瓦礫を弾き飛ばしながら立ち上がる。

 アークエネミーは先程と同じ場所にいた。

 ローナンは剣を構え、先程の未知の攻撃を見極めようとする。

 するとアークエネミーの姿がかき消えた。


「私とお前とでは、絶望的な差がある」


 背後からアークエネミーの声。ローナンは振り向きながら剣を振るう。だが再びあの衝撃がきてまたしてもふっとばされた。


「強すぎる」


 2度目でローナンはようやく攻撃の正体を理解した。

 ただ殴られただけだった。恐ろしいほどの速度で。

 

「私を倒せる人、いえ、私が倒せない人はこの世で唯一人、スノウドロップだけよ」


 認めたくはないが、ローナンはアークエネミーの言葉が事実であると悟った。おそらく全力を出したロベリアだけがこの敵に唯一対抗できるのだろう。

 この場は逃げて、アークエネミーの存在を騎士団の仲間たちに伝える。敵に背を向けるのは騎士として死にたくなるほどの屈辱だが、それが最善手だとローナンは判断した。


「逃さないわ」


 だがその思惑はすでにアークエネミーに見抜かれていた。

 アークエネミーがスペルブラスターをローナンに向けた。彼女が引き金を引くと、炎の魔法・鳳の型が3


「馬鹿な!」


 歴史上、どんな炎属性の達人であっても、炎の魔法・鳳の型を複数同時に発動させられたものはいなかったのだ。魔法の常識では実現不可能とされた事を、スペルブラスターは実現していた。

 3つの炎の鳥がローナンに命中する。


「うわああ!!」


 凄まじい威力によってパワードスーツが破壊され、炎がローナンの体を焼いた。もしパワードスーツを着ていなかったら、骨も残さず灰になっていたかもしれない。


「い、嫌だ。俺は想いを伝えていない……」


 ローナンは地面を這ってアークエネミーから逃げようとした。


「せめて死ぬ前に、ロベリアに愛していると……」


 アークエネミーがローナンの体を踏みつける。


「お前の愛はただのごっこ遊びよ」


 アークエネミーはスペルブラスターから炎の魔法・熱線の型を撃った。魔法の熱線はローナンの心臓を貫く。


「ロベ……リア……」


 ローナンの目から命の光が消える。

 アークエネミーはローナンの懐から小箱を奪う。中には美しい宝石をあしらった指輪があった。

 アークエネミーの手が一瞬光る。すると指輪が砂状に粉砕されていた。

 指輪だった物体がさらさらと地面に落ちる。

 ローナンがスノウドロップを愛しているという物的証拠は、この世から消え去ったのだ。


「これで良し」

 

 アークエネミーはその場から立ち去ろうとした。

 しかし不意に足を止めたかと思うと、アークエネミーは振り返ってローナンの亡骸に熱線を撃った。

 すでに死んでいると分かっているにも関わらずアークエネミーは攻撃した。そこにはローナンに対する並々ならぬ憎しみが込められている。


「私の逆襲はここからはじまる」


【第2部・アークエネミーの逆襲】に続く

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ヒールレディ・スノウドロップ 銀星石 @wavellite

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