いつでも君を、

(募集中)

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ずいぶん前に伝えてくれた、あなた言葉の意味をようやく理解したよ。


「いつか、どうしようもなく君のことを泣かせてしまう時がくるけど」

明日の天気を教えてくれるような調子でそう前置きしたあなたは、やはり何でもないことのように言葉を繋いだ。


「つまりね、もし君より先に死んじゃってもさ、一人残してしまう君をなるべく悲しませないようにしておきたいんだ、

心配性、なのもあるけど…これはただ君をずっと独占していたいだけの我儘」

「一番好きな場所」と教えられて連れてこられたあなたの生まれ故郷。

展望台とも言い難い小さな山道脇の公園で、満点の星空のもとあなたはそう微笑んで僕の恋心に鎖をかけた。

いつも上手うわてを行き婉曲的な言い回しを好むあなたの言葉は、僕が理解できるまで往々にして時間がかかったものだけど、この言葉も例外ではなく。

別に今大病が見つかったとかそんなんじゃないけどね、と付け足された言葉通り、

そんなやり取りがあったことすら忘れてしまう年月が経ち、あまつさえ「その時」が訪れてもすぐには理解できなかったのだ。

でも、存外あわただしいあなたがいなくなった世界で、感傷に浸る暇すらなかったことを言い訳にしてもきっとあなたは怒らないでしょう。


初めて気付いたのは、諸手続きも一段落して日常を取り戻した日の仕事終わり。

リビングでコーヒーを飲んでいた時、窓際に置かれた鉢植えの花が咲いていることに気付いた。前に見た時はまだ蕾で、それを見たあなたは「もうすぐ咲きそうだね」なんて笑っていたのだ。その花が、咲いていた。

不思議と、あなたがその開花を見届けられなかったことを悔やんでいるようには思えなかった。花を見て心に浮かんだのは悲しみや喪失感ではなく、咲いた花を見て喜んでいただろうあたなの笑顔。この綺麗な花に負けないぐらいの愛すべきあなたの笑顔は、自分でも気付かないうちに疲れ切っていた僕の心を優しくほぐした。

その時はただ単純に、この花に助けられたのだと思った。リビングの片隅で花びらを広げ微かな香りを漂わせる可憐な花に癒されたのだと。


でも、それからも何度かそういうようなことが起こった。

例えば夕飯のメニューを考える時に、駅から家まで歩く帰り道に、物思いにふけってひとり見上げた星空に、色んな瞬間瞬間にあなたを感じた。

何度もあるうちにようやく気付く。何かを見た時にあなたを思い出すのではなく、あなたが「思い出させてくれている」のだと。

あなたは宣言通り、僕の隣にいる間に布石を張っていたのだ。

花を見て開花を楽しみにしていたあなたを思い出せるように、星空を見てあなたの故郷を思い出せるように。


2人で過ごした日々は、決して楽しいことばかりではなかった。互いに悩み苦しんだこともあるし、ぶつかり合ったこともある。それでも思い出すのは笑顔ばかりで、それすらあなたの意思なのだろうと思えてしまう。

最後の別れを告げたとき囁いたあなたの言葉、

「ずっと傍にいるから、泣かないで」

今なら分かる。僕への慰めの言葉ではなく、これはあなたの独占欲。

見かけによらず我が儘で寂しがりなあなたからのめいっぱいの愛。

目に見えないところでも独占されている。


ひとりに戻るものだと思っていた。

あなたを失って、あなたと出会う前の自分に戻ってしまうのだと。

あなたはそうさせてはくれなかったんだね。僕はあなたを失ってなどいなかった。

もう、一人だった頃のことを思い出そうとしても忘れてしまった。どんな風に息をしていたのかさえ、あなたと生きてきた時間の記憶で書き換えられている。それに気付かないほど自然に確かに。

ひとりの時間を過ごしていても、あの頃とは違うぬくもりであの頃とは違う愛おしさを与えてくれる。「いつも傍に」いてくれていると感じられる。


あぁ、あなたの愛はなんて重いのだろう

本当に敵わない……ほらまた、したり顔で笑うあなたに満たされる


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