第8話 訓練場

「広いな」


一年もいて初めて立ち寄った訓練場は想像していたよりもずっと広かった。学院にこんな場所あったのか……。


剥き出しの地面が視界いっぱいに広がり、同じだけ青空も広がっている。普段の研究室の暗さとはかけ離れていて、健全な精神とはこういうところで育まれるのかもなと鼻を鳴らしてしまう。


「まぁ戦闘訓練する場所だからね」


「そうですね。幸い人も今はあまり居ないようですし──ひぇっ!?」


そんなことを口に出した途端、ミナの足元の地面が抉れた。


「びっくりした……!」


魔法が足元に飛んできたのだ。大した威力ではなかったが、それでも無防備に顔に当たったりすればそれなりのことになっただろう。胸を抑えるミナ嬢に下手人が近づいてくる。


「あーらごめんなさい、コンサグラドさん。手元が狂っちゃった!」


白々しい声を出して駆け寄ってきたのは、愉快そうに目を歪めた灰色の女。胸元の胸章を見るに同じ二年のようだ。少し遅れて取り巻きの男たちもやってくる。


「ミサークさん……」


ミサーク、これまた聞き覚えのある家名だった。確か帝国にそんな貴族がいた気がする。


「でも、間違いってあるわよねぇ? ちょっと誤射しちゃったの、許してね、コンサグラドさん」


取り巻きに笑いが起こる。悪意を隠そうともしない口ぶりだ。戦闘科ってやつはこういうやつが揃ってるのか? それとも寝ても覚めても訓練してるとこうなってしまうのか。どちらにせよ、不快なことに変わりはない。


「はははっ、誰にでも間違いはあるさ。ねぇミサーク嬢?」


意外にも口を挟んだのは、ミサークとかいう女からちょうど俺の陰になるように立っていたアルフレッドだった。


「げぇ──アルフレッド・エイナー!?」


すごいなおまえ、貴族の口から「げぇ」を引き出すなんて。


「僕も訓練に熱中してたらたまにあるよ、ミサーク嬢も進級試験のために必死だったんだろうしね。なんでも、これ以上序列が落ちると家での立場が怪しくなるんだって? 僕は全然心配することないと思うんだけどなぁ! 何たってミサーク嬢はとっても才能のある魔導師なんだから。でも気をつけたほうが良いかもね、あんまり熱くなりすぎると、熱意に釣られて相手も熱くなっちゃうかもしれないから」


表情に悪意は欠片もない。ただただ相手を心配する口振りだった。しかし、アルフレッド・エイナーという人物を知ってる人間にとってはまるで別な意味に聞こえる。


「っ、行くわよ──っ!?」


「お、おいサラ!」


憎々しげにミナ嬢を睨んだミサークは、逃げるように出口の方に歩いて行ってしまった。おい、ちゃんと金魚の糞も連れて行け。絡んできた割にお粗末な結末だった。


「おまえ戦闘科で何をしたんだ?」


「あはは……」


言いながらミナ嬢にも目を向けたが、笑って誤魔化されてしまう。俺の知り合いは戦闘科の汚点か何かなのだろうか。


「僕は戦闘科の潤滑油みたいなものだからね!」


硫酸の間違いだろう。そんなことと思ったが、さわやかに笑うアルフレッドを見ているとツッコむ気力が失せた。

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