第5話 七虹香とセフレ 3

「七虹香ちゃんは太一と仲がいいよね。羨ましいくらいに」


 隣を歩きながらそう言った鈴木は、この暑いのに汗もかいてないように見える。


「そぅお?」

「そう。鈴代さんとは違う方向で安心してる気がする。男友達みたいにね」


「あ~~、それは無理」

「そうかい?」


「だぁて、あたしじゃ太一と連れションできないし。やっぱ男友達っていうと連れションっしょ?」

「連れションか。太一とは連れションしたことないな」


「中学一緒だったんしょ? 1回くらい無いの?」

「ないね。一緒って言っても、1年間もじゃなかったし、そもそも太一が学校でトイレに行ったの見たことない」


「マジ?」

「たぶん、トイレとか苦手だったんだと思う。プールも隅でこそこそ着替えてたし」


「あ~~~~、何となくわかるわ、その理由」

「何か知ってるのかい!?」


「そこ、食いつくんだ?――暑いし冷たいもの奢って。教えたげるから涼しいとこ行こ」



 ◇◇◇◇◇



「あたしバニラシェイク。鈴木子は?」


 近くのクーラーの効いたお店に入った。時間的に人もそんなに多くない。外で鈴木を連れていると、女の子がチラチラ鈴木を見てくるので落ち着かないのもあった。


「僕は柚子ジンジャエールで」

「バニラシェイクと柚子ジンジャエールで。――じゃあごちになります!」


 席に着いた私はスマホをいじる。鈴木は一見、スンとしてるけど、自分の顔に触れたりしてて落ち着かない。話の続きをしたそうにしてるのが見て取れた。

 結局、しびれを切らせた鈴木が先に口を開く。


「それで? 何を知ってるんだい?」

「もうちょい待てし」


 ジンジャエールとシェイクが運ばれてくる。ただ、少ししてからポテトが運ばれてきた。


「まだ食べるのかい? そもそもいつ注文したんだい?」

「スマホでポチポチーとね。これでゆっくり話せるってもんよ。あ、ポテト食べていいよん」


 まったく――とか言いながらもポテトをつまむ鈴木。


「――渚から聞いた話と、実際に見てのあたしの見解」

「何の話だい?」


「太一のチ……アレは、常に立ちっぱか悪くても半立ちなんだと思う」

「それを太一が気にしてるって?」


「アレって立ってるとトイレ大変しょ?」

「確かにそうかもしれないけど…………よく知ってるね」


「着替えとかも恥ずかしかったんじゃないの? 太一、根は内気だし、思春期の最初のころの男子には繊細な問題だったんじゃないかって」

「君が思春期の男子を思いやる繊細さを持っていた事に驚きだよ……」


 鈴木は呆れるように言って、またポテトをつまむ。あたしはシェイクを吸いながら合間に喋っていた。


「――ん? ちょっと待った。いま実際に見たって言わなかったかい!?」

「フフフッ、鈴木子よ。この件は太一には秘密だ」


「どこで覗いたのかは知らないけれど、太一には報告させてもらうよ」

「ダぁメ! ダメダメダメ! 太一に知られると百合が泣く!」


「百合? 奥村さんのことかい?」

「そうぉ! 奥村財閥が全力を以て鈴木子! お前を消しに来る!」


「奥村さんの家は財閥じゃなくて普通の会社だと思うよ」

「知ってんの!?」


「まあね。ちょっと調べたりした」

「あんた。百合にちょっかい出そうとか考えてない??」


「ないよ。太一を困らせることはしない」

「じゃあ、百合を助けると思って太一には秘密に!」


「話の内容次第だね。ともかく、どういうことか教えてもらえるかい?」

「はぁ…………その……ちょっとした偶然から、百合とふたりで渚と太一のセッ……エッチを覗いたのよ。あっ、渚はたぶん気付いてるんだけどね。で、そんとき見た太一のアレって、真っ直ぐ天を向いてたんだよね」


 私は右手の人差し指を立てて、天井を指差す。

 ゴクリ――と鈴木の唯一、外から男だとはっきりわかる象徴、喉仏が上下する。


「――それこそ、渚がぶら下がれるんじゃないかってくらい」

「いやいや、それは無いよ…………」


 そう言いながらも鈴木は再び喉仏を上下させる。


「じゃあこれは? 渚の証言。太一は、前屈みになったことがない」

「どういう意味……」


「渚も太一も、前屈みの意味がわかんなくて、渚が調べてようやく太一が理解したくらい。なぜならば! 太一は常にチンポジ12時キープだから前屈みにはならないの!」

「ドヤ顔で言われてもね……。あと君は喋っていてよく恥ずかしくないね……。――ともかく、太一が悩んでいたのはわかったよ」


 ジンジャエールにようやく口を戻した鈴木は、ズズズと音が鳴るまで一気に飲み干した。


「ハァ……。あんときの太一、凄かったぁ……。あれって太一が渚のことだけを考えて編み出したテクなんだよね。あたしもあんな男欲しいけど、現実には居ないんだよね……」

「太一は…………どんな感じだった…………?」


 真剣な目でそう聞いてくる鈴木に、あたしは太一の様子を話してあげた。渚の事は一切、口に出さず。鈴木も興味ないだろうし、太一に申し訳ないから。


 そうしてあの日の一部始終を伝え終えると、いつの間にか鈴木は涙していた。どこに泣く要素があったのかはわからない。けれど、鈴木の頬にはひと雫が零れ落ちた。


「そうか……太一は本当に、身も心も鈴代さんと結ばれていたんだね。そうか…………よかったよ」


「鈴木子……」

「七虹香ちゃん、話してくれてありがとう。僕の中で大きな区切りが付いたよ。太一はもう、悩みも、恥ずかしさも、鈴代さんの前では感じていないんだ…………」


 鈴木の想いはよくわからない。わからないけれど、鈴木が太一を好きなことを考えると、少しだけ理解できた。鈴木は恋する女の子なんだ。


「――七虹香ちゃん、君は最初、僕と付き合いたいっていったよね。それはセックスも含めてってこと?」

「むしろそっちがメイン」


「いいよ。ただし条件がある」

「なに?」


「太一のやり方を教えてほしい。それから、太一のやり方を他の男に教えないで欲しい。僕だけのものにしたい」

「鈴木子、独占欲強すぎ」


「いいだろう、このくらい。それに、僕もそろそろ一歩を踏み出したいんだ」






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