第9話 才能

「そんなことより、僕らも訓練にとりかかろうじゃないか」


アルフレッドが仕切り直した。


「そうですね、そうしましょう!」


ミナ嬢が明るい表情で追従する。二人の言う通りだった。まさか、ここに来るまでにこんなに労力を使わされるとは。さっさと目的を果たそう。時間をかけるとまたどんなやつが生えてくるかわかったものじゃない。


「ミナ嬢、早速だが魔法を一つ使ってもらえないだろうか? 二節ぐらいのものが好ましい」


二節、とは魔導師の詠唱の長さのことだ。基本的に魔法は節が長くなるほど威力を増す。詠唱自体にマナが宿りやすくなるためだ。もちろんそのためには複雑なマナの操作も必要になる。


「わかりました。それでは……」


ミナ嬢が人の居ない方向を向き、両手を前にかざした。魔導師が魔法の方向性を定めるためにとる姿勢だ。


“鋭き鷹と成りて“

“炎と化し地面を焼け”


二節の詠唱の終わると、目を灼く青白い光と共にミナ嬢から炎で出来た鷹が飛び立った。その鷹は矢のように飛んでいくと、少し先の地面に飛び込み、大きな火柱をあげた。着弾点は離れていたにも関わらず、ここにも熱が伝わってくる。


「素晴らしいな。とても二節の魔法とは思えない威力だ、マナの発光も高い」


発光とは、発動の直前に青白く光った高質量のマナのことだ。この輝きが鮮やかな者ほどマナに愛された人間といえる。マナとは普通の人間には発動する直前にようやく捉えられる存在だ。改めてミナ嬢の瞳に好奇心が沸き立つ。


「じゃあミナ嬢、今度はもう少し速度が遅い詠唱に変えてもらえるか? そのほうがわかりやすい」


「わかりました、調整してみます」


ミナ嬢がまた手をかざす。

基本的に詠唱は一節目が魔法の形、二節目に現象を表す言葉が選ばれることが多い。


「“鷹と成りて”炎と化し地面を焼け”」


先ほどの詠唱から「鋭き」が抜けていた。マナに影響しやすい詠唱をシンプルにアレンジ出来るのも優秀な魔導師の証だ。


さっきより幾分柔らかな青い光を発して、ミナ嬢の手元から炎の鷹が飛び立つ。そして先ほどの再現のように鷹が地面にの火柱を立てた。


「え──」


──鷹は二羽いた。二羽は同じ軌道を描き、そして地面に吸い込まれた。


「ど、どうして! 私ちゃんと詠唱したのに──」


当然の困惑だった。魔法に慣れた者ほど、予想と現象のギャップに驚きが大きいのだろう。


「詠唱は間違っていない」


「え?」


ミナ嬢は何が何やらわからないといった顔だ。


「こいつを使った」


正しく起動したことに内心安堵しながら、懐から試作品を取り出す。予想していたのか、アルフレッドがすぐに反応した。


「おー、ヴェンのガラクタ1号だね」


別にアルフレッドの口が悪いわけではない、命名したのは俺だ。なんせこいつは製作者の俺にしてそうとしか見えないから。


ガラクタ一号。

大きなアライト鉱石を中心に、そこからネックレスのように様々な属性の振動石をぶら下げた謎の物体。フォルムで言えば石で出来た魔除けのタコといったところか。口が裂けても洗練されているとはいえない。


「ミナ嬢はマナの同調現象は知っているな?」


「は、はい……! マナが同調し合って魔法が暴発するものですよね?」


マナは寂しがり屋だ。集まりやすく、混ざりやすい。暴発を避けるため魔導師は魔法の発動をあえて被らせない。熟練の魔導師の戦いでは主導権の握り合いになるという。


「一般的には発動する属性が近いとマナが共鳴し合うと言われている。これはその特性を利用したものだ」


じゃらりとガラクタ1号の垂れ下がった鉱石を揺らす。


「アライト鉱石……」


「そう、アライト鉱石は微弱ながらマナを蓄え青く発光することで知られている。本来なら固い外皮によってそれを閉じ込める性質も併せ持つが、こいつは特別性でな」


不恰好なこいつを作るのに一年もかかった。こうして持ち運べるようなるまでどれだけの苦労があったことか。


「透過性が高い代わりに、蓄えておく外皮がない。つまりマナの伝導率だけが異常に高くなっている。これと連結した各属性の振動石は魔導師の詠唱を合わせて震え、中心のアライト鉱石を通過し、その魔法を発動する」


簡単に言うと、特殊な鉱石を使って魔法を再現している。魔導師が振動石で魔法を強化するという話からヒントを得て作った道具だ。魔導師の詠唱に併せて一緒に魔法を使わせてもらうことが出来る。


「すごい──っ! すごいすごい!! ヴェン君すごいです!」


ピョンピョンと跳ねて興奮するミナ嬢。


「難点としては魔法を発動した者がこれを持っていると、マナ同調により暴発することくらいか。もしも魔導師で身につけることが出来たら最強の装備になったのだが……」


単純に魔法が倍になる。一人で戦況を変える魔導師が倍の魔法を扱うようになるのだ、悪夢以外の何者でもない。とはいえ、実際には扱うマナの量によって厳密な調整が必要となる。属性、規模、形によって様々だ。ガラクタ一号は結局夢の魔導具にはなれなかった。


「でも実質ミナ嬢が二人になったみたいだよね。僕だったらそんなチームとは当たりたくないなぁ」


アルフレッドが他人事のような声をだす。まぁ、こいつにとっては実際他人事か。


「ミナ嬢は何節まで魔法を扱える?」


魔導師の大雑把な力量の測り方だ。戦場で活躍する魔導師は魔法の規模によって実力を比べる文化がある。


「無理すれば四節ですね。属性の限定付きですが」


「それはすごい」


驚いた。二年で四節を扱える魔導師が歴代どれだけいるか。


「検証とは関係ないが、一発だけ見せてもらえたりするか?」


俺が見たことがあるのは三節までだ。この機会に見せてもらえば今後の糧となるだろう。


「もちろんです。では火属性のものを」


先ほどの炎の鷹といい、ミナ嬢は火属性と相性がいいのかもしれない。

あっさりと言って良いほど簡単に了承してくれたミナ嬢は、人の居ない方を向いて深く息を吸った。


“大きな手は大地を覆い──”


「──っ」


耳鳴りがした。

なんだいまの感覚は、まるで空気が振動したような。今のがもしかしてマナの動きなのか?


“青い炎は優しく踊る“

“箒のように撫いだ手は”


「ミナ嬢ちょっとま──」


珍しく慌てた声で制止するアルフレッドの努力も虚しく、詠唱は完成した。


“大地を青く冷たく染めた”


箒のように、と詠唱通りに言えばいいのか。

しかし、それはあまりにも規模が大きすぎた。巨大な青白い炎が訓練場の半分を薙ぎ払った。凶悪な炎の炎舞は一瞬で、後に残ったのは溶けて煮立った地面だけだった。地獄の悪魔が通り過ぎたといっても信じる光景だ。


「──っ」


まさしく魔法のような出来事に眼を剥いていると、


「ヴェン君」


冷や汗を垂らしたアルフレッドが地獄の風景に視線を合わせたまま声をかけてきた。


「なんだ?」


俺も同じようにグツグツ音を立てる地面を見ていた。


「ミナ嬢を「優秀なだけ」って言ったのを訂正するよ」


ブリキのように首だけこちらをむいた。


「あれは、とんでもなく優秀だね」


──違いない。


無邪気に興奮に頬を染め、駆け寄ってくる桃色の魔導師を見ながら俺も同じことを考えていた。

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未満の魔導師 マナが感じとれない俺が魔導学院をぶっ壊すまで たぬき @tanukigatame

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