魔法少女よつば作戦

千織

魔法少女は聖女か鬼女か

年に一度の神魔会議。

出席者は神と魔王と、天使と悪魔。

人間全体の何割が善で、何割が悪かを確認する会議だ。


「今年の結果は善が4割、悪が6割です」


悪魔がにやにやしながらそう報告すると、天使は膨れっ面をした。


「20年前から始めた、”魔法少女よつば作戦”がうまくいって、ずっと善が6割をキープしていましたのに」


天使は神をチラッと見た。


『ええ、貴方はよくがんばりました。少女たちに聖なる力を与え、愛と勇気を持つことがどういうことか、多くの人間に教えることができましたね』


天使はエヘヘと笑った。


「よく笑えるな。今負けてんの、忘れてない?能天気にも程があるだろ」


悪魔が天使に冷や水を浴びせた。


『まあ、あっちにはあっちのペースっちゅうもんがあるからええやろ。早ぅ振り返り始めようや。お前も今回の自慢の作戦について語りたいやろ』


魔王が悪魔に言った。


「ええ! よつば作戦を打ち破るために、20年という歳月を費やしましたからね! 私のコツコツと続けた働きかけについて、ぜひ聞いてください! ではまず”魔法少女よつば作戦”の復習から行きましょう!」


悪魔は鼻息を荒くして言った。


♢♢♢


そもそも『魔法少女よつば作戦』とは何か。

名前にある通り、作戦のシンボルは四つ葉。

四つ葉の葉、一枚一枚に「信仰」「希望」「愛」「思い出」の意味がある。


使者は、てんとう虫。

天使から力を与えられたてんとう虫たちは、世界中に飛んでいき、魔法少女に相応しいと思った少女たちの肩にとまった。


「どうか魔法少女になって、世界に愛と平和をもたらしてください」


てんとう虫の言葉にうなずいた少女たちは、魔法少女に変身できるようになった。


よつばのアクセサリーに触れながら魔法を唱えると、彼女たちは緑色の光に包まれ、美しいドレスのような魔法の服を身にまとう。


少女たちは、人をそそのかし、誘惑し、狂わせて悪に染めていく悪魔の使者たちと戦った。


魔法少女の美しくも力強い活躍は、人々に希望をもたらした。


”彼女たちのように、強くて明るくてかっこいい女の子になりたい!”


そんな風に願った少女たちのもとへ、てんとう虫たちはさらに飛んで行った。

魔法少女への憧れと期待は、世界中で強くなっていった。


そのうち、四人の聖女が生まれた。

魔法少女の年齢制限は19歳。

聖女たちは20歳を過ぎても、世界と魔法少女たちのために力を尽くした。


♢♢♢


「ここまでがよつば作戦の功績です。そして! ここからが! 私の! 苦労と栄光のヒストリーです!」


悪魔は一度咳払いをし、声の調子を整えてから話し始めた。


♢♢♢


魔法少女が活躍し始めてから三年。

まともに戦うと魔法少女の方が強いことに悪魔は疑問を感じていた。

そこで悪魔は、魔法少女のメンタリティを研究した。


よつばの魔力の根源は、「信仰」「希望」「愛」「思い出」。

これらに純粋な魔法少女ほど強い。

その最たる存在が四人の聖女だ。


ならば、その純粋さを濁らせればいい。


悪魔は、世界中のテレビ、ネット、動画、教育に次のような情報を流した。


女は、化粧をしているのが当然だ。

女は、セクシーな生き物だ。

女は、良いスタイルを維持する努力をしている。

女は、可愛い服が好きだ。

女は、髪や爪が綺麗だ。

女は、恋をするのが好きだ。

女は、賢い。

女は、器用だ。

女は、結婚すると幸せになれる。

女は、子どもを産める貴重な性別だ。

女は、良き妻、母になれる。

女は、可愛らしいおばあちゃんとして愛される。


そうでない女は、『失格』だ。


それと同時に、魔法少女を強烈に持ち上げだ。


魔法少女は、正義感が強い!

魔法少女は、優しい!

魔法少女は、強い!

魔法少女は、かっこいい!

魔法少女は、可愛い!


そうでない魔法少女は、『失格』だ。


悪の使者たちには、わざと惜しいところで負けさせ、より魔法少女ブームが湧くようにした。


♢♢♢


『ほいで! どうなったんや!』


魔王はワクワクしながら、話を促した。

天使は苦々しい顔で聞いている。


「魔法少女一期生は、魔法少女卒業後、人間社会でも世界を動かす地位についたり、結婚して普通のお母さんになりました。彼女たちは、自分たちの経験を神からの奇跡として受け取りました。彼女たちの胸に宿った、信仰、希望、愛、思い出は本物で、彼女たちの人生を今でも揺るぎなく支えています。彼女たちは、それらを世界に広めたり、子どもたちに伝えようとしています。さすがとしかいいようがありません」


で・す・が!


と、言って、悪魔は大きく息を吸った。


「二期生からはそうは行きません! 一期生の表面的な可愛さかっこよさに惹かれた彼女らは、魔法少女の守るべきイメージと、人間社会が求める女のイメージの両立に苦しみます! 魔法少女といえども、結局は人間! 時間と体力は有限なのです! ま、そのイメージキャンペーンを仕掛けたのは僕ですが! 貴重な10代を魔法少女活動に費やした彼女らは、おしゃれをするヒマも、勉強をするヒマも、彼氏を作るヒマも、友達と遊ぶヒマもない! 戦場という特殊な場面にいる、わずかな女の仲間といるだけで、人間社会でやっていける力がつくわけないでしょう?!」


悪魔はやたら甲高い声でまくしたて、小憎たらしい表情を天使に見せつけた。


「さらに僕はこんな仕掛けもつけました。”普通の女の子の方が幸せそうに見える病”。これで、元魔法少女たちの心を折りました。”命懸けで戦った私たちよりも、安全なところでチャラチャラ暮らしてたあの子の方が幸せだなんて許せない”。彼女たちは嫉妬に燃え、復讐に走ります。他人や自分を責め、いじめ、社会や周りが悪いんだ、自分たちは被害者なんだ、と言い、”魔法少女なんて、やらなきゃよかった。魔法少女なんてやるだけ損だよ”と、後世に言い始めました。元魔法少女がそう言い始めたら、誰もやりたくありませんよね?これが、昨今、魔法少女作戦が上手くいっていない理由です」


悪魔は勝ち誇った顔をした。


「四つ葉のクローバーにはね、”復讐”という意味もあるんですよ。必死に守ってきた一般人に裏切られた魔法少女たちは、信仰を捨て、希望を失い、思い出は黒歴史になり、愛を復讐へ変えたのです! いやあ、我ながら見事! 一時的にでも聖なる存在に近付いた者を堕とすほど楽しいことはないね!」


悪魔は高らかに笑った。


『お前はすごいなぁ! 七つの大罪を使いこなしてるやん!』


魔王が悪魔の頭をわしゃわしゃとなでた。


「お褒めの言葉! ありがたき幸せっ!」


悪魔は敬礼をした。

悪魔のしっぽがピンとはる。


天使は泣きそうな顔で神を見た。


『ふふふ。さすがに七つの大罪を組み合わされては、ひとたまりもありませんね』


神は笑った。


「神さま、どうしましょう……。このままではどんどん悪の割合が増えてしまいます……」


魔法少女が活躍したことにより、男性ヒーローの活躍は下火になっていたのだ。

守られることの安心感を知ってしまった男子たちが、今さら武器を持って戦場には行くわけがない。


『愛や平和は戦わなくては、得られませんか?』


神は、天使に問いかけた。


「え……あ……はい」


『我々は、常に人間と共にあります。人間が変われば私たちも変わり、私たちが変われば人間も変わります』


「……今度は男の娘たちに戦ってもらいますか?」


天使がそうつぶやくと、魔王が笑った。


『ははは! 意外とそちらの方が好戦的やな! その方がこちらは楽やけども!』


「なんであんなアホ相手に俺は苦戦してるんだ……」


悪魔は悔しそうに言う。


「な、なんなんですか! みんなは知ってて、僕だけ知らないみたいな! 意地悪しないで教えてくださいよぉ、神さまぁ……!」


天使は甘えた声を出して神に泣きついた。


『悪魔は、人間がどんな時に負の感情に飲まれるのかをよく知っているので、仕掛けがうまいのです。今回、20年の時をかけたのは、社会全体に仕掛けたからです。この仕掛けの効果が弱くなるには、人間時間的には三世代くらいかかるかもしれません』


「そんな……じゃあ、その期間は不幸な人がたくさん増えてしまうのですか?」


『そうかもしれないし、そうじゃないかもしれません。同じ戦いを経験しても、聖女も生まれれば、鬼女も生まれます。ただ、手段に戦いを選べば、悪の割合が広がる可能性が高くなります。どんな理由であれ、相手を傷つけた感触は、自分に残っているからです』


「……戦い自体が間違いなのですね」


『人間が、戦いを通して学ぶ段階だったのです。人類にとって、意味のある経験ですよ』


神は笑って言った。


『えらい気の長い話やな。ご苦労さん』


魔王が労う。


『時間はかかるかもしれませんが……というより、時間をかける必要があるのです』


神は穏やかに言った。


『まあな。ゆうても悪が7割以上になったこともないねん。全部悪になってもつまらんしな。わてらはぼちぼちやらせていただきますわ』


「悪魔史上初の7割に到達したい意気込みはありますが!」


悪魔が叫ぶ。


『悪魔が釈迦力にがんばるのはカッコ悪いやろ。悪魔に釈迦力って言葉使うのもおかしいけども』


魔王と悪魔は爆笑した。


「あんな変な笑いのツボの人たちには負けません!」


天使は改めて気合いを入れた。


『貴方も、かんばらなくて良いのですよ。本当は、すでに人間に善の心はあるのですから』


『せやせや! 大ヒントあげたるわ! 魔法少女らが壊れたのは、彼女らが”失格”を恐れて頑張ったからや! 失格の基準なんて、こいつが何も考えず作っただけなんやけどな。頑張ってる人間はな、報われなきゃ気が済まへんし、頑張ってない他人が憎いし、頑張ってる自分が正しいと思わんと生きていかれへんねん』


天使は口を尖らせて魔王の言葉を聞いていた。


「ではでは、盛り上がったところで心苦しいのですが、お時間となりました。また、来年お会いしましょう!」


悪魔がベルを鳴らした。

こうして、神魔会議は幕を閉じた。

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魔法少女よつば作戦 千織 @katokaikou

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