第5話

 光が眩しい。

 白くぼやけた視界に、ただ光だけが見える。

 さっきまで麻雀を打っていたはずなのに。

 いや、天ぷらうどんを食べていたのだったか。

 対面の聴牌気配が見えたもんだから、取りあえずスジを捨てて、いや。

 そうだ。アスパラの天ぷらにまだスジが残っていたんだ。

 前歯でしごいて取っているうちにテレビの画面で大関が土を付けられてたんだ。

 そうだった。シンゴの野郎と賭けてたんだったな。

 あの野郎、ここぞって時に裸単騎なんて粋な手を通しやがって。

 あいつとは随分昔から相撲で勝負してたんだ。

 いや、釣りだったかな。

 まさか脳卒中で逝っちまうなんてなぁ。

 去年の暮れだったか。

 あいつの倅が挨拶に来てくれて。

 アスパラの天ぷらがまだ固いなんて文句つけちまった。

 光が眩しいな。

 体が動かねえ。

 俺はどうなっちまったんだ。

 なにやら頭の上が騒がしい。

 誰かが何やら捲し立ててるが、なんて言ってるのかが分からねえ。

 おい。

 誰か補聴器取ってくれ。

 声が出ない。

 手が動かない。

 光が。

 光が眩しい。

 なあ。

 誰か。

 俺は死ぬのか。

 なあ。


「おぎゃあ」


 俺の口から声が出て、腕が動いた。


 ああ。

 そうか。

 俺はこれから生きるのか。

 そうか。

 

 弟ができて、相撲をとって、お袋に怒られて、愛を教わって、彼女ができて、別れて、仕事を始めて、忙しさで死にそうになって、釣りにいって、ボウズで帰って、働いて、結婚して、子供を二人作って、相撲を教えて、釣りを教えて、麻雀を教えて、酒を教えて、愛を教えて、耳が遠くなって、そして、死ぬんだな。


 また、長い旅になるな。

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長い旅を往く。 lager @lager

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