私はずっと仮面アルバイターだ

ハナビシトモエ

もう働きたくない

 私は遺産で暮らしている。

 十年前、祖母からとんでもない額の遺産を貰った。体調に不安もあり、今は仕事をしていない。


 いつでもアルバイト情報誌は開くし、コンビニでアルバイトしたいなとは思っている。


 ただ主治医からはもう少し止めてくださいと言われている。その言葉に甘えて、無職歴は三年に入ろうとしている。


 特別贅沢をしなければ五年は生きていける。たくさんお金が入ったら旅行や豪遊をすると聞くが私の性格や思考的にその頭はなかった。


 使って二等個室でフェリーに乗る程度だ。


 中高の後輩Bから十年ぶりに連絡が来たのはある雪の日だった。会おうという話になり、私は秋葉原に向かった。


 マルチか怪しい食品か。そのどれかを覚悟していたが、親しかった後輩のBに一度会ってもいいと言う楽観的思考もあった。


「先輩ですか?」

 丸かった顔は余計に丸くなり、お腹が大きかった。


 駅のスタバに入った。ほとんどの客が互いの行動に無関心で長居しても注意されないのだ。


「それでどうしたい」


「子供なんて必要無いです。たくさん制約がつくし、子育てなんてしたくない」


 酷い母親だと思わなかった。ただ、負うべき責任から逃避している母親には呆れの方が大きかった。そのお腹では生むしかない。


「公園で生みます。ゴミ箱にいれてさよならです」


「父親は?」


「私は話を聞いて欲しくて先輩を呼んだんです。そんなリアルな事を聞く意味ありますか?」


 怒気をはらんだ声に周囲は目を向けた。


「家族がいるからって二十万」


「どうして?」


「おろすか生むか? 慌ててどうにかしようとして、それでこうなったわけです。でもいいです。どうせ後、一週間くらいで捨てます。迷惑かけないように場所はいいません。さよなら」


 次の日ウォーキングしていても、自転車を漕いでいても、スーパーで買い物をしても、従姉妹に最近忙しくてと仕事をするフリをしても私の関心はBの子供に関してだった。


 色々な公園を回った。ゴミ箱を念入りに調べて、いるはずのない女子トイレをのぞいた。


 そんな折、買い物帰りにBを見かけた。かなり辛そうな様子で公園のトイレに入って行った。あのトイレで生むのか、私は見なかったフリをして公園から家に帰ろうとしたが、足を逆に変えた。Bはベンチにもたれかかっていた。


「なんだ。見つかっちゃったか」


「子供は」

 Bの隣で産声を上げていた。


「これ。犯罪者になるから殺さなかった。お願いがあるの。貯金全部下ろした。このスーツケースに入っている一千万。これ全部あげるから先輩がこの子を養ってよ」


「何を言っているの? 分かってる?」


「本当に邪魔なの。こんな小さいのを大きくさせるのなんて私には無理。母性本能なんてクソよ」


「そんな言い方」


「先輩がお母さんになってくれたらいいだけ、口座を教えてくれたら、あとは入金もする。先輩私より優しいのを教えるのうまそうだし、体洗いたいから今日は泊めてよ」



 泊めて冷静になって子供を抱いて部屋を出ていくと信じた私は子供の体をネット検索を見て洗い、シャワーで泣く彼女の声を聞こえないフリをした。


「あのクソ男、出すなら責任持てよ。ガキなんていらねぇよ」と、ここから聞くのを止めた。


 ふわふわの毛布で赤ちゃんをくるみ、なるべく寝ないように見守った。しばらくうとうとしているうちにBは姿を消していた。



「あなたはどんな名前がいい?」

 まずは名前だ。この子がちゃんと育つようなBが名前をつけることすら拒否したこの子の名前を考えないと。


「分かった。あなたの名前は」


 働かないとな。真剣に。

 その日からBとは連絡がつかなくなった。







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私はずっと仮面アルバイターだ ハナビシトモエ @sikasann

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