第25話 フェイトキーパー最後の策略
スタールビーを前にしてもフェイトキーパーは怯む様子は見せなかった。
「まだだ! まだ諦めてたまるか! これまで何度も運命を潰されてきたんだ! 俺は
フェイトキーパーが短杖を向ける。短剣の群れがスタールビーと背後にいるスノウドロップに襲いかかる
スタールビーはその場から動かなかった。パワードスーツの装甲が攻撃を弾く。
彼女は指先から光の魔法・弾丸の型を撃つ。極小の光弾はフェイトキーパーが持つアーティファクトの中枢部分のみを撃ち抜いた。
スタールビーが踏み込む。瞬きするような一瞬で間合いを詰めた。
相手は反撃しようとするが、途中で動きを止める。彼の首元には光の魔法を宿した輝く必殺手刀があった。
「ううっ!」
フェイトキーパーは慌てて下がる。スタールビーは追撃しなかった。
「降伏し、二度とスノウドロップの命を狙わないと約束するなら生け捕りで済ませるわ」
「冗談じゃない!」
情けを屈辱と感じたフェイトキーパーが声を荒らげる。
「そう」
スタールビーは片足に光の魔法を宿す。目がくらむほどの閃光がほとばしる。
「なら、もう容赦しない」
彼女は必殺の力を宿した飛び蹴りを放つ。フェイトキーパーは直撃を受ける。
光だけの爆発が生じ、彼はふっとばされて転がる。
「後一歩、後一歩だったのに……運命はもう何も残っていないから、せめてスノウドロップだけは殺そうと思ったのに!」
フェイトキーパーの体が光の粒子となって消えていく。光の魔法が持つ必殺の力は敵に亡骸を残す事すら許さない。
「ちくしょう! ちくしょう!」
フェイトキーパーは悔恨の声を震わせながらこの世から完全に消え去った。
倒れていたスノウドロップを抱き上げると彼女は目を覚ました。ルーシーはスーツのバイザーを上げて素顔を見せる。
「ルーシー、どうして?」
「あなたは私を助けてくれた。だから私はあなたを助けたかった。前世からずっと」
亜空間が消えていく。殺界羅刹剣の持ち主が消えたためだろう。
通常空間に戻ってきた。
スティーブンやランディール騎士団達が二人の姿を見て安堵の顔を浮かべる。
「助けてくれてありがとう」
スノウドロップの言葉にルーシーは自分のこれまでの全てが報われたような気がした。
そして、彼女を愛に満ちた世界に帰してあげられる事を誇らしく思った。
●
ベティヴィア13世の暗殺は未然に阻止され、モルガンは倒れた。ハドリアヌスラインを襲った魔物の群れも討伐された。
王国に平和が訪れたのだ。
ベティヴィア13世はスノウドロップに勲章を与えた。円卓王国において最高の騎士にのみ与えられるガラハッド勲章だ。
とはいえ犠牲は出た。ロンドンの一部は破壊され、少なくない人々が命を落とした。
円卓王国は死者を追悼した後、以前の平穏を取り戻すために動き出した。
スマート・アーティファクトのお陰で復興は驚くほど早く終わった。海を挟んだ隣国のエウロペ帝国では、未だ覇権主義を捨てきれていない過激派が、今回の事件を契機に侵攻を画策していたらしいが、あまりに早い復興に諦めざる得なかったという。
戦いの後、スノウドロップはスティーブンの隠れ家を訪ねた。
彼は荷物を整理していた。もうすぐ、ここを立ち去るという。
「帰ってしまうの?」
「いや、もう少しいる。最初の目的だったこの並行世界の調査が終わっていないからな」
「そう……」
完全な別れはまだ先とは言え、スティーブンと会える機会が減るのをスノウドロップは寂しく思った。
それに気づいたのか、彼は優しく語りかけてきた。
「君はもう独りじゃない。君を大事に思う人がいる。俺がいなくても大丈夫だ」
行かないで欲しい。ずっとそばにいて欲しい。前世では考えもしなかった気持ちが溢れてしまいそうだった。スノウドロップにとってスティーブンは家族に等しいほどの存在になっていた。
だが、彼とは文字通り住む世界が違う。本当なら並行世界調査機関の職務を遂行するために、一時この世界に立ち寄っただけにすぎないのだ。
スティーブンは仕事とは関係なく優しくしてくれた。
それだけでも十分に感謝すべきなのだ。子供じみたわがままで彼を困らせてはいけないとスノウドロップは自分を戒める。
それから片付けを手伝い、その後はいよいよスティーブンの出発の時となった。
「スノウドロップ、ローナンは信用できる男だ。彼が君へ伝える言葉に嘘はないと俺は思う」
「分かったわ」
彼の言葉を、スノウドロップは最後の贈り物のように受け取った。
「それじゃあ、そろそろ行くよ」
「仕事が上手くいくのを祈っているわ」
「ありがとう、スノウドロップ」
こうして並行世界調査員スティーブンは旅立っていった。
寂しくはあった。それはたくさんの優しさをもらっている証拠でもあった。
事件の後、スノウドロップの正体は騎士団だけの秘密となった。世界で唯一のオリハルコン生成者の情報を外部に漏らさないためというのもあるが、それ以上に彼女の平穏を守るためでもあった。
特にルーシーとマリアは、それをを強く望んだ。二人は口を揃えてもう戦わなくて良いと言ってくれた。
「私は、私を愛してくれるこの世界が愛しい。 自分の居場所を守るという意味でも、変わらずに騎士団の活動を続けたいわ」
スノウドロップがそういうと、戦うのに反対だった二人は納得してくれた。
ただ、ルーシーは何もしないままでいるつもりはなかったようだ。
「私達はスノウドロップの負担を減らすために力を持つべきです」
彼女はランディール騎士団用のパワードスーツを量産した。
「このスーツは今ある技術を全て注ぎました。しかし、性能はまだ全力を出したスノウドロップには及びません」
スーツをテストするため、ルーシーとスノウドロップが模擬戦をした事がある。その結果、現時点のスーツの性能は活性心肺法レベル2に相当するものだと分かった。
ルーシーは当初、スノウドロップにもパワードスーツを使ってもらおうと思っていたが、今の性能ではスノウドロップの足を引っ張ってしまう。
そのためスノウドロップは今まで通り戦うことになった。
パワードスーツという新しい力を手に入れたランディール騎士団は、すぐにその力が試される時が来た。
ロンドンでも有数の銀行に強盗団が押し入ったのだ。
警察はすぐに銀行を包囲したが、強盗団はメンバー全員が炎や雷などの戦闘向きの属性を持っていたため、制圧できなかった。
「あなたが責任者だな。ここは我々に任せてくれ」
「しかしランディール様……」
現場にいる警官は王子に危険な犯罪者の対応をさせたくなかった。
「大丈夫。あなたに責任が及ぶような事はないと保証しよう」
ランディールが仲間達を見る。
「パワードスーツを装着せよ!」
ランディールの号令に従い、スーツを必要としないスノウドロップを除く全員が変身装置を起動する。
「マリアとエマは裏口から入って中の人質の救助を。ほかは私とともに犯人を制圧する」
「了解」
「かしこまりました」
マリアとエマが裏口にたどり着くのを待ってから、ランディールを先頭にスノウドロップ達は銀行の正面入り口から突入した。
「返り討ちにしてやれ!」
リーダーらしき男が叫ぶ。炎や電撃の魔法が殺到するが、ルーシーが防御の魔法・盾の型を発動させる。
攻撃を魔力の盾で防ぐと、騎士団のメンバーが人間を超える俊敏さで強盗団を一人、また一人と無力化していった。
スノウドロップは一箇所に集められた人質の方を見る。自分達が突入した時点で裏口組も動いていた。
エマが見張りの敵を無力化しつつ、マリアが人質を解放している。負傷者は回復の魔法で瞬時に手当していた。
ローナンが強盗団のリーダーに向かっていくのが見えた。
敵リーダーは大量のナイフを身につけていた。予備を持つにしては不自然に多い。なにか意味があってそうしているのだと考えた時、ナイフが突然ひとりでに動き出す。
どうやら敵リーダーの魔力は念動属性らしい。物体を操作する念動の魔法で無数のナイフを投射する戦法と見た。あれ程の量のナイフをローナン一人で対処するのは困難だ。
スノウドロップは味方との連携のために活性心肺法をレベル2に押さえていたが、ローナンを助けるためにレベル4まで引き上げようと思った。実時間で1秒もあれば全てのナイフを余裕で破壊できる。
「ローナンは大丈夫よ! 私のスーツを信じて!」
一瞬だけスノウドロップは躊躇する。だが、ここはルーシーの言葉を信じるべきだと判断した。
その判断はすぐに正しかったと証明される。
音速を超える速度で投射されるナイフはローナンが装着するパワードスーツに全く刃が立たなかった。
「嘘だろ!?」
敵リーダーが驚く。
ローナンは微弱な電撃の魔法を拳に宿し、敵リーダーに叩きつけた。相手はビクンと痙攣して倒れる。
リーダーが手も足も出ずに敗北した事で、強盗団の士気は一気に瓦解した。全員が散り散りに逃げ出そうとするが、パワードスーツによって運動能力を強化された騎士団員達によって次々と捉えられる。
捉えられた強盗団は魔力を検知すると激痛を与える手錠をかけられ、警察に引き渡された。
死者ゼロ人。完全勝利だった。
「スノウドロップ」
戦いの後、ローナンが声をかけてきた。
「ルーシーが作ったパワードスーツは素晴らしい。新しい力をもっと使いこなして、俺は君を守れるだけの男になってみせるよ」
「ありがとう、ローナン。嬉しいわ」
フェイトキーパーは
しかし周りにはスノウドロップを守ろうとしてくれる人がいる。
悲劇は回避された。誰もがもう変えるべき運命は残っていないと確信している。フェイトブレーカーですら自分の使命は終わったと思っていた。
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