第6話 七虹香とセフレ 4

「ただいまあ。翔子さん居るー?」


 一応確認のために声を掛けてみる。まあ、この時間は居ないよね。わかってる。


「――居ないみたい。ほら、鈴木子、入って入って。クーラーつけるから」

「お邪魔します……。マンションって言ってたけど、ここって高かったんじゃない?」


「パパ、お金はちょっと余裕あるみたいだから。仕事が忙しくてほとんど家には帰らないけどね。――アイス何がいい?」

「まだ食べるのかい??」


「だって暑いじゃん! ほら!」


 ふたつ引っ張り出した棒付きの細いアイスのひとつを鈴木に押し付け、ひとつを咥え、クーラーが効き始めたリビングのソファーに座る。


「――極楽ぅ~」

「…………」


 少し離れて座った鈴木が、アイスを持ったまま固まっていた。


「なに? 食べないの? 食べないならもらったげる」

「いや、いただくよ」


 そう言ってようやく口をつける。


「…………鈴木子はさあ、女抱いたことあんの?」

「真似事はしたことあるよ。何人か」


「へぇ、どんな相手だった? 年上とかたぶらかしてそう」

「同級生ばかりだよ。中一の時の話だから、みんなまだ子供みたいなもんさ」


「選り取り見取りってやつ?」

「そんないいものじゃないよ。手懐けるのに利用しただけさ」


「……なにそれえぐ。めちゃクズ」

「そうだね。クズだと思うよ……」


 それだけ言うと、物思いにふける鈴木。


「あっは! 心配しなくても平気。あたしが付き合った相手ってほとんどクズみたいなのばっかだから」

「それは安心だ……」


「それに、鈴木子は反省してるんでしょ? 変わりたいんならそんなクズでもないよ」

「そうかな……。そうだといい――」


 むぐ――さっさと食べ終わったあたしは、鈴木の唇を奪った。お互いの唇はほんのり冷たく、挿しこんだ互いの舌までひんやりしているのは新鮮だった。


「…………七虹香ちゃん……アイス……」


 鈴木が唇を離して囁く。あたしは彼が手にした落ちそうなアイスをペロリと平らげた。けど、溶けかけたアイスは口で受けきれずに顎を伝って垂れた。鈴木はそれを舌を使って舐めとった。


「やはは! くすぐったい!」

「積極的な割には気分を大事にしないんだね、七虹香ちゃんは」


「だから困ってんのよ。いいや、ここでやっちゃお」

「女の子はせめてシャワーとか浴びたいものじゃないのかい?」


 あたしはさっさと脱ぎ始める。


「なぁに言ってんの。渚と太一なんか、汗だくでもシャワーは後って言ってたし」

「……そうなんだね。ラーメン食べたあとでも?」


「ニンニクいっぱい入ったパスタ食べた後でも平気だって、あのふたり」

「確かに、同じものを食べた後なら気にならないね。アイスがさっぱりしていたせいかな」


「でしょ! 鈴木子もさっさと脱ぐ!」

「お手柔らかに頼むよ。これでも一応、童貞なんだ」


「マジ!? マジで!?」

「そんなに驚くほどの事じゃないよね。君たちが遊びすぎなんだよ」


「言えてる! じゃあ、いただきまぁ…………じゃないや。太一なら、じっくりゆっくりリードしてくれないと」

「わかったよ。太一みたいにしてあげるから、教えてくれないか」


「じゃあ最初はフェザータッチ禁止。撫でるのもやさしく、ゆっくりでいいから。あとは頃合いを見て…………」

「頃合いを見てなに?」


「あとで説明する…………」


 鈴木はあたしの言う通りに触れていってくれた。脱がせてみれば、ちゃんと男の子してる。ただ、こいつ男の癖にほとんど無臭だった。デオっぽい匂いはするけど、これだけ暑いと多少は臭くなるはずなのに臭わない。なんかむかつく。おまけに顔がいい。できすぎててむかつく。


 鈴木があたしの指示に従って顔をうずめてくる。なんだか征服感のようなものが込みあがってくる。いや、渚はそんなことを太一に思わない。じゃあ、何を想えば…………


「独特の味と香りだね」

「感想いうなし!」


「指じゃダメなのかい?」

「太一は指使わなかったもん」


 太一の名前を出すと鈴木は黙って従う。


「――ちょ、ちょっと、ちょい…………上手だけどいかない程度によくして」

「難しいことを言うね、君は。顔もちゃんと見えないのに」


「太一はやってたもん」


 素直に従う鈴木。でもよく考えたら、エッチの最中に他の男の名前を出すとか、どうなの?――って思うんだけど、鈴木は真剣。


「うあぁ、それやばいやばいやばい。太一がなんでそんなとこ舐めてたか分かった」

「どうして?」


「じれったいのとくすぐったいののギリギリだわ」

「ちょっと苦塩にがじょっぱい」


「感想ぉおっ、おっ」

「だけど匂いは嫌いじゃないよ。太一によく似てる」


「あっ、あたしっ? 太一にっ?」

「太一をもうちょっと獣っぽくした匂いだね」


「ケ! ケモノ言うなし! 今は汗かいてて――」

「女の子が獣っぽい匂いがするのは心配しなくてもみんな同じだよ。太一はね、クセになる香水みたいな匂いがするんだ。胸の辺りとか。どうして女の子たちは皆、太一を放っておくのかな。不思議でならないよ」


 たどたどしく喋りながらも、鈴木は舌や唇を私から放さなかった。


「百合はたぶんそれ、わかってる」

「奥村さんか、なるほどね。――しかし七虹香ちゃんはよく喋るね」


 鈴木はそういうけど、あたしも限界で必死に喋ってた。ただそれもやがて喋る余裕がなくなってくる。


「鈴木子、そろそろ……我慢できない…………ひゃっ」

「まだくすぐったいみたいだけど?」


 突然のフェザータッチに跳ねる。


「いいから、きてよ」

「仕方が無いな……」


 鈴木はちゃんと反応していた。スキンを付けるのがたどたどしくてかわいらしい。


「ちょ、ちょぉおっ、もう太一の真似はいいからぐっときて!」

「ダメだよ。ちゃんと太一の通りにしないと」


「あ~~~~、無理無理無理無理無理無理!」

「ちょっと! ちょっとちょっと、七虹香ちゃん! 跳ねさせるとこっちも我慢できなく――」


「あ~~、もういい。もういいからきて!」

「ああ、動くなって! ああもうクソ! なんで我慢できないんだ!」


 結局、そこからは普通に激しくヤって終わった。それでも30分は余裕で超えてたからあたしとしてはまずまず。しかし渚…………あんたよくこんなの我慢してるよね。


 脱力した鈴木はあたしの上に身を預けてきた。必死に肘を立ててあたしに体重をかけないようにしてるのがおかしい。


「鈴木子、余裕なくなっててオモロ……」

「女の子とするのが…………こんなに疲れるとは…………思わなかったよ……」


じゃないでしょ。七虹香。あんたの恋人カッコ仮」



 ◇◇◇◇◇



 その後、落ち着いてからシャワーを浴びて、部屋着に着替えたあたしはベッドで横になった。鈴木はというと、さっぱりしたらすっかり元に戻って、さっさと帰っていった。ただ、その鈴木と入れ違うようにして翔子さんが帰ってきた。


「ちょっとお? 七虹香ちゃん? もしかしてソファーで男の子とした!? 凄いことになってるんだけどお??」


 出先から直帰してきたらしい翔子さんにめちゃ怒られた。翔子さんはパパの再婚相手。なのであたしの恋人のことはどうこう言わないけれど、さすがにソファーはマズかった。






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僕の彼女は押しに弱い 短編集 あんぜ @anze

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