第10話 トリの真の目的
魔法の腕もメキメキと上達して充実した日々を送っていたある日、トリが唐突に変な事を言い始めた。
「ソウヤ、小説を書くホ!」
「何だよ、いきなり」
「とにかく書くホ」
有無を言わせずにすごい圧でせっつくので、僕は仕方なく小説を書き始めた。小説なんて書いた経験がないので、まずは見様見真似だ。
ただ、魔法が使えずに図書室に引きこもっていた頃に大量の小説を読んでいたので、ある程度の文章を綴る事は出来ていた。
取り敢えず4千文字程度の短編は程なく完成し、何故かふんぞり返っているトリにそれを見せる。
「悪くないけど、もっと精進するホ」
こうして、トリによる執筆強要の日々は幕を上げる。この使い魔の暴走に文句のひとつも言いたかったのだけれど、僕はいつの間にか執筆が楽しくなってきていた。いつしかトリから返ってくる感想に一喜一憂するようになっていたのだ。
執筆を初めて1ヶ月が経とうとしていた頃、学校に暴れ牛が現れる。僕はその牛に見覚えがあった。そう、あの牛は全国魔法選手権で大暴れした魔獣の牛、魔牛だったのだ。
「ふんもおおおお!」
魔牛自体は学校一の魔法使いのシエン先輩が軽くひねり、呆気なく事件は解決する。その様子を野次馬気分で眺めていると、いつの間にかトリが僕の肩に止まっていた。
「早い、早すぎるホ……」
「早いって?」
「早く来るホ!」
「ちょ、ま……」
トリは僕の肩に乗ったまま勢い良く羽ばたき、強引にどこかに連れて行こうとする。その様子を目にしたクラスメイトのユウカが声をかけてきた。
「ソウヤ君、どこ行くの?」
「ゴメ……。また後で」
肩に乗ったフクロウに羽ばたかれて移動させられていくこの異常事態を、先生含むほとんどの人は全く気にも止めていない。
そこにも違和感を感じながら、僕は改めてトリに質問をする。
「一体どうしたんだよ」
「その時が来てしまったんだホ」
「その時って何なんだよ!」
「本当なら、その時までにソウヤをしっかり鍛えておきたかったんだホ」
焦っているのか、トリは質問にまともに答えてはくれなかった。イラッとした僕は声を荒げる。
「いや訳が分からないよ。ちゃんと質問に答えてよ!」
「俺様がこの世界に来たのは、自分の世界を救う存在を探していたからだホ」
「えっ?」
トリの口から語られる言葉に思わず耳を疑った。自分の世界を救う――って? この丸っこいぬいぐるみのようなフクロウは、この世界の住人じゃないって事?
トリの目的について頭の中で情報を整理していると、マジ顔になった使い魔は更に意味深な言葉を口にした。
「君は、カタリィを目覚めさせる存在なんだホ」
「カタリィって誰?」
「俺様の世界の世界を動かす存在ホ。ソウヤが目覚めさせるんだホ」
トリの話はよく分からなかったけど、つまり、僕には何か世界を救う的な大きな役目があるらしい。
そんな重要な事を突然明かされても、当然のように理解が追いつかなかった。
「そんなの誰が決めたんだよ」
「当然俺様だホ!」
トリはそう言って胸を思いっきりのけぞらす。何て自分勝手な使い魔なんだ。僕がほとほと呆れていると、目の前に何かが見えてくる。よく見るとそれは魔法大会で目にした大きな鏡だった。
それにしても、何故運動場の真ん中に、しかも若干空中に浮いているんだろう。
「さあ、鏡に飛び込むホ! その先が俺様の世界、カクヨムだホ!」
「ちょま、何勝手に決め……」
「大丈夫、また戻ってこられるホ」
どうやら僕に拒否権はないみたいだ。トリは食い込むほど肩を強く掴んでいるし、逆らえそうにもない。
なので、せめて言葉で抵抗を示した。
「それ、トリの力じゃダメなの? 君はあんなに強いじゃないか」
「カタリィを目覚めさせるには、物語を読ませるしかないんだホ。俺様は物語を描く事は出来ないホ。ソウヤだけが頼りなんだホ……」
トリは悔しそうな顔をしながらつぶやく。その表情から悲痛な気持ちが伝わってきた僕は、使い魔の望みを叶える事にした。
「……分かった。小説を読ませるだけなんだよね? 戻ってこられるんだよね?」
「俺様を信じろホ」
こうして僕らは鏡の中に飛び込み、その中の世界――カクヨムに足を踏み入れた。トリは懸命に羽ばたいて、そのカタリィとか言う人の眠っている場所に導いていく。
そこに着いた時、僕らの前に可愛らしい少女が歩いてきた。ちょっと姿がぼやけていて不思議な感じだけど、きっとこの子もトリの関係者なのだろう。
「あら、遅かったじゃない」
「遅くないホ。早すぎるホ」
少女はトリと親しげに話している。このフクロウとここまで対等に話が出来るなんて、この子は一体何者なんだろう。
ぼうっとそのやり取りを眺めていると、彼女が僕の存在に気付く。
「へえ、この子がカタリィを?」
「えっと……」
「ま、いいわ。はじめまして。私の名前はバーグ。この世界の管理AIよ。時間がないから
バーグと言う少女は、AIと呼ばれる存在らしい。見た目に反してかなり押しの強い個性的な性格のようだ。僕は恐る恐る今の気持ちを口にする。
「僕にそれが出来ると?」
「トリとシンクロした君なら出来るはずよ。出来なくても君のせいじゃないから安心して。君を選んだトリに見る目がなかっただけだから」
「えっと……」
しかもかなりの毒舌家。トリの仲間と言うのも納得だ。この強烈なキャラの話す言葉の圧に圧倒されていると、トリが僕の側に寄ってきた。
「これを使うホ」
そうやって渡されたのが魔法の力が宿っている特殊なペン。このペンを握っていると、何だかすごい壮大な物語が書けそうな気がしてきた。
「このペンで?」
「ソウヤが物語を書くんだホ。世界を取り戻す物語ホ」
「えー、テーマがあるの? 難しいなぁ……」
「ソウヤなら出来るホ」
トリは僕を励ましながら、これまた特殊な魔力の宿るノートを渡してきた。今ここで執筆するって事は、短編でいいって事だよね。
イメージが湧いてくるとは言え、この先の事を考えるとすぐに執筆とは行かなかった。
僕は、視線の先で眠り続ける少年の姿をしっかりと見据える。
「あそこで眠っているカタリィに読ませるんだよね?」
「早く! 書けない時はサポートしてあげるから」
「分かった、やってみる」
バーグに急かされたのもあって、僕は魔法のノートに向かって思いついた物語を紙上に走らせる。世界を取り戻す物語……。まずは、世界がどうなったかを設定しないと。
えっと、かつて世界は栄えていて、それで何らかのアクシデントが発生して……。
僕が必死にイメージを膨らませていると、突然どこからか魔牛の大群が現れて一斉に襲いかかってきた。
「ふんもおおおー!」
「ふんもももおおおー!」
「ふんもおうーっ!」
その数はざっと50体はいるだろうか。魔牛の大群が目に入った僕はもう執筆どころじゃなくなり、頭の中が真っ白になってしまう。
「うわああああああ!」
「牛は任せろホ! ソウヤは早く物語を紡ぐんだホ!」
トリは襲いかかる魔牛の団体をまとめて倒していく。その様子を見て安心感を覚えた僕は、心を落ち着かせて執筆を再開させた。一度乗ってくるとスラスラとペンは動き、僕が書いたとは思えないような傑作が綴られていく。
夢中になって文字を追いかけている内に、4千文字の物語は書き終わっていた。
「ホー!」
僕が書き終えたと同時に、トリも魔牛を全て倒し終わる。いい具合に焼けた牛からは美味しそうな匂いが漂っていた。僕はよだれが落ちそうなのを我慢しながら、書き上がった物語を眠っている少年のもとに持っていく。
僕が近付いたところで、カタリィのまぶたがゆっくりと上がった。
「やあ……君だね。さあ、物語を……」
「えっと……これなんですが……」
彼が手を差し出してきたので、僕は緊張しながら出来たてホヤホヤの物語を手渡した。カタリィはその純粋な瞳で丁寧に文字を追っていく。
彼が物語を読み始めた途端に世界は静寂に包まれ、まるで世界そのものが物語を熟読しているような雰囲気になっていった。
「うん、いい物語だ」
最後まで読み終えたカタリィは満足そうな表情を浮かべ、手を差し伸ばす。この時、僕は確かに彼の手を握り返したんだ。
――気がついた時、僕は自室のベッドで横になっていた。窓から射し込む光がまぶしくて思わず目をこする。小鳥達の賑やかな歌が朝の到来を喜んでいた。
もしかして、みんな夢だったのかな……。そんな思いに駆られていると、窓の外からユウカの元気な声が聞こえてきた。
「ソウヤくーん、学校行こうー! まだ寝てたら遅刻しちゃうよー!」
「あ、うん。ちょっと待っててー!」
僕はすぐに起き上がり、朝の準備に駆け回る。あんまり待たせちゃ悪いからね。急いで準備を済ませて僕は部屋を出た。
誰もいなくなった僕の部屋には、丸っこい大きなフクロウのぬいぐるみ――によく似た謎の生き物が。
「まったく、ソウヤは俺様がいないとダメだホ」
どうやら、僕とこの使い魔はまだまだ一緒にいられるみたいだ。これからもしっかり僕の使い魔として頑張ってもらわなきゃだね。
(おしまい)
落ちこぼれ魔法使いの僕が魔法を使えるようになったワケ にゃべ♪ @nyabech2016
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