4枚目 忘却の過去、『写真』の桜は……

「さっきはごめんなさい。ほんと、私も君も怪我してなくて良かったよ。」

「……そうだね、よかったよ。」

先程の衝突事故からしばらく経って、私達は公園内にある喫茶店にいる。お互いに無事を確認でき、相手側からせめてお詫びをと言うことになったためである。注文したコーヒーを飲みながら、私はさっき起こった出来事を振り返った。



~約数十分前~

「……いって~、ものすごい衝撃。とりあえず止めきれた、のか?」

時間としたら数秒ぐらいだろうか。視界がハッキリとするのにそのくらいはかかったのだろうか。上着やズボンは草だらけになっている。立ち上がりながらパンパンと払い、その受け止めた物体……もとい人物を見下ろす。その方は女性だった。

「……いたた。」

彼女は痛々しい声をあげながらも、自力で立ち上がれるところから見ると、大丈夫そうな雰囲気であった。

「大丈夫ですか?」

しかし、いくらそう見えても足を捻ったりしている可能性も無くはない。それに女性となればもっと心配になる。そっと手を差しのべ、声をかける。

「はい、大丈夫です……。」

彼女もお尻をさすりながら顔を上げる。

そのときだった。

「……!?」

「あれ?もしかして……?」

彼女との視線が合ったとき、一瞬ではあったが私の中の時が止まった。


(……なんで、なんで君がここにいるんだ。)

私は声を出すことも出来なかった。その代わりにが嬉しい表情を出した。

「久しぶりだね!春翔君!!」

かつての幼馴染みである南場梨奈なんばりなが目の前にいることに私は再び不幸のどん底に叩き落とされたようだった。



……そして、現在に至るのだか。

「けど、本当にビックリしたよ。まさか久しぶりに故郷に帰ってきたら春翔君に出会えるなんて!」

「……そうだね。」

明るく話す彼女と反対に私はそんなものクソ喰らえとも吐き出したいぐらい苦しい気持ちでいる。言うならば親父の次に会いたくない人物。理由は思い出すだけでも反吐が出る。ただ、彼女は悪くない。悪いのは私だ。あの日のあの時、あんなことをしなければ……。

「どうしたの?ボーッとして。もしかして、コーヒーのおかわりでもしたかった?」

彼女が覗きこんでくるので、視線をサッと反らし

「別に……」

と答えた。

気まずいと言ったらありゃしない。いや、こんな状況になってしまったことがありゃしないと思える。ただ、一方的に向こうが話し続けるのも気がひける。

「そういや、り……、んんっ、南場はなんであそこで転がるような真似をしたんだ?それよりも、なぜあそこにいたんだ?」

「あぁ~、アハハ、え~っとそれはね……」

質問、というか率直な疑問でもある。確かあいつは、私と同じく東京の方に出ていたはず。……その先、……その後、……上京後の彼女は。

「これは後で招待状を送るつもりだったけど、話してもいいかな?実は来週なんだけどと結婚する運びになったんだ。ほら、この近くにチャペルがあるでしょ?本当は彼と一緒に下見に行くはずだったの。けど、彼が急な仕事で行けなくなって……。なので先に私が下見しておこうって話になったんだ。」

(……気持ち悪い。……あの手紙、破って捨てればよかった。)

「それで、久し振りにこの公園に来て『そういえばたくさん遊んだなぁ~』って懐かしがっていたら、足をツルッと滑らせちゃって……。転がって転がって、止まらなくなった時に、春翔君に受け止めてもらった……という流れ、だよね。」

胃の中、いや腸の端からグニャっとうごめく感触。そして感じる吐き気。コーヒーが胃液と共にカップに戻ってしまうのではないか、喉元寸前で再び胃に押し戻し、黙って視線をカップに向けることにした。

「でも、ビックリしたなぁ。まさか春翔君と再開するなんて。……あ、そうそう聞いて聞いて。ビックリしたと言えば、私の彼も実はここ出身なんだって!

あとね、東京で彼とは出会ったんだけど、これもスゴくて昔に彼とこの公園で会ったことがあるんだって!

私なんて覚えていなかったんだけどね、それでね-」

私の意識はここで止まった。



「-それでね、その連絡が真千子さんから来てね。私も身内のように嬉しくなっちゃって。」

「……そう。」

「結構春翔とも仲良かったからもしかしたら……、って思っていたけど、それはそれだったわね。けど、本当に嬉しいわ。」

嬉しそうな母親からの電話を流しながら、私は目の前の灰皿から微かに昇る煙を眺めていた。喫煙所には私以外誰もいない。タバコの煙はユラユラと揺れ、燃えカスはポタリポタリと灰皿に落ちる。美味いと思えたタバコがこんなにも一層不味いと感じてしまう。聞きたくない、故郷に関する話なんて聞きたくない。けど、母親の話はスマホから楽しげに聞こえてくる。

「それでね、婚期を6月頃にしようかって言っているらしいのよ。ジューンブライド?って言ったかしら。それらしいのよ。」

母親の話が進むごとにタバコの火がどんどんと赤くなる。そして一本、また一本と消費していく。

「でね、春翔は戻ってこれるかしら?やっぱり仕事は忙しい?どうなの?」

「……多分、難しいかな。」

「そうなの?春翔も戻ってきてくれるなら梨奈ちゃんも嬉しいと思ったんだけどね。」

……あぁ、こんなにもタバコって不味いんだ。



(……そんな事を聞かれたのが仕事を辞めた4月。夢もタバコも捨てて帰ってきたここで、またこの話が出てくるなんて。)

そんなことを思い出してから、もうその後の話なんて覚えていない。彼女の話を聞き流しながらコーヒーをすすり、喫茶店を後にした。そこで私の意識は戻った。

「じゃあね、春翔君。お話出来て楽しかった!」

にこにこ笑う彼女、ただその笑顔はもう私の知っている顔じゃない。遠い未来に想いを馳せる笑顔に見えた。

「……おう。」

「……あ、そうだ!」

と言い、彼女は自分の肩掛けカバンを探り始める。

「せっかくここで会えたから……。あった、はい。」

渡されたのは白い封筒。

「来てくれる……よね?」

あぁ、目の前で破り捨てたい。そうしたらいったい彼女はどんな顔をするのだろう。ゾクゾクとした感情を抱いたものの、流石にこんなところでみっともない姿を見せてはもっと自分が惨めに思える。

「……行けたらな。」

ぶっきらぼうに封筒を受けとる。ニコッとまた笑顔になった彼女が

「じゃあ、またね!」

と手を振りながら駐車場方面に歩いていく。力の無い手で振り、私は数秒程その場でぼぅとしていた。左手にある封筒をどうするか、そんなことを考えながらフラりと歩き、近くのベンチに腰を下ろす。

「封筒を開けてもなぁ……。」

中身は絶対アレだ。そんなもん、家に帰ればまた母親が「ウチにも来たわよ~」って言いながらサッと差し出してくるだろう。

「やっぱり破こう。」

行けない、いや行かないというこれは意思表示だ。そう決めて両手を封筒にかけた。……かけた時だった。

「……?なんだこれ?」

先程までしっかりと握っていたから気付かなかったが、封筒の裏に何かくっついているのに気付いた。何やら写真のようだ。それをぺりっと剥がす。茶色に変色した、THE古びた写真とも言っても良い写真だった。モノクロなのか、元はカラーだったのかわからないぐらいの茶色。そしてメインの写真には、これは公園だろう、そしてこれは桜だろう、と思われる木の下で左側に小さな女の子と右側に顔が花びらで見切れた男性の姿が写っている。きっとレンズに上手く花びらがくっついたのだろう。顔が全くわからない。女の子は右手でピースをして左手で男性の手を握り、とても嬉しそうにしている。男性の顔が不明なためどのような表情なのかわからないが、何となく嬉しそうな感じなんだろうと何故が伝わってくる。

(あいつの幼い頃の写真だろうか。けど、こんな古い写真ずっと持っているんだな。)

追いかけようとも考えたが、まぁアレに行っても行かなくてもいつか会えるだろう。そう思い、立ち上がりながらふと写真を裏返したときだった、

そんな言葉が目に写ったとき、急に体が衝撃を受け、カチンと固まった感触を覚えた。

(……なんだ、これ。なんだ?)

息が荒くなる、心臓がドクドクと鼓動を早め、目の前がクラクラし始める。そして足に力が入らなくなったその時、ヒラヒラと空から降ってくるモノがあった。

「……さ、桜?」

今は6月、桜なんぞもう青々とした葉っぱだけになっているはず。いくら桜の名所と言えども、こんな時期に桜なんて聞いたことがない。ましてや花びらはどんどんと数を多くしていく。……ストレスで疲れているのか、そのせいで幻覚を見始めたのか。「どうして?」という言葉を発する前に、私は桜の花びらの渦に飲み込まれていた。



『桜花の風が為に……』

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桜花の画(フォト) 筑波未来 @arushira0710

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