28話 『ゴールデン・レコード』

 月は沈み、日が登る――


 そうして今日も、一日が始まる――


 誰にでも平等な、穏やかな一日が――


 しかし、天盤学院のアスロン研究室は違った。

 疲労と緊張、そして期待感が支配していた。

 今日、この瞬間、ついに『ゴールデン・レコード』が解読されるからだ。


 合同研究チームが組まれてたった五日の出来事だった。


 解読するまでどれほどの歳月を要するだろうか――


 誰もが覚悟していたことである。

 しかし、作業は思いの外スムーズに進んだ。

 それは五日前の顔合わせの時、キアンが研究室を出た後に起きた。


「実は、『ゴールデン・レコード』は、私が解読したんだよね」


 ハールーンのその一言に、その場にいた全員が言葉を失った。


「まぁ、だからこの解読作業はあっという間に終わるよ。

 でも、大事なのはそこじゃないだよね」

「……それはどういう意味?」


 疑問を投げかけたのは、ソフィンだった。

 ハールーンはニヤリと笑った。


「大事な部分は『解読』ではないからだよ。

 宝箱で大事なものは、鍵を開けることではなくて、その箱の中身だろ?

 そういうこと」

「この円盤の中に、何かが隠されているということ?」

「そう」

「解読したのがあなたなら、中身も当然分かっているのではないのですか?」


 次に疑問を投げかけたのはファーガルだった。

 ハールーンは首を横に振った。


「残念ながら、私は『解読方法』を発見したまでで、中身までは拝めていないんだ。ちょっと上司と揉めちゃってね。そこで追放されちゃったのさ」


 笑って話すハールーンではあったが、ソフィンもファーガルもリズも、まだ疑いの目を向けていた。


 『この男を信用していいのだろうか』


 そういう目だ。


「全く……分かったよ。今から解読方法を喋るからさ、そしたら少しは信じてくれるかい?」


 ハールーンは呆れた様子でそう言うと、『ゴールデン・レコード』を手に取った。

 たくさんの記号が施された『ゴールデン・レコード』のほうを。


「この『ゴールデン・レコード』を解く鍵はね、ハイドロなんだよ」

「ハイドロって……水魔法元素のハイドロのこと?」


 リズがそう問うと、ハールーンはニヤリと笑った。


「そう、水魔法元素、ハイドロ。

 でも、重要なのはハイドロ自体じゃなくて、ハイドロの構成要件……

 振動数、波長数、間隔数、到達数、それらの数字なんだよ」

「どうしてその、ハイドロの数字が必要だって分かったの?」

「ここに書いてある」


 そう言ってハールーンが指さしたのは、二つの丸と、それらを繋ぐように描かれた一本の線。

 この記号が、ハイドロを表しているようには到底思えなかった。


「……本当?」

「本当だよ本当。でもぶっちゃけ、総当たりでやって、やっと解けただけだから、最初はこの記号がハイドロを差しているなんて分からなかったけどね」


 疑いを晴らすと言ったわりに、ハールーンへの疑いはますます増えるばかりだった。


「で、その数字をどうしたんですか?」


 ファーガルがハールーンに問うた。


「他の記号に当てはめていった。でも、ここらへんで僕は追放されたから、この後どうしたのかは分からないんだよね。どうかな、みんな何か思い当たる節とかない?」


 おどけながらハールーンが問い直すと、ソフィンが口を開いた。


「私が気になっているのはこの大きな円の記号に書かれている数字。

 二つの数字だけで構成されているのは、古代アジル王朝にあった何進法という数字法則に似ているわね」

「おお、それなら私も聞いたことがあるよ。少ない文字で、意図を伝えるために生み出した面白い方法のやつだね」

「ええ、その書き方に近いと思うから、数字を当てはめていくと、何か見えてくるんじゃないかしら」

「いいねいいね‼️ 早速当てはめていこう‼️」


 そうして解読は、数字を中心に進められていった。

 ハールーンへの疑問や、解読方法への疑念はかなりあった。

 しかし、優先するべきは『解読できるかどうか』である。

 そう考えたリズは、疑問を胸の奥へしまって、解読へ取り組んで行ったのである。



 結果、一部の『ゴールデン・レコード』に書かれていた記号は解読された。


 そして、その結果を、今から確認する所まで来たのであった。

 それが、五日目の今日、朝までの出来事である。


 リズは研究室で、目を覚ました。

 連日連夜の解読作業は一旦終わり、合同研究チームは、別室で休憩を取っているところだった。

 全員がぐったりと眠っている。


 目を覚ましたら、いよいよ、解読結果の確認を行う事になる――


 リズは、疲れよりも期待感が勝っていた。

 すると、ドアを叩く音が聞こえてきた。


「リズ、入るぞ」


 ミオの声だった。

 ドアが開き、中へ入ってきた。


「お兄ちゃん? どうしたの?」

「……何をしているところだ?」


 ミオは研究室に並べられている、箱と筒が合わさった、蓄音機を見て言った。


「今はみんな寝てるところ。起きてきたら、解読の結果を試す予定なんだ‼️

 どうやら、あの円盤、音を隠していたみたいなの‼️

 お兄ちゃんも一緒に聞いていく?」


 リズは楽しそうに話すが、ミオの態度は険しいものだった。

 リズは兄のその様子に戸惑っていた。


「……どうしたのお兄ちゃん?」


 ミオは、リズの顔を見て言った。


「解読は終了だ」

「……え?」

「もう、解読しなくていい」

「……えっと?」

「音も出さなくていい。全部終わりだ」


 ――冗談でしょ?


 そう聞きたかったが、兄は冗談を言うような顔をしていなかった。


「……急にどうしたの?」

「解読は、仕組まれていたことだったんだ。

 これ以上進めると、お前の命が危ない。そんなこと、見過ごせない、絶対に」


 ミオはリズの肩を掴み、力強く言った。

 リズはどうしたらいいかわからない様子だった。


 だが、兄は本気であることが分かる。


 分かったと言いたい――


 だが、解読はもう――


「その必要は無いと思いますよ、ミオ司令官」


 声がする方へ振り向くと、そこにいたのは――ハールーンだった。


「初めまして、サッチ王国の元光道者、ハールーンと言います」

「……どうして私の名前を知っている」

「……その答えは、この円盤の中身を聞いてからにしませんか?」


 ハールーンは掴んでいた『ゴールデン・レコード』を見せた。

 溝だらけの円盤の方を――


「その必要はない。解読作業は今、全て中止になった」

「まぁまぁ、聞いてからでも変わらないじゃないですか」


 ハールーンは、そう言って、蓄音機に近づいて行く。

 ミオは素早く銃を抜き、ハールーンに銃口を向けた。


「動くな。動けば撃つ」


 リズは驚いた。


「やめてお兄ちゃん‼️」

「リズ、これはお前のためなんだ」

「でも‼️」

「そうそう、リズ学師のためにも、やめておいたほうがいいですよ」


 ハールーンは笑いながら、ミオに向けてそう言った。


「……どういう意味だ」

「狙ってます」


 ハールーンは窓の外を指さした。

 ミオは嫌な予感がした。

 そして、窓外を見て、的中したことを理解した。

 黒い影が、銃口をこちらに向けていた。


 標的は――リズだ。


 そして、全てを理解した。


「……お前だったのか、全ての犯人は」


 ハールーンは、ただニヤリと笑い、蓄音機に『ゴールデン・レコード』を置いた。

 溝だらけの円盤を――


「ミオ司令官、貴方はもう知っていますよね、『天の空洞』のことを」

「……ああ」

「貴方は信じますか? 天に空洞があることを」

「…………」

「ふふ、想像が難しいですか? では、言い方を変えましょう。

 『もう一つの世界』があると、貴方は思いますか、ミオ司令官、リズ学師?」


 ハールーンは、笑みを浮かべて問うた。


「……何の話をしているの、二人共……?」


 リズには会話の内容が理解出来なかった。

 だが、何か重要な、何かまずいことを話していることは分かっていた。


 しかし、ミオは答えてくれなかった。

 いや、答える余裕がないように見えた。

 ハールーンだけは、楽しそうに話を続けた。


「もし……もし、私の仮説が正しければ、これは一大事です。

 そりゃ、国を滅ぼしてでも隠蔽したくなりますよ、普通はね」

「……それは、サッチの大虐殺を言っているのか?」

「さぁ、どうでしょうね。仮説が本当ならそうなるんじゃないですか?」


 それはつまり――


「聞いてみませんか? 『ゴールデン・レコード』」


 ハールーンは落ち着いた様子でそう言った。

 取引だとミオは察した。

 ただ大人しく『ゴールデン・レコード』を聞けば、リズも殺さないし、大虐殺の証拠も分かる。


 だから、聞こう。


 そういう取引だ。


「……拒否はしないということは、了承したと捉えますね」


 ハールーンはそう言って、蓄音機の針を落とした。



 『ゴールデン・レコード』は――回りだした。

 一周を三.五九秒の速さで回りだした。



 『音』が研究室に響き渡る――


『ゴールデン・レコード』の『音』が――




――後に、リズはこの時間を『絶望の五十四分』だったと、回想した。




◇  ◇  ◇




This is a present from a small, distant world, a token of our sounds,

our science, our images, our music, our thoughts and our feelings.

We are attempting to survive our time so we may live into yours.


これは小さな、遠い世界からのプレゼントで、われわれの音、科学、画像、音楽、考え、感じ方を表したものです。

私たちの死後も、本記録だけは生き延び、皆さんの元に届くことで、皆さんの想像の中に再び私たちがよみがえることができれば幸いです。


— President Jimmy Carter — アメリカ合衆国第三十九代大統領 ジミー・カーター

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ゴールデン・レコード 異世界に飛来したその金属から物語は始まった みさと @misato310

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